神託ログ15 好奇心は無職を西へ向かわせる
翌朝。
目を覚まして。
最初にしたことは。
肩を動かすことだった。
「……お」
上。
前。
後ろ。
少し痛い。
でも。
昨日より。
かなりまし。
【生命神フィリア】
『痛みはありますか?』
「ちょっと」
『ちょっと、では分かりません』
「五段階なら一?」
『昨日より改善していますね』
「俺に聞いた意味ある?」
『本人の感覚と、私が確認できる状態は別です』
「なるほど」
朝から。
フィリアは。
フィリアだった。
『今日は無理をしないでください』
「分かってる」
『昨日も聞きました』
「…………」
『“分かってる”と』
「今日は本当に分かってる」
『昨日も、そう思っていたのでは?』
「強くなったな、フィリア」
『レンさんのおかげです』
「俺のせい!?」
少し。
笑う。
身体を起こす。
荷物の横。
小さな。
赤い木の実。
昨日。
助けた少年から。
もらったもの。
手に取る。
「……元気かな」
荷車から。
投げ出された。
あの少年。
怖かった。
そう言って。
俺の服を。
掴んでいた。
最後には。
笑って。
手を振った。
「レン!」
名前まで。
呼んでくれた。
「…………」
助けられた。
俺が。
誰かを。
その事実が。
まだ。
少しだけ。
嬉しい。
【戦神ガルド】
『浮かれるなよ』
「うわ」
『助けたのは事実だ』
「うん」
『だが、お前も怪我した』
「軽かっただろ」
『結果論だ』
「…………」
声が。
少し。
真面目。
『昨日は上手くいった』
『だから次も上手くいくとは限らねえ』
「……分かってる」
今度は。
さっきより。
少しだけ。
重く答えた。
『ならいい』
ガルドから。
神託が途切れる。
俺は。
赤い木の実を。
もう一度見る。
嬉しい。
それは。
消さなくていい。
ただ。
勘違いは。
しない。
俺は。
何でも助けられるわけじゃない。
昨日は。
たまたま。
間に合った。
それだけ。
「…………」
そして。
もう一つ。
頭から離れないものがあった。
昨夜の。
名前のない神託。
【――――】
何も。
書かれていなかった。
誰からなのかも。
分からなかった。
「……あれ、何だったんだ」
返事は。
来なかった。
◇ ◇ ◇
朝食を済ませ。
街を歩く。
今日は。
特に予定を決めていない。
肩も。
まだ。
完全じゃない。
仕事を探すか。
休むか。
少し。
魔力の練習をするか。
「セレナ」
【魔法神セレナ】
『何?』
「今日、魔力の練習していい?」
一瞬。
間。
『軽くなら』
「意外」
『何がよ』
「絶対、“やりなさい!”って言うと思った」
『怪我してる時に無理させるほど馬鹿じゃないわよ』
「ガルドより優しい」
【戦神ガルド】
『聞こえてるぞ!』
「何でいるんだよ!」
『俺はいつでもいる!』
「怖いわ!」
セレナ。
『肩を使わない感覚訓練くらいにしておきなさい』
「了解」
昨日。
誰かを助けたからといって。
急に。
強くなったわけじゃない。
魔力3も。
変わらない。
無職も。
変わらない。
借金だって。
まだある。
日常は。
普通に。
続いている。
そのはずだった。
◇ ◇ ◇
昼前。
市場の近く。
見覚えのある男が。
俺を見つけた。
「おい!」
「?」
「兄ちゃん!」
昨日の。
御者だった。
「昨日の!」
「探したぞ」
「俺を?」
「ああ」
男が。
近づいてくる。
昨日。
転倒したせいか。
腕に。
布を巻いている。
でも。
元気そう。
「怪我、大丈夫ですか?」
「こんなもん怪我のうちに入らん」
「息子さんは?」
「朝から走り回ってる」
「よかった……」
本当に。
安心した。
「兄ちゃんこそ」
御者が。
俺の肩を見る。
「大丈夫か?」
「ちょっと痛いくらいです」
「悪かったな」
