神託ログ03 七柱、勝手に参加してきた
神殿を出た頃には、すっかり日が暮れていた。
「…………」
俺は仮通行証を片手に、街の端にある広場のベンチへ座っていた。
目の前には。
まだ。
あの文字が浮かんでいる気がする。
【天職:無職】
「……異世界まで来て無職か」
改めて口にすると。
なかなか破壊力がある。
日本にいた頃は働いていた。
それが。
死んで。
異世界へ来て。
若返って。
最初に神様から与えられたものが。
無職。
「神様、もうちょっと何かなかった?」
空を見上げる。
二つの月。
当然。
返事はない。
「……まあ、いいか」
良くはない。
でも。
腹は減っている。
宿もない。
門番には銅貨三枚借りている。
落ち込んでいるだけで飯が出てくるなら。
いくらでも落ち込む。
「とりあえず仕事だな」
無職なら。
働けばいい。
立ち上がろうとした。
その時だった。
――ピコン。
「……ん?」
音がした。
スマホの通知音。
そんな感じの。
聞き覚えがあるようで。
ない音。
「何だ?」
周囲を見る。
誰も反応していない。
もう一度。
――ピコン。
今度は。
目の前に。
文字が浮かんだ。
【神託を受信しました】
「…………」
俺は瞬きをした。
消えない。
目を擦る。
消えない。
顔を横へ向ける。
文字もついてくる。
「……何これ」
指で触ろうとする。
触れない。
でも。
確かに。
そこに見える。
そして。
新しい文字が浮かんだ。
【創世神エリオス】
『聞こえるか』
「…………」
しばらく。
固まった。
それから。
小さく息を吸う。
「……誰?」
返事は。
すぐに来た。
『創世神エリオス』
「いや、それは書いてある」
『…………』
「本当に神様?」
少し間があった。
『そうだ』
「証拠は?」
『…………』
「ないんかい」
神様との初会話が。
思っていたより。
だいぶ気まずい。
『お前は、レン・アルヴェインだな』
「……そうらしい」
自分で言って。
また少し引っかかった。
レン・アルヴェイン。
神殿でも。
そう名乗った。
口にすれば。
自然に出てくる。
でも。
その名前を。
俺はいつから知っていた?
考える前に。
表示が変わった。
【第109代育成対象】
【レン・アルヴェイン】
「…………」
待て。
「育成対象?」
『ああ』
「何それ」
『お前を、この世界で生きていけるよう育成する』
「……神様が?」
『そうだ』
「俺を?」
『そうだ』
「何で?」
『…………』
「そこ黙るの?」
さっきから。
大事なところで止まる。
「あと、109代って何?」
『…………』
「百八人いたってこと?」
『過去の対象について、今のお前へ伝えられることは少ない』
「少ないってことは、何かはあるんだな?」
返事が止まった。
「……神様って、もっと何でも答えてくれる存在じゃないの?」
『少なくとも、私は違う』
妙に素直だった。
その答えに。
逆に言葉が止まる。
その時。
――ピコン。
新しい通知が入った。
【戦神ガルドが参加しました】
「…………参加?」
『おお! こいつが今回の奴か!』
「うわっ!」
突然。
頭の中に響くような大声。
『細いな!』
「第一声それ!?」
『鍛えれば何とかなる!』
「会話がもう筋肉なんだけど」
『ガハハハハ!』
何が面白いんだ。
その直後。
――ピコン。
【魔法神セレナが参加しました】
『ちょっとガルド、いきなりうるさい』
『何だと!』
『初対面でしょう? もう少し静かに――』
表示が止まる。
『……魔力3?』
「…………」
『少なっ』
「おい」
『あ、ごめん』
「今絶対、本音だったよな?」
『大丈夫よ! 魔力は使い方だから!』
「その励まし、逆に不安になるんだけど」
さらに。
――ピコン。
【商神メルクが参加しました】
『で、こいつの所持金は?』
「ゼロ」
『借金は?』
「銅貨三枚」
『開始時点で赤字か』
「言い方」
『事実だ』
「神様ってもっと優しくない?」
『優しさで借金は消えん』
「正論が痛い!」
また。
――ピコン。
【鍛冶神ヴォルグが参加しました】
『…………』
「…………」
『…………』
「何か喋って?」
『身体ができていない』
「参加して一発目がダメ出し!?」
『事実だ』
「商神と同じこと言うな!」
『鍛えろ』
「戦神と同じこと言い出した!」
『違う』
「何が!?」
『あいつは考えずに鍛える』
『おいヴォルグ!!』
『事実だ』
「仲悪いの?」
『悪くない!!』
『普通だ』
「絶対ちょっと悪いだろ」
次。
――ピコン。
【生命神フィリアが参加しました】
『皆さん、レンさんを困らせてはいけません』
柔らかい声だった。
ようやく。
まともそうな神様が来た。
「……ありがとうございます」
『大丈夫ですか? 痛いところはありませんか? 気分は? お腹は空いていませんか? ちゃんと水分は取りましたか?』
「急にお母さん来た」
『お母さん……?』
「いや、何でもないです」
