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MYST REMNANT  作者: 笹上パン工房
―BLACK BOX編―
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第55話「in the rain」

さて雨降りの中、最後の決着とばかりに向かい合う慎之介とマイカ。

マイカとしてはなぜ急に相手が自らの拳をかわし始めたのか理解できず、怪訝けげんに思うが……考えても仕方ないとばかりに再度突進する。


左ジャブから右ストレートのワンツー。

同じく左ジャブ連打からの右ショートフック。

意表を突いたサウスポースタイルからの右ジャブ連打。


――しかし、その全ての攻撃を慎之介は危なげなくかわしていた。


さすがにマイカもこれに戦慄せんりつする。彼にとってはわけがわからないことなのだから。

先ほどまでジャブをさばくのにも苦労していた少年が、すべての攻撃を完全に見切ってかわしているのだ。

しかし…それ以上に、年端としはもいかぬ少年が自分の攻撃をかわし続けるなど彼のプライドが許さなかった。

恐怖以上に怒りと憎悪がマイカの心を支配したのだ。


"Fxxk you, little bastard! Eat this!"

(このクソガキが!!これでも食らえ!!)


そう叫ぶと、マイカは大きく右拳を振りかぶり…全力をめてその拳を振り下ろした。

『チョッピングライト』…マイカの技の中でも最大の威力を持つ振り下ろしの右ストレートであり、かつて対戦相手の命を奪った技でもある。

まるで斧のようなその拳は空気を重く切り裂くように轟音を立てて慎之介に放たれるが…やはりこれも危なげなく慎之介はかわす。

勢い余って体勢を崩したマイカを横目に見るように、慎之介は大きく距離を取った。『もうお前なんて敵じゃない』と言うように挑発的な笑みを浮かべながら。


"No… No fxxking way… You’re moving different now… W-What the fxxk are you…?"

(そ、そんなバカな…さっきまでとはまったく違う…。

 お、お前はいったい何なんだ…?)


先ほどとは違い、今度は明確に恐怖を抱いたマイカが呆然として呟いた。


――しかし、一方の慎之介もまた打つ手に困っていた。

奥義『無明むみょう』…その真の効果によって殺意に満ちあふれたマイカの攻撃は全て読めているものの、結局のところリーチの差は如何ともしがたい。

それに、さっき受けた一撃のダメージもまだ残っている。

いずれ、頭では攻撃の軌道が読めていても、体がついてこれずに攻撃を受けてしまうだろう。それも、そう遠くないうちに。

慎之介はそう考え…決着の手段を考え始めていた。


(さっき見せたあの振り下ろしの右…きっとあれがマイカの必殺技だろう。

 あれほどまで大振りの拳なら、スキを見て戌閃じゅっせんを放てるかもしれない)


チョッピングライトをかわし、マイカの心臓に一撃必殺の奥義『戌閃』を打ち込む…それが慎之介の考えた逆転の戦法である。

大輔が救援に来るまでおそらくあと10分もないだろうが、今の自分の体力でそこまで耐えきれるかは怪しい。今できることをやるしかない。

しかし、必殺技とはいえそう都合よく撃ってくるものだろうか…。

そう考えた慎之介は、一計を案じてマイカを挑発する。


「…おー、怖い怖い。空気をも切り裂くとんでもない空振り。

 当たったら月まで吹っ飛ばされそう。まあ、当たればだけど。

 というかボクサーって、そんなテレフォンパンチ撃つんだ。

 もっと洗練された技術とか使うと思ってたよ」


"Ugh…S-Shut the fxxk up!"

(うぐぐ…だ、黙れこのクソが!!)


「あ、ごめんごめん。そういえばあなたボクサーじゃなかったよね。

 "元"ボクサーの扇風機おじさんだっけ。

 勘違いしちゃってたよ。

 すっかりボクサー気取りで喋ってくるからさ。優良誤認だね」


"Ghh...! Agh!!"


怒りのあまりマイカが咆哮する。

そう、慎之介の読みは当たっていた。

業界から追放されたとはいえボクサーの技術を使いやたら尊大な態度を取っているマイカなら、ボクサーであることを否定されるのはそのプライドを大きく傷つけるだろう…という読みは。

ましてや己の攻撃が全部かわされている相手に言われればなおさらだ。


トドメとばかりに、慎之介はたどたどしい英語でマイカを挑発する。

ご丁寧に中指を立てたジェスチャー付きで。


"Beat it,Mr.Monkey.You're not my match!"

(消えちまいな、猿野郎。目じゃないゼ!)