「いや、何であなたが謝るんですか」
「うちの荷車のせいだろ」
「勝手に飛び込んだの俺ですし」
男が。
少し。
困った顔をした。
それから。
袋を。
差し出す。
「これ」
「何ですか?」
「礼だ」
「いや、昨日も息子さんからもらいました」
赤い木の実。
思い出す。
「あれはあいつからだ」
「でも」
「これは俺から」
「…………」
袋。
少し。
重い。
中を見る。
食料。
干した肉。
パン。
果物。
「こんなに?」
「命より安い」
「…………」
言葉が。
止まった。
命より。
安い。
そう言われると。
受け取らない方が。
失礼な気もする。
「……ありがとうございます」
「こっちの台詞だ」
御者が。
笑う。
そして。
少し。
顔が曇った。
「それと」
「?」
「兄ちゃん」
声を。
落とす。
「昨日の荷車なんだが」
「……はい」
「鍛冶屋に見せた」
俺の中で。
何かが。
引っかかった。
昨日。
ヴォルグが。
言っていた。
破断面が。
綺麗すぎる。
「原因、分かりました?」
「分からん」
「…………」
「分からんが」
男は。
周囲を。
少し確認する。
「妙だと言われた」
「何が?」
「留め具だ」
やっぱり。
「古くなって折れたんじゃないんですか?」
「鍛冶屋も最初はそう思ったらしい」
「違った?」
「断定はできんと」
その言葉。
ヴォルグと。
同じ。
「ただ」
男が。
続ける。
「割れ方が変だと」
「……切られた?」
「いや」
即座に。
首を振る。
「切断された跡とも違う」
「じゃあ何?」
「それが分からん」
また。
分からない。
「出発前に見た時は?」
「問題なかった」
「本当に?」
男の目が。
少し。
険しくなる。
「息子を乗せると言っただろ」
「あ……すみません」
「いや」
男が。
息を吐く。
「疑うのは当然だ」
そして。
自分でも。
納得できていないように。
呟いた。
「俺も、自分の見落としだった方が、まだ気が楽だった」
「…………」
分かる。
原因が。
自分なら。
次から。
気をつけられる。
でも。
分からない。
それが。
一番。
怖い。
「どこから来たんですか?」
「昨日?」
「はい」
男が。
指を差した。
「西の村だ」
心臓が。
一度。
強く鳴った。
「……西?」
「ああ」
「森の方?」
「森を抜けた先だ」
昨日。
聞いた。
獣が。
避ける森。
鳥も。
寄りつかない。
白い羽が。
流れていった。
方向。
「何か」
聞く。
「変なこと、ありませんでした?」
「変なこと?」
「動物が少ないとか」
御者が。
少し考える。
「そういや」
「?」
「森の入口で、馬が嫌がったな」
「馬が?」
「ああ」
「いつも?」
「いや」
男の顔から。
笑いが消えた。
「普段は普通に通る」
「昨日だけ?」
「……そうだな」
背中。
少し。
寒い。
「結局、無理やり通った?」
「急ぎだったからな」
「そのあと、荷車が」
「壊れた」
偶然。
かもしれない。
森と。
荷車。
関係があるなんて。
何も。
分からない。
ただ。
偶然が。
少しずつ。
同じ方向に。
重なっている。
西。
◇ ◇ ◇
御者と別れたあと。
俺は。
しばらく。
その場に立っていた。
「ノア」
【知識神ノア】
『はい』
「今の話」
『聞いていました』
「西の森について、分かってること教えて」
間。
『どの範囲を指していますか』
「昨日の老人が言ってた、動物が避けてる場所」
『現時点で確認されている情報は限定的です』
「それでいい」
『最近、一部の猟師から獲物の減少が報告されています』
「やっぱり」
『ただし、季節的変動の範囲である可能性は否定できません』
「他は?」
『街道を利用する一部の商人から、馬が進行を嫌がるとの話があります』
「…………」
「それ、昨日教えてくれなかったよな?」
