銭など寄進の品を収めるために今上陛下に拝謁することになったよ
さて、俺は師走の京をひたすらに駆け回った。
京の都にある座を巡り、細川勝元のところへ行き、山名宗全のところへも足を運ぶ。
そうして何とかかき集めたのが――。
銭四千貫。
現代の感覚に置き換えれば、軽く数億円規模の金になる。
もっとも、集めた銭のすべてが新品同様というわけではない。
戦火に巻き込まれ、火災で焼けた銭もかなり混じっている。
いわゆる焼け銭だ。
変色したもの。
熱で歪んだもの。
中には一見しただけでは銭なのかどうか分からないものまである。
現代なら銀行に持ち込んで交換してもらえば済む話だが、この時代はそうはいかない。
そもそも日本では、朝廷が発行する銭そのものに対する信用がとうの昔に失われている。
平安時代の後期には朝廷による銭の鋳造も途絶え、日本は事実上、宋銭や明銭を輸入して使うようになっていた。
(……通貨一つとっても、ずいぶん面倒な国だよな)
まあ、俺が今さら文句を言っても仕方がない。
重要なのは、この四千貫を朝廷へ持っていくことだ。
そのほかにも、下賜品として使えそうな美術品や絹の反物、武士に与えるための刀や具足など。
朝廷へ献上する品としては、これでもかというほど揃えたつもりだった。
「これを機会に、西軍との和解の話も進めてくれないか」
細川勝元から、そう頼まれた。
「こちらを持って朝廷へ行き、東軍との和解についても話してほしい」
山名宗全からも、同じようなことを頼まれた。
どうやら俺は、東軍と西軍の双方から朝廷との仲介役を押し付けられたらしい。
「か、かしこまりました……」
断れる雰囲気ではなかった。
そもそも俺が今回集めた金や品々は、単なる献金というわけでもない。
応仁の乱が始まる前。
朝廷――というより皇室の収入は、年間七千五百貫文ほどあったらしい。
ところが今では、荘園からの収入が六百二十貫文ほど。
内裏の修理費として集められる献金やその他の雑収入を合わせても、七百五十貫文に届くかどうか。
ほとんど十分の一である。
(そりゃ、正月の行事もできなくなるわな……)
戦乱で荘園からの収入は途絶え、公家たちも京を離れている。
内裏だって無傷ではない。
そんな状況で、
「以前と同じように七千五百貫を集めてください」
などと言われても、無茶にもほどがある。
そもそも大内や細川のほうが、明との勘合貿易で莫大な銭を持っているはずなのだ。
だが、その金だって軍事費に消えている。
戦を続けるために金が必要で、金を使って戦を続ける。
そして、戦っている両軍ともに決定的な利益を得られているわけではない。
(……冷静に考えると、とんでもない無駄だよな)
争っても得るものがほとんどない。
それなのに、莫大な銭と米をつぎ込んで戦い続ける。
合理性だけで考えれば、とっくに終わっていてもおかしくない。
だが、人間というのは、合理性だけでは動かない。
面子。
意地。
これまでの経緯。
そして、引くに引けなくなった者たちの事情。
そういうものが絡み合えば、どれだけ無駄だと分かっていても、人は争いを続けてしまう。
……まあ、俺が考えたところでどうにもならないのだが。
そして、そんな俺に――。
正式に殿上を許される六位蔵人の官位が与えられた。
さらに今上陛下への拝謁まで許されてしまった。
(いや、なんで俺がこんなところに……)
俺は今、花の御所の玉砂利の上に平伏している。
御簾の向こう。
そこに今上陛下がおられる。
内裏が戦火によって大きく損なわれているため、今上陛下は花の御所に身を寄せておられるのだ。
「今上陛下、ご出御」
側に控える女官の声が響く。
御簾の向こうから、衣擦れの音がかすかに聞こえた。
誰かが静かに座したのが分かる。
緊張する。
当たり前だ。
俺は今、天皇陛下の前にいる。
現代日本で生きていた頃なら、絶対に経験することのなかった状況だ。
やがて、日野勝光が口上を述べる。
「伊勢備前守従五位下平盛定朝臣が子、駿河介六位蔵人平盛時朝臣。銭四千貫、並びに米俵、絹反物その他のご寄進」
日野勝光は扇で口元を隠しながら、御簾の向こうへ目を向ける。
しばしの沈黙。
そして――。
「うむ。
今上陛下におかれては、そちの寄進を許すとのことである。喜ぶがよい」
「はっ」
俺は深く頭を下げた。
「今上陛下におかれましては、ご機嫌麗しく、恐悦至極に存じ奉ります。
このたびは過分なる官位を賜りました上、今上陛下への拝謁までお許しいただきましたこと、誠にありがたく存じます。
その御礼を申し上げるため、罷り越しました」
自分でも驚くほど、口からそれらしい言葉が出てくる。
こういうところだけは、これまでの経験が役に立っているらしい。
「うむ。
六位蔵人よ。これからも今上様のために力を尽くすがよい」
「ははっ。
誠にもったいなきお言葉にございます」
再び頭を下げる。
これで終わり。
そう思った。
だが――。
「うむ。
それから……」
日野勝光が続ける。
「来年もまた参内し、朝廷への寄進を望むと、今上陛下はおっしゃられておる」
「…………」
俺は固まった。
「は、かしこまりてございます」
どうにか返事だけはした。
そして頭を下げながら、俺は理解した。
(……来年も?)
つまりこれは、一度きりの献金ではない。
俺はたった今、朝廷から――。
金づるとして正式にロックオンされたらしい。
(マジかよ……)
同じようなことは、大樹たる将軍に対しても行った。
こちらについては申次衆として仕方のないことなのだろう。
だが、それにしてもだ。
東軍から頼まれ。
西軍からも頼まれ。
幕府にも献金し。
朝廷にも献金する。
気がつけば、俺は京の政治のど真ん中に放り込まれている。
(……もう嫌だ)
正直に言おう。
疲れた。
ものすごく疲れた。
俺はもう、政治も戦も和睦も金の工面もしたくない。
今はただ――。
姉上の居る駿河へ下向したい。
駿河へ行って。
温泉にでも入って。
何も考えず、ゆっくりしたい。
心の底から、そう思った。




