伊豆制圧は焦らず行くこう、まずは狩野城の城主狩野道一を何とかするか
さて、伊豆の堀越へ討ち入りを行い、堀越公方を滅ぼした。
――まあ、足利政知は取り逃がしたが。
それでも、伊豆の支配者が一人消えたことに変わりはない。
討ち入りに先立って、伊豆の国人たちもある程度は麾下に加えている。
だが。
当然ながら、伊豆中の者がすべて俺たちに従ったわけではなかった。
「まず、障害になりそうなのは狩野城の城主、狩野道一か」
大道寺重時の言葉に、俺はうなずいた。
「ああ。何しろ、平安の頃から伊豆に根を張っている連中だからな。簡単には従わないだろう」
伊豆で古くから勢力を持つ豪族は、それだけで厄介だ。
何代にもわたって土地を支配し、土地の者と縁を結び、家臣を抱えている。
当主一人を屈服させれば終わる――という話ではない。
その土地に根を張った一族そのものが、俺たちにとっての障害になる。
「まずは本拠地を修善寺へ移すとしよう」
「狩野城を睨みながら、伊豆の中枢を押さえるわけですな」
「ああ」
堀越御所からも比較的近い。
そのうえ狩野城を押さえれば、伊豆中央部への睨みも利く。
狩野道一を放置しておく理由はなかった。
狩野氏は、遠江・駿河・伊豆に広く勢力を持つ一族だ。
しかも、遠江で今川義忠と戦った狩野氏も同族である。
その祖を辿れば、藤原南家の藤原為憲に行き着く。
承平天慶の乱では平将門討伐で功を挙げ、従五位下木工助に叙任された。
その後、藤原の「藤」と木工の「工」を合わせて工藤姓を称するようになったという。
さらに時代が下り、工藤維景の子孫が駿河守を退任した後、修善寺から天城湯ヶ島に至る狩野郷へ移り住み、狩野姓を名乗るようになった。
つまり。
狩野氏は、昨日今日生まれた豪族ではない。
伊豆に根を下ろしてから、何百年にもなる。
それだけに、厄介だった。
そして、その名をさらに高めたのが狩野茂光だ。
平安末期、狩野茂光は伊豆の武士たちを束ねる棟梁だった。
保元の乱で伊豆大島へ流された源為義の八男、源為朝の監視役を務め、為朝が反乱を起こすとこれを鎮圧。
源為朝を自害へ追い込んだ人物でもある。
その後、源頼朝が挙兵するとこれに従った。
だが、石橋山の戦いで頼朝軍が敗れると、狩野茂光も自刃して果てた。
その家督を継いだのが嫡男の狩野宗茂。
以後、狩野家は鎌倉幕府、そして室町幕府でも重用され、代々「狩野介」を称してきた。
要するに。
狩野氏は、伊豆における名門中の名門なのだ。
「だからこそ、狩野道一は厄介だ」
俺は狩野城の方角へ目を向けた。
現在の狩野道一は堀越公方、足利政知に重用されていた。
そのため、俺たちが伊豆へ攻め込むまで、重い軍役に苦しめられていたわけではない。
ならば。
俺たちに味方する理由も薄い。
「もっとも、狩野氏の庶流である宇佐美氏や伊東氏は、こちらについているがな」
「一族すべてが同じ考えではない、ということですな」
「そういうことだ」
これがまた、厄介なところだった。
一族の中にはこちらへ付く者がいる。
だが、本家である狩野道一が抵抗している。
ならば、俺としても簡単に手を緩めるわけにはいかない。
すでに狩野城は包囲している。
だが――。
「それにしても、落ちませんな」
大道寺重時が苦笑する。
「ああ」
狩野城へ続く道は狭い。
大軍を展開して完全に包囲するには向いていない。
無理に兵を突っ込ませれば、こちらの被害ばかりが増える。
狩野城そのものも、長年この土地を支配してきた一族の居城だ。
地形も城の構えも、こちらより向こうの方がよく知っている。
「そう簡単には落ちないだろうな」
「では、兵糧攻めですか?」
「それも一つの手だ」
だが、俺はそれだけでは終わらせるつもりはなかった。
狩野氏のような古豪を、そのまま伊豆に残しておくことには危険がある。
なにしろ、土地との結びつきが強すぎる。
俺が恐れているのは、狩野道一本人ではない。
その背後にある「地縁」だ。
当主を討っても、親族が残る。
親族を追っても、旧臣が残る。
旧臣を追っても、土地の者との縁が残る。
そして何かあれば、
――「昔の狩野家に戻そう」
そんな声が上がる可能性がある。
それは避けなければならない。
「狩野城が落ちた場合は……予定通り、根切りですか?」
大道寺重時が、少しだけ声を落とした。
「いや」
俺は首を横に振った。
「反抗した者をすべて殺す必要はない」
「では?」
「沼津へ送る」
重時が目を細める。
「地縁から切り離す、と」
「ああ」
伊豆に根を張った一族を、そのまま伊豆に残しておけば、いつか必ず禍根になる。
ならば土地から切り離す。
沼津へ移し、そこで新しい生活をさせる。
それならば、旧領を失わせることにはなるが、命まで奪う必要はない。
「もちろん、早い段階で従えば話は別だ」
俺は狩野城を見据えた。
「早めに従えば、元の所領は安堵する」
これは本気だった。
俺としても、すべての国人を滅ぼしたいわけではない。
むしろ逆だ。
これから伊豆を治めていくなら、古くから土地を知る者たちの力は必要になる。
だからこそ。
従う者には、それに見合った恩賞を与える。
抵抗する者には、それ相応の処置をする。
単純な話だ。
「ただし――」
俺は言葉を切った。
「反抗的で、しかも古くからこの土地に根を張っている連中を、そのまま残しておくわけにはいかない」
地縁とは、力だ。
そして今の俺にとって、それは敵にも味方にもなり得る。
だからこそ。
狩野道一には、選んでもらう。
――伊豆に残るか。
――それとも、伊豆を失うか。
狩野城を落とす戦いは、単なる一城の攻略ではない。
これから俺が伊豆を支配するうえで、
最初の試金石になるのだ。




