第15話 来訪者②
「また追い出されちゃったよ」
「まあまあ、そうくさりますな殿下。顔見せが出来ただけでも儲けものです。公王はまだ若い。若様の代になっても付き合いは続くでしょう。それより今の話は理解できましたか?」
ギュイの騎士エルマンも会議の場から退出させられたのでマクシミリアンと共に城内を歩いていた。
「まあね。うちに領土欲が無いのを見越して先にスパーニアと最初に誼を結んだから最後の娘を提案したと弁解したんでしょう?僕らが争いを好まず平和的な国家だと信頼しているのだと」
「そうですね。我々から侵攻してくる事はあり得ないと思われた事で、長女と最大の持参金を受け取る機会は失われていました。これは我が国にとって損ともいえますね」
マクシミリアンにそこまでは見通せなかった。
「そっか、そうなるのか。まったく野心が無いと思われても別の意味で軽く思われちゃうんだね」
「そういうことです。まあ信頼のおける国という認識が得になる場合も有り得ましょうから今のはひとつの見方に過ぎませんが」
エルマンはそれからマクシミリアンを自室まで送ろうとしたが、マクシミリアンは断った。
行くところがあるという。
「どちらへ?」
「ハンスのところ」
「ハンス?」
「王宮の警備兵だよ。陶器を見せて貰うの」
「ほう、私もご一緒しても宜しいでしょうか?」
「もちろん、どうぞ」
そういうわけでマクシミリアンはエルマンも王宮に招いてやった。
そして王宮内の一角にある作業場に案内した。
「おお、こんな所に立派な窯が」
王宮の一角に地形を生かして段々に設置された窯がある。
「ハンス!出来をみせてくれる?」
「いらっしゃい、殿下。もう焼きあがっていますよ」
ハンスはそういって完成品を閉まってある扉を開けた。
「わあ、凄く良い色。いくつかは絵も描いてあるね。形はともかく綺麗なもんだね」
「いやはや、素人にしては大したものです。これなら売り物になるのでは?」
ハンスの実家バーベンハウゼンの領地では陶器づくりが盛んでハンスも余暇にやってみたくなってフリードリヒに願い出た所、王宮の一角に放置されていた作業場と窯を使う事が許された。マクシミリアンが幼いころ友人達とかくれんぼをして遊んでいた時、その窯の中に隠れた事があった。窯にはナーチケータと彫られていた跡が微かに残っていた。
森の女神の一柱ビルビッセの父神にして断罪、浄化の炎の神とされていた名だ。
「へへっ、そうでしょう?形を整えるのはまだ修行が要りますが、色はおかげさまでなかなかのものだと自負しています。売り物にはなりませんがね」
「そうか?私なら是非、ひとつ自宅に欲しいものだが」
「申し訳ありません、エルマン様。勝手に譲ると職工会から怒られますので」
「ふうむ、それは残念だ。ところでおかげさまというのは?」
エルマンは騎士なので職工会の決まりは良く知らないが、何かとしきたりが厳しいらしいということくらいは把握している。自分の鎧の製作を発注する際にもかなり難渋したものだった。
「実はここだけの秘密ですが、妖精宮から土を若様に運んで貰ったんです」
「なんと、妖精宮の土を!」
「しー、しーっ」
「そうだよ、エルマン。これは僕らの秘密だからね」
「しかし、よろしいのですか?」
「お爺ちゃんに頼んでみたら自分の手で運べる範囲なら別にいいって。でも外の世界でそんなに売り物になっちゃうくらいならやっぱり秘密にした方がいいみたいだね」
いい材料が取れると世間が知れば妖精の森への侵入ががまた増えてしまうだろう。
フランデアンの国民であれば決まりを破って妖精の民が大事にしている宮殿に勝手に来ることはないが他国から密入国してくるような連中は違う。
「え、お手ずから運んでくださっていたんですか?」
ハンスもマクシミリアンが自分の手でディリエージュまで運んで行ったとは知らなかったようだ。
「そうだよ、ほら」
マクシミリアンは自分の小さな手を広げて見せた。
「なんと、まあ・・・。ハンスとやら。殿下に深く感謝するのだぞ」
「は、ははー!申し訳ありません、若様。そこまでして頂くつもりは無かったのですが」
ハンスとしては軽い気持ちで誰も使った事のない材料で作ってみたらどんな色が出るだろうと言って見ただけのつもりだった。
「いいの、いいの。母上もえーと誰だったかな。えーと、えーと、森の女神のお一人も陶器づくりがご趣味でこの窯を使わずにほったらかしにするのは申し訳ないっていってたから是非使って欲しいっていってたよ。それで僕を手伝ってくれたから楽勝だった」
窯は古代の王家が妖精宮から移設してきたものだったという。
「なんと、マルレーネ様まで運んで下さったのですか」
「うん、お爺ちゃんも悪いと思ったのか手伝ってくれたからほんとに大丈夫だよ。気にしないでハンス」
妖精王達まで手伝ってくれたと聞いてハンスは感激してマクシミリアンの手を取って改めて忠誠を誓った。
「若様。私とバーベンハウゼン家は末代まで王家に忠誠を尽くします!」
「うん、ありがとう。頼みにしているよ」
「殿下に忠実な家来が出来たのなら苦労も報われましたな」
エルマンは祖父になったつもりでその様子を暖かく見守った。
