明への貿易に使う輸出品の内容に関して幕府や細川・大内に助言をしてみたよ
さて。
河内と紀伊で争っている畠山のことや、その争いに巻き込まれて焼けた堺のことは、ひとまず置いておこう。
畿内も、ようやく少しずつ落ち着きを取り戻してきた。
ならば、今のうちに手を付けておきたいことがある。
――日明貿易だ。
室町幕府にとって、日明貿易は重要な財源の一つである。
何しろ、うまくやれば非常に儲かる。
その代わり、明の皇帝に朝貢し、「日本国王」として冊封を受けるという、いささか面倒な建前がついてくるのだが。
まあ。
「儲かるならいいだろ」
商売とは、そういうものだ。
◆
そもそも日明貿易を始めたのは、三代将軍・足利義満である。
……とはいえ、最初からすんなり進んだわけではない。
当時、九州には南朝方の勢力が残っていた。
その中心にいたのが、征西大将軍・懐良親王。
九州肥後国に強い勢力を持っていた懐良親王は、すでに明から「日本国王良懐」として認められていた。
そのため、義満が明と貿易を始めようとしても、
「日本国王なら、もういるじゃないか」
という話になる。
ところが。
その状況を変えた男がいる。
九州探題・今川貞世だ。
今川貞世は菊池武朝や阿蘇惟武ら南朝方の勢力を次々と打ち破り、懐良親王や名和顕興、島津氏久らを降伏させる。
こうして九州の南朝勢力は大きく後退。
やがて南北朝の合一へと向かっていく。
そして義満は義持に家督を譲って隠居。
「日本国准三后源道義」として、天皇の臣下ではなく皇族に準じる立場で「日本国王」に冊封された。
これによって、ようやく明との正式な貿易が始まった。
建文三年――一四〇一年。
そこから永楽八年――一四一〇年までの間に、遣明船は八回派遣された。
ただし。
これも、ずっと順調だったわけではない。
義満の死後、四代将軍・足利義持や前管領の斯波義将らが、
「明皇帝に朝貢し、日本国王として冊封されるとは何事か」
と問題視。
日明貿易はいったん停止されることになる。
……朝貢貿易なのに、国内の事情で止まる。
実に人間らしい話である。
だが。
幕府にとって日明貿易は、あまりにも魅力的だった。
六代将軍・足利義教の時代。
永享四年――一四三二年。
幕府の財政強化を目的として、日明貿易は復活した。
この頃になると、幕府の船だけではなく、寺院などの船も参加するようになる。
そして宝徳三年――一四五一年には、遣明船は九隻にまで増えていた。
船が増えれば、人も増える。
人が増えれば、積み荷も増える。
当然の話だ。
ところが。
明からすれば、
「日本船、来すぎじゃない?」
となる。
そこで明は、貿易を制限する方向へと動き始めた。
しかも。
ここで日本側を悲劇が襲う。
それまでの相場なら、合計で二十一万七千七百三十二貫ほどの価値があると考えられていた商品が、買い取り価格の大幅な下落によって、わずか五万百十八貫文ほどにしかならなかったのである。
特に酷かったのが――硫黄。
以前は一斤五百貫文にもなった硫黄が。
なんと。
二十五文。
「…………」
そりゃ持って帰るわ。
俺なら持って帰る。
ちなみに日本刀も同様だった。
義教の時代には一振り十貫文ほどだったものが、三貫文にまで下落している。
もちろん、単純に需要だけの問題ではない。
数打物と呼ばれる大量生産の粗悪な刀が増え、品質が落ちたことも原因の一つだ。
高品質な日本刀ならともかく、
「とにかく数を作りました!」
という刀ばかり持って行けば、そりゃ価値も下がる。
そして、その後の日明貿易は、
十年に一度。
船は三隻。
人数は三百人まで。
と制限されることになった。
遣明船は幕府船、細川船、大内船の三隻。
……だったのだが。
