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なぜか北条早雲こと伊勢盛時になってしまったが、大樹の無茶振りがひどすぎて正直しんどい  作者: 水源
文明3年(1471年)

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まずは細川と大内に銭を使って貰う約束を取り付けたよ

 ――翌日。


 俺は朝から、細川方の屋敷へ向かっていた。


「しかし、本当に細川様に新しい銭を使わせるおつもりですか?」


 隣を歩く大道寺重時が、どこか不安そうな顔で尋ねてくる。


「使わせる、じゃない。使ってもらうんだよ」


「言い方を変えただけでは?」


「かなり違うぞ」


 俺は苦笑した。


 今回作ろうとしているのは、ただの銅の塊ではない。


 市場で使われる――貨幣だ。


 ならば、何より先に必要なのは信用だった。


 そして、その信用を作る一番手っ取り早い方法は――。


 権力者に使ってもらうこと。


 細川勝元が使う。


 細川家の家臣が使う。


 細川家と取引する商人が使う。


 そうなれば、銭は少しずつ市場へ流れ込んでいく。


「とはいえ、細川様は戦続きですぞ」


「だからこそだ」


「だからこそ?」


「戦が続けば、兵糧も武具も人手もいる。つまり、大量の取引が発生する」


 俺は前を見ながら答えた。


「需要がある場所へ銭を流し込めばいい」


 そのために俺は――鋳銭司になった。


     ◆


「ほう……新しい銭を鋳造するとな」


 話を聞き終えた細川勝元は、顎に手を当てた。


「はい」


「しかも、朝廷より正式に鋳銭司の官職を得たと」


「その通りです」


 勝元の目が細くなる。


「それで?」


「細川様にも、この銭を使っていただきたいのです」


「……俺に銭を使え、と?」


「はい」


 即答した。


 勝元は黙った。


 しばらくして、試すように俺を見る。


「どうして俺が、わざわざ新しい銭を使わねばならぬ?」


「理由は簡単です」


 俺は懐から一枚の試作品を取り出した。


 まだ正式な量産品ではない。


 だが、規格は決めてある。


 大きさ。


 厚さ。


 重量。


 そして銅の配合。


 可能な限り、すべてを揃える。


「堺銭のような粗悪な銭ではありません」


 勝元は試作品を摘まみ上げた。


 表を見る。


 裏を見る。


 指で弾く。


 ――カン。


「……重さも揃っているな」


「揃えます」


「これを大量に作るつもりか?」


「はい」


「銅はどうする?」


「国内から集めます」


「鋳造費は?」


「大阪で賄います」


「銭そのものの信用は?」


「これから作ります」


「……」


 勝元が眉をひそめた。


「信用を、これから作る?」


「はい」


 俺は頷いた。


「最初から誰も信用していないのは当然です」


「それでも作るのか」


「だからこそです」


 俺は銭を指差す。


「銭は、作ったから価値があるんじゃありません」


 勝元は黙っている。


「皆が使うから価値が生まれるんです」


 俺は続けた。


「なら、最初に使う人間を増やせばいい」


「……つまり?」


「細川様に使っていただきたい」


「俺に?」


「はい」


 勝元は試作品をしばらく眺めていた。


 やがて、口元に笑みを浮かべる。


「具体的には、どう使わせる?」


「兵糧の買い付けです」


「兵糧?」


「米、麦、塩、魚、布、木材。軍を動かすなら大量に必要でしょう」


「確かにそうだ」


「その代金の一部を、この銭で支払っていただきたいのです」


「だが、受け取る商人が嫌がるぞ」


「嫌がるでしょうね」


 俺はあっさり答えた。


「だから、そこで細川様の名前を使うんです」


「……なるほど」


「細川家がこの銭で支払う」


 そして――。


「商人が受け取る」


 さらに。


「その商人が、新しい銭で別の仕入れをする」


 そうなれば。


 銭は少しずつ、市場を回り始める。


