来年の正月の儀式に必要な背にや物品を集めてくれと来たか、本当に胃が痛いぜ
以前なら、年末ともなれば正月に向けた準備で忙しくなるのが普通だった。
だが、応仁の乱によって市街戦まで繰り広げられている今の京に、そんな余裕はない。
宮中で行われる正月の儀式も、ここ数年は中止されるものが相次いでいた。
ところが――。
どうやら来年の正月から、その状況を変えたいらしい。
「わたしに朝廷と幕府の正月の式典行事に必要な銭を集め、行事を開催できるようにせよ……ですか」
俺が思わず聞き返す。
「うむ」
そう答えたのは日野勝光だった。
「そなたのおかげで、御霊会はようやく執り行うことができた。ならば、この勢いで正月の儀式も復活させたいとのお言葉だ」
「は、はあ……」
「元旦の四方拝に朝賀、子朝拝、元日節会。二日の歯固め。七日の白馬節会。十五日の左義長。十六日の踏歌節会……できる限り、すべてを行いたいとのことだ」
「…………」
思わず黙り込んでしまう。
多い。
あまりにも多すぎる。
「そ、それは……」
俺は恐る恐る口を開いた。
「すべての行事を行うための銭を集めるのは、かなり難しいかと……」
「うむ。わかっておる」
日野勝光は頷いた。
「銭については妹も出すと言っている。ゆえに、そなたがすべてを用意する必要はない」
「そ、そうですか……」
「だが、できるだけ多く集めてくれ」
「…………」
結局、俺が集めるのか。
「か、かしこまりました……」
断れるはずもなかった。
なにしろ今上様の直接のお言葉なのだ。
俺はため息を吐きながら、頭の中で行事の内容を思い浮かべる。
四方拝は元日の早朝、天皇が天地四方の神祇を拝する儀式。
その後に行われるのが朝賀。
大極殿において皇太子以下の文武百官から拝賀を受ける。
さらに子朝拝があり、大臣以下の公卿や殿上人が天皇に拝謁する。
そして元日節会。
天皇が大極殿や紫宸殿、豊明殿などへ出御し、臣下や公家たちに宴を賜る。
つまり――。
「……元旦だけで、どれだけ宴会をするんだよ」
思わず呟いてしまう。
しかも二日には歯固め。
天皇の長寿を願い、鏡餅や大根、瓜、押鮎、猪肉、鹿肉などを献上する。
七日には白馬節会。
邪気を祓うとされる白馬を天皇が御覧になり、その後に宴を賜る。
十五日の左義長では、清涼殿東庭で吉書を焼き、爆竹を鳴らす。
もちろん、ここでいう爆竹に火薬は使わない。
そして十六日には踏歌節会。
和歌の名人たちを集め、年始を祝う歌を歌わせ、舞わせる。
他にも細々とした儀式があるらしい。
要するに――。
挨拶。
宴会。
厄払い。
そしてまた宴会。
「……一体、どれだけ銭が必要なんだ」
俺は頭を抱えた。
しかも戦乱の真っ只中だ。
京の町は荒れ果て、民衆だって余裕があるわけではない。
そんな状況で、宮中の正月行事を一通り復活させようというのだから、とんでもない話である。
「うぐ……ますます胃が痛くなってきた」
こうなれば、もう一人で悩んでいても仕方がない。
「父上と話をするしかないか……」
俺はその日のうちに父のもとへ向かった。
「ふむ。宮中行事に必要な銭を集めよ、か」
事情を説明すると、父は顎に手を当てて考え込んだ。
「本来ならば室町殿を通して行うことなのだがな」
「ですよね」
「とはいえ、銭だけで考える必要もあるまい」
「と、言いますと?」
「付け届けの品も含めればよい」
「……あ」
俺は思わず声を漏らした。
言われてみれば、その通りだった。
何もすべてを銭で賄う必要はない。
俺のもとには、普段から商人や武家、寺社などから様々な付け届けが届けられている。
反物。
衣服。
酒。
米。
干物。
その他にも、用途に困るほど様々な品が倉に積み上がっている。
「反物や打ち掛けなどなら、宮中でも喜ばれるかもしれん」
「なるほど……」
銭だけではなく、現物での納付。
その発想はなかった。
「それなら、なんとかなるかもしれません」
「うむ。そなたのところなら、集めようと思えばかなり集まるだろう」
父の言葉に、俺は苦笑する。
「集めようと思えば……ですか」
言うのは簡単なんだけどな。
とはいえ、やるしかない。
俺はそれから、遊郭や座、寺社など、あちこちを駆け回った。
「頼む。宮中の正月行事のためだ」
「これだけでは足りぬ?」
「では、もう少しだけ頼む」
「……それは困る?」
「わかっている。だが、こちらも今後便宜を図る」
頭を下げ。
宥め。
時には脅し。
時には甘い話を持ち出し。
そうして何とか、銭と物品をかき集めていった。
そして数日後。
「……足りるかどうかわからんが、まあ、やれるだけはやった」
目の前に積み上げられた銭と物品を眺めながら、俺は大きく息を吐いた。
「これで足りないと言われても、知らんからな……」
もちろん、そんなことを言える相手ではないのだが。
しかし、改めて考えてみると、なんだか釈然としない。
「……結局、ほとんど公家たちの宴会のために使われる銭なんだよな」
そう思うと、少し腹が立ってくる。
とはいえ、戦乱によって宮中の行事が途絶えているというのも事実だ。
それに、大内や今川のもとへ下っている公家もかなりいる。
京に残っている公家の数を考えれば、思ったほど大量の銭は必要ない――と信じたい。
「まあ……これで来年の正月くらいは、少しまともなものになるだろ」
そう呟きながら、俺は集めた品々を倉へ運ばせる。
まさか自分が、戦乱の京で宮中の正月行事を復活させるために奔走することになるとは。
人生、本当に何が起こるかわからないものだ。
……ただし。
これで終わりだと思っていた俺は、この後さらに面倒な仕事を押し付けられることになる。
正月の宴に必要な酒と食材。
そして――。
宮中へ納める贈答品の選定である。
「…………まだ終わってなかったのかよ」
俺は天を仰いだ。




