表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王宮炎上対応係の私、婚約破棄会見を止めたら無口な辺境伯に溺愛されました 〜王太子殿下、その発言は国が燃えます〜  作者: 磯辺
聖女ブームと神殿の広告塔

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/100

孤児院寄付金、数字が合いません

 孤児院へ行く朝、私は胃薬を二粒飲んだ。


 通常は一粒である。


 だが、今日の予定を見れば二粒は妥当だった。


 神殿発表の確認。


 孤児院寄付金の実態調査。


 聖女候補ミリア様の評判確認。


 神殿広報官オルド・レイスの介入可能性あり。


 辺境伯カイル・ヴァレンシュタイン同行。


 どれか一つでも胃に悪いのに、全部盛りである。


 前世の会社員時代なら、これに「上司の思いつき」と「深夜の修正依頼」と「なぜか増える会議」が追加されていた。


 この世界に転生してよかったことを一つ挙げるなら、少なくとも会議室に魔物は出ない。


 ……いや、王族の失言は出る。


 だいたい同じかもしれない。


「リディア、顔が朝から終業後ですわ」


 馬車の中で、エレオノーラ様が優雅に言った。


「表現が的確すぎて否定できません」


「眠れまして?」


「契約書の文字が夢に出ました」


「悪夢ですわね」


「はい。しかも契約解除条項がありませんでした」


「それは悪夢ですわ」


 エレオノーラ様は本気で同情してくれた。


 美しい公爵令嬢に、契約書の夢で同情される人生。


 前世の私に教えてあげたい。


 転生しても書類からは逃げられない、と。


 向かいの席では、カイル様が無言で窓の外を見ている。


 黒い外套。


 無表情。


 膝の上には、北方兵が使う短剣ではなく、王宮から渡された調査許可証。


 剣より不本意そうに持っている。


「辺境伯様」


「何だ」


「その許可証、握り潰さないでくださいね」


「潰していない」


「少し曲がっています」


 カイル様は自分の手元を見た。


 そして、許可証をそっと膝の上に置き直した。


「紙は弱い」


「紙のせいにしないでください」


「だが弱い」


「事実ですが、今日の武器です」


 カイル様は許可証を見下ろした。


「これが?」


「はい。今日は、剣より書類のほうが強いです」


「信用できない」


「お気持ちはわかります」


 けれど、今日の相手は魔物ではない。


 白い神殿印を押した書類で人を囲う相手だ。


 こちらも、記録と数字と許可証で行くしかない。


 カイル様は短く息を吐いた。


「守る」


「はい?」


「紙は弱い。お前も弱い。だから守る」


 私は一瞬、返事に困った。


 お前も弱い。


 普通なら失礼だ。


 大変失礼だ。


 しかし、カイル様が言うと、なぜか侮辱ではなく事実確認と保護宣言が一緒に来る。


 処理が難しい。


 炎上対応係の仕事に、辺境伯語の翻訳まで追加しないでほしい。


「……ありがとうございます」


「倒れるな」


「努力します」


「努力では足りない」


「では業務命令として倒れません」


「よし」


 よし、なのか。


 エレオノーラ様が扇で口元を隠している。


 笑っている。


 絶対に笑っている。


「何か?」


「いいえ。北方式の励ましは、なかなか実用的ですわね」


「実用一点突破ですね」


「恋愛小説なら、もう少し甘さが欲しいところですけれど」


「今日の予定に甘さを入れる余白はありません」


 あるのは帳簿である。


 甘さより数字だ。


 とても嫌だ。


 馬車は王都の中心部を抜け、神殿区の裏手へ向かった。


 表通りには、昨日から増えたミリア様の絵姿が並んでいる。


 白い衣。


 淡い金髪。


 胸の前で組まれた手。


 穏やかな微笑み。


『聖女候補ミリア様の祈りを、孤児たちへ』


