とりあえず風魔に官位を与えるために色々やらねばな
さて、風魔を正式にこちらの麾下へ加えるとなると、避けて通れない問題が一つある。
――身分だ。
山中を根城とし、狩猟や採取を生業としてきた風魔は、朝廷の支配から外れた「まつろわぬ者」と見られやすい。
だからこそ、彼らをそのまま俺の被官として扱えば、周囲から余計な警戒を招く可能性がある。
ならばどうするか。
答えは簡単だ。
――朝廷から官位を与えてしまえばいい。
もちろん、そんな簡単な話ではない。
だが、難しい話でもない。
そもそも中世の朝廷と武士の関係は、後世の人間が考えるほど厳密なものではなかった。
承久の乱以降、荘園を大きく失った朝廷は、儀式や法会に必要な資金を確保するため、金銭と引き換えに御家人を衛府や馬寮の三等官――尉や允などに任官させることがあった。
有力な武士には、実際には現地へ赴くことのない名目的な国司、いわゆる名国司の地位を与えることもあった。
その結果、武士たちの間では、
「左衛門尉」
「右兵衛尉」
「駿河守」
「上総介」
などといった官名を称する者が増えていく。
南北朝の争乱期になれば、さらにそれが盛んになる。
足利尊氏にせよ、南朝方の北畠氏にせよ、自らの配下となった武将たちの叙位任官を朝廷へ取り次いだ。
つまり。
武士にとって官位や官名というものは、単なる飾りではない。
――主従関係を示す道具でもあった。
そして室町時代になると、守護大名が家臣や新たに服属した国人に対して官途状を発給し、受領名を与えることも珍しくなくなる。
もちろん、すべてが朝廷から正式に認められたものとは限らない。
朝廷の関知しない「自称」も多い。
それでも、その官名を名乗ること自体に意味があった。
むしろ面白いのは、そうした慣習が長く続いたことだ。
先祖が得た官名を子孫がそのまま受け継ぐ。
主家から与えられた受領名を代々名乗る。
朝廷から見れば知らないうちに「○○守」が増えていく。
それでも武士社会では、それが一種の身分や格式として通用する。
だからこそ、正七位上程度の武官であれば、素性のはっきりしない地侍であっても、手続きを整えれば任官させる余地はある。
問題は――。
その「手続きを整える」俺たちが、どれだけ朝廷に話を通せるかということだ。
「お前さんが従六位上の左衛門大尉。風魔の頭領は、正七位上の左衛門少尉あたりが無難かね」
俺がそう言うと、大道寺重時が苦笑した。
「どうせ名ばかりなのだろう?」
「まあ、そうなんだがな」
俺も苦笑する。
「正式な官位をもらうというのは、案外馬鹿にできんのさ」
官位そのものに兵を動かす力があるわけではない。
だが、人を動かす理由にはなる。
そして何より。
相手が誰であれ、俺の家臣として公の場に出すならば、肩書きはあったほうがいい。
特に風魔のような者たちならなおさらだ。
山の者。
まつろわぬ者。
そう見られている者に、
――左衛門少尉。
という肩書きが付くだけで、周囲の見る目は変わる。
実態は何も変わっていない。
だが、人間というものは肩書き一つで相手への態度を変える。
だからこそ官位には意味がある。
「しかし、俺の従五位下駿河守も、伊勢という家だからこそ与えられたようなものだろう」
「それを言われると返す言葉がないな」
大道寺が肩を竦める。
実際、従五位下という位は大きい。
従五位上、従五位下。
この辺りから、いわゆる「貴族」の世界へ片足を突っ込むことになる。
対して正六位上以下は地下人。
たった一階級の違いに見えて、その間には大きな壁がある。
俺が従五位下の駿河守を名乗れるのも、伊勢という家の積み重ねがあってこそだ。
大道寺家も同じ桓武平氏維衡流を称している。
しかも重時は俺の従兄弟でもある。
官位を一つ与えるくらいなら、さほど問題にはならないだろう。
「とはいえ、官位だけ持ってきてもらえるわけじゃないんだろう?」
「当然だ」
俺は頷いた。
「日野の兄妹に、細川政元。それに前の将軍である足利義政にも、それなりの付け届けは必要になるだろうな」
「結局そこか」
「世の中、結局そこだ」
大道寺が呆れたような顔をする。
だが、俺は笑わなかった。
朝廷も幕府も、人の集まりだ。
人が動く以上、金も動く。
綺麗事だけで世の中が回るなら、俺だって苦労はしない。
そして――。
ここまで考えたところで、俺はふと別のことを思い出した。
「……そういえば」
「なんだ?」
「そろそろ富士金山と安倍金山にも手を入れるべきだな」
大道寺の顔から、苦笑が消えた。
「金山、か」
「ああ」
駿河には金がある。
富士にも、安倍にも。
これまでは国内の統治を優先していた。
伊豆の問題もある。
遠江の奪還も考えなければならない。
風魔を麾下に加えたことで、情報網も大きく変わるだろう。
だが。
それらすべてを動かすには、結局のところ――金がいる。
兵を養うにも。
米を買うにも。
武具を揃えるにも。
人を雇うにも。
そして朝廷や幕府に「お願い」をするにも。
「……掘るか」
俺が呟くと、大道寺はしばらく黙っていた。
やがて。
「殿」
「なんだ?」
「まさかとは思うが」
「うん?」
「金を掘って、また何か始めるつもりではあるまいな?」
「何か、とは失礼だな」
「今まで何度も『何か』を始めているではないか」
確かにそうだった。
俺は少しだけ考えてから答える。
「今回は大したことじゃない」
「その言葉を信用してよいものか……」
「金山を開発するだけだ」
「それを大したことではないと言う時点で信用できん」
大道寺が深々とため息を吐いた。
だが俺は気にしなかった。
官位。
風魔。
伊豆。
遠江。
そして金山。
バラバラに見える問題が、少しずつ一本の線に繋がり始めている。
俺が欲しいのは、ただの領地ではない。
――戦える国だ。
朝廷にも、幕府にも、周囲の大名にも。
そして何より、これから起こるであろう戦乱に飲み込まれないだけの力を持った国を作る。
そのためなら。
山の者に官位を与えることも。
金山を掘り返すことも。
俺にとっては、同じ一歩に過ぎなかった。




