↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
神々は無職を選んだ  作者: 夜凪 灯
第一章 七柱と無職
PR
47/71

神託ログ47『境界線のこちら側』

翌朝。


目が覚めて、最初に思った。


腹が減った。


昨日は世界の仕組みだの、二百年前の約束だの、ブレイカーだの、わけの分からないことばかり考えていた。


それでも朝になれば腹は減る。


人間って、案外しぶとい。


「……パン」


呟いて起き上がる。


北方大神殿から借りている部屋は、必要最低限のものしか置かれていない。


ベッド。


机。


椅子。


水差し。


そして。


壁際に立て掛けた、俺の木剣。


「…………」


少しだけ見つめる。


昨日。


あの黒い境界線を前にして、俺はこれを抜かなかった。


ブレイカーも使わなかった。


壊せるかもしれない。


だから壊す。


それをやめた。


「……成長したな、俺」


自分で言ってみる。


――ピコン。


【知識神ノア】


『自己評価として記録しますか?』


「しなくていい!」


朝から恥ずかしい。


しかも、聞いてたのかよ。


【戦神ガルド】


『俺は記録していいと思うぞ!』


「増えた!」


【商神メルク】


『“俺、成長した”――レン・アルヴェイン』


「名言みたいにするな!」


【魔法神セレナ】


『朝から元気ね』


「誰のせいだよ……」


木剣を腰に差す。


昨日までと変わらない。


職業は、なし。


魔力は、たぶん相変わらず低い。


世界の謎も、ほとんど解けていない。


でも。


少なくとも。


今日、何をするかは決まっていた。


西へ行く。


そのための準備をする。


◇ ◇ ◇


食堂へ行くと、リナがすでに朝食を食べていた。


パンを片手に、スープ。


俺を見る。


「遅い」


「まだ朝じゃん」


「私は二個目」


「何が?」


「パン」


「聞いて損した」


向かいに座る。


籠からパンを取ろうとして――止まった。


残り、一個。


リナの皿。


二個。


「…………」


「何?」


「いや」


「欲しい?」


「俺の分、一個しかない」


「あるじゃん」


「リナ二個食ってる」


「早い者勝ち」


異世界。


神様。


職業制度。


二百年前。


それより先に解決すべき問題があった。


食料配分である。


「商神」


――ピコン。


【商神メルク】


『私を呼ぶ案件ではありません』


「早い」


リナが吹き出した。


◇ ◇ ◇


朝食を終える頃。


アリアがやってきた。


いつもの書類。


今日は五枚。


「増えてない?」


「増えました」


「嬉しそう」


「嬉しいです」


この人。


本当に記録好きだな。


アリアは俺たちの向かいへ座ると、一枚目を机に置いた。


「昨日の境界についてです」


笑っていたリナの顔が少し変わる。


俺も姿勢を正した。


「調べられた?」


「限定的にですが」


紙には簡単な地図が描かれていた。


北方大神殿。


周辺の街道。


森。


そして、西。


一本の線。


「昨日レンたちが確認した場所です」


「これ」


「他にも続いてる?」


「その可能性が高いです」


アリアの指が地図をなぞる。


北。


南。


黒い線は、途中で途切れている。


「記録がない?」


「正確には、調査されていません」


「何で?」


「西側へ向かう街道そのものが、現在ほとんど使われていないからです」


リナが尋ねる。


「いつから?」


「少なくとも五十年以上前には、すでに主要街道から外れています」


「理由は?」


「複数あります」


アリアが二枚目を置く。


「魔物」


普通。


「地形の変化」


まあ、分かる。


「神託不通」


普通じゃない。


俺とリナが同時に顔を上げた。


「今、何て?」


「神託不通です」


アリアは記録を指で叩いた。


「西部の一部地域では、神託が届きにくいという報告が残っています」


「昨日の境界と同じ?」


