神託ログ10 知識神に聞けば全部解決する。と思っていた
朝。
目を覚ました俺は。
しばらく。
空を見ていた。
「…………」
今日は。
静かだ。
誰からも。
神託が来ない。
「まさか……休み?」
異世界に来てから。
毎日。
何かしらやらされている。
走って。
魔力を探して。
働いて。
鍛冶場へ行って。
昨日は。
怪我をした子どもを助けた。
そろそろ。
一日くらい。
何もしない日があってもいい。
そう思った瞬間。
――ピコン。
【知識神ノア】
『おはようございます』
「ですよね」
知ってた。
今日は。
知識神ノア。
七柱の中でも。
一番。
頭が良さそうな神様。
というか。
知識神なのだから。
たぶん。
実際に一番詳しい。
「今日は勉強?」
『はい』
「やっぱり」
『まず質問します』
「もう始まるの?」
『はい』
「せめて朝飯食わせて」
『空腹状態では集中力の低下が予想されます』
「じゃあ」
『食事を推奨します』
「そこは融通利くんだ」
『効率の問題です』
優しさでは。
なかった。
◇ ◇ ◇
パンを買った。
昨日の残り。
銅貨一枚。
その一部が。
消えた。
「…………」
パンを見る。
「働いて稼いだ金が」
『消費されています』
「言い方」
『正確です』
「メルクみたいなこと言うなよ」
『商神メルクの説明は、貨幣運用に関して合理的です』
「仲いいの?」
『質問の意図が不明です』
「もういい」
ノア。
やっぱり。
会話が。
少し面倒くさい。
パンを食べ終え。
街の広場へ。
人の少ない。
端のベンチに座る。
「で、何を勉強する?」
『何を知りたいですか』
「…………」
予想外だった。
「ノアが決めるんじゃないの?」
『知識とは、必要とする者によって価値が変わります』
「メルクみたいなこと言うな」
『商神メルクとは異なります』
「そこ気にするんだ」
『私は知識を扱います』
「知ってる」
『ですから』
一拍。
『レンが知りたいことを教えます』
「何でも?」
『私が知る範囲で』
「おお」
これは。
すごい。
知識神に。
好きなだけ質問できる。
つまり。
この世界の攻略本を。
直接読めるようなものだ。
「じゃあ……」
聞きたいこと。
山ほどある。
この世界。
国。
魔物。
魔法。
神様。
天職。
俺が。
なぜここへ来たのか。
「まず」
少し考える。
「俺は、なんでこの世界に来た?」
『分かりません』
「…………」
開始。
五秒。
「え?」
『分かりません』
「知識神だよね?」
『はい』
「俺が異世界から来たのは知ってる?」
『レン自身の申告として把握しています』
「日本は?」
『私の保有する知識に、該当する国家および世界はありません』
「……マジか」
『はい』
最強の攻略本。
最初のページから。
載っていなかった。
◇ ◇ ◇
「じゃあ」
仕切り直す。
「神様って、この世界のこと全部知ってるわけじゃない?」
『はい』
即答。
「迷いないな」
『以前も説明しました』
「神であることと、全部知ってることは違う?」
『正確には』
ノアから。
文字が届く。
『神であることと、すべてを知ることは同義ではありません』
「…………」
前にも。
聞いた言葉。
でも。
知識神本人から言われると。
重みが違う。
「ノアでも?」
『当然です』
「知識神なのに?」
『知識を司ることと、全知であることは異なります』
「じゃあ、知らないこともいっぱいある?」
『あります』
「知らないことを聞かれたら?」
『知らないと答えます』
「推測できる場合は?」
『推測であると明示します』
「…………」
昨日の。
ヴォルグを思い出した。
分からんものを。
分かったふりするな。
鍛冶神と。
知識神。
性格は。
全然違う。
でも。
似ているところもあるらしい。
「じゃあさ」
俺は。
少し意地悪な質問を思いついた。
「俺は今日の昼飯、何を食べるでしょう?」
『現時点では確定していません』
「予想は?」