「つまり、俺を保証人にするわけか」


「まあ、そんなところです」


 勝元が苦笑する。


「お前は相変わらず、人を使うのが上手いな」


「使っているわけじゃありません」


「ほう?」


「お互いに得をする話をしているだけです」


 俺は笑った。


「細川様は兵糧を買える。商人は支払いを受けられる。俺は銭を流通させられる」


「……確かに、悪くない」


 勝元が試作品を机の上へ置いた。


 だが、すぐにもう一つの懸念を口にする。


「一つ問題がある」


「何でしょう?」


「その銭を受け取った商人が、今度は俺のところへ持ってきたら?」


「受け取ればいいでしょう」


「俺が?」


「もちろんです」


「……」


 勝元が黙る。


「細川家が、この銭を受け取り続ける」


 俺は淡々と告げた。


「それだけで、かなりの信用になります」


「……」


「使えると思われるまで、使い続けるんです」


 勝元が試作品を指で弾いた。


 ――カン。


 乾いた音が響く。


「なるほどな」


 細川勝元が笑った。


「銭そのものを信用させるのではなく、細川家を通して信用を作るのか」


「そういうことです」


「面白い」


 勝元は立ち上がった。


「よし」


「?」


「試してみよう」


「本当ですか?」


「ああ」


 勝元は試作品を俺へ返した。


「まずは兵糧の購入代金の一部からだ」


「ありがとうございます」


「ただし――」


 勝元は、にやりと笑った。


「本当に使える銭なのだろうな?」


「もちろんです」


「一枚一枚、品質を揃えろ」


「はい」


「銅の量をごまかすな」


「はい」


「妙なものを混ぜるな」


「はい」


「それから――」


 勝元が俺を見る。


「途中で銅が足りなくなったから鋳造を止めました、などというのもなしだ」


「……努力します」


「そこは断言しろ」


「善処します」


「お前な……」


 勝元が呆れたように笑った。


 だが――。


 話は決まった。


 まずは細川家で使ってもらう。


 これで一歩だ。


     ◆


「……上手くいきましたな」


 屋敷を出ると、大道寺重時が呟いた。


「ああ」


「これで新銭は流通するので?」


「まだだ」


「まだ?」


「細川家だけで使われているうちは、細川銭にすぎない」


 俺は歩きながら答えた。


「必要なのは、商人が自分から欲しがる状態だ」


「なるほど……」


「だから次は――」


 俺は足を止めた。


「大阪の商人に使わせる」


「大阪の商人ですか」


「ああ」


 大阪には、堺から流れてきた商人も多い。


 彼らは金の匂いに敏い。


 儲かると分かれば動く。


「細川家が使う」


 俺は指を一本立てる。


「大阪の商人も使う」


 二本目。


「そうなれば?」


 重時が俺を見る。


 俺は笑った。


「京でも使えるようになる」


 そして。


 京で使えるようになれば――。


 畿内全体へ広がっていく可能性がある。


 まだ、一歩目だ。


 だが、貨幣というものは、一度流れ始めれば強い。


 川と同じだ。


 水が流れる道さえ作れば、あとは勝手に広がっていく。


 問題は――。


 最初の流れを、どう作るか。


「次は大阪だな」


 そう呟いた、その時だった。


「旦那様」


「なんだ?」


「大内様のほうからも、返事が来ております」


「……早いな」


 思わず振り返る。


「内容は?」


「新しい銭について、一度話を聞きたいとのことです」


 俺は少しだけ笑った。


「……なるほど」


 細川に話をした。


 そして――。


 今度は大内か。


 思ったより早く、こちらの話に食いついてくれる相手が現れたらしい。


「よし」


 俺は歩き出した。


「次は大内政弘だ」


 新しい銭を巡る戦いは――。


 まだ、始まったばかりだった。


     ◆


 ――数日後。


 俺は、大内政弘から届いた返書をもう一度読み返していた。


「……大内様も話を聞きたい、と」


 大阪の屋敷。