「分かりません」


即答。


好き。


最近、この言葉が好きになってきた。


分からないことを、分からないと言ってくれる。


それだけで、かなり助かる。


「一番古い記録は?」


「確認できた範囲では、百八十七年前」


俺の手が止まった。


リナも気づく。


「……近いね」


「うん」


二百年前。


職業制度。


性質。


母なる根。


カイル。


先輩。


そして。


百八十七年前。


もちろん。


近いから関係しているとは限らない。


「内容は?」


アリアが紙を読む。


「西部調査隊、神託接続を喪失。三日後に帰還」


「全員?」


「十二名中、十一名」


一人。


戻っていない。


「死んだ?」


「不明です」


「記録は?」


「行方不明」


嫌な感じがする。


「戻ってきた十一人は、何て?」


アリアの指が止まった。


「そこが問題です」


「何?」


「全員、ほぼ同じ証言を残しています」


紙。


俺の前へ向ける。


『境界を越えた』


『神の声が消えた』


『帰るべきだと思った』


そこまでは分かる。


昨日の俺たちと似ている。


でも。


最後。


『十二人で戻った』


「…………」


数える。


調査隊。


十二人。


帰還。


十一人。


なのに。


証言。


十二人で戻った。


「どういうこと?」


リナが聞く。


アリアは首を横に振った。


「分かりません」


「行方不明になった一人を、十一人全員が忘れてた?」


俺が聞く。


「その可能性はあります」


「別の可能性は?」


「最初から十一人だった」


「記録が間違ってる?」


「はい」


「途中で十二人目がいたと思い込んだ?」


「それも」


「十二人で帰ってきたけど、一人だけ記録されなかった?」


アリアが俺を見る。


「それも否定できません」


全部。


嫌。


「西」


リナが呟く。


「思ったより面倒そう」


「行く?」


俺が聞く。


「行くよ」


「即答だね」


「昨日も言った」


そうだった。


◇ ◇ ◇


三枚目。


西部へ向かった別の記録。


今度は九十四年前。


冒険者四名。


全員帰還。


怪我なし。


神託接続は二日間消失。


そのうち一人の日誌にだけ、不思議な記述があった。


『神様がいないのではない』


『ここでは、神様を呼ぶ必要がない』


意味。


分からない。


四枚目。


四十一年前。


神官二名。


騎士六名。


西部調査。


境界到達前に引き返す。


理由。


『同行していない者の足音を聞いた』


「もう行きたくなくなってきた」


俺が言う。


「さっき行くって言ったじゃん」


「怖いものは怖い」


「そこは素直なんだ」


「幽霊系は嫌」


「魔物は?」


「嫌」


「神様は?」


「最近ちょっと嫌」


――ピコン。


【創世神エリオス】


『聞こえている』


「ちょっとだから!」


フォローになっているのか分からない。


アリアが怪訝な顔をする。


「どうしました?」


「神様に失言した」


「いつものことですね」


「アリアまで!」


◇ ◇ ◇


最後。


五枚目。


アリアは、すぐには置かなかった。


「これは」


少し迷う。


「西部の記録ではありません」


「じゃあ?」


「昨日の再点検停止後に、旧観測機構から出力されたものです」


空気が変わる。


紙。


机。


置かれる。


古い文字。


その下。


アリアが書いた転写。


【性質観測個体】


【一〇九】


昨日と同じ。


その下。


【現在応答数】


【一〇八】


「…………」


俺は黙った。


一人。


減ってる。


「昨日は?」


「百九でした」


「死んだ?」


「分かりません」


「観測できなくなった?」


「その可能性もあります」


「俺が接続を切ったから?」


「それも不明です」


胸の奥。


少し。


重くなる。


俺が。


切った。


だから。


誰か。


消えた?


