公式に銅銭を鋳造できる鋳銭司の官職につけてもらったよ
さて。
大阪の環境を整えたり。
生玉荘の刈り取り後の脱穀に便利な竹製の千歯扱きを提供したり。
大和川の付け替えを見に行ったり。
さらには、日明貿易についてあれこれ助言したり。
そんなことをしているうちに――文明三年(一四七一年)になった。
気がつけば、やることが山積みだ。
それでも。
少しずつではあるが、成果は出ている。
ありがたいことに、今年は細川や山名に銭を無心しなくても、宮廷祭祀に必要な費用の大半を自前で賄えるようになっていた。
「脱穀の際には竹製の千歯扱きも活躍したし、京の都もだいぶ復興してきた。堺に代わって大阪も発展してきたし……まあ、とりあえず順調だよな」
俺がそう言うと、大道寺重時が苦笑した。
「まあ、戦火に巻き込まれたうえ、大和川の付け替えで、これまでのように大和川から淀川へ入り、京へ直接荷物を運ぶことも難しくなりましたからな。堺が落ちぶれるのも仕方ありますまい」
「そうだな」
もっとも。
俺としては、堺を潰すことだけが目的だったわけではない。
戦火を逃れて堺から大阪へ流れてきた商人たち。
彼らによって、大阪の商業規模は一気に膨らんだ。
塩も自前で生産できるようになった。
農業も少しずつ立て直している。
その結果――大阪は、堺に代わる新たな商業都市として成長を始めていた。
「まあ、堺の商人は放っておけば、ろくなことをしない連中でもあるしな」
「……それは否定できませぬな」
重時が遠い目をした。
まあ、それはともかく。
大阪を発展させるうえで、俺が以前から気になっていた問題がある。
――銭だ。
この時代、日本では銭が足りない。
いや。
正確に言えば――。
**まともな銭が足りない。**
博多。
堺。
鎌倉。
こうした場所では、私的に銭が鋳造されている。
だが。
品質は一定ではない。
特に堺で鋳造される銭は、かなり質が悪い。
銅を減らして鉛を大量に混ぜる。
そのうえ、小さくて薄い。
それでも銭そのものが不足しているから、使わざるを得ない。
いわゆる――鐚銭である。
もちろん。
この問題は今に始まったものではない。
鎌倉時代以前から、渡来銭を模倣した島銭などが鋳造されていた。
粗悪な銭が増えれば、当然、人々は良い銭と悪い銭を選別する。
これが――撰銭だ。
そして。
この問題をさらに悪化させたのが、明との関係だった。
明との貿易が盛んになれば、銅銭が日本へ大量に流れ込んでくる。
ところが。
日明貿易が途絶えれば、今度は銭が入ってこない。
銭が足りない。
だから、悪い銭でも使う。
悪い銭が増える。
そして人々は良い銭を手元に残し、悪い銭ばかりが市場を回る。
――最悪の循環だ。
そもそも日本では、かつて朝廷が皇朝十二銭と呼ばれる銅銭を鋳造していた。
しかし、時代が下るにつれて品質は低下。
それなのに額面上の価値だけは維持しようとした。
結果。
銭そのものの信用が失われた。
やがて平安時代には、銭ではなく布などを基準にした物々交換へと逆戻りしてしまう。
その状況を大きく変えたのが、平清盛による南宋銭の大量輸入だった。
鎌倉時代になると、宋銭を中心とした銅銭が広く流通するようになる。
だが。
鎌倉幕府は、あくまで武士による地方政権。
国家規模で銭を鋳造するほどの権威も、仕組みも持っていなかった。
そして元朝の時代になると、今度は紙幣が基本通貨となり、銅銭の使用が制限された。
その結果、一時的に余った銅銭が日本へ流れ込んだ。
しかし。
それも永遠には続かない。
室町時代になり、足利義満が南北朝を統一。
公武の権力をまとめ上げ、事実上、日本の最高権力者となった義満には、大きな選択肢があった。
明との貿易によって銅銭を輸入する。
そして――。
**国内で銅銭を鋳造する。**
実際、日本には銅がなかったわけではない。
平安初期には銅資源の問題もあった。
だが、室町時代になると採掘技術も製錬技術も進歩している。
中国へ輸出できるほどの銅を確保できるようになっていた。
つまり。
日本国内で銅銭を鋳造すること自体は、十分に可能だった。
問題は――信用だ。
かつて朝廷が発行した銅銭は、すでに信用を失っている。
そんな状態で、新しい銅銭を発行したところで。
「この銭、本当に使えるのか?」
そう思われてしまえば終わりだ。
しかも、明との貿易を行えば、中国の王朝が鋳造した銭を手に入れられる。
中国の銭だから信用できる。
そう考える者も多い。
だったら。
わざわざ国内で新しい銭を作るより、輸入したほうが早い。
――そうして、日本は銭を輸入に頼るようになった。
だが。
輸入に依存するということは、貨幣供給を自分たちで調整できないということでもある。
明との貿易が盛んになれば、銭が大量に入ってくる。
銭が増えれば、その価値は下がる。
逆に貿易が途絶えれば、銭が入ってこない。
国内の銭が減る。
銭の価値が上がり、物価が下がる。
つまり――。
**貨幣政策を外国との貿易に握られている。**
長期的に見れば、かなり危うい。
「……だからこそ、だ」
俺は呟いた。
「国内で、まともな銭を作る必要がある」
関東では、比較的貨幣経済が安定している地域もある。
