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なぜか北条早雲こと伊勢盛時になってしまったが、大樹の無茶振りがひどすぎて正直しんどい  作者: 水源
文明6年(1474年)

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中央は俺に最終的に関東全域を何とかさせたいらしい?

 さて。


 現在の関東が、どうしてここまでぐちゃぐちゃになっているのか。


 話は少しばかり昔に遡る。


 そもそもの発端は、鎌倉公方と室町幕府中央、そして関東管領上杉氏の対立だった。


 足利持氏が鎌倉公方として幕府と対立し、それを支える上杉憲実とも対立。


 ついには第6代将軍・足利義教が持氏討伐を決意し、憲実とともに持氏を攻め滅ぼした。


 ――永享の乱である。


 ところが嘉吉の乱で足利義教が赤松満祐に殺害されると、状況が変わった。


 関東では上杉氏の専制に対する不満が高まり、越後守護の上杉房朝や関東の武士たちから鎌倉府再興を求める声が上がる。


 そこで幕府は、持氏の遺児である永寿王丸――後の足利成氏を鎌倉公方として迎えることを認めた。


 こうして、いったん滅んだ鎌倉府は復活する。


 ……もっとも。


 そこから先が、また面倒だった。


 持氏を討つ側に立った上杉憲実。


 その息子である上杉憲忠が、父の反対を押し切って関東管領に就任し、成氏を補佐することになったのである。


「これ、絶対にうまくいかないやつだろ」


 当時の事情を振り返れば、そう言いたくもなる。


 案の定、成氏は持氏派だった結城氏、里見氏、小田氏などを重用する一方、上杉氏を次第に遠ざけていった。


 当然、上杉氏も黙ってはいない。


 そしてついに、成氏は上杉憲忠を謀殺。


 さらに成氏側近の里見氏や武田氏らによって、長尾実景・憲景父子まで殺害された。


 これで完全に火が付いた。


 憲忠の弟・上杉房顕が兄の後を継いで関東管領となり、いわゆる「享徳の乱」が始まったのである。


 ここから関東は、延々と戦乱の時代へ突入する。


 幕府は成氏討伐を決定。


 そして当時の駿河守護だった今川範忠に出陣を命じた。


 成氏が北関東の上杉方攻略に手間取っている隙を突き、今川範忠が鎌倉を占領。


 追われた成氏は下総古河へ逃れ、以後「古河公方」と呼ばれるようになった。


 その結果、関東は大まかに二つに割れた。


 利根川を境として東側。


 下総、上総、安房、下野、常陸。


 こちらを古河公方・足利成氏の勢力が押さえる。


 対して西側。


 武蔵、上野、相模。


 こちらは関東管領・上杉氏が支配する。


 そして、この状態で延々と殴り合う。


 ……本当に、どうしてこうなった。


 さらに事態をややこしくしたのが、幕府による第二の鎌倉公方の派遣だった。


 長禄2年(1458年)。


 将軍・足利義政は、古河公方となった足利成氏への対抗策として、前年に還俗させた異母兄・足利政知を正式な鎌倉公方として関東へ送り込んだ。


 山内上杉家のほか、渋川義鏡、上杉教朝らも付けられた。


 ところが。


 実権は幕府が握ったまま。


 関東の武士たちからすれば、中央から送り込まれてきた新しい公方に、そこまで従う理由もない。


 結果、政知は鎌倉へ入ることすらできなかった。


 鎌倉の手前、伊豆の堀越に入り、そこで「堀越公方」を名乗ることになる。


 そして幕府が成氏討伐軍を送り込もうとした矢先、総大将の斯波義敏が任務を放り出して自領の越前へ出兵。


 当然、将軍の怒りを買って失脚、追放。


 その後も五十子陣を挟んで上杉と成氏が睨み合いを続ける中、今度は応仁の乱が勃発した。


 幕府としても、関東どころではない。


 そうしている間にも、関東では戦が続く。


 応仁2年(1468年)には上野の綱取原合戦で上杉軍が勝利するなど、上杉方が反撃に転じる場面もあった。


 だが、長尾景春の乱が起きる。


 武蔵や相模の国人たちが上杉氏から離反し、その結果、古河公方・足利成氏が再び勢力を伸ばしていった。


 つまり現在の関東は、


 ――反幕府的な古河公方が勢力を拡大している。


 そういう状況なのである。


 そして、ここで駿河の問題が出てくる。


 今川義忠が生きていれば、おそらく幕府から義忠に対して関東鎮圧の命令が出ていた。


 ところが義忠は死んだ。


 現在、今川家当主となっている龍王丸はまだ三歳。


 そして、その後見をしている俺が駿河守護代として実権を握っている。


 問題は、小鹿範満だ。


 範満は長尾景春とも親類関係にある。


 下手をすれば、古河公方・足利成氏側に加担する可能性すらある。


 だからこそ。


