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なぜか北条早雲こと伊勢盛時になってしまったが、大樹の無茶振りがひどすぎて正直しんどい  作者: 水源
文明2年(1470年)

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日野家からの縁談を皮切りにあちこちから縁談の話が舞い込んできたよ

 さて。


 俺は現在、生玉荘の農地の再開発と、生國魂神社の復興を進めている。


 戦乱で荒れ果てた土地を耕し、用水路を整え、排水路を掘る。


 できるところから田植えを進め、間に合わない場所は冬の麦作に備えて開墾する。


 やることは山ほどある。


「田植えが間に合うかどうかは、ギリギリだよなぁ……」


 俺が呟くと、大道寺重時が苦笑しながら頷いた。


「京の都とこちらの両方の面倒を見ろというのが、そもそも無理な話なのでございますが」


「まあ、それを何とかするのが仕事だからな」


 生玉荘だけではない。


 京でも、戦火を避けて流れ込んできた人々への救済を続けている。


 塩田で作った塩は樽に詰め、淀川を遡って京へ運ぶ。


 朝廷や幕府、神社などには寄進し、余った分は民にも回す。


 そして、塩と一緒に梅干しを入れた握り飯を炊き出す。


「これだけ塩があれば、京の都でも助かるだろ」


「塩は生きる上で必需の品ですからな」


 食べるためにも必要。


 保存するためにも必要。


 戦乱で流通が滞れば、塩はそれだけで貴重品になる。


 だからこそ、塩を安定して供給できることは大きい。


 そして――。


 炊き出しに集まった者たちには、ただ飯を食わせて終わりにはしない。


「仕事が欲しい者はいるか?」


 そう尋ねる。


 手を挙げた者には、備中鍬を渡す。


 そして耕作放棄地へ向かわせる。


 開墾。


 油絞り。


 紙漉き。


 できる仕事を与え、働いた分だけ食わせる。


 そうすれば、流民だった者たちも食い扶持を得られる。


 土地も蘇る。


 町も活気を取り戻す。


 一石二鳥だ。


 もっとも。


 すべてが上手くいくわけではない。


「金で雇われて京に来て、そのまま残った連中が盗賊や匪賊になっているのは頭が痛いな」


「もともと京には賊が多かったと聞きますが」


 大道寺が苦い顔をする。


「捕らえて更生する見込みのない者は、斬るしかありますまい」


「まあ……そうなんだけどな」


 俺としても、好きでやっているわけではない。


 だが、放置すれば真面目に働いている人間が被害を受ける。


 だから伊勢家や細川家にも協力してもらい、盗賊や匪賊を捕らえていった。


 抵抗する者は斬る。


 何度も繰り返した結果――。


 京の市街の治安は、ようやく安定し始めていた。


 そんなある日。


 俺のもとに、一つの話が舞い込んできた。


 それは――。


「俺を従五位上右兵衛佐に昇格させて、日野家の娘さんとの縁談ですか?」


「ええ」


 母さんが頷いた。


「こちらは伊勢平家ですから、決しておかしな話ではありませんよ」


「…………」


 日野家。


 言わずと知れた名門公家だ。


 藤原北家日野流。


 本貫地である山城国宇治郡の日野を名字とする家である。


 浄土真宗の開祖・親鸞も、この一族の出身だ。


 さらに日野家は、鎌倉末期から朝廷と武家の双方に深く関わってきた。


 元亨二年(一三二四年)の正中の変。


 後醍醐天皇による討幕計画に参加した日野資朝や日野俊基。


 建武の新政が崩壊した後には、日野家出身の三宝院賢俊が足利尊氏と持明院統を結びつけた。


 その結果。


 日野家と足利家の関係は、急速に深まっていった。


 そして室町幕府において、日野家はさらに大きな力を持つことになる。


 将軍の正室――御台所を輩出する家として。


 日野業子。


 日野康子。


 栄子。


 宗子。


 そして――。


 日野富子。


 歴代将軍の御台所を、日野流が何度も送り出している。


 当然、そこまで力を持てば、将軍側から警戒もされる。


 実際、六代将軍足利義教は日野流の勢力を抑えようとし、御台所だった宗子を退けて正親町三条家の尹子を迎えている。


 その後の応仁の乱でも、日野家と正親町三条家は東軍と西軍に分かれて争うことになる。


 さらに日野家は、一度完全に断絶しかけた。


 日野有光が足利義教の不興を買って失脚。


 その後、南朝復興を目指す後南朝と結び、嘉吉三年(一四四三年)には禁闕の変を起こした。


 禁裏を襲撃し、三種の神器の一部を奪取。


 比叡山延暦寺の根本中堂に立て籠もったものの、やがて討たれた。


 子の資親も六条河原で処刑され――。


 日野家は断絶した。


 ところが。


 その翌年。


 嘉吉元年(一四四一年)に足利義教が赤松満祐によって暗殺される。