慎之介としては、家の少年漫画で見た台詞を真似しただけなのだが…マイカは今までにない憎悪の言葉を吐いて慎之介に突進してきた。


"AAAAAAAAAGGGHHHHH!!! I’LL KILL YOU!! DIE! DIE! DIE!"


人はこれほどまでに憎しみで形相を変えられるのかと感心してしまうほど、マイカが顔を歪ませて向かってくる。

これが最後の激突と覚悟して慎之介も向かい合い…数瞬ののち、マイカの拳の間合いに入った。


マイカは右拳を大きく振り上げる。先ほど見せた『チョッピングライト』の予備動作だ。

慎之介もその右拳を見据えて回避の動きを見せるが…。


"Gotcha, little bastard!"

(かかったなクソガキが!)


とマイカは叫び…右拳を途中で止めた。

そしてその代わりに、慎之介の死角から左拳のアッパーを放つ。

そう、右のチョッピングライトはフェイント。本命はこの左のショベルアッパー…命名して『墓堀人グレイブディガー』である。

チョッピングライトは先ほどもかわされた以上、まともに撃っても当たるまい。ならばそれをフェイントに使い、死角から左拳を撃ち込む…それがマイカのプランだった。

うまく慎之介の視線をフェイントの右拳に誘導し、死角から左拳を放つことには成功したが…。


その『墓堀人グレイブディガー』さえ、慎之介はひらりとかわす。拳を視界に入れようともせずに。

殺意で攻撃を読む奥義『無明』の前では、フェイントなど意味をなさないのだろう。

そして…体勢を崩しながらも呆然としているマイカに、彼は言い放った。


"Gotcha, Mr.Monkey."

(かかったね、お猿さん)


そう発すると慎之介は全身の関節を瞬時にひねらせ、瞬間的に加速させた拳…ワンインチパンチをガラ空きのマイカの心臓めがけて撃ち込んだ。

霧神流の奥義『戌閃じゅっせん』である。

うめごえを漏らしながらマイカは後退する。かろうじてまだ立ってはいるが…。


「もう一発!!」


さらに慎之介は急接近し、もう一発マイカの心臓に『戌閃』を撃ち込んだ。

いわば、『戌閃』の二連コンボである。

さらにもう一発叩きこもうとした慎之介だが…その前に、マイカが白目を剥いて前のめりに倒れる。

なおも残心を取る慎之介だが…マイカはぴくりともしない。

どうやら完全に気絶したようだ。

長かったマイカ・ハートリーとの闘いも、ひとまず決着がついたのである。


――――――――――


決着がついた後、マイカから少し離れ…慎之介は座り込む。

緊張感が切れたのか彼が大きくため息をつくと…どっと汗が流れてきた。

一撃で即死もありうる攻撃をかわし続けた緊張…そして、奥義『無明』に伴う異常な集中の負担だろう。


「…ああ…つ、疲れたなあ…」


呆然としたように慎之介はそう呟く。そして今日のことを思い返した。

朝から天音と水族館デート(のようなもの)。

そして不審者との追いかけっこ、さらにはマイカ・ハートリーとの激突。

あまりにも上から下への一日だった。


(あっ、そうだ。香田天音さんと言えば…遼さん達は無事だろうか!?)


ハッと思い返して慎之介は遼と蘭丸の容態を確認するが…死んではいないようだ。

だが、まだ意識を取り戻さない。

このまま放っておくわけにはいかないと、急いで救急車を呼ぼうとする慎之介だが…。


「心配いらないよ。救急車は手配してある。もうすぐ来るはずだ」


とその時、不意に声が聞こえてきた。

慎之介はやっと大輔さんが来たのか、と安堵するが…いや、違うと思い直す。

大輔にしては声も言葉遣いも穏やかだし、聞いたことのある声だが違う人物だ、と。

その声がする方向を見ると…そこに立っていたのは、かつて自分を診たこともある医師、井上だった。


「井上さん?…ど、どうしてここに?」


不思議そうに慎之介がそう尋ねるが…井上は少し残念そうな顔をして答えた。


「少し残念だよ、慎之介君。正直、君とはこの立場で会いたくなかったが」


その言葉の真意を慎之介がはかりかねていると…井上の後ろから見たことのない人物が現れる。

高身長で純白の高級そうなスーツに身を包み、夜の闇で暗くなった周囲の中でも鈍く光る銀色の髪…そして女性と見紛うほど整った顔立ちのその男性は、優しそうに慎之介に呟いた。


「初めましてだね、霧神慎之介君。

 反社会的組織IDMは君も知っているね?

 私はそこのNo.3…名前はソーマという。以後、お見知りおきを」


雨は、いつの間にかすでに止んでいた。

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