『祈りの布一枚が、子どもたちの明日へ』


『清らかな香油の売上の一部を、孤児院支援に』


 美しい言葉。


 わかりやすい構図。


 買えば善人になれる気がする広告。


 私は窓の外を見ながら、胸の奥が重くなるのを感じた。


 悪い広告は、最初から悪い顔をしてくれない。


 善意の顔をして近づいてくる。


 だから厄介なのだ。


 馬車が止まったのは、神殿区から少し離れた古い石造りの建物の前だった。


 門の上に、木製の看板がある。


『東七番孤児院』


 塗装は剥げている。


 庭の柵はところどころ曲がっている。


 けれど、窓辺には小さな花瓶が置かれ、掃き清められた石畳が朝日に光っていた。


 貧しいが、荒れてはいない。


 誰かが丁寧に守っている場所だ。


 私たちが馬車から降りると、扉の前で年配の女性が深く頭を下げた。


「ようこそお越しくださいました。院長のマルタと申します」


「王宮広報局危機声明管理室のリディア・ノートンです。本日はお時間をいただきありがとうございます」


「公爵家のエレオノーラ・グランフェルトですわ」


「カイル・ヴァレンシュタイン」


 カイル様の自己紹介は短い。


 短すぎる。


 だが今回は威圧的ではなかった。


 たぶん。


 院長マルタさんは一瞬だけカイル様を見上げ、表情を固めた。


 気持ちはわかる。


 黒外套の長身無口男性が孤児院の玄関に立っていたら、だいたい取り立てか討伐依頼に見える。


 私は慌てて補足した。


「ヴァレンシュタイン辺境伯は、本日の調査における護衛および立会人です。孤児院に対して不利益な措置を取るために来たわけではありません」


 マルタさんの肩から、少し力が抜けた。


「そうでしたか。失礼いたしました」


 カイル様は言った。


「問題ない」


 短い。


 でも、今のは悪くない。


 私は心の中で小さく丸をつけた。


 すると、建物の中から小さな声がした。


「ねえ、院長先生」


 扉の隙間から、子どもが顔を出していた。


 茶色い髪を二つに結んだ、小さな女の子だ。


 年は八つくらいだろうか。


 大きな目でこちらを見て、それからカイル様を見上げる。


 数秒の沈黙。


 そして、その子は真剣な顔で言った。


「雪山の熊?」


 空気が止まった。


 私は目を閉じた。


 来た。


 予感はしていた。


 予感はしていたけれど、こんなに早いとは思わなかった。


 カイル様は女の子を見下ろし、真顔で答えた。


「熊ではない」


「でも大きい」


「人間だ」


「雪山にいる?」


「いる」


「じゃあ雪山の熊?」


「辺境伯だ」


 女の子は首をかしげた。


「へんきょうはくって、熊より強い?」


「場合による」


「熊と戦ったことある?」


「ある」


「勝った?」


「勝った」


 女の子の目が輝いた。


「やっぱり熊より強い熊だ!」


「熊ではない」


 カイル様の声はいつも通り低く、表情は変わらない。


 けれど、たぶん困っている。


 ほんの少しだけ。


 私は口元を押さえた。


 笑ってはいけない。


 笑ってはいけないが、これは無理がある。


 エレオノーラ様は扇の向こうで完全に笑っていた。


 マルタさんが慌てる。


「リナ、失礼ですよ」


 リナ。


 私はその名前を心の中で繰り返した。


 北方第七孤児院のリナ。


 ずっと先の未来で、私が民声の塔の前で呼ぶことになる名前。


 まだ、そのことを私は知らない。


 この時の私が知っているのは、目の前の女の子がカイル様を熊扱いして、まったく悪気がないということだけだった。


「リナさん、こんにちは」


 私はしゃがんで目線を合わせた。


「私はリディアです。今日は、この孤児院に届いている支援について確認しに来ました」


「支援?」


「ごはんとか、服とか、本とか、薬とか」


「ミリアお姉ちゃんの?」


 その名前が出た瞬間、リナの顔が明るくなった。


