神殿の広報戦略が強すぎる
神殿の資料を机いっぱいに並べた結果、王宮広報局危機声明管理室は、いつもの火消し部屋ではなく、怪しい宗教用品の見本市みたいになった。
祈りの布。
聖女候補ミリア様の絵姿。
清らかな香油。
慈善祈祷会の案内状。
孤児院支援をうたう寄進広告。
神殿布告。
王都瓦版の特集記事。
さらに、水晶掲示板の書き込み写し。
全部を並べると、白い。
とにかく白い。
白い紙に、白い衣のミリア様。
白い花。
白い祈り。
白い涙。
ここまで白いと、逆に火種がよく見える。
「……目が痛いです」
私は赤インクの瓶を持ったまま、机の前で呟いた。
先輩職員が隣で腕を組む。
「神殿って、白の使い方が上手いよね」
「上手いですね」
「うちも王宮声明を白くしたら燃えにくくなるかな」
「王宮声明は色の問題ではありません。中身です」
「だよねえ」
先輩は遠い目をした。
たぶん、王太子殿下の謝罪文を思い出している。
私も思い出した。
忘れたいのに、思い出した。
『不快にさせたなら謝る』
あれは白い紙に書かれていても燃料だった。
むしろ白い紙がよく燃えた。
私は気を取り直し、神殿の資料を種類ごとに分けていく。
「まず、神殿布告」
左端に置く。
「次に、商会広告」
その隣に置く。
「瓦版記事」
さらに隣。
「水晶掲示板の反応」
最後に置く。
こうして横に並べると、流れが見える。
神殿が布告を出す。
商会が関連商品を売る。
新聞が美談として広げる。
掲示板で民衆が感情を増幅させる。
綺麗に連動している。
綺麗すぎる。
私は赤インクで紙の上に大きな矢印を書いた。
「布告から広告へ。広告から新聞へ。新聞から掲示板へ」
先輩が覗き込む。
「火の回り方?」
「はい。ですが、ただの延焼ではありません」
「というと?」
「導線が引かれています」
私は新しい紙を一枚取り出し、中央に三つの単語を書いた。
敵。
被害者。
救済者。
それを見た先輩が、露骨に嫌そうな顔をする。
「うわ、わかりやすい」
「はい。わかりやすいんです」
わかりやすいことは悪ではない。
説明は、わかりやすい方がいい。
けれど、人間を三つの役に押し込めるわかりやすさは危険だ。
私はそれぞれの下に名前を書き込んだ。
敵――エレオノーラ・グランフェルト。
被害者――ミリア・セレス。
救済者――神殿。
書いた瞬間、胸の奥が少し重くなった。
エレオノーラ様は敵ではない。
ミリア様は、ただの被害者でもない。
神殿が本当に救済者かどうかも怪しい。
でも、神殿の資料はこの三つの構図をとても自然に読ませてくる。
『傷つけられた少女』
『争いを望まぬ清き祈り』
『神殿は苦しむ者に寄り添う』
『傲慢な権力に、祈りは屈しない』
どれも一文だけなら美しい。
けれど並べると、方向が見える。
エレオノーラ様を悪く見せる。
ミリア様を清らかに見せる。
神殿を守る側に見せる。
王宮や公爵家が反論すれば、「清き祈りを邪魔する権力者」に見える。
強い。
腹が立つほど強い。
「神殿の広報戦略が強すぎます」
私が本音を漏らすと、先輩が小声で言った。
「うちより広報が上手い。転職したい」
「魂ごと契約されますよ」
「それは福利厚生に入る?」
「入りません。たぶん退職時に返ってきません」
「やめておこう」
賢明である。
私は水晶掲示板の書き込み写しを手に取った。
『ミリア様かわいそう』
『あんなに清らかな方が嘘をつくはずない』
『エレオノーラ様、会見で強すぎて怖かった』
『神殿はミリア様を守って』
『王宮は何を隠している?』
見事に感情が流されている。
まず「かわいそう」と思わせる。
次に「清らかだから正しい」と思わせる。
それから、対立する人物を「怖い」と感じさせる。
