名誉回復会見、始めます
名誉回復会見という言葉は、聞こえだけなら立派である。
傷つけられた名誉を、正しく回復するための場。
うん。
実に美しい。
だが現実には、新聞記者が並び、貴族が目を光らせ、神殿関係者が沈痛な顔で圧をかけ、王宮の上層部が「なるべく穏便に」と言いながら責任をこちらへ投げる場である。
つまり、火薬庫の中央に白い布を敷いて、そこに紅茶を置くようなものだ。
火薬庫でお茶会。
王都貴族は本当にやりかねないので怖い。
「リディア、顔色が紙ですわ」
隣でエレオノーラ様が言った。
今日も背筋が美しい。
濃い青のドレス。
銀の髪は結い上げられ、首筋に一筋だけ落ちている。
泣き崩れる被害者ではない。
怒りに任せて叫ぶ告発者でもない。
堂々と、自分の言葉を取り戻しに来た人だった。
「紙ならまだ書けます」
「書類になる気ですの?」
「いえ、燃えにくい紙を目指します」
「あなた、本当に疲れているのね」
否定できない。
私は手元の進行表を確認した。
会場は王宮内の中会見室。
大広間ではない。大きすぎると見世物になる。
小部屋ではない。狭すぎると密談に見える。
記者は事前登録制。
記録水晶を三台。
王宮記録局、公爵家、第三者立会人がそれぞれ保管。
質問は五問まで。
質問者名、所属、質問全文を記録。
回答は会見後に全文公開。
不正確な引用が出た場合、訂正権を行使する。
ここまで整えても、燃えるときは燃える。
炎上対応とは、完璧な防火ではない。
燃えた時に、誰が何を言ったかを失わないための準備でもある。
会見室の入口には、王宮広報局の先輩セラさんが立っていた。
今日のセラさんは、いつもの笑顔が三割薄い。
「記者、全員入りました。王都瓦版、灯火新聞、貴族通信、神殿系二紙、商会広告紙が一紙。あと、王太子派に近い夕刊紙」
「夕刊紙も入れたんですか」
「締め出したら『都合の悪い記者を排除』って書かれるもの」
「入れたら入れたで燃えます」
「だから今日は胃薬を二種類持ってきたわ」
「薬効の分散投資ですね」
「広報局員の資産形成よ」
嫌な資産形成である。
セラさんはそっと小瓶を差し出してくれた。
「飲む?」
「会見後にします。今飲むと、記者に『広報官、胃薬を片手に公爵令嬢を誘導』と書かれます」
「書かれるわね」
「否定してください」
「事実だから無理」
事実は時々、味方の顔でこちらを刺してくる。
壁際にはカイル様がいた。
黒に近い軍装。
剣は帯びているが、手は柄に触れていない。
前回の取材対応で「帰れ」を公式回答にしかけた人物とは思えないほど、今日は静かだ。
ただし、静かすぎて逆に圧がある。
記者がちらちらとカイル様を見ている。
私は近づき、小声で言った。
「カイル様」
「何だ」
「今日は、できれば睨まないでください」
「睨んでいない」
「王都基準では、やや雪崩です」
「雪崩」
「人が埋まります」
カイル様は少しだけ眉を寄せた。
「では、どうすればいい」
「無表情を三割ほど柔らかく」
「三割」
「はい」
カイル様は無言で試みた。
結果、処刑前から尋問前くらいにはなった。
「……努力は確認しました」
「足りないか」
「燃えるほどではありません」
「ならいい」
いいのだろうか。
いや、今日はそれどころではない。
エレオノーラ様が、会見台の横で静かに立っている。
その手に震えはなかった。
でも私は、彼女が昨夜こぼした言葉を覚えている。
『私は、悪役令嬢ではありません』
『私は、傷つけられた本人です』
今日、その言葉を公の記録に残す。
私は息を吸った。
「始めます」
会見室が静まり返った。
私は会見台の前に立つ。
「本日は、昨夜および本日までに報じられた一連の件について、グランフェルト公爵令嬢エレオノーラ様より発言があります。進行は王宮広報局危機声明管理室、リディア・ノートンが務めます」
記者たちの羽ペンが動く。
「本会見の発言は、全文を記録します。会見後、必要な確認を経たうえで全文を公開します。切り取り、意図的な要約、発言順の入れ替えによる誤報が確認された場合、公爵家および王宮広報局は訂正を求めます」
夕刊紙の記者が手を上げかけた。
私は先に言う。
「質問は後ほど受け付けます」
手が下がった。
勝った。
小さな勝利である。