 義教の専制政治を覆そうとする動きの中で、日野家もまた再興された。


 そして現在。


 日野富子が足利義政の御台所となっている。


 兄の日野勝光は強大な政治力を握り、本来なら日野家の家格では難しい左大臣にまで昇進。


 人々からは――。


 『押大臣』


 と呼ばれるほどの権勢を誇っている。


「……そんな家と、うちが縁戚になるわけか」


「そういうことです」


 母さんは平然としている。


「ですが、こちらも伊勢平家ですよ」


 伊勢家。


 俺の家だ。


 桓武平氏維衡流。


 いわゆる伊勢平氏の一族である。


 祖先を辿れば平貞盛に行き着く。


 そして平貞盛の一族からは――北条氏も出ている。


 さらに伊勢平氏といえば、何よりも有名なのが平清盛だ。


 従一位。


 太政大臣。


 平家一門から公卿に列した者は十二人にも及ぶ。


 もちろん、今の伊勢家がそこまでの権勢を持っているわけではない。


 だが、家格として決して低いわけでもない。


 実際、伊勢貞親は従四位上伊勢守。


 律令制では五位以上が貴族。


 三位以上が公卿。


 つまり従四位上なら、立派な貴族の身分に入る。


 鎌倉時代なら北条得宗家。


 室町時代なら三管領や四職を務める家。


 そして政所執事を担う伊勢家。


 それくらいの家でなければ、従四位上まで昇るのは難しい。


 ――要するに。


「……俺が日野家と縁戚になっても、不思議ではない、と」


「そういうことです」


 母さんが頷く。


 問題は――。


「実際のところ、俺に断る権限はないですよね」


「まあ、そうなりますね」


「…………」


 ですよね。


 この時代。


 結婚相手を自分で選ぶ、という発想そのものが薄い。


 俺の姉だって、自分の意思だけで今川義忠に嫁いだわけではない。


 家と家。


 家格と家格。


 そして政治と政治。


 日野家から縁談が来た以上、それを断れば日野家の面目を潰す。


 伊勢家としても、そんな真似はできない。


「……仕方ないか」


 俺はため息をついた。


 ところが。


「それだけではありませんよ」


「え?」


 母さんが言った。


「正親町三条家からも縁談が来ています」


「…………」


 嫌な予感がした。


「まさか」


「はい」


 日野家。


 正親町三条家。


 さらに――。


「近衛政家様の近衛家からも、お話が来ています」


「…………」


 俺は天井を見上げた。


 どうしてこうなった。


 結局。


 俺は日野家、正親町三条家、近衛家――それぞれの娘を正室、側室として迎えることになった。


 名門公家の娘たちとの婚姻。


 聞こえだけなら、実に華やかだ。


 だが。


 俺には一つ、気になることがあった。


 ――本当に子供を産めるのか?


 江戸時代初期の徳川家を見ても、公家から正室を迎えたものの子に恵まれず、家の断絶につながった例がある。


 もちろん原因は一つではない。


 だが、白粉。


 偏った食事。


 運動不足。


 そういった生活習慣が健康に影響する可能性はある。


 何より。


 嫁を迎える以上、当然ながら世継ぎを期待される。


 だからといって、どこか一人だけを贔屓するわけにもいかない。


 できる限り対等に扱わなければならない。


 そして――。


 嫁を迎えるということは、本人だけを迎えるという話ではない。


 その背後には、それぞれの家がある。


 日野家には日野家の荘園がある。


 正親町三条家には正親町三条家の事情がある。


 近衛家にも近衛家の事情がある。


 つまり。


 婚姻によって俺に期待されているのは――。


 **『うちの家の荘園もよろしく』**


 ということなのだ。


 ついでに。


 **『実家への支援もよろしく』**


 でもある。


「…………」


 頭が痛い。


 農地を開墾して。


 用水路を整備して。


 塩を作って。


 京の治安を維持して。


 流民に仕事を与えて。


 神社を復興して。


 そのうえ――。


 公家の名門三家と縁戚になった。


「……仕事が増えたなぁ」


 俺が呟くと、大道寺重時がしみじみと頷いた。


「政権中枢にいる武家とは、そういうものなのでございましょう」


「そうなんだろうな……」


 戦国の世。


 武家が力を持てば持つほど。


 土地が集まり。


 人が集まり。


 そして――。


 縁談まで集まってくる。


 どうやら俺は。


 農地を耕すだけではなく。


 **人間関係まで耕さなければならないらしい。**


「……本当に、頭が痛い」


 俺はもう一度、深いため息を吐いた。


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