塩を止めたことで狩野が音を上げて降伏したので伊豆を統一できたよ
さて。
下田を落とし、狩野城へ向かう下田方面からの輸送路を断ったことで――。
天城にある狩野城は、完全に孤立した。
そもそも三島から天城峠を越え、下田へ至る道は古くから存在している。
律令時代に東海道が整備された頃には、すでに交通路として利用されていたらしい。
とはいえ。
人馬の継立が行われるほど整備されるのは、ずっと後の江戸時代中期になってからの話だ。
しかも南伊豆では、物資の輸送は基本的に海運頼み。
三島から下田へ伸びる陸路――下田街道、あるいは天城街道と呼ばれる道は、さほど重要視されていなかった。
つまり。
今の時代では、大軍を通すような道ではない。
「……あちらは、だいぶ苦しくなってきているようだな」
俺がそう尋ねると、風魔小太郎が静かに頷いた。
「はい。やはり、塩が手に入らないのが大きいようです」
「塩か」
「食料の保存にも必要ですし、何より人間が生きるために欠かせません。下田を押さえられたことで、海からの補給がかなり難しくなっています」
「なるほど」
兵糧を断つ。
城攻めの基本ではある。
だが、今回はこちらが意図的に補給路を潰したというより、地形そのものがこちらの味方をしていた。
伊豆半島は、とにかく山が多い。
もともと火山活動によって形成された土地だけあって、平地は少なく、半島の大部分が山地だ。
山道も多くはない。
いや。
正確には、山は多いのに「人や物を大量に運べる道」が少ない。
これが厄介だった。
現代なら、トンネルを掘ればいい。
道路を造ればいい。
橋を架ければいい。
実際、二十世紀から二十一世紀にかけて、技術の進歩によって伊豆にも多くの道路やトンネルが整備された。
それでもなお、山が険しく、人の手が入っていない場所は少なくない。
ましてや今は戦国時代だ。
国人領主の力だけで、大規模な道路工事などできるはずもない。
「海沿いに道を造ればいいんじゃないか?」
そう思うかもしれない。
俺も最初はそう思った。
だが。
伊豆は海岸まで平坦とは限らない。
むしろ海のすぐ近くまで山が迫っている場所も多い。
歩くだけなら、三島から半島を縦に抜けたほうがまだ楽。
そんな場所なのだ。
そして、その地形が今の俺たちには都合がよかった。
狩野城は、すでに四方を塞がれている。
東には大見城。
こちらについている。
西へ向かえば、土肥周辺を押さえる富永氏の高谷城がある。
こちらも味方だ。
南は下田を押さえた。
北からもこちらの軍勢が圧力をかけている。
――完全包囲。
しかも後詰を期待できる状況ではない。
それでも狩野道一は、すぐには降伏しなかった。
半年。
半年もの間、狩野城は持ちこたえた。
城兵たちは籠城し、こちらは周囲を固める。
補給路を潰し、兵糧を削り、時間を味方につける。
派手な戦いではない。
だが、確実に相手の力を奪っていく。
そして――。
ついに、その時が来た。
「……狩野城より使者が参りました」
報告を聞いた俺は、しばらく黙っていた。
「内容は?」
「狩野道一が、自刃したとのことです」
「そうか……」
長かった。
本当に長かった。
だが、それで終わりではない。
「残った者たちは?」
「降伏を申し入れております」
「受け入れよう」
こうして。
狩野城は開城した。
伊豆の主要な抵抗勢力の一つが、ついに消えたのである。
◆
「とりあえず、これで伊豆は落ち着くかな」
俺がそう呟くと、大道寺重時も頷いた。
「まあ、表立って抵抗する者は、もういないでしょう」
「だよな」
実際、足利政知が古河公方に対抗するために国人たちへ過酷な軍役を課したり、無理な負担を押しつけたりしていなければ、もっと苦戦していた可能性は高い。
伊豆の国人たちは、決して一枚岩ではなかった。
だからこそ、政知の統治に対する不満がこちらに追い風となった。
そして今。
伊豆半島。
さらに駿河東部の箱根・足柄まで押さえることができた。
これで関東方面から何かが起きたとしても、そう簡単には伊豆へ侵入できない。
少なくとも――。
防波堤くらいにはなるだろう。
「さて……これからが大変だな」
「はい」
「鉱山もあるしな」
伊豆には金銀銅をはじめとした鉱山資源が豊富にある。
これを放っておく理由はない。
さらに山葵や椎茸などの産業も育てたい。
沼津と下田。
二つの湊も整備していかなければならない。
戦が終わったからといって、仕事がなくなるわけではない。
むしろ――。
ここからが本番なのだ。
領地を取っただけでは意味がない。
人を住ませ。
道を整え。
産業を育て。
港を発展させ。
税を集める。
そして、さらに領地を豊かにする。
やることはいくらでもある。
「……忙しくなりそうだな」
「今さらでしょう」
大道寺重時が苦笑した。
「それもそうか」
俺も笑った。
――だが。
今回の伊豆攻めには、もう一つ大きな成果があった。
実は。
狩野城を包囲している間――。
俺は俺で、別の戦いに励んでいたのである。
何をしていたのか?
決まっている。
子作りだ。
……いや。
戦争中に何をしているんだ、と思われるかもしれない。
俺だってそう思う。
だが、こればかりは家の存続にも関わる。
そして――。
「あなた」
「ん?」
妻の一人が、少し恥ずかしそうに俺を見た。
「……子ができました」
「…………」
俺は固まった。
そして。
「本当に?」
「はい」
「よし!」
思わず拳を握った。
実はもう一人の妻も――。
「私もです」
「…………え?」
「私も、懐妊しました」
「………………」
二人。
二人とも。
無事に懐妊した。
「よかった……!」
思わず天を仰ぐ。
狩野城は落ちた。
伊豆もほぼ平定した。
鉱山開発の目処も立っている。
港の整備もこれから始められる。
そして何より――。
跡継ぎの問題にも、ようやく光が見えた。
「本当に……よかった」
戦場では、何人もの人間が命を落とした。
その一方で。
俺の家には、新しい命が二つもやって来る。
なんとも不思議な話だ。
「……まあ」
俺は妻たちを見ながら、しみじみと思った。
「狩野城を半年も包囲していた甲斐は、あったな」
「あなた」
「はい」
「そういう言い方は、やめてください」
「……はい」
どうやら。
伊豆平定よりも、こちらのほうが怒らせると怖いらしい。
ともあれ。
こうして俺は――。
伊豆を手に入れ。
二人の新しい命を迎えることになった。
戦国の世は、まだまだ続く。
だが俺には。
守るべきものが、また二つ増えたのだった。