もともと材料も工房も王家のものであるから出来上がった陶器は王宮内で使われる事になった。
フリードリヒとマルレーネも大層気に入ったようだ。
「ふうむ、たしかにこれは売り物になるな」
「駄目よ。そんなつもりで許したんじゃないんですから」
「わかっておる。それにどうせ職工会に7割がた利益を持って行かれる。売る気など無い」
「そんなにですか?」
マクシミリアンはびっくりした。
「そうだ。土の調達、釜の使用料、燃料、うわぐすり、ヘラ、様々な小道具の職工会が40くらい押し寄せて来ることになる」
「ハンスと僕たちが材料は自前で持ち込んで製作したんですよ。それなのにですか?」
「自前でなかったら8割以上だな」
「そんなんじゃ市井の職人はとても生活できないのでは?」
マクシミリアンには市井の職人がそんなにあちこちに費用を支払って生活しているとは思えなかった。
「職人達の生活は実際苦しい。道具が自前でも形状の特許だとか、業界の保護の為だとかの理由を設けて他所から調達しようがしまいが必ずもぎ取りにくる。特に商売の取り決めで新商品が急に市場を席巻した場合、既存の工房が一斉に収入が無くなり生活に困って社会不安が発生するかもしれんからとかいってな。価格の調整と分配をする決まりなのだ」
「拒否出来ないのですか?」
「出来ん。やれば業界から締め出される。次からは薪すら買えなくなる。商品を売ろうとしても商人からは買い取りを拒否される。自分で直接売ろうとすれば嫌がらせを受ける事になる。職人が自前であらゆるものを調達して販売までやっていたら製作の時間がなくなる。道具の修理も出来なくなれば廃業するしかない」
「あんまりです・・・」
「そうだな、だが職工会の決まりから逸脱しなければ親方から仕事は回して貰える。最低限の生活は出来る」
仕事は回して貰えるが、ある意味実入りの悪い仕事を押し付けられることもある。
親方は生活を楽にしたければ弟子を作って搾取する体制を作り、その弟子もいつかそうやって生活するようになる。フリードリヒはどうにかしたいと思った事はあったが職工会のトップは他の業界だけでなく他国とも繋がっている。
現代の商売は多国籍に及んでおり、介入すれば自国だけ商業活動で締め出しを受けて停滞する事になる。フリードリヒは少年のマクシミリアンにはまだあまり汚い世界の事を教えたくなかったので将来べべーランあたりにでも教育させることにして今は説明を省いた。
「ところでマクシミリアン」
「なんでしょう」
「今度お前と私でウルゴンヌに行く事になった」
「え?お断りになられたのでは?」
「まだ決めていない。現地を視察したい」
どうやらフリードリヒは公王との会談で何かしらフランデアンの利益を提示されたらしい。
「わたしは反対!はんたーい!」
マルレーネは断固反対の立場である。
「もう諦めろ、マルレーネ。このことは二人で話し合ったではないか」
「承知したわけじゃないもん」
フリードリヒは頭が痛くなった。
いい歳して、こうなると説得が通じない。
「ミーちゃんには天女様もかくやというくらい美人の娘さんを迎えるの!」
「なんだそれは。美人かどうかは会ってみればわかる。嫁に貰うかどうかはまだ決めていないし、将来マクシミリアンを帝国に留学させる前に隣国くらい見せておきたい」
フリードリヒがいじけるマルレーネを慰めて二人の時間に入ったのでマクシミリアンは食事もそこそこに退出して自室に戻った。
◇◆◇
エルマンはマクシミリアンと別れてその足で王宮で王に仕えている息子の所に寄った。
「アルトゥールよ、陛下の具合はどうなのだ?」
「あまり芳しくはないようです」
「陛下は大分ご無理をなさって来たからな・・・。ところでお前はウルゴンヌに出向く事になったと聞いたが」
「はい、こんな時に残念ですがあちらの公王の側にフランデアンの騎士がいればスパーニアやリーアンのちょっかいも止むだろうと陛下のご命令で」
彼はフランデアン王の騎士なのに小国の王に出仕する事が憤懣やるかたないようだった。
「公王に何かあれば今までの投資も無駄になる。若様の婚約者を守ると思って仕えよ」
まだ決定ではないが、国王がわざわざ隣国に赴くのだから以前より何か良い材料が提示された筈だと家臣達は悟っている。
エルマンは苦笑して息子を宥めた。
「はい」
「それとな・・・以前話していた祈祷師の事だが、道中に機会があれば探索しお前からもお詫び申し上げておいてくれ」
「あの件ですか、確かに少しばかり言い過ぎたかもしれませんがあちらは王家を呪ったんですよ。詫びる必要を感じません」
「確かに、お前が悪かったわけではない。儂の不徳だ。父の為と思って堪えてくれ。儂も老いた。もう昔のように鎧を着て魔獣と戦ったり出来ぬし、山中を探索する事もできん」
エルマンは破壊された鎧を修復する事もなく、ギュイの代理として各地へ外交官として赴いてきた。老成した騎士として信頼の厚い彼が使者であればあまり人に好かれないギュイの使者でも聞いてくれるという相手も多い。
「父上がそうおっしゃるのであれば」
「そうしてくれ」
忠道と並んで孝道は東方騎士にとって自身の名誉よりも重い。