『質問されていません』
「ノア!!」
昨日。
いや。
一昨日から。
何度目だ。
このやり取り。
「そういう情報は先に言ってくれよ!」
『どこまでを関連情報として提示するか、基準が必要です』
「西の森について聞いたら、西の森の変な話は全部!」
『“変な話”は定義が曖昧です』
「じゃあ異常報告!」
『異常と断定されていない報告を含みますか』
「含む!」
『噂は』
「含む!」
『信頼性の低い証言は』
「それも!」
『情報量が過大になります』
「ぐっ……」
ノア。
強い。
「じゃあ」
考える。
質問。
大事。
聞き方で。
答えが変わる。
「西の森と、その周辺について」
「最近起きた変化」
「異常の可能性がある報告」
「噂」
「未確認情報」
「全部」
『了解しました』
来る。
『獲物の減少』
『鳥類の飛来減少』
『馬の進行拒否』
『夜間の物音減少』
「待って」
今。
変なの。
混じった。
「夜の物音が減ってる?」
『森周辺を利用する猟師二名の証言です』
「どれくらい?」
『一名は“妙に静か”』
『もう一名は“夜なのに虫の音が少ない”と証言しています』
「…………」
『ただし』
ノア。
『いずれも客観的な計測ではありません』
「分かってる」
断定は。
できない。
でも。
気になる。
「他は?」
少し。
間。
『現時点で、重大な人的被害の記録はありません』
「行方不明は?」
『確認されていません』
「魔物の目撃?」
『特筆すべき増加はありません』
「魔力異常?」
【魔法神セレナ】
『それは私』
割り込んだ。
「セレナ」
『昨日も言ったけど、ここから分かる範囲では大きな異常はないわ』
「森の中なら?」
『行かなきゃ分からない』
「…………」
行かなきゃ。
分からない。
その言葉が。
妙に。
残った。
◇ ◇ ◇
「行くなよ」
声に出したのは。
俺だった。
「俺」
自分で。
自分に。
言う。
「今日は行くな」
昨日。
ガルドにも。
言われた。
知らないものに。
好奇心だけで。
突っ込むな。
俺は。
まだ。
弱い。
魔法だって。
まともに使えない。
木剣。
一本。
何かあったら。
死ぬ。
「……分かってる」
西。
街の外。
森。
ここから。
見えもしない。
「行かない」
そう。
決めた。
その時。
――ピコン。
神託。
俺は。
身体を固めた。
「…………」
昨日と。
同じ。
【――――】
名前が。
ない。
「また……」
心臓が。
少し。
速くなる。
「誰だ」
返事。
なし。
「お前、誰だよ」
何も。
表示されない。
「ノア!」
【知識神ノア】
『確認しています』
「昨日と同じ?」
『形式は類似しています』
「送信元は?」
『取得できません』
「エリオス!」
返事。
少し。
遅い。
【創世神エリオス】
『見えている』
「これ何?」
『分からない』
「本当に?」
沈黙。
短い。
でも。
今。
俺には。
長く感じた。
『……ああ』
「…………」
昨日なら。
それで。
終わったかもしれない。
でも。
今日は。
違った。
御者。
壊れた留め具。
西。
馬。
静かな森。
そして。
二度目の。
名前のない神託。
「なあ」
七柱へ。
聞く。
「昨日のあれ」
「お前らも見てた?」
沈黙。
最初に。
ノア。
『はい』
「…………」
「何で言わなかった?」
『原因を特定できていなかったためです』
「誰が決めた?」
沈黙。
「俺に言わないって」
今度は。
少し。
長い。
【創世神エリオス】
『俺だ』
「…………」
胸の奥。
何か。
ざらつく。
「何で?」
『不明な情報だけを与えれば』
『お前の判断に、不要な恐怖を加える可能性があった』
「だから黙った?」
『ああ』
「…………」
理屈は。
分かる。
分かるけど。
「それ」
昨日。
ノアから。
教わったことと。
違わないか?