「レン」


リナ。


呼ぶ。


「まだ」


「分かってないよ」


分かってる。


分かってるけど。


俺の悪いところ。


何か起きると。


すぐ。


自分の選択。


原因にしたくなる。


いや。


したくなるわけじゃない。


勝手に。


そう考える。


「……うん」


息を吐く。


「調べられる?」


アリアが頷く。


「方法は探します。ただし」


「勝手に個人を特定しない」


「はい」


昨日。


決めたこと。


守る。


でも。


一〇八。


気になる。


◇ ◇ ◇


昼前。


大神殿の倉庫。


西へ向かうための準備を始めた。


食料。


水。


火起こし。


薬。


ロープ。


毛布。


地図。


「多くない?」


リナが言う。


「準備大事」


「昨日までのレンは?」


「死んだ」


「縁起悪い」


「成長した」


「それ昨日から四回目くらい」


数えてたのか。


木剣。


確認。


傷。


ある。


でも。


使える。


ヴォルグの言葉。


思い出す。


傷は消すものではない。


使える傷なら残せ。


俺。


も。


たぶん。


同じ。


全部。


なかったこと。


には。


できない。


間違えた。


怒った。


疑った。


誰か。


死んだ。


選べなかった。


それでも。


次。


選ぶ。


「レン」


リナ。


荷物。


持ってる。


「これも」


「何?」


渡される。


小さな。


袋。


開ける。


銅貨。


「お金?」


「西の手前に村が一つある」


「店ある?」


「たぶん」


「たぶん?」


「地図には」


「何年前?」


「二十七年前」


「怖い!」


「だから食料持ったんでしょ」


正しい。


◇ ◇ ◇


準備。


終わる。


でも。


今日は出ない。


出発は明朝。


昨日の俺なら。


今から行った。


たぶん。


「暇」


「休めば?」


「まだ昼」


「休むのも準備」


リナ。


正論。


腹立つ。


境内。


歩く。


昨日まで。


騒ぎ。


あった。


場所。


神官たち。


修理。


してる。


壊れた。


フィリアの像。


まだ。


ひび。


入ってる。


足。


止まる。


「フィリア」


『はい』


「像」


『はい』


「痛くない?」


沈黙。


『像ですよ?』


「分かってるけど」


『痛くありません』


「そっか」


少し。


恥ずかしい。


『でも』


「何?」


『心配してくれたのは』


『嬉しいです』


「……そっか」


像。


見る。


二百年前。


同じ。


フィリア。


名前。


あった。


同じ存在。


なのか。


違う。


のか。


まだ。


分からない。


「フィリア」


『はい』


「自分の名前」


「好き?」


長い。


沈黙。


『……考えたことが』


『ありませんでした』


「そっか」


『レンさんは?』


「俺?」


名前。


レン。


アルヴェイン。


いつから。


俺。


この名前。


だった?