ただし、まだ会見は始まったばかり。
ここで勝利宣言すると燃える。
私は一歩下がった。
「エレオノーラ・グランフェルト様、お願いいたします」
エレオノーラ様が前へ出た。
会場の視線が一斉に集まる。
けれど彼女は、逃げなかった。
「エレオノーラ・グランフェルトです」
その声は、澄んでいた。
「まず、昨夜の舞踏会における一連の発言について、私は正式な事実確認と記録の保全を求めます」
淡々としている。
だが冷たくはない。
「王太子ルーファス殿下は、公の場で私との婚約破棄を宣言されました。また、証拠確認が完了していない段階で、私が聖女候補ミリア・セレス様を傷つけたとの趣旨の発言をなさいました」
記者たちのペンが走る。
神殿系の記者の一人が、唇を引き結ぶ。
火種が浮かぶ。
【火種:王太子責任追及】
【火種:神殿証拠への疑義】
【火種:聖女候補被害者化への反発】
【火種:公爵家支持拡大】
燃える。
だが、これは避けられない火だ。
事実確認を始めれば、火は出る。
問題は、それを誰かの顔に投げつけるか、それとも照明として使うかだ。
エレオノーラ様は続ける。
「私は、ミリア様をこの場で非難するために立っているのではありません」
神殿系記者たちがわずかに動く。
「彼女が何を感じ、何を語るべきかは、彼女自身の言葉によって確認されるべきです。私が求めるのは、未確認の罪を着せられた者として、正式な調査と発言機会を得ることです」
私は、手元の進行表を握りしめた。
よし。
ミリア様を攻撃せず、でも自分の被害は消さない。
この線は細い。
細すぎて、胃薬で綱渡りをしている気分だ。
「私は泣きませんでした」
エレオノーラ様が言った。
室内の空気が変わる。
「だからといって、傷つかなかったわけではありません」
記者たちの手が止まった。
昨日も聞いた言葉だ。
でも今日は、王宮の会見室で、記録水晶の前で語られている。
意味が違う。
「私は怒っています。悲しんでいます。そして、私自身の言葉を聞かれることを求めます」
静かな宣言だった。
叫びではない。
涙でもない。
でも、確かにそこには感情があった。
私は思った。
人を守る文章は、感情を消すものではない。
感情が誤って誰かを傷つけないように、置く場所を整えるものだ。
エレオノーラ様は、最後にこう結んだ。
「私は、悪役令嬢ではありません。私は、この件で名誉と人生を傷つけられた当事者です。どうか、そのことを記録してください」
記録してください。
その一言に、私は胸を突かれた。
聞いてください、ではない。
信じてください、でもない。
記録してください。
なかったことにしないでください。
その願いは、王宮広報局が本来背負うべき仕事そのものだった。
沈黙の後、会見室に小さなざわめきが戻る。
私は前へ出た。
「それでは質問を受け付けます。質問は五問まで。所属と氏名を述べたうえで、質問は一つに絞ってください。なお、未確認情報を前提にした質問には、回答前に前提確認を行います」
夕刊紙の記者が即座に手を上げた。
早い。
こういう人は火種の足が速い。
「夕都夕刊、マロウです。エレオノーラ様は、今のご発言で王太子殿下を公然と非難されたと受け取ってよろしいですか」
来た。
見出しにしやすい質問だ。
【火種:王太子対公爵令嬢】
【火種:公爵家反王家印象】
【火種:強い女への反発】
私は口を開きかけたが、エレオノーラ様が視線だけで制した。
大丈夫、と。
彼女は答えた。
「私は、王太子殿下の昨夜の発言について、正式な確認を求めています。非難という言葉で感情的な対立に置き換えるより、何が記録され、何が確認されていないかを見ていただきたいですわ」
強い。
私は心の中で丸をつけた。
次に、王都瓦版の記者が手を上げた。
あの、妙に官僚的な句読点の記者だ。
「王都瓦版、レナードです。かかる状況において、名誉回復を急ぐことは、聖女候補ミリア様の尊厳を損なう可能性があるとの指摘もあります。この点について、エレオノーラ様および王宮広報局は、どのような配慮を――」
「質問は一つに絞ってください」
私は反射で言った。
記者が一瞬止まる。
「……では、ミリア様への配慮について」
言い換えた。
だが、火種は残る。
【火種:ミリア盾化】
【火種:エレオノーラ発言封じ】