応仁の乱で、それどころではなくなった。
「貿易船を出そう!」
「戦争中です」
「……はい」
そんな状態だったのである。
そして今。
ようやく、船を出せる状況になりつつある。
ならば。
ここで一つ、考えておきたいことがある。
――何を売るべきなのか。
◆
朝貢貿易というのは、普通の商売とは少し違う。
皇帝と臣下である王との間で、朝貢と下賜を行う。
日本から献上した品物に対して、明からはそれ以上の価値を持つ品々が下賜される。
その代わり、日本側は倭寇の取り締まりなどの義務を負う。
つまり。
明に頭を下げなければならない代わりに――めちゃくちゃ儲かる。
しかも関税もない。
滞在費なども明側が負担する。
なぜ明がそこまでしてくれるのか。
理由は単純だ。
朝貢を受け入れたほうが、倭寇などへの軍事費を負担するより安く済む。
そして、それだけのことができる経済力が明にはある。
もちろん、中華思想という政治的・思想的な理由もある。
だが。
こちらとして重要なのは、
「儲かる」
という一点だ。
だったら。
できるだけ儲かるものを売ればいい。
日本からの主要な輸出品といえば、まず日本刀。
日本国内で一貫文程度の刀が、明では十貫文ほどで売れたとも言われている。
中国では鋳造によって刀剣を作ることが多く、日本刀の切れ味は大きな魅力だった。
さらに、日本刀には武器としてだけではない価値がある。
工芸品。
美術品。
そういうものとしても評価された。
……ただし。
輸出量が増えれば、当然ながら値段は下がる。
硫黄も同じ。
金も銅も馬も売れる。
瑪瑙や真珠、屏風、扇、漆器、蒔絵などもある。
だが。
「なるべくなら、再生産できるものを売ったほうがいいんだよな」
俺は呟いた。
刀を作るには鉄がいる。
銅を売れば、国内で使える金属が減る。
まして、日本の銅には金や銀が少なからず含まれている。
当時の日本には、それらを十分に分離する技術がない。
一方、明にはそれがある。
だから日本の銅は、
銅としては高い。
銀としては安い。
そんな絶妙な値段で買われていた。
日本からすれば、実はかなり美味しい商品なのだ。
だが。
それでも有限の資源であることには変わりない。
「だったら、もっと別のものを売ればいい」
俺はそう考えた。
◆
俺は細川勝元の病死によって幼少の嫡男・細川政元の後見人となっている細川政国――細川典厩のもとを訪れた。
「細川典厩様」
「何であろうか」
「今度、明へ献上する品についてですが」
「うむ」
「倭椹と呼ばれる干し椎茸や木耳。それから干し鮑、干し海鼠、干し海老などの乾物を増やしてはいかがでしょう」
「……乾物を?」
「はい」
政国は少し考え込む。
「刀や銅ではなく?」
「刀は確かに高く売れます。ですが、数を出せば値崩れします」
「なるほど」
「それに、粗悪な束刀を大量に売るくらいなら、その鉄を鋤や鍬に回したほうが、国内の田畑を増やすのに役立ちます」
「……確かに、それはそうかもしれぬな」
「銅も同じです。国内で必要となる金属を、いつまでも外へ売り続けるのは得策ではありません」
俺はそこで一度、言葉を切った。
「しかし、椎茸や木耳ならば育てることができます。海産物も、獲って干せば長期保存できます」
「つまり、再生産できるものを売れ、と」
「その通りです」
もちろん、乱獲すれば海産物だって減る。
だからこそ、そこは管理する必要がある。
それでも。
鉱山から掘り出した銅や銀とは違う。
山や海から得られる恵みを加工して売る。
それなら、国内の産業そのものを育てることにも繋がる。
「……面白い考えだ」
政国が頷いた。
「将軍にも話を通しておこう」
「お願いいたします」
俺はさらに伊勢家を通じて将軍にも話を入れ、大内政弘にも同じ提案をした。