異世界。


来て。


当たり前。


みたいに。


呼ばれた。


表示。


された。


でも。


今。


「レンは」


「好き」


『アルヴェインは?』


「まだ」


少し。


考える。


「分かんない」


『はい』


「でも」


「嫌いではない」


『はい』


名前。


職業。


性質。


全部。


俺。


説明。


する。


もの。


でも。


全部。


俺。


そのもの。


じゃない。


たぶん。


◇ ◇ ◇


夕方。


先輩。


訪ねる。


部屋。


入る。


寝てる。


「また?」


起こす。


「先輩」


「…………」


「先輩」


「…………」


「管理者」


目。


開く。


「やめろ!」


「起きた」


「最悪の起こし方するな!」


元気。


「明日」


「西行く」


先輩。


顔。


止まる。


「西?」


「うん」


「境界」


「見つけた」


「黒い線?」


「知ってる?」


「…………」


沈黙。


「見たことある?」


先輩。


額。


押さえる。


思い出そう。


してる。


無理。


させたくない。


「無理なら」


「いいよ」


「待て」


しばらく。


して。


「……線は」


「知らない」


「そっか」


「でも」


顔。


上げる。


「西には」


「行った気がする」


「いつ?」


「分からない」


「誰と?」


また。


沈黙。


そして。


「カイル」


心臓。


少し。


跳ねる。


「何しに?」


「分からない」


「母なる根?」


「違う」


即答。


そこだけ。


強い。


「母なる根より」


「後だ」


「何があった?」


「…………」


先輩。


目。


閉じる。


「神様が」


「いなくなった」


「え?」


目。


開く。


「違う」


「神様が」


「消えたんじゃない」


「じゃあ?」


「俺たちから」


「見えなくなった」


昨日の。


境界。


越えたら。


神との接続。


消える。


「その時」


「何かいた?」


「…………」


先輩。


手。


震える。


「いた」


「何?」


「分からない」


「人?」


「たぶん」


「何て言った?」


先輩。


俺。


見る。


怖い。


顔。


してる。


「名前を」


「聞かれた」


「名前?」


「ああ」


「誰の?」


「俺の」


「答えた?」


「…………」


長い。


沈黙。


「思い出せない」


◇ ◇ ◇


部屋。


出る。


頭。


いっぱい。


西。


神託。


消える。


十二人。


十一人。


足音。


名前。


そして。


昨日。


境界。


向こう。


いた。


影。


『その名を選んだのか』


あいつ。


ブレイカー。


知ってた。


性質。


持ってる。


と言った。


「…………」


名前。


関係。


ある?


まだ。


分からない。


決めつけない。


「よし」


自分。


言う。


「分からない」


――ピコン。


【知識神ノア】


『はい』


「褒めて」


沈黙。


『……何をですか?』


「分からないって」


「ちゃんと言えた」


また。


沈黙。


【商神メルク】


『安い成長ね』


「うるさい!」


◇ ◇ ◇


夜。


明日。


出発。


荷物。


確認。


一回。


二回。


三回。


「レン」


リナ。


部屋。


入口。


「何?」


「確認しすぎ」


「西」


「怖いから」


「うん」


「神様」


「切れるかもしれない」


「うん」


「知らない奴」


「いる」


「うん」


「戻れないかも」


「それは困る」


「だよね」


リナ。


壁。


寄りかかる。


「じゃあ」


「やめる?」


考える。


怖い。


でも。


「行く」


「うん」


「ただ」


「何?」


「約束」


「誰と?」


「リナ」


少し。


驚く。


「危ないと思ったら」


「戻る」


「うん」


「俺が」


「変なこと言い出したら」


「止めて」


「どんな?」


「西最高!」


「住もう!」


「神様なんていらねえ!」


リナ。


真顔。


「殴る」


「もうちょっと」


「優しく止めて?」


「努力する」


怖い。


「あと」


俺。


言う。


「リナも」


「何?」


「変だったら」


「俺が止める」


「分かった」


手。


出す。


リナ。


見る。


「何?」


「約束」


「子ども?」


「いいじゃん」


少し。


笑う。


手。


重ねる。


「約束」


◇ ◇ ◇


その夜。


夢。


見た。


暗い。


場所。


何も。


ない。


神様。


声。


ない。


リナ。


いない。


一人。


前。


誰か。


立ってる。


顔。


見えない。


『名前は?』


聞かれる。


「レン」


答える。


『違う』


「何が?」


『それは』


『今の名前だ』


胸。


ざわつく。


「じゃあ」


「何」


影。


近づく。


『最初の名前を』


『思い出せ』


「最初?」


『お前が』


『神に拾われる前の』


息。


止まる。


「待って」


『名前を』


「俺は」


『思い出せ』


「俺の名前は――」


目。


覚める。


◇ ◇ ◇


暗い。


部屋。


息。


荒い。


心臓。


速い。


夢。


ただの。


夢。


そう。


思う。


でも。


目の前。


淡い。


文字。


浮いてる。


神託。


じゃない。


見たこと。


ない。


表示。


【名称照合】


【レン・アルヴェイン】


その下。


【現名称:一致】


そして。


もう一行。


【初期名称:照合不能】


「…………」


起き上がる。


文字。


消えない。


「ノア」


返事。


ない。


「エリオス」


返事。


ない。


「フィリア」


何も。


来ない。


部屋。


窓。


見る。


遠く。


西。


夜。


暗い。


その方向。


黒い。


細い。


線。


見える。


昨日。


森。


地面。


あった。


はず。


なのに。


今。


空。


縦。


伸びてる。


月。


真っ二つ。


みたいに。


「……嘘だろ」


その瞬間。


知らない声。


耳元。


聞こえる。


『明日』


『境界で待っている』


一拍。


『レン』


違う。


声。


続く。


『――それが』


『本当に、お前の名前なら』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。