【火種:神殿側物語への誘導】
【火種:被害者同士の対立演出】
私は答えようとした。
だが、ここもエレオノーラ様が先に口を開いた。
「ミリア様への配慮は必要です」
神殿系記者の目がわずかに緩む。
「同時に、私への配慮も必要です」
その目が固まる。
「誰か一人の尊厳を守るために、別の誰かの尊厳を黙らせる必要はありません。ミリア様が傷ついたなら、それも確認されるべきです。私が傷ついたことも、確認されるべきです」
私は、思わず息を止めた。
いい。
とてもいい。
エレオノーラ様は、悪役令嬢の舞台に立たなかった。
被害者同士を争わせる構図にも乗らなかった。
彼女は自分の怒りを抱えたまま、相手の存在を消さなかった。
これができる人は、そう多くない。
カイル様が壁際で短く言う。
「強い」
声が小さかったので、記者には聞こえていない。
たぶん。
聞こえていたら「辺境伯、公爵令嬢を称賛」と書かれる。
いや、それくらいならまだ弱火か。
三問目は灯火新聞だった。
「灯火新聞、ニナです。昨夜から今日にかけて、複数の紙面で“悪役令嬢”という呼称が使われています。この呼称そのものについて、どうお考えですか」
エレオノーラ様が、薄く笑った。
その笑みを見て、私は少し身構える。
高笑いだけはやめてください。
「便利な言葉ですわね」
会見室の空気がわずかに揺れた。
「悪役令嬢と呼べば、その人の言葉を聞かずに済みます。冷たい、計算高い、嫉妬深い。そういう箱に入れてしまえば、何をされたかではなく、どんな女かという話に変えられる」
記者たちのペンが走る。
「けれど、私は箱ではありません。人間です」
静かだった。
「怒ることもあります。傷つくこともあります。間違えることもあるでしょう。ですが、だからといって、確認されていない罪を着せられてよい理由にはなりません」
灯火新聞の記者は、深く頷いた。
この質問は良い形で記事になる。
私はそう判断した。
四問目は商会広告紙だった。
「商都通信です。今回の騒動により、王家、公爵家、神殿の関係悪化が商取引に影響するとの懸念があります。公爵家として、混乱を避けるために早期和解を検討するお考えは?」
うわ。
商会らしい。
利益と安定。
大事だ。大事だが、被害者に向かって早く収めろと言う形になっている。
【火種:被害者への沈黙圧力】
【火種:経済安定を理由とした名誉軽視】
【火種:公爵家譲歩要求】
エレオノーラ様は一拍置いた。
「混乱を避けることは重要です」
はい。
「ですが、混乱を避けるために事実確認を省くことは、次の混乱を生みます」
いい。
「早期和解という言葉が、事実を曖昧にしたまま誰かに沈黙を求める意味であるなら、私は応じません。正式な確認の後、必要な謝罪と訂正がなされるなら、今後の関係について協議する余地はあります」
商会記者は目を細めた。
納得したのか、利益計算を始めたのかはわからない。
たぶん後者だ。
五問目。
神殿系の紙が手を上げた。
「神光紙、オルニスです。聖女候補ミリア様は民のために祈り続けておられます。その清らかな祈りが、今回の一件で傷つけられたことについて、エレオノーラ様はどのように責任をお考えですか」
来た。
真正面から来た。
質問の形をしているが、前提にすでに判決が入っている。
【火種:清らかな被害者固定】
【火種:エレオノーラ加害者前提】
【火種:神殿権威利用】
【火種:民の信仰心との接続】
【火種:聖女ブーム準備】
私は前に出た。
「質問の前提を確認します」
会場の視線が私に集まる。
「今の質問には、確認されていない前提が含まれています。第一に、ミリア様の祈りが今回の件で傷つけられたという事実の確認。第二に、その原因がエレオノーラ様にあるという因果関係。第三に、ミリア様の祈りを“民のため”と定義する根拠です」
神光紙の記者の顔色が変わった。
「私は神殿の公式見解を――」
「公式見解であれば、文書番号と発表日時をご提示ください」
「それは」
「なければ、現時点では記者個人の見解として記録します」
沈黙。
少しやりすぎたか。
視界に火種が浮かぶ。
【火種:王宮対神殿】
【火種:広報官による記者圧迫】
【火種:ミリア擁護層反発】
うん。
ある。
でも放置すれば、もっと燃える。