『所持金、周辺店舗、過去の食事傾向から推測は可能です』
「じゃあ答えは?」
『ありません』
「…………」
「知識神なのに?」
『未来は知識ではありません』
「おお……」
なんか。
ちょっと格好いい。
『ただし、候補の算出は可能です』
「急に機械っぽくなった」
◇ ◇ ◇
そこから。
いろいろ聞いた。
この街の名前。
国。
貨幣。
周辺地域。
魔物。
天職。
神殿。
この世界では。
十八歳前後になると。
神殿で天職を確認するのが一般的らしい。
「天職って、神様が一人ずつ決めてるの?」
『その表現は正確ではありません』
「違うの?」
『一般には、“神より与えられる職”として天職と呼ばれています』
「一般には?」
少し。
引っかかった。
『はい』
「実際は?」
間。
『世界律および神域との接続を介し、個体の適性が分類され、表示されます』
「…………」
難しい。
「もっと簡単に」
『人間が考えているほど、神が一人ずつ相談して決めているわけではありません』
「なるほど」
あの日。
神殿で。
《聖女》を与えられた少女を思い出す。
俺は。
《無職》。
「じゃあ、俺の無職も」
聞きかける。
少しだけ。
嫌な気分になった。
「……俺に向いてる職がなかったってこと?」
ノアから。
すぐには返事が来なかった。
「ノア?」
『その質問には、断定できません』
「何で?」
『レンの判定は通常の処理と異なります』
「……分類不能だから?」
『はい』
胸の奥が。
少しだけ。
ざわついた。
「じゃあ」
「俺が無職なのって、どういう意味?」
沈黙。
長い。
『分かりません』
「…………」
また。
それ。
でも。
今度は。
少し違って聞こえた。
知らない。
だから。
適当な答えを出さない。
「そっか」
『ただし』
「ん?」
『少なくとも、“価値がない”という意味ではありません』
俺は。
瞬きをした。
「……それ、メルクから聞いた?」
『いいえ』
「じゃあノアの意見?」
『事実です』
「どういう?」
『職業分類と、人間の価値を同一視する根拠はありません』
「…………」
相変わらず。
言い方は。
固い。
でも。
悪くない。
「ありがと」
『礼を言われる理由が不明です』
「そういうとこだぞ」
◇ ◇ ◇
昼。
俺は。
安いスープを食べながら。
まだ。
ノアに質問していた。
「魔物って、全部悪い?」
『いいえ』
「え?」
何となく。
聞いただけだった。
でも。
答えが。
予想と違った。
「人を襲うんじゃないの?」
『人を襲う種も存在します』
「襲わないのも?」
『存在します』
「じゃあ、魔物と動物の違いは?」
『複数の定義があります』
「複数?」
『地域、学問、宗教、行政によって異なります』
「面倒くさ!」
『現実とは、そのようなものです』
「急に深いこと言うな」
『例えば、高濃度の魔力を体内に持つ生物を魔物とする分類があります』
「うん」
『人間へ積極的な害を与える生物を魔物とする地域もあります』
「じゃあ同じ生き物でも?」
『地域によって魔物と呼ばれたり、動物と呼ばれたりする可能性があります』
「…………」
世界って。
もっと。
ゲームみたいに。
分かりやすいと思っていた。
魔物。
敵。
倒す。
経験値。
そんな感じ。
でも。
実際は。
曖昧。
「じゃあ、魔物を見つけたら倒せばいいってわけじゃない?」
『状況によります』
「便利だな、その答え」
『正確です』
「ノアって、絶対“場合による”好きだろ」
『状況を無視した断定は誤りを生みます』
「はいはい」
でも。
覚えておこう。
知らない生き物を見た。
だから。
敵。
そう決めつけるのは。
危ない。
◇ ◇ ◇
午後。
ノアから。
逆に質問された。
『レン』
「何?」
『一つ、問題を出します』
「テスト?」
『近いものです』
「嫌だな」
『ある村に、薬が一つあります』
「うん」
『その薬を必要としている人間が二人います』
嫌な予感。
『一人は子ども』
『もう一人は医師です』
「…………」