 机の上には、細川家から返ってきた試作品の銭と、大内家からの返書が並んでいる。


 細川勝元には、とりあえず新銭を兵糧の購入に使ってもらう約束を取り付けた。


 これだけでも大きい。


 だが。


 本当に欲しいのは――もう一つの名前だ。


 大内政弘。


 周防・長門を中心とする大内氏は、日明貿易との関係が深い。


 博多を押さえ、海外交易にも強い。


 つまり――。


 銭の流れを考えるなら、これほど重要な相手はいない。


「細川様とは、ずいぶん性格が違う相手になりそうですな」


 大道寺重時が言う。


「まあな」


 細川勝元は、畿内の権力者だ。


 対して大内政弘は、海外交易まで視野に入れている。


「だからこそ――」


 俺は返書を置いた。


「細川様以上に、話が早いかもしれない」


「話す内容も変えたほうがよいでしょうな」


「そのつもりだ」


 細川には、兵糧や商取引の話をした。


 だが、大内に対しては、それだけでは足りない。


 彼らにとって重要なのは、国内だけではない。


 海外交易を含めた決済の安定だ。


 ならば――。


 こちらが提示する話も、一段大きくする必要がある。


     ◆


「お待たせいたしました」


 やがて、面会の場が整った。


 俺の前に現れた大内政弘は、静かにこちらを見ている。


「初めてお会いするな」


「はい」


「聞けば、そなたが鋳銭司になったとか」


「その通りです」


「しかも、新しい銭を作ろうとしている」


「はい」


 政弘は俺の手元を見る。


「それが?」


「試作品です」


 俺は一枚の銭を差し出した。


 政弘は受け取り、表と裏を見る。


 指で弾く。


 ――カン。


 重さを確かめる。


「……なるほど」


「どうでしょう?」


「少なくとも、今出回っている鐚銭よりは、ずいぶんまともそうだ」


「ありがとうございます」


「だが――」


 政弘が顔を上げる。


「良い銭を作れば、それで流通すると思っているわけではあるまい?」


 俺は思わず笑った。


「さすが大内様です」


「そこを分かっていないほど、私は愚かではない」


 政弘が銭を机の上に置く。


「銭の価値は、銭そのものだけで決まるものではない」


「その通りです」


「誰が受け取るのか」


「はい」


「誰が保証するのか」


「はい」


「そして、どこで使えるのか」


 俺は頷いた。


「だからこそ、大内様にも使っていただきたい」


「私にも?」


「はい」


 政弘は少し考えた。


「細川殿にも使わせるつもりか?」


「もう話はついています」


「……なるほど」


 政弘が、初めて少しだけ笑った。


「それで私にも声を掛けたわけか」


「はい」


「ずいぶん欲張りだな」


「良い銭を作るだけなら、俺一人でもできます」


 俺は政弘を見る。


「ですが、良い銭を『使える銭』にするには、一人では無理です」


「ふむ」


「細川家と大内家。この二つが使う」


 俺は続けた。


「そうなれば、京と大阪だけではなく、瀬戸内や九州にも広がっていく可能性がある」


 そこまで言うと、政弘の目がわずかに細くなった。


「……海外交易まで考えているのか」


「当然です」


 俺は即答した。


「日本国内だけで完結する貨幣制度ではありませんから」


 明との交易。


 朝鮮との交易。


 海外との往来が続く限り、銭は必要になる。


「ならば、なおさら品質を揃える必要がある」


「ええ」


 政弘が続ける。


「博多では、様々な銭が行き交う」


「知っています」


「中国から入ってきた銭もあれば、日本で鋳造されたものもある。さらに粗悪な私鋳銭まで混ざる」


「だから、撰銭が面倒になる」


「そうだ」


 政弘が頷いた。


「そこを減らしたい」


「どうやって?」


「規格を揃えます」


 俺は答えた。


「大きさも、厚さも、重量も」


「それだけか?」


「銅の配合もです」


「……そこまで管理するのか」


「むしろ、そこを管理しないと意味がありません」