私は声をやわらげた。
「ミリア様の心身への配慮は、王宮広報局としても必要だと考えています。だからこそ、本人確認のないまま彼女の涙や祈りに意味をつけ、誰かを責める材料にすることは避けるべきです」
神光紙の記者は黙った。
エレオノーラ様が静かに続ける。
「ミリア様がご自身の言葉で何かを語られるなら、私は聞く用意があります」
それで質問は終わった。
会見は、予定通りの時間で閉じられた。
奇跡である。
いや、奇跡と言ってはいけない。
奇跡は神殿の商材になりがちだ。
努力の成果である。
会見後、私はすぐに記録担当へ指示を飛ばした。
「全文写しを三部。発言順を変えないでください。要約版は別紙。見出し候補は三案まで。エレオノーラ様の発言から切り出す場合は、“私は箱ではありません。人間です”と“私は悪役令嬢ではありません”のどちらかを軸に」
セラさんが隣で走り書きする。
「“女の涙を見出しにする男は――”は?」
「今回は使いません」
「もったいない」
「燃えすぎます」
「名言なのに」
「名言は火力が高いんです」
エレオノーラ様が後ろから言った。
「では、いつか使いましょう」
「使う前提で保管しないでください」
「名言倉庫ですわ」
「そんな危険物倉庫は王宮に置けません」
カイル様が短く言う。
「北方に置くか」
「置きません」
「燃えない。寒い」
「そういう問題ではありません」
会見後の控室で、ほんの少しだけ空気が緩んだ。
だが、完全には安心できない。
私は水晶掲示板の速報を確認する。
『公爵令嬢エレオノーラ様「私は箱ではない。人間です」』
『悪役令嬢呼びに疑問の声』
『聖女候補ミリア様への配慮も必要、王宮広報官が説明』
『王太子殿下の発言、正式調査へ』
悪くない。
少なくとも、昨日までのような一方的な悪女固定ではない。
掲示板の流れも割れ始めている。
『エレオノーラ様かっこよかった』
『泣かない=悪女は違うよな』
『でもミリア様もかわいそうでは?』
『両方確認しろって話では』
『広報官また胃を痛めてそう』
『王太子、会見のたびに株が下がる男』
最後の一文は、まあ、否定しづらい。
火種はまだある。
でも、流れは変わった。
エレオノーラ様の名誉は、完全には戻っていない。
そんなに簡単ではない。
悪評で傷ついた名誉は、訂正文一枚で元通りにはならない。
でも今日、彼女は初めて「悪役令嬢」ではなく「当事者」として読まれ始めた。
それは小さな変化だった。
小さくても、火消しには重要だ。
弱火でも焦げるが、弱火なら鍋を救えることもある。
「リディア」
エレオノーラ様が呼んだ。
「はい」
「今日の私は、どうでした?」
私は少し考えた。
広報官として言うべきことはある。
発言の火種。
今後の追加説明。
神殿側の反発。
ミリア様への配慮。
でも今、この人が聞きたいのは、それだけではない気がした。
「とても、エレオノーラ様でした」
そう答えた。
エレオノーラ様は一瞬目を丸くして、それから笑った。
「褒め言葉として受け取りますわ」
「はい。褒め言葉です」
「では、次はもっと上手くやれますわね」
「次がないのが一番ですが」
「あるでしょう?」
「ありますね」
現実は非情である。
その時、控室の扉が静かに開いた。
入ってきたのは、宰相補佐ベルク・アインハルトだった。
場の空気が、すっと冷える。
彼はいつも通り、完璧な礼をした。
髪の乱れもない。
表情の乱れもない。
感情の乱れなど、最初から持ち合わせていないように見える。
「皆様、お疲れさまでございました」
声は柔らかい。
柔らかすぎて、刃物の鞘のようだった。
「本日の会見、拝見いたしました」
エレオノーラ様が静かに微笑む。
「それは光栄ですわ」
ベルクは私を見た。
「見事です。物語の修正がお上手だ」
物語。
その言葉に、背中が冷えた。
前にも聞いた。
新聞記事の流れにも、神殿の美談にも、どこか同じ匂いがあった。
人を、わかりやすい役に置く。
悪役。
被害者。
救済者。
そして、都合のいい順番で並べる。
ベルクの言葉は丁寧だった。
だが、私には火種が見えた。
【火種:事実の物語化】
【火種:人間の役割固定】
【火種:情報操作の正当化】
【火種:広報官への誘導】
【火種:ベルク関与疑惑】