最後に、「守るべきだ」「隠しているのでは」と行動や疑念へつなげる。
私は赤インクで、掲示板写しの横に言葉を書いた。
「感情の導線」
先輩がそれを読み上げる。
「感情の、導線」
「はい」
「火薬庫みたいな言い方だね」
「似たようなものです。人の感情は、置き方を間違えると爆発します」
私は資料を指で押さえた。
「神殿は、民衆がどこで同情し、どこで怒り、どこで誰かを責めたくなるかを知っています」
「怖いなあ」
「怖いです。しかも、美しい言葉でやっています」
美しい言葉は、疑われにくい。
清らか。
祈り。
慈善。
救済。
安寧。
誰も正面から否定しにくい言葉ばかりだ。
否定すれば、こちらが冷たい人間に見える。
けれど、その言葉の陰で、誰かの名前が消えている。
エレオノーラ様の名前。
ミリア様本人の意思。
孤児院の実態。
寄進金の数字。
大切なものほど、白い布の下に隠されている。
「リディア」
声をかけられて振り向くと、エレオノーラ様が部屋に入ってきたところだった。
昨日より少しだけ疲れた顔をしている。
けれど、姿勢は相変わらず美しい。
その背筋だけで、貴族サロンの三つや四つは黙らせられそうだ。
「お呼び立てして申し訳ありません」
「構いませんわ。どうせサロンにいても、私が悪女かどうかを砂糖菓子の甘さくらい軽く論じられるだけですもの」
「本当に燃やす相手を選んでくださいね」
「今のところは選んでおりますわ」
今のところ。
怖い。
エレオノーラ様は机の上の資料を見ると、すぐに私の書いた図に目を留めた。
「敵、被害者、救済者」
「神殿が作っている構図です」
「わかりやすいですわね」
「はい」
「そして、雑ですわ」
エレオノーラ様は微笑んだ。
その笑みには、鋭い刃が隠れている。
「私を敵にするなら、もう少し格調高くしていただきたいものです」
「そこですか」
「重要ですわ。雑な悪役にされるのは、名誉への二重被害です」
それはそうかもしれない。
いや、そうだろうか。
私は一瞬だけ真剣に悩んだ。
エレオノーラ様は祈りの布の広告を一枚手に取る。
「この構図、社交界でも広がっていますわ」
「やはり」
「ええ。ミリア様を責めるのは酷い。神殿の慈善を疑うのは品がない。エレオノーラは強いのだから、多少の悪評には耐えられるはず。そんな言い方です」
私は眉を寄せた。
「強い人に耐えろと言うのは、ただの甘えです」
「同感ですわ」
エレオノーラ様は静かに広告を置いた。
「ただ、リディア。民衆がミリア様に同情する気持ち自体は、否定してはいけません」
「はい」
「彼女は確かに、守られるべき少女に見える。そこには本物の感情も混じっています」
「わかっています」
だから難しい。
ミリア様を聖女候補として持ち上げる構造は危うい。
でも、ミリア様を心配する人々の気持ちまで、すべて操作された偽物だと言うことはできない。
怒りの中にも本物の痛みがあるように。
同情の中にも本物の優しさがある。
問題は、それを誰がどこへ流しているかだ。
私は「感情の導線」と書いた紙を見下ろした。
「同情を、誰かへの攻撃に変える線が引かれています」
エレオノーラ様が頷く。
「なら、その線を見つけなければなりませんわね」
「はい」
その時、廊下の向こうがざわついた。
足音。
それから、やけに丁寧な声。
「失礼いたします」
扉の前に立っていた職員が、明らかに困った顔でこちらを見る。
「リディアさん、神殿から使者が」
「使者?」
「はい。神殿広報官を名乗っておられます」
神殿広報官。
その言葉だけで、部屋の温度が一段下がった気がした。
先輩が小声で言う。
「広報官って神殿にもいるんだ」
「いますよ。今、机の上でその実力を嫌というほど見ています」
「帰ってもらう?」