 まぶしいくらいに。


「ミリアお姉ちゃん、また来る?」


 私は息を止めた。


 マルタさんが、少し困ったように微笑む。


「リナはミリア様が大好きでして」


「以前、こちらに来られたことが?」


「ええ。三度ほど」


 マルタさんは私たちを中へ案内しながら話した。


「最初は神殿の慈善訪問でした。ですが、二度目からは、予定時間を過ぎても子どもたちの話を聞いてくださって」


「予定時間を過ぎても?」


「はい。神殿の方はお急ぎのようでしたが、ミリア様はリナが熱を出していると知ると、ずっとそばにいてくださいました」


 リナが胸を張った。


「ミリアお姉ちゃん、手があったかいの」


 それは、広告の中の聖女の話ではなかった。


 目の前の子どもが覚えている、具体的な温度の話だった。


 私は胸の奥が少し痛むのを感じた。


 美談は、全部が嘘とは限らない。


 むしろ、本当の温かさが少し混じっているからこそ、人は信じる。


 ミリア様は、この子を本当に気にかけていたのかもしれない。


 そして、その本物の善意を、神殿がきれいに包装し、商品棚に並べているのかもしれない。


 私は記録水晶を起動した。


「確認のため、いくつか質問してもよろしいでしょうか」


「もちろんです」


 案内された応接室は質素だった。


 古い机。


 補修された椅子。


 壁際には、子どもたちの描いた絵が貼られている。


 その中に、白い服の女性が子どもたちに囲まれている絵があった。


 たぶん、ミリア様だ。


 頭の上に光の輪が描かれている。


 横には、拙い文字でこう書かれていた。


『ミリアおねえちゃん』


 聖女候補ではない。


 ミリアお姉ちゃん。


 私はその文字から目を離せなくなった。


「リディア」


 エレオノーラ様が静かに呼んだ。


「はい」


「数字を見ましょう」


「はい」


 感情に引っ張られてはいけない。


 温かい話と、資金の流れは分ける。


 それが今日の仕事だ。


 マルタさんは、孤児院の帳簿を出してくれた。


 手書きの古い帳簿。


 日付ごとに、寄付品、金額、支出が丁寧に記録されている。


 私は神殿発表の資料と並べた。


『祈りの布販売初月売上見込み:金貨二百枚』


『孤児院支援予定額:売上の一部』


『東七番孤児院を含む認定孤児院への食料および医薬品支援を実施』


 神殿の布告には、そう書かれていた。


 私は帳簿をめくる。


 該当月。


 東七番孤児院への神殿からの支援。


 小麦袋、三袋。


 乾燥豆、一袋。


 薬草束、少量。


 銀貨五枚。


 私は固まった。


「……少ない」


 思わず声に出ていた。


 マルタさんが申し訳なさそうに笑う。


「いただけるだけ、ありがたいことです」


「いえ」


 私は首を振った。


「ありがたいかどうかと、発表額に対して妥当かどうかは別です」


 先輩がいないのに、先輩の声が聞こえた気がした。


 いいぞリディア、数字で殴れ。


 殴らない。


 殴らないが、数字で押す。


「神殿発表では、東七番孤児院を含む認定孤児院への支援とあります。対象孤児院は何院ありますか?」


「王都内だけで八院、近郊を含めると十五ほどと聞いております」


 金貨二百枚の売上見込み。


 そこから何割が実際に収益になるかは不明。


 しかし、東七番孤児院への支援がこの程度なら、十五院に配っても総額はかなり小さい。


 管理費と広報費が膨らんでいる可能性が高い。


「ミリア様から直接の寄付はありましたか?」


「直接、という形ではございません。ただ……」


 マルタさんは少し迷った。


「ただ?」


「以前、ミリア様が子どもたちに絵本を持ってきてくださったことがあります」


「神殿からの支援品として?」


「いえ。ご本人が、古いものだけれど、と」


 マルタさんは棚から一冊の絵本を出した。


 表紙は擦り切れている。


 けれど、丁寧に直された跡がある。