――刀や金属だけに頼るな。
――乾物の割合を増やせ。
そう伝えたのである。
◆
そして今回。
遣明船には、俵に詰めた大量の海産物の乾物を積ませた。
干し椎茸。
木耳。
干し鮑。
干し海鼠。
干し海老。
その他にも、保存性の高い海産物をできるだけ揃えた。
果たして、どうなることか。
俺も少しばかり不安だった。
ところが。
「……なかなか良い値段で引き取られたそうです」
「本当か?」
「はい」
報告を聞いた俺は、思わず笑った。
「よし」
やはり、食い物は強い。
この時代の中国料理では、すでにフカヒレなどが高級食材として扱われている。
海産物を乾燥させて保存する技術も発達している。
そこへ日本の乾物が入る。
しかも日本は、海に囲まれている。
山も多い。
椎茸などの山の幸も豊富だ。
これらを丁寧に加工すれば、
――立派な輸出産業になる。
「刀一本作るより、椎茸を育てて干したほうがいい」
俺はそう呟いた。
何しろ、刀は一度売れば終わりだ。
椎茸なら、また育てられる。
海産物だって、資源管理さえしっかりすれば何度でも獲れる。
しかも。
乾物なら腐りにくい。
船で運びやすい。
保存もできる。
「これは、もっと増やせそうだな」
俺は次に何を売れるか考え始めた。
◆
そして。
もう一つ、気になる問題がある。
「銭が足りないんだよな……」
鎌倉、堺、博多などでは、以前から私鋳銭が作られている。
しかし、堺は戦火に巻き込まれて焼けた。
流通も混乱している。
当然、銭不足が起きる可能性が高い。
「大阪でも、そろそろまともな銭を作ったほうがいいか」
俺はそう呟いた。
――だが。
言うほど簡単な話ではない。
◆
日本に銭を作る技術がなかったわけではない。
古代には朝廷が自ら銭を鋳造していた。
いわゆる皇朝十二銭である。
しかし、平安時代後期になると国家による銭貨鋳造は衰退。
その後の日本では、宋銭をはじめとする中国銭が大量に流入し、貨幣として使われるようになった。
ならば。
「なんで今さら、わざわざ自分で作るんだ?」
そう思う者がいても不思議ではない。
実際、銭を鋳造することそのものは、それほど難しいことではない。
問題は別にある。
――信用だ。
中国から来た宋銭や明銭には、すでに信用がある。
皇帝の名の下で鋳造され。
大量に流通し。
日本でも長年使われてきた。
「この銭なら一文」
という共通認識がある。
商人も受け取る。
寺社も受け取る。
農民も受け取る。
市場でも使える。
ところが。
俺が新しい銭を作ったとして、
「今日から、この銭も一文です」
と言ったところで。
「はい、そうですか」
とはならない。
「……本当に一文なのか?」
「銅はちゃんと入っているのか?」
「重さは?」
「別の店でも使えるのか?」
そうなる。
だから難しい。
銭を作ることではない。
**誰もが一文として信用する銭を作ることが難しいのだ。**
◆
しかも、日本は中国ほど中央集権的ではない。
明ならば皇帝がいる。
朝廷があり、官僚がいて、国家が銭を鋳造する。
もちろん、それだけで全てが上手くいくわけではないが、少なくとも「国家が発行した」という強烈な信用がある。
だが、日本は違う。
室町幕府があるとはいえ、全国を完全に支配しているわけではない。
守護大名がいる。
寺社がいる。
荘園領主がいる。
商人たちがいる。
それぞれが独自の経済圏を持っている。
そんなところで、
「今日から、この銭を一文として使え!」
と命令しても、全国津々浦々まで徹底できるとは限らない。
だったら。
すでに市場で信用されている宋銭や明銭を使ったほうが早い。
わざわざ新しい貨幣制度を作る必要もない。