『薬は一人分しかありません』
「重いな」
『どちらへ渡しますか』
「情報それだけ?」
『はい』
「病気は?」
『同程度』
「助かる確率は?」
『同程度』
「他に医者は?」
『いません』
「子どもに家族は?」
『います』
「医者に家族は?」
『います』
「そうやって条件増やすのあり?」
『質問されたので』
「…………」
考える。
子ども。
未来がある。
でも。
医者が助かれば。
その後。
何人も助けられるかもしれない。
「医者……かな」
『なぜですか』
「医者が生きれば、その後もっと多くの人を助けられるかもしれない」
『なるほど』
「正解?」
『分かりません』
「は?」
『正解は設定していません』
「問題出したよな!?」
『はい』
「テストって言ったよな!?」
『近いものと答えました』
「詐欺じゃん!」
『商神メルクに確認しますか』
「やめろ!」
ノアは。
平然としている。
「じゃあ何のための問題?」
『レンが、何を基準に決めるかを知るためです』
「俺の?」
『はい』
『レンは、より多くの命を救える可能性を選びました』
「……そうなる?」
『今回の回答では』
「でも」
少し。
引っかかる。
「実際にその場にいたら、同じ選択するか分からない」
『なぜですか』
「子どもの顔見たら、変わるかもしれない」
昨日。
ルカを思い出した。
泣いて。
俺の服を掴んだ。
もし。
あの子と。
知らない医者。
どちらか。
そう言われたら。
同じように。
答えられるだろうか。
「たぶん、そんな簡単じゃない」
『はい』
「はい?」
『それを知ってほしかったのです』
「…………」
ノアから。
文字が続く。
『知識は、選択肢を増やします』
『結果を予測する材料にもなります』
『しかし』
一拍。
『知識が、あなたの代わりに決めることはできません』
「…………」
『私が、すべての情報を提示したとしても』
『最後に選ぶのはレンです』
「ノアが正解を知ってても?」
『正解が存在するなら、伝えます』
「存在しない時は?」
『伝えられません』
「じゃあ、間違えたら?」
『間違えたと判明した時点で、修正方法を考えます』
「……それでいいの?」
『他に方法がありますか』
言われて。
黙る。
確かに。
未来なんて。
分からない。
全部。
正解してから。
進むなんて。
できない。
「知識神って」
『はい』
「何でも答えを教えてくれる神だと思ってた」
『違います』
「じゃあ何?」
少し。
長い沈黙。
やがて。
ノアが答えた。
『私は』
『答えを考えるための材料を、集める者です』
「…………」
それは。
知識神という名前から。
俺が想像していたものとは。
少し違った。
◇ ◇ ◇
「じゃあもう一個」
『どうぞ』
「俺って、これから強くなる?」
『可能性はあります』
「どれくらい?」
『不明です』
「魔法は?」
『習得可能性はあります』
「剣は?」
『訓練次第です』
「金持ちは?」
『行動次第です』
「モテる?」
『判断材料が不足しています』
「そこだけ現実的すぎない?」
『容姿のみを基準にするなら――』
「分析しなくていい!」
危ない。
異世界に来て。
神様に。
顔面偏差値を判定されるところだった。
「じゃあ最後」
『はい』
「俺が元の世界に戻れる可能性は?」
ノアから。
返事が。
来なかった。
さっきまで。
ほとんど間を置かず。
答えていたのに。
「ノア?」
『現時点では』
文字が。
ゆっくり。
表示される。
『分かりません』
「……そっか」
『帰還方法が存在しないと断定する情報もありません』
「つまり?」
『分からないということです』
「希望持たせるのか持たせないのか、どっちだよ」
『どちらでもありません』
「じゃあ何?」
『事実を伝えています』
「…………」
ノアらしい。
できる。
とは言わない。
できない。
とも言わない。
知らないなら。
知らない。
「……分かった」
少し。
寂しい。
でも。
嘘をつかれるより。