 銅を減らして鉛を増やした粗悪品と、きちんとした銭が同じ一文として扱われる。


 そんな状態では、やがて市場から信用を失う。


「そして――」


 俺は、もう一枚の銭を取り出した。


「粗悪な銭を回収します」


「回収?」


「はい」


「使えない銭を?」


「使えないなら、溶かして使えるようにする」


 政弘が黙る。


「新しい銭を一から作るだけではありません」


 俺は言った。


「市場にある銭そのものを、少しずつ良質な銭へ置き換えていくのです」


「……」


「時間はかかるでしょう」


 俺は苦笑した。


「ですが、銅そのものが消えるわけではありませんから」


 政弘は長く考え込んだ。


 やがて――。


「面白い」


 ぽつりと呟く。


「何がでしょう?」


「お前は銭を作ることだけを考えていない」


「……」


「市場そのものを作り替えようとしている」


 俺は肩をすくめた。


「まあ、できる範囲で、ですが」


「それを私に手伝え、と」


「はい」


 政弘は笑った。


「なるほど」


 机の上の銭を指先で転がす。


「では、一つ条件がある」


「なんでしょう?」


「大内家がこの銭を使うとして――」


 政弘は俺を見る。


「途中で品質を変えるな」


「……」


「最初は良い銭でも、銅が足りない、鋳造費が高い、利益が少ない。そう言って後から質を落とす銭師は珍しくない」


「それはしません」


「本当に?」


「はい」


 俺は即答した。


「むしろ、品質を落としたら俺自身が困ります」


「なぜだ?」


「俺が信用を失うからです」


 銭の価値は信用。


 ならば――。


 鋳銭司である俺自身が、その信用を守らなければならない。


「……よかろう」


 政弘は頷いた。


「大内家でも使わせよう」


「ありがとうございます」


「ただし、最初から大量には無理だ」


「分かっています」


「まずは博多と山口で試してみる」


「十分です」


 むしろ、それだけでも大きい。


 博多。


 山口。


 そして大阪。


 さらに京。


 これらが繋がれば――。


 新銭を流通させるための大きな道になる。


 俺は深く頭を下げた。


「ありがとうございます」


「礼はまだ早い」


「え?」


 政弘は笑った。


「本当に信用されるかどうかは、これからだ」


「……」


「銭そのものではない」


 政弘は言う。


「その銭を使った者が――『またこの銭を受け取りたい』と思うかどうかだ」


 その言葉に、俺は少し考え込んだ。


 なるほど。


 やはり大内政弘は話が早い。


「その通りですね」


「では、やってみるといい」


「はい」


 こうして――。


 大内家からも、新銭を試験的に使用する了承を得ることができた。


     ◆


「……細川家に続いて、大内家まで」


 帰り道。


 大道寺重時が呆れたように呟いた。


「ああ」


「本当に上手くいくものですな」


「まだ始まったばかりだぞ」


 俺は笑った。


「むしろ、ここからが大変だ」


 細川家。


 大内家。


 二つの有力者が使う。


 だが、それだけでは足りない。


 商人が受け取らなければならない。


 農民が使わなければならない。


 寺社も受け取る必要がある。


 そして何より――。


「市場で、普通に使えるようにする」


 新銭を見た商人が、


 ――また鐚銭か。


 と嫌な顔をするのではなく。


 ――ああ、これはあの銭か。


 と、ごく当たり前に受け取る。


 そこまで行って、ようやく成功だ。


「となると、次は大阪の商人ですな」


「そうなる」


「堺から来た連中は、なかなか手強いですぞ」


「だからこそ面白い」


 俺は笑った。


 商人は損得に敏い。


 逆に言えば――。


 儲かると分かれば、誰よりも早く飛びつく。


「新銭を使うと得をする仕組みを作る」


「具体的には?」


「それをこれから考える」


 俺は大阪の町を見た。


 道には荷車が走っている。


 船が行き交う。


 商人が声を張り上げる。