 リナが横から手を伸ばした。


「これ、ミリアお姉ちゃんが読んでくれた!」


「どんなお話でした?」


「パンを半分こする話」


「パンを」


「うん。最後にみんなで食べるの」


 リナは嬉しそうに笑った。


 その笑顔に、私の中の火種感知は何も告げなかった。


 これは燃料ではない。


 広告文でもない。


 誰かに書かされた感動話でもない。


 この子の記憶だ。


 エレオノーラ様が絵本をそっと見つめていた。


 その横顔は、いつもの冷静な公爵令嬢のものだった。


 けれど、ほんの少しだけ、痛みを飲み込むような影がある。


 ミリア様がこの孤児院で善意を見せていたとしても、それでエレオノーラ様が傷ついた事実は消えない。


 だから、分けなければならない。


 ミリア様の善意。


 ミリア様の責任。


 神殿の利用。


 エレオノーラ様の被害。


 全部を一つの見出しに押し込めたら、誰かがまた燃える。


「帳簿の写しを取らせていただいても?」


「構いません。ただ、神殿に知られると……」


 マルタさんの声が小さくなった。


 私は顔を上げた。


「神殿から何か言われていますか」


「いえ、明確に何かを禁じられているわけではありません」


「では、どのような」


「支援先として認定されるには、神殿慈善部との良好な関係が必要だと」


 便利な言葉がまた出た。


 良好な関係。


 つまり、逆らうな。


 私は胃の奥が冷えるのを感じた。


「支援を止められる不安があるのですね」


「子どもたちがおりますので」


 マルタさんは静かに言った。


 責める声ではない。


 ただ、守る者の声だった。


 だから私は、軽々しく「戦いましょう」とは言えない。


 火の中に飛び込める人ばかりではない。


 エレオノーラ様が言っていた言葉を思い出す。


「写しには、孤児院名を伏せる方法もあります」


 私は慎重に言った。


「現段階では、内部確認用として扱います。公表する場合は、孤児院に不利益が及ばない形を検討します」


「それなら……」


 マルタさんは少し安心したように頷いた。


 私は記録係用の小型水晶を取り出し、帳簿の該当部分を複写した。


 横でカイル様が静かに見ている。


 彼は退屈しているように見えたが、実際には部屋の出入口と窓の位置をずっと確認していた。


 護衛としては非常に有能だ。


 書類読解担当としては、三分の一で逃げかけるが。


 その時、廊下から子どもたちの声がした。


「熊の人、熊の人!」


「熊ではない」


 即答だった。


 私は振り向く。


 数人の子どもたちが、扉の向こうからカイル様を見ていた。


 リナが先頭に立っている。


「熊の人、持ち上げられる?」


「何を」


「ぼく!」


「だめです」


 私が即座に止めた。


 カイル様はこちらを見た。


「軽い」


「そういう問題ではありません」


「落とさない」


「そういう問題でもありません」


 子どもたちは残念そうにした。


 リナが今度は私を見る。


「じゃあ、リディアお姉ちゃんは?」


「私はもっと無理です」


「弱い?」


「事務職です」


「じむしょく?」


「紙と戦う人です」


 リナは真剣に考えた。


「紙って強いの?」


 私は帳簿と神殿契約書を見た。


「とても強いです」


 リナは納得したように頷いた。


「じゃあリディアお姉ちゃんも強いんだ」


 私は言葉に詰まった。


 そんなふうに言われると思わなかった。


 強い。


 私は強くない。


 胃薬を飲むし、書類に負けそうになるし、前世では会社に押し潰された。


 でも、子どもの前でそれを言うのも違う。


 カイル様が低く言った。


「強い」


 私は驚いて振り向いた。


 彼はこちらを見ていなかった。


 窓の外を警戒しているふりをしている。


 けれど、その言葉は確かに私に向けられていた。


「……辺境伯様」