鎌倉などで鋳造される銭の品質が、比較的良かったからだ。
ならば。
畿内でも同じことをすればいい。
規格を決める。
銅の含有量を管理する。
大きさと厚さを揃える。
粗悪な私鋳銭を減らす。
そして――。
**市場に良質な銭を安定して供給する。**
それだけでも、今よりはずっとマシになるはずだ。
問題は。
誰がそれをやるのか。
だった。
◆
俺は近衛政家、日野勝光、正親町三条実躬らを通じて、朝廷に働きかけることにした。
目的は一つ。
俺自身を、正式に――。
**鋳銭司に任じてもらうこと。**
「商人に銭を鋳造させれば、どうしても粗悪な銭が出回ります」
俺は朝廷の者たちに説明した。
「ですから、商人とは関係のない俺に、銭を鋳造する権限を与えていただきたいのです」
「ふむ……」
話を聞いていた公家が顎に手を当てる。
「たしかに、堺銭はあまり質が良くないと聞くな」
「はい。その通りです」
俺は即答した。
「だからこそ、一定の規格を定め、同じ品質の銭を継続して鋳造する必要があります」
「しかし、銭を鋳造するとなれば、それだけの銅が必要になるのでは?」
「銅については問題ありません」
ここは自信を持って答えられる。
日本には銅がある。
採掘もできる。
精錬もできる。
ならば、あとは制度と仕組みの問題だ。
「粗悪な銭についても、すべて廃棄する必要はありません」
「ほう?」
「回収して、溶かして、もう一度鋳造すればいいのです」
この頃の鐚銭は、戦国時代のものほど酷くはない。
ならば、使える銅は使えばいい。
悪貨を回収する。
溶かす。
不純物を取り除く。
そして、規格を揃えた新しい銭として市場へ戻す。
もちろん。
これだけですべての問題が解決するわけではない。
だが――。
何もしないよりは遥かにいい。
俺が説明を終えると、公家たちはしばらく顔を見合わせた。
そして。
「では、今上様に話を通しておくとしよう」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
こうして――。
話は思いのほか早く進んだ。
そして俺は。
正式に――**鋳銭司**として任じられることになった。
「……本当に任命されてしまったな」
辞令を手に、俺は思わず呟いた。
銭を作る。
たったそれだけのことに見える。
だが。
実際には違う。
銭とは。
市場を動かす血液だ。
良い銭が流れれば、商売がしやすくなる。
悪い銭が増えれば、人々は良い銭を抱え込み、悪い銭だけが市場を回る。
そして、銭そのものへの信用が失われれば――。
誰も銭を使わなくなる。
「さて……」
俺は鋳銭司の任命書を眺めた。
「今度こそ、まともな銭を作るとするか」
大阪を発展させる。
農業を立て直す。
物流を整える。
貿易を活発にする。
そして――。
その経済を支える銭も、自分たちで用意する。
やることは山積みだ。
だが。
少しずつでもいい。
この国の仕組みを変えていく。
そのための一歩が――。
**鋳銭司だった。**
とはいえ。
鋳銭司になったからといって、これですべてが解決するわけではない。
俺が作った銭を、商人や農民たちが素直に受け取ってくれるとは限らないからだ。
いくら品質が良くても。
「この銭、本当に使えるのか?」
そう思われてしまえば、それまでである。
結局。
銭というものは、信用で成り立っている。
「まあ……」
俺は少し考えてから呟いた。
「まずは畿内で、普通に使える銭になればいいか」
いきなり日本中で流通させようなんて考えてはいない。
まずは畿内だ。
大阪で使える。
京で使える。
周辺の市場でも使える。
それだけでいい。
「そのためには、やはり細川様や大内様の協力が必要でしょうな」
大道寺重時が言った。
「だろうな」
俺も頷く。
いくら俺が良質な銭を作ったところで、俺の周囲だけで流通しているのでは意味がない。
有力者に使ってもらう。
その家臣たちが使う。
商人たちが使う。
そして――。
市場に広がる。
それで初めて、銭は「使えるもの」になる。
「細川家が受け取る」
俺は指を一本立てる。
「大内家も受け取る」
もう一本。
「そして、その家臣や商人たちが使う」
さらに一本。
「そうなれば、信用は一気に広がる」
「……随分と簡単に申されますな」
重時が苦笑する。
「簡単じゃないから困ってるんだよ」
俺も苦笑した。
銭を作る。
銭を流通させる。
そして――。
銭を信用させる。
言葉にすれば簡単だ。
だが、実際にはどれも簡単ではない。
それでも。
ここまで来たのだ。
やるしかない。
「なら、次はそこだな」
「何をなされるので?」
「細川と大内に、俺の作った銭を使ってもらう」
「また随分と大きな話ですな……」
「まあな」
俺は苦笑しながら、鋳銭司の任命書をもう一度眺めた。
良質な銭を作る。
それだけなら、技術の問題だ。
だが。
良質な銭を「良い銭」だと認めてもらうには、信用が必要になる。
そして信用を得るには――。
使ってもらうしかない。
「……まずは、細川に話を持っていくか」
こうして俺は。
新しい銭を作る仕事と同時に――。
**新しい銭を信用させる仕事**へと取り掛かることになった。