 俺に小鹿範満を排除せよという命令が出たのだろう。


 そこで俺は、将軍・足利義尚。


 実際にはその後見人である日野兄妹と、実家である伊勢家に確認を取った。


「どこまでやればいい?」


「東駿河と伊豆を抑えよ」


「俺以外に動く奴は?」


「いない」


「……俺に与えられる権限は?」


「全部」


「なかなか無茶を言ってくれるよな」


 本当に無茶である。


 要するに、


 ――西駿河半国程度の勢力しかない俺に、東駿河と伊豆を全部どうにかしろ。


 そういう話なのだから。


 とはいえ、俺も好き勝手に動いているわけではない。


 隠居したとはいえ、実質的な権限を完全に手放したわけではない足利義政。


 そして元管領である細川政元。


 この二人に対しても、将軍の命令が第一であることは明確にしつつ、だからといって元将軍や元管領を軽んじているわけではない、と伝えてある。


 ちなみに返ってきた答えはというと。


 ――できれば関東全部を鎮圧してほしい。


 だった。


「……無理だろ」


 もちろん、こちらは婉曲に、


 ――現状では不可能です。


 と返しておいた。


 そもそも堀越公方の足利政知だって、足利義政の異母兄ではある。


 だが、将軍・足利義尚から見ればかなり遠い親族だ。


 日野家や伊勢家からすれば、なおさら政治的な価値の問題になる。


 古河公方も足利。


 堀越公方も足利。


 同じ足利一門で争っているのだから、外から見れば何ともややこしい話だ。


 そして俺は、まず小鹿範満を片付けることにした。


 小鹿範満は寛正6年(1465年)、上杉政憲を支援して関東へ出陣している。


 上杉房顕や扇谷上杉家の太田道灌とともに、武蔵国太田庄で成氏方と戦ったこともある。


 そのため、上杉政憲の後見を受けていた範満には、東駿河の国人たちの支持もあった。


 ――過去には。


 だが、今は違う。


 上杉政憲は自害した。


 太田道灌は関東で長尾景春との戦いに忙殺されている。


 そして何より、焼津を中心とした西駿河の発展に比べ、東駿河は明らかに取り残されつつある。


 当然、東駿河の国人たちにも不満が溜まる。


 そこへ俺は、清水湊を利用した交易と利益の分配を餌にした。


 小川湊や朝比奈氏などに行ったのと同じだ。


 港を整備する。


 交易を増やす。


 商人を呼び込む。


 そして、その利益を国人たちにも分ける。


「今のまま小鹿に従っていて、本当に得をするのか?」


 そう問いかければいい。


 答えは簡単だった。


 ――俺の側についたほうが儲かる。


 これに勝る説得材料は、そうそうない。


 そして準備を整えた俺は、千の兵を率いて駿河館を襲撃した。


 小鹿範満。


 小鹿範慶。


 二人は抵抗を続けたものの、最後には自害。


 こうして、ようやく駿河国内の最大の火種を一つ潰すことができた。


 名目上、これで今川龍王丸が正式な駿河守護となる。


 もっとも。


 龍王丸はまだ三歳だ。


「……三歳児に政治をやれというほうが無理だよな」


 結局のところ、当面の間は俺が駿河の実権を握ることになる。


 まあ、それは今さらだ。


 問題は――次。


 伊豆である。


 伊豆には堀越公方・足利政知がいる。


 そして政知は、かつて足利成氏との和睦を進めた上杉政憲と対立していた。


 当然、その政憲に同調した伊豆の国人たちとも関係が悪い。


 ならば、まずそこから崩していく。


「まずは下田湊か」


 伊豆半島の先端。


 海上交通の要衝。


 ここを押さえれば、伊豆南部への影響力を一気に高められる。


 しかも俺には、焼津や清水、小川で港を整備し、交易を活発化させた実績がある。


 ならば同じことを伊豆でもやればいい。


 国人たちが欲しいのは、何も忠義だけではない。


 領地の安定。


 商売の利益。


 そして、自分たちが生き残れるだけの力。


 それをこちらから提示する。


 小鹿範満を倒したことで、駿河はひとまず俺の手の内に入った。


 ならば次は伊豆だ。


 堀越公方・足利政知と正面からぶつかる前に、まずは伊豆の国人たちをこちらへ引き寄せる。


 そうして伊豆を抑えれば――。


 ようやく、関東へ手を伸ばすための足場ができる。


 ……まあ。


 その先に待っているのが古河公方・足利成氏だと思うと、頭が痛くなるのだが。


「関東全部を鎮圧してほしい、ねぇ……」


 俺は思わずため息を吐いた。


「まずは伊豆だ。関東の話は、それから考えよう」


 こうして俺は、次なる一手を下田湊へ向けることにした。

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