第16話 来訪者③
新帝国歴1405年マクシミリアン7歳の時、ウルゴンヌ公国にツヴァイリングの兵1万が入った。彼らの任務はフリードリヒとマクシミリアンの護衛である。
小さなウルゴンヌ公国では一万の兵というとほぼ全兵力に相当する。
ウルゴンヌの国民達はそれがフランデアンの一割にも満たない一公爵の部隊のそのまた一部に過ぎないと聞くと国力の違いをまざまざと見せつけられた。
「綺麗な国ですね。母上にも見せてあげたかった」
「残念だが、妖精の民はフランデアンの国外には決して出ない。お前が戻ったら聞かせてやるといい。仲のいい兵士にでも絵を描いて貰ってはどうかな」
「いいですね!そうします!!」
王宮警護の兵士達も大部分がついてきた。ハンスもその中にいる。
マルレーネはその間ディリエージュにいる父の元へ帰っていた。
ウルゴンヌは五つの美しい湖がある国で水神と縁が深く、年中霧が発生している。
マクシミリアン達もツヴァイリング公の都プフェルトアーで一泊した後、朝早くから山を下りてウルゴンヌに入った。
湿地が多い為、灌漑工事が盛んらしくあちらこちらで工夫達が行き交っている。
ウルゴンヌの都につくと早速歓迎式典が催された。
基本的に今回は返礼の訪問であるとして縁談については伏されている。
察しているものはいるが、もし既成事実であるかのように報じれば侮辱として話は無かった事にするとフリードリヒは釘を刺していた。
公式の場ではマクシミリアンに発言の自由は与えられず、中庭で宴が始まってようやく相手の姫君に引き合わされる事になった。東方圏では女性の地位は低く、子供である姫君はまだ宴にも姿を見せていなかったのだ。
「ハンス、僕ちょっとそのへんぶらぶらしてくるよ」
「え、もうすぐ姫様がいらっしゃるのでは?」
「向こうの父君が連れてくる筈だもの。なのにずっと父上と話してる、まだ当分来ないよ」
「それもそうですね。でも私もお供しますよ」
マクシミリアンは同行を許したが他国でみんな宴で酒が入って楽しそうなので、彼もちょっと気が緩んで悪戯心を出してしまった。
突然植え込みに飛び込んでハンスから走って逃げてしまったのだ。
「あれ、若様。若様?」
給仕からマクシミリアンの分の料理も受け取っていたハンスは気が付くのが遅れてしまった。
◇◆◇
マクシミリアンはまんまと単独行動に成功した。
父に迷惑をかけるつもりはなかったので城内を勝手に歩き回るつもりはなかったが、中庭を探索するくらいは構わないだろうと考えた。
「あんまり立派な城じゃないな。うちの城は倍以上大きいし、でもこんなに入り組んでないしもっと機能的で洗練されてる。やっぱり所詮小国なんだな。いや、国王の差かな」
フランデアンの首都アンヴェルスの城は万の兵が駐屯できるほどに大きい。
だが、ここには入りきらないので大半は城外で駐屯している。
精鋭の魔導騎士4名がフリードリヒを護衛しているので、城内には300しか連れてきていなかった。
「何よ!うちのお父様を侮辱する気!?」
マクシミリアンが一人ごちていると聞きとがめた金髪の少女が憤懣やるかたない表情で睨んでいた。頭に大きなカカリアの赤い花飾りをつけている。
「ん?・・・誰だお前」
「誰でもいいでしょ。取り消しなさいよ!さっきの言葉!」
怒る少女と違ってマクシミリアンは冷静だった。
国王を父と呼ぶならその娘だろうが背格好は自分よりも小さい。
長女と次女は輿入れ先が決まっている筈だし、自分より小さいくらいだというと恐らく嫁候補のマリア姫だ。
「別に構わないが、お前、僕が誰だかわかってそんな口を聞いているのか?うちの国の保護が欲しいから平伏して懇願しに来たんじゃないのか?」
