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なぜか北条早雲こと伊勢盛時になってしまったが、大樹の無茶振りがひどすぎて正直しんどい  作者: 水源
文明7年(1475年)

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ようやく俺の奥さんたちに子どもが出来たようだ

 さて、現状は狩野城攻めの真っ最中なのだが――。


 そんな戦場とはまったく別のところから、吉報が届いた。


 俺に子どもができたのだ。


「おお、ようやく懐妊したのか」


 思わず声が弾む。


「はい。奥方様もお喜びになっております」


「そうか……」


 俺は頷き、少し考えてから続けた。


「では、流れてしまわぬように体を冷やさないようにさせねばな」


「はい。すでに手はずは整えております」


「うむ。では、よろしく頼むぞ」


 そう答えたものの、実際のところ、奥方の日常生活に俺が関わることはほとんどない。


 それぞれ別の屋敷に住んでおり、俺がそこへ通う。


 この時代の上流階級では、別に珍しいことではない。


 文明二年(一四七〇年)に俺は公家の娘を奥方として娶った。


 だが、その翌年には駿河へ単身で赴くことになった。


 まずは自分の足場を作る。


 そのために駿河へ入り、領地を整え、家臣を集め、敵対勢力への備えを進める。


 そんなことをしているうちに、奥方たちをこちらへ呼び寄せる余裕などなくなってしまった。


 当然、子作りどころではない。


 それでも駿河に直轄領を得て、ようやく俺自身の立場も安定してきた。


 そこでようやく奥方たちを呼び寄せ、夫婦として過ごす時間も増えてきた。


 そして――。


 ようやく一人、懐妊したというわけだ。


「近衛の姫君が懐妊したとなれば、京も騒がしくなるだろうな」


 俺が呟くと、大道寺重時が苦笑した。


「日野家や正親町三条家からも、そろそろ催促が来る頃でしょうな」


「やっぱりそう思うか?」


「思いますとも」


 俺は思わずため息を吐いた。


 まあ、政略結婚なのだから仕方がない。


 公家の娘を妻に迎えた以上、その家からすれば娘が俺の子を産むことには大きな意味がある。


 それに、子どもができない期間が長くなれば、本人に余計な負担がかかる。


「まあ、残りの二人にも子どもができるように頑張るさ」


「……殿」


「なんだ?」


「その話を私にされても困ります」


「そうか?」


「そうです」


 重時が呆れた顔をする。


 俺は肩をすくめた。


 冗談はともかく、俺としても妻たちには元気な子を産んでもらいたい。


 この時代、子どもがいるということは、それだけで家の力になる。


 血筋を繋ぐという意味だけではない。


 将来の家臣団。


 婚姻による同盟。


 家中を纏めるための後継者。


 何より――。


 自分の子どもが生まれるということ自体、単純に嬉しい。


「寒くなってきたからな。衣服も袷にして、中には綿を詰めさせよう」


「そのように手配いたします」


「食事も無理をさせるな。あとは……」


「殿」


「なんだ?」


「奥方様のことは侍女たちに任せておけばよろしいかと」


「……そうだな」


 俺が何でもかんでも口を出したところで、かえって迷惑だろう。


 俺にできるのは、せいぜい暖かく過ごせるように手配することくらいだ。


 あとは無事に生まれてくることを祈るしかない。


 そう考えると、戦場で敵を斬るよりもよほど緊張する。


 そしてもう一人。


 弟の弥次郎も、ようやく十歳になった。


 元服もそう遠くない。


 家の中に次の世代が育っている。


 それを実感すると、これまでとは少し違った責任を感じるようになった。


 ――まあ、それはそれとして。


「ところで、養育院の件だが」


 俺が話題を変えると、重時も表情を引き締めた。


「はい」


 養育院で育てている孤児たち。


 一見すれば、ただの慈善事業に見える。


 だが、実際は違う。


 もちろん、孤児を見捨てるつもりなどない。


 だが、それだけではない。


 風魔や歩き巫女のように、表立って戦うことなく情報を集め、敵の内情を探り、必要とあれば破壊工作まで行える人材。


 そうした人間を育てておくことは、これから勢力を広げていくうえで極めて重要になる。


「駿河の諏訪神社から分祀して、沼津にも諏訪神社を建てる」


「沼津にですか」


「ああ」


 俺は地図へ視線を落とした。


「そこで歩き巫女を抱える。養育院の孤児の中から、素養のありそうな女の子を選んで育ててもらう」


 重時がしばらく考え、やがて頷いた。


「……なるほど。神社を表向きの拠点にして、各地を回る巫女を育てるわけですか」


「そういうことだ」


「情報を得る手段としては、確かに有効でしょう」


 戦乱の世では、情報が命だ。


 兵を一千人増やすより、敵がいつ動くのかを事前に知るほうが価値がある場合すらある。


 特に俺がこれから相手にするのは、ただの国人ではない。


 扇谷上杉。


 古河公方。


 そして、その背後で何を企んでいるのか分からない連中。


 こちらも、こちらなりの目と耳を持たなければならない。


「それとは別に、京から遊女を呼び寄せて、沼津に遊郭を作ってもいいと思うが」


「それもありでしょうな」


 重時は即答した。


「ただ、京ほど需要はないでしょう」


「俺もそう思う」


 沼津は京ではない。


 人の数も違えば、金の流れも違う。


 だから大規模な遊郭など必要ない。


 むしろ少人数で始め、必要な技術を持った者を京から呼び、こちらで育成していけばいい。


 そして――。


 遊郭という場所は、酒と女を求める男たちが集まる。


 人が集まれば、噂も集まる。


「客が何を喋っているのか。それを聞けるだけでも価値がある」


「なるほど」


 重時が笑う。


「女のところで口が軽くなる男は多いですからな」


「そういうことだ」


 もちろん、すべての遊女を諜報員にする必要はない。


 そんなことをすれば、かえって不自然になる。


 普通に客を取る者。


 店を切り盛りする者。


 芸を身につける者。


 そして、その中から特に耳と頭の良い者だけを選ぶ。


 そうして少しずつ、沼津に情報の流れを作っていく。


「神社に歩き巫女。


 遊郭に遊女。


 養育院には、その後ろを支える人材を育てる場所を作る」


 俺は地図を眺めながら呟いた。


 戦場で槍を振るう兵だけが、国を守るわけではない。


 目。


 耳。


 口。


 そして、人の繋がり。


 そういうものを一つずつ積み上げていけば、やがて誰にも気づかれない大きな力になる。


「……随分と物騒な街になりそうですな、沼津は」


 重時が苦笑する。


「表向きは普通の港町だ」


「表向きは、ですか」


「ああ」


 俺も笑った。


 そして、腹の中で別のことを考える。


 ――俺の子どもが育つ国を作る。


 それもまた、俺がこの戦乱の世で戦う理由の一つなのだから。

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