 人が集まり、物が動き、銭が行き交っている。


 その中心に――。


 まだ誰も知らない新しい銭を流し込む。


「……さて」


 俺は笑った。


「次は商人を口説くか」


 そうして俺は、大阪の商人たちを集めるための話を考え始めた。


 だが――。


 このときの俺は、まだ知らなかった。


 新しい銭を流通させようとすれば。


 当然、それを嫌がる者も出てくる。


 今まで銭の品質で儲けてきた者。


 鐚銭を混ぜて利益を得ていた者。


 そして――。


 既存の銭の流通を握っている商人たち。


 新しい銭が市場へ入る。


 それは、誰かの利益が奪われるということでもある。


「……まあ」


 俺は大阪の町を眺めながら呟いた。


「銭を作るだけで、敵まで増えるとはな」


 だが。


 そんなものは今さらだ。


 政治も。


 農業も。


 商売も。


 改革しようとすれば、必ず誰かが困る。


 そして――。


 困る者は、必ず抵抗する。


「それなら、それでいい」


 俺は歩き出した。


「こっちも、やることをやるだけだ」


 こうして。


 俺の鋳銭事業は――。


 いよいよ、大阪の商人たちを巻き込んだ本格的な段階へと入っていった。


     ◆


 ――それから数日後。


 俺は大阪の主だった商人たちを集めていた。


 場所は、大阪の商人たちが商談に使う一室。


 畳の上には、米、塩、魚、布。


 それぞれを扱う商人が並んでいる。


 そして――。


 堺から大阪へ移ってきた者たちもいる。


 誰もが、こちらの出方を窺っていた。


「さて」


 俺は正面に座ると、机の上へ小さな包みを置いた。


「本日は皆さんに、少し変わった話があります」


「変わった話、ですか」


 一人の商人が眉をひそめる。


「ああ」


 包みを開く。


 中から出てきたのは――。


 新しく鋳造した銭だった。


 ――チャリン。


 一枚を机の上へ置く。


 その瞬間。


 何人かの商人が身を乗り出した。


「……銭?」


「見たところ、普通の銭ですな」


「いや」


 別の商人が手に取った。


「少し違う」


「お気づきですか」


「厚みが揃っている」


「その通りです」


 別の商人が指で弾いた。


 ――カン。


「音も揃っているように聞こえる」


「できる限り規格を揃えています」


「……なるほど」


 商人たちの目の色が変わった。


 さすが商人だ。


 金になる話には敏い。


「これが、今後大阪で流通させる新しい銭です」


「新しい銭……」


 一人が呟く。


「どこの銭です?」


「俺が鋳造します」


「……」


 沈黙。


 まあ、当然だ。


 見たこともない銭。


 しかも「俺が作る」。


 不安にならないほうがおかしい。


「それで?」


 年配の商人が口を開いた。


「この銭を、我々にどうしろと?」


「使ってください」


「……」


 空気が止まった。


「それは困りますな」


 別の商人がすぐに答えた。


「銭は信用が第一です。見たこともない銭を受け取って、あとで誰も受け取ってくれなければ、ただの金属の塊です」


「その通りです」


 俺は頷いた。


「だから、受け取ってもらえる仕組みを作ります」


「仕組み?」


「はい」


 俺は一枚の書類を取り出した。


「まず、細川家がこの銭を正式に受け取ります」


 商人たちがざわつく。


「細川様が?」


「はい。すでに話はついています」


 次に。


「大内家も使います」


「大内様まで……?」


「博多や山口でも試験的に流通させます」


 今度は、商人たちが顔を見合わせた。


「つまり……」


 年配の商人が俺を見る。


「細川家と大内家が、この銭を保証する?」


「保証というより、実際に使うということです」


「それだけでも大きいですな……」


「だからこそ、皆さんにも使ってほしい」


 俺は新銭を指差した。


「細川家が使う」


 一本。


「大内家も使う」


 二本。


「そして、大阪の商人が使う」


 三本。