だから、日本では中国銭が使われ続けた。
◆
もっとも。
日本で銭が作られていないわけではない。
私鋳銭は存在している。
需要があるのだから、誰かが作る。
だが。
そこには大きな問題があった。
――品質差だ。
良質な銭。
粗悪な銭。
それらが同じ「一文」として混ざってしまう。
「この銭は一文」
「こっちは?」
「……それも一文」
「重さが全然違うぞ」
「…………」
こうなると、商人は困る。
受け取る側が、
「この銭なら一文でいい」
「この銭なら半文しか認めない」
などと判断し始めるからだ。
銭の種類によって価値が変わる。
そうなれば、貨幣としての便利さは一気に失われる。
「だったら……」
俺は考えた。
「信用される銭を作ればいい」
銭を作ることそのものが目的ではない。
**一枚一文として、誰もが安心して受け取れる銭を作る。**
そこから始めればいい。
◆
まず。
銅の品位をできるだけ一定にする。
重量も統一する。
鋳型も統一する。
銭文も統一する。
粗悪品が混ざらないようにする。
そして。
何より重要なのが――保証だ。
「この銭は一文である」
と、誰かが保証する。
幕府でもいい。
細川家でもいい。
有力な寺社でもいい。
複数の勢力が保証してもいい。
そして。
「この銭は税の支払いに使える」
となれば、話はさらに変わる。
商人にも使わせる。
堺でも使わせる。
京都でも使わせる。
大阪でも使わせる。
そうして、
「この銭なら一文」
という信用を作っていく。
重要なのは、銭そのものではない。
その銭を受け取った人間が、
「次の店でも一文として使える」
と思えることだ。
◆
「……そう考えると」
俺は日明貿易で輸出する銅のことを思い出した。
銅は高く売れる。
だからといって、全部を明へ持っていく必要はない。
国内でも銅は必要だ。
銭を作るためにも必要。
農具を作るためにも必要。
鍋や釜を作るためにも必要。
ならば。
「輸出する銅と、国内で使う銅を分ければいい」
明へ売れば利益になる銅。
国内で流通させるための銅。
その両方を考える。
日明貿易で得られる利益だけを見てはいけない。
銅を輸出しすぎれば、国内で使える金属が減る。
逆に、銅を国内に回して銭を作れば、商取引を活発にできる。
「……銅を売るか、銭にするか」
俺は腕を組んだ。
これは単純な問題ではない。
どちらが儲かるかではない。
どちらが畿内全体を豊かにするか。
そこまで考える必要がある。
◆
「明銭を輸入するだけではなく……」
俺は呟いた。
「こっちでも、信用される銭を作る」
日明貿易で外から銭を入れる。
国内では新しい銭を安定して流通させる。
銅を輸出しすぎないよう調整する。
商人には使いやすい貨幣を与える。
税も銭で納められるようにする。
そうすれば。
銭が動く。
銭が動けば、商売が動く。
商売が動けば、人も物も動く。
そして経済が大きくなれば――。
幕府の収入も増える。
「……なるほど」
俺は一人で頷いた。
刀を一本作るより。
銅を一塊売るより。
もしかすると。
**「一文の価値を保証する」ことのほうが、ずっと大きな力になるのかもしれない。**
戦国の世で本当に必要なのは、強い兵だけではない。
兵を養う米がいる。
米を作る田畑がいる。
田畑を耕す農具がいる。
商品を運ぶ道がいる。
商品を売る市場がいる。
そして、それらすべてを繋ぐ――。
**銭がいる。**
「……大阪で銭を作るか」
俺は、次の仕事を決めた。
ただし。
銭を作るだけではない。
――誰もが一文として信用する銭を作る。
それができれば。
大阪は、ただの一都市では終わらない。
畿内を動かす商業都市になる。
俺はそう考えながら、次の仕事へと取り掛かった。