私は口を開いた。
「物語ではありません。事実確認です」
ベルクの微笑みは崩れない。
「もちろんです。事実は重要です。しかし、事実は並べ方によって人々への届き方が変わる。あなたは本日、それを大変よく示されました」
「届く形に整えることと、都合よく役を振ることは違います」
「ええ。違いますとも」
その言い方が、引っかかった。
違いますとも。
彼は否定した。
でも、どこか楽しんでいるように見えた。
「リディア・ノートン様」
「はい」
「あなたは有能です」
褒め言葉のはずなのに、胃が痛くなる。
「それは、本日の会見資料への評価でしょうか」
「それも含めてです」
「恐れ入ります」
「ただ、有能な広報官ほど、自分の言葉が人々の認識を形作ることを忘れてはなりません」
私は黙った。
ベルクは続ける。
「本日、エレオノーラ様は“悪役令嬢”ではなく“傷つけられた当事者”として認識され始めました。これは正しい修正です。ですが同時に、別の認識も生まれます」
「別の認識?」
「では、聖女候補ミリア様は何者なのか、という問いです」
背筋が冷えた。
ベルクは、実に穏やかに言った。
「人々は空白を嫌います。悪役が消えたなら、次の役を探す」
視界に火種が浮かぶ。
【火種:ミリア悪役化】
【火種:被害者交代】
【火種:神殿反撃】
【火種:聖女候補商品化】
【火種:世論再誘導】
まるで、彼はそれを予告しているようだった。
「あなたなら、どう防がれますか?」
問いかけは丁寧だった。
けれど、試されている。
私は答えた。
「ミリア様本人の言葉を確認します」
「本人の言葉」
ベルクは、ほんの少しだけ目を細めた。
「それは、時に混乱を招きます」
「本人不在の物語よりはましです」
「なるほど」
ベルクは微笑んだ。
「実に、あなたらしい」
褒められている気がしない。
エレオノーラ様が一歩前へ出た。
「ベルク様。ご忠告、痛み入りますわ」
「いえ。王国の安定のためです」
「安定とは、誰かの発言機会を減らして得るものではありませんわね」
ベルクは微笑んだまま礼をした。
「もちろんです」
もちろん。
その言葉もまた、綺麗すぎた。
ベルクは去っていった。
扉が閉まる。
控室に、しばらく沈黙が落ちた。
セラさんが小声で言う。
「……今の、褒めに来たの?」
「たぶん、違います」
「じゃあ何?」
「確認しに来たんだと思います」
「何を?」
私は、ベルクが出ていった扉を見つめた。
「私たちが、次にどの火元を見るかを」
カイル様が低く言う。
「あの男、斬るか」
「駄目です」
「まだ何もしていない」
「今しました。提案が燃えました」
「そうか」
本当に残念そうな顔をしないでください。
私は水晶掲示板に視線を戻した。
ちょうど、新しい速報が流れたところだった。
『神殿、聖女候補ミリア様による慈悲の祈りを明日開催』
続いて、商会広告板にも同じ文面が出る。
『傷ついた王都に、清らかな祈りを。聖女候補ミリア・セレス様、民のために祈る』
さらに、貴族サロン向け通信にも。
『ミリア様、沈黙を破り祈りへ。清らかな涙に王都が注目』
一つ。
二つ。
三つ。
同じ方向。
同じ構図。
同じ香り。
敵。
被害者。
救済者。
神殿が動いた。
エレオノーラ様の名誉回復により、悪役令嬢固定が揺らいだ。
だから神殿は、ミリア様をさらに前面に出す。
聖女候補として。
清らかな被害者として。
民のために祈る象徴として。
ミリア様本人の言葉が、また遠ざかる。
私は水晶板を見つめながら、胃の奥が重くなるのを感じた。
セラさんがぽつりと言った。
「今日の炎上は……弱火、だったわね」
私は画面に流れる神殿広告を見た。
白い衣装のミリア様。
祈る手。
潤んだ瞳。
完璧な構図。
火種が、静かに増えていく。
【火種:聖女候補商品化】
【火種:美談による論点ずらし】
【火種:エレオノーラ再悪役化】
【火種:ミリア本人不在】
【火種:神殿広報戦略】
私は小さく息を吐いた。
「弱火でも焦げます」
そう言って、胃薬の瓶を開けた。
王宮広報局危機声明管理室。
通称、炎上対応係。
悪役令嬢の名誉回復作戦は、ひとまず成功した。
けれど今度は、王都全体が聖女候補の美談で白く塗られようとしている。
白は、時々、黒より燃えやすい。