「そうすれば、この銭は少なくとも畿内と西国の一部では、普通に使えるようになります」


「……なるほど」


 商人たちは黙り込んだ。


 俺は――もう一手出す。


「そして――」


「まだあるのですか?」


「あります」


 俺は笑った。


「この銭を受け取ってくれた商人には、俺のところから優先的に商品を回します」


「商品……?」


「塩です」


「!」


 商人たちの目が変わった。


「大阪で生産している塩です」


「まさか……」


「はい」


 俺は頷いた。


「新銭で支払う商人を優先して、一定量の塩を卸します」


 静まり返った。


 だが。


 その表情を見れば分かる。


 ――儲かる。


「もちろん、無条件ではありません」


 俺は続けた。


「こちらも商売ですから」


「条件を伺いましょう」


「簡単です」


 俺は笑った。


「新銭を嫌わないこと」


 商人たちが顔を見合わせる。


「そして――」


 もう一枚、紙を出す。


「新銭で支払いを受けた場合、俺のところへ持ち込めば、一定の割合で必ず別の商品に交換します」


「……つまり」


 年配の商人が目を細める。


「この銭を持っていれば、大阪で商品を買える?」


「その通りです」


「そして、そこで買った商品を売れば……」


「また新銭が手に入る」


「……」


 商人が黙る。


 今度の沈黙は、さっきまでとは違った。


 疑っているのではない。


 ――計算している。


 頭の中で、利益を。


「なるほど」


 一人がぽつりと呟いた。


「銭そのものを売るのではなく、銭を使うことで商売が得になるようにするのですな」


「そういうことです」


「これは……」


 年配の商人が笑った。


「なかなか、えげつないですな」


「褒め言葉として受け取っておきます」


 俺も笑う。


 商人は儲かるなら動く。


 銭を信用しろと説得するより――。


 その銭を使えば儲かる。


 そう思わせたほうが早い。


「ですが――」


 一人の男が手を挙げた。


「問題があります」


「なんでしょう?」


「この銭が大量に出回れば、今までの銭を使っていた者が困る」


「ええ」


「そして、古い銭を扱っている商人からすれば、新銭は邪魔になる」


 俺は頷いた。


「その通りです」


「ならば、妨害されるのでは?」


「されるでしょうね」


 俺はあっさり答えた。


 商人が目を丸くする。


「……そこまで分かっているのですか」


「もちろん」


 むしろ。


 そこを想定せずに始めるほど、俺は甘くない。


「ですが、それなら――」


 俺は新銭を一枚持ち上げた。


「俺たちが先に市場を押さえればいい」


「市場を?」


「はい」


 銭の交換場所を作る。


 新銭と旧銭を一定の基準で交換する。


 粗悪な鐚銭も、一定量までなら引き取る。


 そして新銭を大阪で使えるようにする。


「つまり、銭を交換する場所そのものを作る?」


「そうです」


「それを、あなたが?」


「俺が管理します」


 商人たちの間にざわめきが走った。


「それなら……」


 一人が呟く。


「銭の価値が分からなくなった時でも、ここへ持ってくればいい」


「そういうことです」


 商人たちが互いに顔を見合わせる。


 そして――。


「それなら、試してみてもいい」


 一人が言った。


「私も」


「私もですな」


「塩が買えるなら、新銭でも問題ない」


 少しずつ。


 声が増えていく。


 俺はその様子を見ながら、心の中で拳を握った。


 ――第一関門、突破。


 だが。


 そのときだった。


「待っていただきたい」


 低い声が響いた。


 部屋の奥。


 今まで一言も喋らなかった男が立ち上がった。


「私は反対です」


 空気が変わった。


「理由を聞こう」


 俺が促す。


 男は新銭を手に取った。


「品質は確かに良いのでしょう」


 そして。


「細川様や大内様が使うという話も、本当なのでしょう」


「はい」


「それでも――」


