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なぜか北条早雲こと伊勢盛時になってしまったが、大樹の無茶振りがひどすぎて正直しんどい  作者: 水源
文明8年(1476年)

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無事子供が生まれてよかったぜ

 さて。


 去年の暮れに懐妊していた奥方が、無事に子を産んでくれた。


 生まれたのは男児。


 腕の中に抱かせてもらった我が子を見ながら、俺は思わず頬を緩めた。


「うむ。この子には、俺と同じ千代丸と名付けよう」


 元気な産声を上げている。


 まずは、それだけで十分だった。


「無事に生まれてきてくれて、本当によかった」


 俺がそう言うと、傍にいた大道寺重時が苦笑する。


「全くだな。狩野などとの戦があったとはいえ、殿は奥様方の屋敷に預けっぱなしでございましたからな」


「まあ……そうだな」


 言われてみれば、その通りである。


 狩野城攻めや伊豆の平定にかまけて、妻や子供のことをほとんど任せきりにしていた。


 しかも、他の二人の奥方にもすでに子が生まれている。


 三人とも無事だという報告を受けてはいたが、改めて考えると父親としてどうなのかと思わないでもない。


「殿はもう少し奥方様やお子様方のことを気にかけられたほうがよろしいのでは?」


 風魔小太郎にまでそう言われると、さすがに返す言葉がない。


「……たしかに、そうであったな」


 もっとも。


 この時代の父親が、幼い子供の世話をすることはほとんどない。


 乳母や乳兄弟に任せるのが普通だ。


 特に武家では、子供の養育を担う乳母の存在は大きい。


 乳を与えるだけではない。


 幼い頃から身近に仕え、生活の面倒を見て、成長すれば教育にも関わる。


 そのため、乳母の一族と乳兄弟が主君と強い結びつきを持ち、やがて重臣となることも珍しくない。


 つまり――。


 誰を乳母にするかは、単なる子育ての問題ではない。


 家中の人間関係にも関わる重要な人事なのである。


「問題は、この子の乳母をどうするかだな」


 俺がそう言うと、大道寺重時が少し考える。


「三島の寺尾氏などはいかがでしょう」


「寺尾氏か……」


 寺尾氏は上野国の寺尾郷を本貫とする武士で、新田義重に従った家と伝えられている。


 新田氏が没落した後には、寺尾郷を含む地域が上杉憲顕に与えられたことで、寺尾氏も上杉氏の被官となった。


 その後、上杉氏が伊豆守護職を得ると、寺尾氏は伊豆の守護代に抜擢される。


 寺尾伊豆守四郎左衛門憲清以降、三島を拠点として守護代を務めてきた一族だ。


 だが、堀越公方の足利政知が伊豆へ入ると状況が変わった。


 寺尾氏は守護代の地位を失った。


 それでも三島における経済的な影響力まで失ったわけではない。


 むしろ、俺が伊豆へ進出した際には比較的早い段階からこちらへ協力してくれた一族でもある。


「三島は伊豆の要所だからな。寺尾氏との縁をさらに深めるという意味でも、悪くないか」


「まあ、無難なところではございましょう」


 大道寺重時が頷く。


 風魔小太郎も続いて頷いた。


「そうですな。寺尾氏ならば家柄も申し分ありません」


「よし。では寺尾氏に頼むとしよう」


 そう決めると、さっそく三島の寺尾源兵衛のもとへ使者を送った。


 ――乳母を出してもらえないか。


 こちらの申し出に対して、寺尾源兵衛からの返事は早かった。


 快諾である。


「これで、まずは一安心か」


 俺は届いた返書を眺めながら、ほっと息を吐いた。


 乳母を誰にするか。


 それだけのことに思えるが、実際にはそうではない。


 乳母と乳兄弟は、幼い頃から我が子の最も近くにいる人間だ。


 将来、この子が成長したとき。


 その周囲には、乳母の一族と乳兄弟たちがいることになる。


 だからこそ、信頼できる家から迎える必要がある。


 そして三島は、伊豆において極めて重要な土地だ。


 その三島に強い影響力を持つ寺尾氏と、こうして縁を結べる。


 我が子のためだけではない。


 伊豆を治める上でも、悪い話ではなかった。


「……とはいえ」


 俺は眠っている千代丸を見下ろす。


 小さな手が、ぎゅっと握られている。


「政治のことばかり考えている父親というのも、どうなんだろうな」


 そう呟くと、大道寺重時と風魔小太郎が顔を見合わせた。


「殿」


「なんだ?」


「まずは、もう少し父親らしくなされませ」


「……努力しよう」


 どうやら俺には、伊豆の平定だけではなく――。


 父親としての務めという、新たな課題まで増えたらしい。


 まあ、それも悪くはない。


 せっかく授かった我が子なのだ。


 この乱世を、少しでも生きやすい世にしてやる。


 それくらいは、父親としてやってやろうじゃないか。

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― 新着の感想 ―
[一言] 歴史小説を書く人は資料は当たり前に読み込んでいます読む川も同様です
[良い点] 記述内容に矛盾がほとんど無いーよく勉強されていることが判ります互助脱字がほぼ無いー痛畏怖各課彼チェックされていますね
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