情報は。
判断するための。
材料。
選ぶのは。
俺。
「俺が怖がるかどうかも」
言う。
「俺が決めることじゃないの?」
返事が。
ない。
フィリア。
ガルド。
セレナ。
メルク。
ヴォルグ。
ノア。
誰も。
割り込まない。
「危ないから止めるのは分かる」
「知らないことを、分からないって言うのも分かる」
「でも」
「知ってることを」
少し。
言葉を探す。
「俺がどう受け取るかを理由に、黙るのは」
違う。
気がする。
エリオス。
『……そうだな』
「認めるんだ」
『今回については』
少し。
間。
『お前の言う通りだ』
「…………」
謝られるとは。
思わなかった。
だから。
余計に。
怒りづらい。
「じゃあ」
俺は。
名前のない神託を見る。
「今からは」
「分かってること」
「全部教えて」
【創世神エリオス】
『分かった』
ノア。
『昨日の受信時刻』
『送信元取得不能』
『内容なし』
『七柱の神託権限との一致なし』
「……七柱じゃない?」
『少なくとも、通常の送信形式とは一致しません』
「今日のは?」
『現在解析中です』
「分かった」
神託を見る。
まだ。
【――――】
何も。
ない。
昨日と。
同じ。
そう思った。
その瞬間。
表示が。
揺れた。
「……え?」
【――――】
消える。
代わりに。
一文字。
浮かんだ。
【西】
「…………」
誰も。
何も言わなかった。
文字。
一つ。
西。
「これ……」
声が。
出ない。
「西って」
【戦神ガルド】
『行くな』
即答。
昨日より。
強い。
「分かってる」
【魔法神セレナ】
『レン』
「行かない」
【生命神フィリア】
『お願いします』
「大丈夫」
【商神メルク】
『誘導の可能性を考えろ』
「うん」
【鍛冶神ヴォルグ】
『分からんものに従うな』
「分かってる」
【知識神ノア】
『“西”が場所を指すという保証もありません』
「……そうだな」
方角。
とは。
限らない。
名前。
言葉。
何かの一部。
可能性は。
いくらでもある。
でも。
このタイミング。
昨日から。
西の話ばかり。
俺の頭が。
勝手に。
繋げているだけ?
それとも。
本当に。
繋がっている?
「エリオス」
返事。
なし。
「どう思う?」
『分からない』
「……そっか」
少し。
間。
『だから』
エリオス。
『今は行くな』
「うん」
俺は。
神託を見る。
【西】
数秒後。
消えた。
◇ ◇ ◇
午後。
俺は。
街から。
出なかった。
魔力の。
感覚訓練をした。
仕事も。
少し探した。
食料も。
買った。
普通に。
過ごした。
西へ。
行かなかった。
それが。
正しい。
たぶん。
でも。
何をしていても。
頭の隅に。
【西】
あの一文字が。
残っている。
◇ ◇ ◇
夕方。
街の高い場所から。
遠くを。
見ていた。
屋根。
壁。
門。
その向こう。
街道。
さらに。
遠く。
西。
森。
「…………」
行かない。
そう。
決めた。
なのに。
見ている。
自分で。
少し。
笑った。
「好奇心って、面倒だな」
【知識神ノア】
『好奇心は、新しい知識を得る動機になります』
「危険にも近づく」
『はい』
「止めた方がいい?」
『私に聞きますか』
「…………」
昨日の。
授業。
思い出す。
「いや」
自分で。
答える。
「止めなくていい」
『なぜですか』
「気になるものは、気になるから」
『それは理由になっていますか』
「俺の中では」
少し。
間。
『では』
ノア。
『そうなのでしょう』
「知識神なのに適当」
『レンがそう決めた本当の理由は、レンにしか分かりません』
「それ好きだな」
『事実です』
風が。
吹く。
西から。
ではない。
今日は。
別の方向。
「…………」
神様。
俺を。
育てている。
助けても。
くれる。
ガルドは。
走り方を。
セレナは。
魔力を。
メルクは。
生きるための金を。
ヴォルグは。
道具を。
フィリアは。
命を見ることを。
ノアは。
知ることを。
教えてくれた。
信用。
している。
たぶん。
でも。
昨日。
俺に。
情報を隠した。
理由も。
分かる。
怖がらせたくなかった。
判断を。
乱したくなかった。
俺を。
守るため。
それでも。
「神様って」
小さく。
呟く。
「俺に嘘つくのかな」
【知識神ノア】
『…………』
返事。
来た。
でも。
何も。
書かれていない。
「ノア?」
『質問の定義を確認します』
「定義?」
『“嘘”に、意図的な情報の非開示を含みますか』
「…………」
ノアらしい。
「含む」
短い。
沈黙。
『なら』
ノア。
『あります』
俺は。
西を見る。
「そっか」
嘘を。
つかない神様。
なんて。
最初から。
俺が。
勝手に。
思っていただけなのかもしれない。
それでも。
七柱を。
嫌いには。
ならなかった。
だからこそ。
知りたいと思った。
何を。
知っているのか。
何を。
知らないのか。
そして。
何を。
俺に。
言っていないのか。
遠く。
西の森は。
夕日の中で。
何も。
答えなかった。