「それをすると、王宮は神殿の説明を拒んだという見出しになります」
「会おう」
「会います」
嫌な判断ほど早くなるのが、炎上対応係の悲しい習性だ。
私は資料を整え、背筋を伸ばした。
「お通ししてください」
しばらくして入ってきた男は、柔らかな笑みを浮かべていた。
年齢は三十代半ばくらいだろうか。
淡い灰色の髪を後ろでまとめ、白い神殿衣の上に薄金の飾り紐をかけている。
目元は優しい。
声も穏やか。
けれど、私はその笑みに反射的に胃が痛くなった。
職業病だ。
「お初にお目にかかります。神殿広報官、オルド・レイスと申します」
男は丁寧に一礼した。
「王宮広報局、危機声明管理室のリディア・ノートンです」
「噂はかねがね」
その一言に、私の視界の端で小さな火種が揺れた。
【火種:含みのある称賛】
やめてほしい。
挨拶から燃えないでほしい。
「グランフェルト公爵令嬢にも、ご挨拶を」
オルドはエレオノーラ様へ向き直った。
「このたびは、大変なご心労であったことと存じます」
「ご丁寧に」
エレオノーラ様は優雅に微笑む。
「神殿からそのように案じていただけるとは、意外ですわ」
空気が一瞬だけ薄くなる。
先輩がそっと胃薬の瓶に手を伸ばした。
オルドは笑みを崩さない。
「神殿は、すべての傷ついた方に寄り添います」
私は黙って聞いた。
すべて。
また広い言葉だ。
広すぎる言葉は、誰の名前も呼ばない。
オルドは机の上の資料に目をやった。
「熱心にご研究いただいているようですね」
「研究ではありません。火種分析です」
「火種」
オルドは面白そうに繰り返した。
「なるほど。王宮らしい表現です」
「神殿では違う表現を?」
「我々は、導きと呼びます」
導き。
便利な言葉だ。
誰がどこへ導いているのかを曖昧にできる。
私は赤インクのペンを置いた。
「本日は、どのようなご用件でしょうか」
「近日行われる慈善祈祷会について、王宮側にも正しくご理解いただきたいと思いまして」
「正しく」
「はい。誤解は悲しいものですから」
誤解。
王太子殿下の謝罪文にも出てきた嫌な言葉だ。
責任を薄める時、人はよく誤解と言う。
私は顔に出さないように気をつけた。
たぶん、少し出た。
「祈祷会では、ミリア様が孤児院支援のために祈りを捧げます」
オルドは滑らかに続ける。
「傷ついた少女が、それでも人々のために祈る。その姿は、多くの民の心を癒やすでしょう」
言葉は優しい。
けれど、あまりにも整っている。
傷ついた少女。
人々のために祈る。
民の心を癒やす。
すぐに見出しへ使える。
私は訊いた。
「ミリア様ご本人は、その祈祷会を望んでおられるのですか」
オルドの笑みは変わらなかった。
「もちろんです。ミリア様はいつも、皆さまのために祈りたいと仰っています」
「皆さま、とは具体的にどなたですか」
ほんのわずか。
オルドのまばたきが遅れた。
エレオノーラ様が、それを見逃さずに目を細める。
「民です」
オルドは答えた。
「苦しむ民。悲しむ民。不安の中にいる民。ミリア様は、そのすべてに祈りを捧げたいのです」
また、広がった。
民。
皆さま。
すべて。
大きな言葉の中に、誰の顔もない。
「孤児院支援について確認させてください」
私は資料をめくった。
「広告には『売上の一部を孤児院へ寄進』とあります。一部とは何割ですか」
「詳細は会計担当が管理しております」
「寄進先の孤児院名は?」
「複数ございます」
「一覧はいただけますか」
「調整いたしましょう」
出た。
調整。
今すぐ出せない時に使う、便利で柔らかい壁。
私は心の中で赤インクを三本折った。
実際には折らない。
赤インクは貴重だ。
「祈祷会の台本はありますか」
「台本、ですか」
「進行表でも構いません。ミリア様が話す内容を事前に確認したいのです。過度な取材や誤解を避けるために」