ずっといい。
そう思った。
◇ ◇ ◇
夕方。
今日の授業が。
終わった。
「結局」
俺は。
ベンチから立ち上がる。
「ノアから教わった一番大事なことって、何だったんだろ」
『レンはどう思いますか』
「質問で返すなよ」
『考えることも学習です』
「先生みたいになってきたな」
『私は知識神です』
「ヴォルグよりは先生向いてる」
『比較対象として適切かは疑問です』
昨日の。
大噴火を思い出す。
ちょっと。
笑う。
「俺は」
歩きながら。
考える。
今日。
いろんなことを。
聞いた。
でも。
一番残っているのは。
答えじゃない。
「分からないって、答えていい」
『はい』
「知ってることと、決めることは違う」
『はい』
「正解がないこともある」
『あります』
「……面倒だな」
『何がですか』
「生きるの」
ノアは。
少し。
黙った。
『否定はしません』
「そこは励ましてくれよ」
『ですが』
「ん?」
『面倒だからこそ、知る意味はあります』
俺は。
足を止める。
『知らなければ、選べなかったこともあります』
『知れば、選択肢は増えます』
『ただし』
また。
一拍。
『どれを選ぶかは、知識では決まりません』
「俺が決める?」
『はい』
『そして』
『レンがそう決めた本当の理由は』
『レンにしか分かりません』
「…………」
少し。
変な感じがした。
知識神なのに。
最後に。
自分では分からないものを。
認めた。
「ノア」
『はい』
「お前、結構好きかも」
『恋愛的な意味ですか』
「何でそうなる!?」
『“好き”には複数の意味があります』
「文脈読めよ!」
『知識神であることと、他者の感情を完全に理解することは同義ではありません』
「便利に使うな、その言葉!」
今日一日で。
一番。
ノアらしい答えだった。
◇ ◇ ◇
その夜。
レンとの接続が切れた後。
知識神ノアは。
今日の記録を整理していた。
【対象:レン・アルヴェイン】
【基礎世界知識:更新】
【判断傾向:観察中】
【質問数:47】
ノアは。
最後の項目を見つめる。
『……多い』
本人には。
言わなかった。
そして。
記録を閉じようとして。
止まる。
今日。
レンから。
いくつもの質問を受けた。
その中に。
一つ。
まだ。
完全には答えていないものがある。
――俺の無職って、どういう意味?
ノアは。
記録を開く。
【対象:レン・アルヴェイン】
【天職:無職】
【固有能力:なし】
【世界律接続:失敗】
【分類:不能】
『…………』
通常。
天職が定まらない者にも。
理由がある。
適性不足。
判定保留。
接続不良。
複数適性。
いくつか。
既知の分類が存在する。
だが。
レンは。
そのどれにも。
当てはまらない。
【分類不能】
ノアは。
検索を実行する。
【類似記録を検索】
表示。
【該当候補:1件】
『……また』
開く。
【第108代育成記録】
【アクセス権限を確認】
【――拒否】
いつもの表示。
ノアは。
しばらく。
それを見つめた。
だが。
今日は。
そこで終わらなかった。
一つ。
別の方法を試す。
記録そのものではなく。
検索結果に残る。
項目名だけ。
【第108代育成記録】
【分類情報――】
表示が。
一瞬だけ。
揺れる。
しかし。
【アクセス拒否】
消えた。
『…………』
ノアは。
手を止める。
見えたのは。
ほんの一瞬。
内容までは。
読めなかった。
だから。
決めつけない。
推測を。
事実にはしない。
今日。
レンへ。
そう教えたばかりだ。
『分からないものは』
小さく。
呟く。
『分からない』
それでいい。
今は。
ただ。
一つだけ。
確かなことがある。
レンの答えを。
自分が代わりに決めてはいけない。
ノアは。
記録を閉じた。
だが。
最後に。
一つだけ。
新しい項目を残した。
【要観察】
【“無職”という表示を】
【既知の無職分類と同一視しないこと】
その記録を。
レンは。
まだ知らない。