『身体に異常があれば、すぐ教えてくださいね』
「はい」
優しい。
間違いなく優しい。
ただ。
心配の圧が。
少し強い。
――ピコン。
【知識神ノアが参加しました】
『質問があります』
「はい」
『あなたは、どこから来ましたか』
俺は。
一瞬。
答えに詰まった。
「……日本」
『ニホン』
「知ってる?」
『いいえ』
即答だった。
「知らないの?」
『私の保有する知識には存在しません』
知識神なのに。
知らない。
そのことが。
少し意外だった。
『ただし』
「ん?」
『私が知らないことと、それが存在しないことは同義ではありません』
「…………」
少し。
印象が変わった。
知識神。
というくらいだから。
何でも知っているのかと思った。
でも。
違うらしい。
神様にも。
知らないことがある。
最後に。
――ピコン。
【創世神エリオス】
『これで七柱だ』
「待って」
俺は。
目の前を埋め尽くす名前を見る。
戦神ガルド。
魔法神セレナ。
商神メルク。
鍛冶神ヴォルグ。
生命神フィリア。
知識神ノア。
創世神エリオス。
「多いわ!!」
『何がだ?』
「神様が!」
『七柱だ』
「見れば分かる!」
しかも。
全員。
俺を育てる気らしい。
「ちょっと整理させて」
俺は額を押さえた。
死んだ。
異世界に来た。
無職だった。
神様から連絡が来た。
七人に増えた。
今日一日だけで。
情報量が多すぎる。
「確認するぞ」
『ああ』
「俺は、第109代育成対象」
『そうだ』
「七柱が俺を育てる」
『そうだ』
「何のために?」
沈黙。
「……またそれか」
ガルドも。
セレナも。
誰も答えない。
「じゃあ、第108代は?」
今度は。
さらに長い沈黙。
「答えられない?」
【知識神ノア】
『現時点では』
「……分かった」
納得したわけじゃない。
でも。
無理やり聞き出せるものでもない。
なら。
別のことを聞く。
「育てるって、具体的には?」
待ってましたとばかりに。
ガルドが反応した。
『まず身体だ!』
セレナが割り込む。
『魔法が先でしょ。魔力3なんだから』
「まだ言う?」
メルク。
『その前に金だ。今夜の寝床すらない』
ヴォルグ。
『道具がない』
フィリア。
『まず休ませるべきです』
ノア。
『この世界についての基礎知識が不足しています』
一斉に。
文字が流れ始めた。
『走れ!』
『魔力を感じる練習!』
『働け』
『剣を持て』
『食事が先です』
『教育が必要です』
「待て待て待て待て!!」
止まった。
「一人ずつ喋って!」
七柱。
沈黙。
ようやく静かになった。
俺は。
大きく息を吐く。
「……なあ」
『何だ』
エリオスが答えた。
「俺を育てるんだよな?」
『そうだ』
「じゃあ」
少しだけ。
間を置く。
「俺の意見は?」
誰も。
答えなかった。
さっきまで。
あれだけ騒いでいたのに。
綺麗に。
全員。
黙った。
「俺、育てられる側なんだけど」
『…………』
「何をするかくらい、一緒に決めてもよくない?」
しばらくして。
エリオスから。
短い返事が届いた。
『……すまない』
「謝るんだ」
『我々は、こういうことに慣れていない』
「神様なのに?」
『神だからこそ、かもしれない』
意外だった。
もっと。
上から命令されると思っていた。
でも。
少なくとも。
話を聞く気はあるらしい。
「じゃあ、明日から相談しよう」
『相談?』
「七人いるんだろ?」
俺は。
七柱の名前を順番に見る。
「だったら、それぞれ何を教えられるのか聞いて、俺も納得して決める」
ガルドが。
真っ先に反応した。
『面倒だな! 全部やればいい!』
「お前はちょっと黙ってろ」
『なぜだ!?』
セレナが笑う。
メルクが何か計算を始める。
フィリアが休めと言う。
ヴォルグは黙ったまま。
ノアだけが。
淡々と。
『合理的です』
と返した。
「……先が思いやられる」
異世界に来て。
まだ一日。
仕事もない。
金もない。
天職も無職。
その上。
明日から。
七柱の神様に育てられるらしい。
「……普通の異世界生活って、どこにあるんだよ」
二つの月を見上げる。
当然。
答えはなかった。
◇ ◇ ◇
その夜。
レンが眠りについた後。
誰にも見えない領域で。
記録が静かに更新された。
【第109代育成対象】
【レン・アルヴェイン】
【天職:無職】
【固有能力:なし】
【世界律接続:失敗】
【分類:不能】
そして。
知識神ノアが。
一つの記録へアクセスを試みる。
【第108代育成記録】
【アクセス権限を確認】
【――拒否】
『…………』
ノアは。
しばらく。
その表示を見つめていた。
やがて。
何も言わず。
画面を閉じる。
その少し後。
生命神フィリアが。
創世神エリオスへ。
一つだけ問いかけた。
『……この子で』
短い沈黙。
『本当に、いいんですね?』
エリオスは。
すぐには答えなかった。
やがて。
一言だけ。
返した。
『ああ』
そして。
もう一つ。
『彼だ』