オルドは静かに笑った。
「祈りは、台本で行うものではありません」
美しい回答だ。
そして、答えていない。
私はさらに聞く。
「では、ミリア様が自由に発言されるのですね」
「もちろん、神殿の教えに沿った形で」
自由に見えて、枠がある。
教えに沿う。
つまり、外れた発言は自由ではない。
私の視界に火種が増える。
【火種:本人意思の不透明】
【火種:寄進金不明瞭】
【火種:美談による反論封じ】
【火種:神殿権威の盾化】
オルドはこちらの沈黙をどう受け取ったのか、柔らかく続けた。
「ノートン様。民は複雑な話を好みません」
私は顔を上げた。
「はい?」
「失礼。民を軽んじているわけではありません。ただ、人は苦しい時、整理された物語を求めるものです」
物語。
まただ。
ベルク様も、そう言った。
私はペンを握る指に力を込めた。
オルドは穏やかに言う。
「悪意ある者。傷ついた者。それを救う者。人々には、理解しやすい形が必要です」
私はゆっくりと息を吸った。
「理解しやすい形にするために、誰かを悪意ある者に固定するのですか」
「固定ではありません。認識の整理です」
「それを固定と言います」
先輩が小さく息を呑んだ。
エレオノーラ様は、口元だけで笑っている。
オルドの笑みは、まだ崩れない。
「リディア・ノートン様。あなたは優秀な広報官だと伺っています」
「ありがとうございます。胃は優秀ではありません」
「だからこそ、おわかりでしょう」
オルドは机の上の資料を指先で示した。
「民は三つ以上覚えられない」
部屋の空気が止まった。
その言い方は、あまりにも自然だった。
優しく、穏やかで、確信に満ちていた。
「敵。被害者。救済者。それ以上を同時に語れば、人々は迷います。迷えば、不安になります。不安は怒りになります。怒りは炎上になる」
私は言葉を失いかけた。
広報としては、理解できてしまう。
情報は絞るべきだ。
伝える順番は大切だ。
人に届く形へ整えることは必要だ。
けれど。
「だから、誰かの複雑さを削るのですか」
私の声は、自分で思ったより低かった。
「削るのではありません。救うために整えるのです」
「誰を」
「民を」
「ミリア様は?」
オルドは一瞬だけ沈黙した。
私は続ける。
「ミリア様本人は、整えられる側ではないのですか」
「ミリア様は聖女候補です」
「人間です」
その言葉は、部屋の中にまっすぐ落ちた。
エレオノーラ様が静かにこちらを見る。
先輩も、資料を持つ手を止めた。
私は言った。
「聖女候補でも、人間です。祈りたくない日もあるでしょう。怒ることも、怖がることも、誰かを責めたいこともあるかもしれません。それを全部清らかな祈りに整えたら、本人の言葉はどこへ行くのですか」
オルドは私を見つめた。
優しい目だった。
けれど、温度がなかった。
「本人の未熟な言葉が、多くの民を傷つけることもあります」
「だから奪うのですか」
「守るのです」
即答だった。
迷いがない。
迷いがない人は、時々怖い。
間違える余地すら、自分に許していないからだ。
オルドは丁寧に頭を下げた。
「神殿は、王宮との無用な対立を望みません。どうか慈善祈祷会へのご理解を」
「理解するために、資料を確認します」
「もちろんです」
「寄進先一覧、収支見込み、祈祷会の進行表、ミリア様の発言予定、商会との契約内容。提出をお願いします」
先輩が横で「多い」と小さく呟いた。
私は聞こえないふりをした。
オルドは笑みを深める。
「可能な範囲で」
「必要な範囲でお願いします」
笑顔と笑顔の間に、火花が散った気がした。
物理的には散っていない。
散っていたら消防案件だ。
広報案件だけで十分である。
「承知いたしました」