「紙に勝つ」


「まだ勝っていません」


「勝て」


「命令形ですね」


「必要だ」


 不器用すぎる励ましだった。


 でも、胸の奥に小さく残った。


 リナが嬉しそうに笑う。


「リディアお姉ちゃん、紙に勝つんだ!」


「勝てるよう努力します」


「熊の人も応援する?」


「熊ではない」


「応援する?」


 カイル様は少し沈黙した。


「する」


 子どもたちが歓声を上げた。


 カイル様は表情を変えない。


 でも、さっきより少しだけ肩の力が抜けているように見えた。


 この孤児院には、確かにミリア様の善意の痕跡がある。


 絵本。


 子どもたちの記憶。


 熱を出したリナのそばにいたという話。


 けれど、数字は合わない。


 神殿の発表と、現場に届いた支援が合っていない。


 善意の上に、別の誰かが大きな看板を立てている。


 私は帳簿を閉じた。


「マルタ院長。最後に、ミリア様がこちらで話された言葉について覚えていることはありますか」


「言葉、ですか」


「はい。神殿発表では、ミリア様が『皆さまのために祈ります』と述べたとあります」


 マルタさんは少し考えた。


「その言葉は、確かにおっしゃっていました。神殿の方々がいる時には」


「神殿の方々がいる時には?」


「ええ。でも、子どもたちだけになった時は、もっと普通に話しておられました」


 私は息を詰めた。


「例えば?」


 マルタさんはリナを見た。


 リナが元気よく答える。


「ミリアお姉ちゃん、リナに言ったよ」


「何を?」


「熱いのいやだねって」


 短い言葉だった。


 清らかな祈りでもない。


 皆さまのためでもない。


 ただ、熱を出した子どもに向けた言葉。


 熱いのいやだね。


 それだけ。


 でも私は、その言葉のほうが、神殿の美しい布告文よりずっとミリア様本人に近い気がした。


 火種は見えない。


 ただ、空白の中に、薄い輪郭が見えたような気がした。


「ありがとうございます」


 私は静かに言った。


「とても大事な確認でした」


 その時、外で馬車の音がした。


 規則正しい蹄の音。


 院長の顔が強張る。


 カイル様がすぐに扉のほうへ視線を向けた。


 エレオノーラ様が扇を閉じる。


「予定より早いお客様ですわね」


 私は窓の外を見た。


 白い馬車。


 神殿印。


 降りてきたのは、白い法衣の男だった。


 整った笑顔。


 柔らかな物腰。


 見事なまでに乱れのない銀縁眼鏡。


 神殿広報官オルド・レイス。


 彼は、まるで偶然通りかかったかのように、孤児院の庭に立った。


 そしてこちらに向かって、穏やかに会釈する。


「リディア・ノートン様。エレオノーラ・グランフェルト様。ヴァレンシュタイン辺境伯」


 声も笑顔も、完璧だった。


「このような場所でお会いするとは、奇遇ですね」


 奇遇。


 便利な言葉だ。


 私は帳簿の写しをそっと鞄にしまった。


 オルドの視線が、その動きを一瞬だけ追う。


 一瞬だけ。


 だが、見逃さなかった。


 私の視界に、火種が浮かぶ。


【火種:調査妨害】


【火種:孤児院への圧力】


【火種:王宮の神殿介入印象】


【火種:ミリア隔離強化】


【火種:証拠隠滅】


 胃が痛い。


 しかし、今日は二粒飲んできた。


 私は立ち上がった。


「奇遇ですね、オルド広報官」


 そして、営業用の笑顔を浮かべる。


「こちらは事前申請済みの正式な事実確認です。どうぞ、記録水晶の前でご説明ください」


 オルドの笑顔は崩れない。


 けれど、その目だけが少し冷えた。


 白い神殿の火が、静かにこちらへ近づいてくる。


 私は鞄の中の帳簿の写しを握りしめた。


 美談の数字は、合っていない。


 そしてたぶん、彼らはそれを知られたくない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