家臣皆がフランデアンと父を褒め称えているのでマクシミリアンは少しばかり他国に対して傲慢になっていた。
「誰が平伏なん・・・て・・・やば」
「誰だかわかったようだな。マリア姫」
マクシミリアンの服装は東方の王者らしく、琥珀の宝石と金糸銀糸の刺繍が入った贅沢なもので、首飾りをじゃらじゃらとつけて、帯どめにも宝玉がついて飾られている。マクシミリアンには全身の宝飾品がちょっと重かったが、マルレーネが選んでくれた服でかっこいいと褒めてくれたので我慢している。
内着はマルレーネ自ら編んでくれたものでお守りが込められているという。
もう日が落ちて中庭の松明の明かりが頼りだったので彼女はマクシミリアンが誰かわからなかったようだ。
「あのー今の出会いはちょっと無かった事にしてくれませんか?」
「どうでもいい」
「どうでもいいって何よ」
「どうせ父上の眼中にお前らは入っていない。無礼な申し出をしたとお前の父が詫びに来たから礼儀としてこちらも訪問しただけだ」
マクシミリアンもどうせ嫁に貰うならこんな小国の無礼な姫より従兄妹のシンシアの方がいい。彼女の声は小鳥が囀る様でとても可愛らしい。
王宮で一緒に学んでいるが、少しばかりお互い意識している。
「むむむ、下手に出れば生意気な。調子に乗らないでよね!」
マリア姫は怒って踵を返してしまった。
「おい、お前!どうせなら会場に一緒に来い!」
「お前じゃありません」
結局振り向きもせず彼女は会場と反対方向に行ってしまった。
「しょうがないな、面倒はさっさと済ませたかったのに。追いかけるか・・・追いかけないと父上は怒るかな」
どうせ嫁に貰うかどうかはマクシミリアンの意思に関係ないだろうという事は察していたので優しくしようがしまいが父たちの決定に影響を及ぼす事は無いだろう。
だが、マクシミリアンは父に仕える騎士達に憧れていたので、騎士の美徳の一つ女性や弱者に対する慈愛と優しさに欠ける行いだったかな、と少し反省した。
彼女を追っていくと中庭は植え込みで迷路のようになっており、マクシミリアンはどうも見当違いの方角に出てしまった。
「ほんとうにわかりにくい城だな」
フランデアンは首都まで攻め込んでくるような外敵は想定されていないのでアンヴェルス城はかなり開放的で行政機能も多く入っている。
大国に挟まれて防衛に特化したこちらの城とは目的が違うのだがマクシミリアンはまだそこまで理解出来ていない。
「お、いたか」
彼女が去った方角に向かったが迷路のせいで、城内のどこだかよくわからない池の側まで来てしまっていた。庭の垣根にカカリアの赤い花飾りを見つけ、その向こうに建てられた祠のような場所に出ると、明かりを反射してキラキラと光る金髪を見つけた。
◇◆◇
「泣かないで、お姉様」
「御免なさい。マリア。貴女の晴れの日なのに。貴女は会場へ行きなさい。私はもういいの」
「お姉様を置いて行けません!どうして毎日泣いていらっしゃるのですか?旦那様が決まったのに嬉しくないのですか?」
マリアは長女マルガレーテの結婚が決まった時は幼過ぎてよく分かっていなかったが、7歳の今では三姉妹のもう一人の姉の婚約が決まる事は喜ばしい事なのだと疑いもしなかった。
「私の嫁ぎ先は女が嫁ぐにはこの世で一番酷い国なのよ・・・」
「どうしてですか?そんな国があるのですか?私、お父様に抗議します!」
「いいの、やめてちょうだい。私の事はもういいの」
マリアが慰めている相手は次女のグロリア。
マクシミリアンが記憶している所では五歳くらい歳上で、確かフィアナ神聖王国に嫁ぐ事になっているらしい。
リーアン連合王国を構成する国の一つでスパーニアと激しく敵対している。