オルドはもう一度礼をした。
「それでは、本日はこれで。ミリア様の清き祈りが、皆さまに届きますように」
皆さま。
最後まで、名前は出なかった。
オルドが退出すると、部屋に重い沈黙が残った。
先輩が真っ先に口を開く。
「うちより広報が上手い」
「転職しないでください」
「魂ごとは嫌だし、やめる」
私は椅子に座り直した。
胃が痛い。
かなり痛い。
でも、今のやり取りで、かなり見えた。
神殿は、民衆の感情を軽く見ていない。
むしろ、よく知っている。
知っているからこそ、流す。
怒りや同情や不安が、どこへ向かえば神殿に都合がいいかを。
「敵、被害者、救済者」
私は紙に書いた三つの言葉を見つめた。
神殿は、これ以上を語らせないつもりだ。
けれど実際には、もっといる。
婚約破棄で傷ついたエレオノーラ様。
聖女候補として担がれるミリア様。
利用された王太子殿下。
煽られる民衆。
情報を売る新聞社。
布告を出す神殿。
言葉を整える誰か。
そして、消された名前。
三つでは足りない。
足りないから、こぼれる。
こぼれた人から燃える。
「リディア」
エレオノーラ様が静かに言った。
「先ほどの言葉、よかったですわ」
「先ほどの?」
「ミリア様は人間です、という言葉」
私は少しだけ視線を落とした。
「……自分にも言い聞かせていました」
ミリア様は、私たちの敵に見える。
エレオノーラ様を傷つける物語の中心にいる。
でも、彼女自身がその物語を書いたとは限らない。
敵に見える人の中にも、声を奪われた人がいる。
それを見落としたら、私はまた、誰かを役割でしか見ないことになる。
「ただし」
エレオノーラ様の声が少し鋭くなる。
「彼女が人間であることと、私が傷つけられたことは別ですわ」
「はい」
「そこを混ぜないで」
「混ぜません」
救うことと、責任を曖昧にすることは違う。
それはこの先、何度も間違えそうになる道だ。
私は忘れないように、紙の端に書いた。
『責任と救済を混ぜない』
先輩がそれを見て、うなずく。
「いいね。それ、壁に貼る?」
「貼ったら王太子殿下が通るたびに燃えます」
「じゃあ貼ろうか」
「だめです」
少しだけ、部屋に笑いが戻った。
でも、次の瞬間。
廊下から、また別の職員が駆け込んできた。
今日の扉はよく働く。
できれば少し休ませてあげたい。
「リディアさん!」
「今度は何ですか」
「神殿から届いた追加資料の中に、孤児院寄付の収支予定表がありました!」
「早いですね」
「いえ、それが……」
職員の顔色が悪い。
私は受け取った紙に目を落とした。
数字が並んでいる。
祈りの布の売上見込み。
香油の売上見込み。
慈善祈祷会の献金見込み。
会場費。
装飾費。
警備費。
商会手数料。
神殿管理費。
広報費。
そして、孤児院寄付予定額。
私は一度、まばたきした。
もう一度、数字を見る。
合わない。
どう見ても、合わない。
「……寄付額が少なすぎます」
先輩が覗き込む。
「え?」
「売上見込みに対して、孤児院へ届く金額が低すぎます。しかも、神殿管理費と広報費が大きい」
エレオノーラ様の表情が冷えた。
「慈善の名を借りた集金、ということかしら」
「まだ断定はできません」
私は紙を押さえた。
「でも、数字が不自然です」
神殿は言葉が上手い。
構図が上手い。
感情の流し方も上手い。
でも、数字は時々、綺麗な言葉より正直だ。
私は赤インクを手に取った。
今度の火元は、文章だけではない。
契約書。
収支表。
寄進の流れ。
美談の裏側に、数字がある。
私は静かに言った。
「次は、美談の裏にある契約書を見ます」
紙の上で、赤い丸がいくつも増えていく。
清らかな祈りの下に隠された数字が、少しずつ顔を出し始めていた。