 男は銭を机の上へ置いた。


「今まで使ってきた銭を、簡単に捨てるわけにはいきません」


「……」


「古い銭には古い銭の価値があります」


 その言葉に、俺は少しだけ目を細めた。


 なるほど。


 これは単純な抵抗ではない。


 この男は――。


 古い銭を大量に抱えている。


「あなたの商売は?」


「堺で銭と金属を扱っております」


「なるほど」


 そういうことか。


 この新銭が広まれば。


 今まで抱えていた鐚銭や金属の価値が変わる。


 つまり、この男にとって俺の改革は――。


 商売そのものを脅かす。


「だから反対なのか?」


「はい」


 男は俺を見る。


「新しい仕組みを作るのは結構」


「……」


「ですが、そのために我々が損をする必要があるとは思えません」


 正論だ。


 改革というものは。


 誰かにとって得でも――。


 誰かにとっては損になる。


 だから反発が生まれる。


 俺は少し考えた。


 そして――。


「では」


 俺は笑った。


「あなたの持っている銭を、買い取ります」


「……何?」


「全部ではありません」


 俺は続ける。


「使える銅は、俺が買い取ります」


「なぜ?」


「新銭の原料になるからです」


 男が絶句した。


「鐚銭を嫌っているわけではありません」


 俺は言う。


「銅として必要なんです」


 これなら――。


 古い銭を抱えている商人も損をしない。


 俺は原料を確保できる。


 市場からは粗悪な銭が減る。


 新しい銭が増える。


 ――一石三鳥だ。


「……本気ですか?」


「本気です」


 男はしばらく俺を見つめていた。


 やがて。


「……考えさせてください」


「もちろん」


 俺は頷いた。


 商人たちがざわめく。


 そして――。


 一人。


 また一人。


「私も試してみましょう」


「私もです」


「塩の取引なら、新銭でも問題ないでしょう」


 そうして――。


 その日の商談は終わった。


     ◆


「随分と思い切ったことをしましたな」


 帰り道。


 大道寺重時が言った。


「何が?」


「鐚銭を買い取るなど」


「必要なことだろ」


「銅が足りるのですか?」


「足りなくなるかもしれない」


「……」


「だからこそ、今のうちに集める」


 俺は笑った。


 新銭を作るには銅がいる。


 だが、銅鉱山を新しく開くには時間がかかる。


 ならば――。


 今ある金属を回収すればいい。


「大阪中の鐚銭を回収してやる」


「……本気ですな」


「ああ」


 そして。


 俺はふと立ち止まった。


「ただし――」


「?」


「一つ気になることがある」


「何でしょう?」


「さっきの商人だ」


 俺は振り返る。


 もう姿は見えない。


「妙に反応が早かった」


「銭を抱えていたからでは?」


「それだけならいいんだけどな」


 俺は新銭を指先で弾いた。


 ――カン。


 乾いた音が響く。


「俺たちが新しい銭を作り始めたことを、誰かがかなり早い段階で知っている」


「……」


「そして、その動きを止めたいと思っている」


 大阪で銭を握る商人。


 堺。


 既存の鋳銭に関わる者。


 あるいは――。


 もっと大きな相手。


「まあ、考えすぎかもしれないけどな」


 俺は歩き出した。


「明日から、銭の回収を始める」


「承知しました」


「それと」


「はい」


「新銭を鋳造する工房の警備も増やしておいてくれ」


 重時が怪訝な顔をする。


「まさか……」


「念のためだよ」


 そう言いながら。


 俺は少しだけ笑った。


 銭を作る。


 銭を流通させる。


 銭を信用させる。


 そして――。


 銭を巡って争う者たちとも、戦わなければならない。


 どうやら俺の鋳銭事業は――。


 思っていたより、ずっと大掛かりな仕事になりそうだった。


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