摂津国東成郡生玉荘後の大阪の管理も任されたよ
さて。
耕作放棄されていた土地については、可能な限り区画を整え、正方形や長方形の乾田として作り直していくことにした。
牛馬に犂を引かせて田起こしができるようにする。
二毛作にも対応できるようにする。
そして田植えの際には、稲を一定の間隔で植える――正条植えを行えるようにする。
「こんな面倒なことをする意味があるのか?」
大道寺重時が、整然と区画された田を眺めながら首を傾げた。
「ああ。ある」
俺は即答した。
「こうしておけば、雑草取りが格段に楽になる。それに稲同士が近すぎて日当たりが悪くなったり、水や肥料を奪い合ったりすることも減る」
「なるほどな」
「稲も人も、同じようなものだ」
「……人も?」
「そう。人だって、あまり一か所に集まりすぎれば、食い物の奪い合いになる」
「それは確かにそうだな」
大道寺重時は、妙に納得した顔で頷いた。
土地も人も。
ただ数を増やせばいいというものではない。
必要なのは、きちんと力を発揮できるように配置することだ。
農地だって同じだった。
そして――。
俺には、もう一つ仕事が増えた。
朝廷より、生國魂神社を中心とする荘園。
摂津国東成郡、生玉荘の管理を任されることになったのである。
「ここも、か……」
俺は目の前に広がる土地を見渡した。
今でこそ大阪と呼ばれるこの一帯も、まだ俺たちの知る大都市とは程遠い。
だが。
ここは後に石山本願寺が築かれ、さらにその後には大阪城が築かれることになる場所だ。
未来を知っている俺からすれば、とんでもない土地だった。
「ここでも備中鍬は色々と役に立ちそうだな」
俺がそう言うと、大道寺重時が苦笑した。
「また鍬か」
「鍬を笑う者は鍬に泣くぞ」
「なんだ、それは」
「今、俺が考えた」
「……そうか」
呆れたような顔をされた。
だが、本当に重要なのだ。
備中鍬は、荒れた土地を耕し、湿った土を掘り返し、根を起こす。
特に、この辺りのような湿地を開発していくには、かなり使える。
なにしろ――。
今の大阪は、後世の大阪とはまるで違う。
後に「大坂」と呼ばれる上町台地周辺も、戦国時代までは難波潟と呼ばれる湿地に突き出した、半島状の陸地だった。
葦原が広がり、海と陸が入り混じる。
今のような巨大都市の姿など、どこにもない。
それでも、この土地には歴史がある。
飛鳥時代には、遣隋使や遣唐使などを送り出した住吉津や難波津が置かれていた。
聖武天皇の時代には難波京も置かれた。
かつては、海上交通の要衝だったのである。
だが、時代が進むにつれて状況は変わった。
土砂が堆積し、海岸線も変化した。
やがて難波津は外港としての機能を失い、奈良時代末から平安時代初期には神崎川河口の河尻泊へとその役割を譲っていく。
さらに尼崎湊。
そして平清盛によって修復された大輪田泊。
後の兵庫湊へ。
海運の中心は、時代とともに移り変わっていった。
南北朝時代になると、堺が南朝側の外港として重要な役割を担うようになる。
そして応仁の乱。
戦火によって尼崎湊や兵庫湊が衰退すると、その後を追うように堺が日明貿易の中継地として大きく発展していく。
それに比べれば――。
この辺りは、まだそこまで大きな町ではない。
熊野街道の起点となる陸上交通の要衝ではある。
しかし、港町としても。
門前町としても。
まだ発展途上だった。
「だからこそ、やる価値がある」
俺はそう呟いた。
今なら、まだ間に合う。
土地を整える。
水を引く。
道を整備する。
人が住める場所を作る。
そして、農地を増やす。
後の大都市になる場所だからこそ、今のうちに基盤を作っておきたい。
「それに……」
俺は生國魂神社へと視線を向けた。
生國魂神社で祀られているのは、生島神と足島神。
伊邪那岐命と伊邪那美命による国生みで生まれた大八島――つまり、日本列島そのものの霊を象徴する神々とされている。
この神々は、単なる地方の神ではない。
新しい天皇の即位に際して難波で行われた八十島祭でも、重要な神として祀られてきた。
その祭祀には、新たな天皇による国土の統治権を島々の神々に報告し、その正統性を確認するという意味があったともいわれている。
つまり。
この神社は、朝廷にとっても重要な意味を持つ。
「こうなったら、生國魂神社もきちんと復興させないとな」
俺がそう言うと、大道寺重時が頷いた。
「神社を整えれば、人も安心するだろう」
「ああ。それに、ここは土地そのものを立て直す必要がある」
「農地か?」
「農地もだ」
俺は地図を広げた。
「それだけじゃない」
目を向ける先には、海がある。
「塩も作れる」
「塩?」
「ああ」
俺は頷いた。
「入浜式塩田だ」
もちろん、この時代にはまだ存在しない。
本来なら入浜式塩田は、もっと後――江戸時代前期頃に発達した技術だ。
海水を人間が桶で汲み上げ、塩田へ運ぶ揚げ浜式に対して、入浜式では潮の干満を利用する。
干潟の先に堤防を築く。
満潮になれば海水が塩田へ入り込む。
そして砂層へ海水を浸透させ、毛細管現象によって砂の表面近くまで海水を引き上げる。
あとは太陽と風の力で水分を蒸発させる。
人間が海水を何度も運ぶ必要がない。
その分、圧倒的に楽になる。
「まあ、この方法も場所を選ぶけどな」
潮の干満差が大きい地域ほど向いている。
瀬戸内海。
東京湾。
伊勢湾。
そうした湾内の一部地域で特に発達したのも、そのためだ。
「そして、ここなら――」
俺は海岸を眺める。
「堤防を作るのにも、備中鍬が役に立つ」
「結局そこに戻るのか」
「戻る」
大道寺重時が苦笑した。
だが、笑い事ではない。
農業にも。
治水にも。
塩田の造成にも。
土地の開発にも。
道を作るにも。
土を扱う道具は必要になる。
そして塩は、人が生きるために欠かせない。
保存食を作るにも必要だ。
料理の味付けにも必要だ。
何より、安定して供給できるようになれば、それだけでこの土地の価値は上がる。
「それに大阪近辺の湿地も、上手くやれば豊かな田園地帯にできる」
俺は地図を見下ろした。
今は葦が生え、水が溜まり、使い道の限られている土地。
だが。
水を制御できれば話は変わる。
排水路を掘る。
堤を築く。
土地を区画する。
必要な場所へ水を引き、不要な水を外へ逃がす。
そして耕す。
そうすれば、ただの湿地が農地へ変わる。
「ここも、再開発に力を入れていかないとな」
俺は地図の上に手を置いた。
まだ、大阪ではない。
まだ、大都市でもない。
だが――。
ここには、未来がある。
ならば。
その未来へ続く道を、今の俺が少しずつ作っていけばいい。
田を作る。
道を作る。
塩を作る。
神社を復興する。
人が住める土地を増やす。
そうして人が集まり、物が集まり、商いが生まれる。
やがて――。
この土地は、日本有数の都市へと成長していく。
その始まりを。
俺は今、目の前で作ろうとしているのだった。




