座の権利に関してやっぱりあれこれあちこちからと口を出されちまった
さて、寺社の復興と引き換えに、俺は京都における主要な座の権益を手に入れたかに見えたんだが、実際はそう甘くはない。
利権というものは、手に入れるより守る方が難しいものだ。
一度手にした利権には必ず群がる者がいる。
既得権を守ろうとする者。
新たに奪おうとする者。
そして、その争いを利用してさらに利益を得ようとする者。
京都という都は、そうした思惑が幾重にも折り重なった巨大な坩堝だった。
まして石清水八幡宮は、単なる一社ではない。
全国の武家が崇敬する八幡神を祀る源氏の氏神であり、同時に巨大な荘園と数多くの座を支配する一大経済圏でもある。
その復興に関わるということは、否応なく宗教・政治・経済、そのすべてへ首を突っ込むことを意味していた。
しかも当時は神仏習合の時代である。
石清水八幡宮は神社とはいえ、八幡神を勧請したのは真言宗の僧・行教であり、神職だけで物事が決まるわけではない。
神宮寺を管理する僧侶たち。
古くから関係を持つ真言宗。
さらに延暦寺を中心とした天台宗の勢力。
それぞれに利害があり、面子があり、譲れない一線がある。
寺社一つ復興するにも、それぞれへ挨拶を回り、寄進を行い、権利関係を調整し、時には酒宴の席で腹を割って話をしなければならなかった。
正直、城を一つ落とすより神社一つ建て直す方が骨が折れる。
もっとも、それだけの労力を掛ける価値があるからこそ、歴代の権力者たちは寺社を味方につけようとしてきたのだろう。
幸い細川方は、応仁の乱そのものの指揮や政治工作に忙殺され、寺社行政に細かく口を出している余裕までは無かった。
その隙を突くように、俺は一つずつ話をまとめ、復興を進めていく。
そんな折だった。
「それでは、よろしくお願いいたします」
俺が深く頭を下げると、堂々たる体格の老人が豪快に笑った。
「うむ。
我らに任されよ」
山名宗全。
西軍総大将その人である。
正直、宗全がここまで積極的に協力を申し出てくるとは思わなかった。
「我ら源氏にとって石清水八幡宮とは、代々元服の儀を執り行う大切な社。
武運を祈り、先祖へ誓いを立てる場所でもある。
その復興を手伝うことに異論などあるはずがない」
その言葉には嘘がなかった。
応仁の乱では敵同士。
しかし、武家としての信仰まで敵味方で分けるつもりはないということなのだろう。
俺は素直に頭を下げる。
「……助かります」
宗全は満足そうに頷く。
――が、次の瞬間。
口元だけがにやりと吊り上がった。
「無論、油座は別だがな」
やっぱりそこか。
思わず心の中で苦笑する。
寺社復興には協力する。
しかし京都最大級の利権である油座だけは東軍へ独占させない。
それが山名宗全の条件だった。
実にこの男らしい。
情と打算をきっちり分けている。
俺だって逆の立場なら同じことを言う。
油は寺社の灯明にも、都の町にも欠かせない生活必需品だ。
その流通を握る油座は、毎年莫大な利益を生み出す。
戦費を賄うにも格好の収入源だった。
もちろん断るという選択肢もある。
だが、その瞬間、山城国の大半を押さえる西軍と全面的に敵対することになる。
今の俺にそんな余裕はない。
結局、油座については双方が利益を得られる形で権益を分け合うことで決着した。
その代わり、宗全は西軍勢を復興事業の護衛へ回し、資材輸送の安全も保証してくれた。
利益は多少減った。
しかし警護のために抱えていた兵を減らせるようになり、人件費も食糧も浮く。
結局のところ、商売とは取り分だけではない。
安全を買うというのも立派な投資なのである。
◇
その後、今度は日野富子の兄であり、将軍足利義政の側近でもある従一位内大臣・日野勝光の名代から呼び出しが届いた。
向かった先は花の御所。
応仁の乱で内裏は危険にさらされており、今上である後土御門天皇、後花園上皇、さらに伏見宮貞常親王までが室町御所へ避難している。
つまり今の花の御所は、将軍の館であると同時に、事実上の皇居でもあった。
廊下には公家と武士が入り混じって行き交い、どこか張り詰めた空気が漂っている。
ここでは一つの言葉、一つの礼儀作法が、そのまま政治になる。
案内された広間で待っていると、やがて勝光が穏やかな笑みを浮かべて現れた。
「ふむ。
君が伊勢駿河介か」
「は。
伊勢駿河介にございます」
「実は私は伊勢伊勢守貞親とも親しくしていてね。
君が京の寺社復興を率先し、朝廷へ油や紙を献上していることも聞いている。
一度会ってみたかったのだよ」
柔らかな口調。
だが、その笑みは貼り付けたように崩れない。
この男は朝廷と幕府、双方の中心で何十年も生き残ってきた怪物だ。
腹の中を読もうとしても無駄だろう。
「天神様や御霊様のお社を焼け跡のまま放置するなど畏れ多きこと。
復興を急ぐのは当然と考えたまでにございます」
「うん、君は変わっている。
他の武士たちは寺社を壊し、その材木で陣を築いているというのに」
「変わっていると言われればその通りかもしれません。
ですが武士とは験を担ぐもの。
神を祀ることに意味がないのであれば、神社というものはとうの昔に無くなっていたのではないかと私は思います」
勝光は静かに頷いた。
「なるほど。
京が日ノ本第一の都であり続けた理由も、案外そこにあるのかもしれないね。
君には天神様や八幡様が知恵を授けているという噂まであるが……私は案外、本当ではないかと思っている」
「そ、そうでしょうか……」
正直、否定しきれない。
俺自身、どうしてこの時代へ来たのか分からないのだから。
もし神仏が関わっていると言われても、笑って済ませられる話ではなかった。
「今上様も殊の外お喜びでね。
六位蔵人として昇殿を許し、自ら声を掛けてもよいのではないかと仰せになっている」
それは名誉だった。
しかし同時に、とんでもない重責でもある。
「誠にありがたきこと。
ですが、このような若輩の田舎者には荷が重うございます」
「ははは。
昔ほどの権威ではないさ」
そう笑った勝光は、不意に御簾の奥へ声を掛けた。
「ところで富子。
お前は彼をどう思う?」
……え?
誰かいるとは思っていたが。
まさか。
御簾の向こうから、涼やかな女の声が返る。
「なかなか金に対して目端の利く者かと。
私も関銭を集めるより、座そのものを押さえておけば良かったと今では思いますわ。
もっとも兵を持たぬ私どもでは難しかったのでしょうけれど」
将軍正室・日野富子。
京で最も金勘定に長けた女と言われる人物が、最初から俺を値踏みしていたのである。
背中に冷たい汗が流れた。
この人に商売を褒められても、素直に喜べる気がしない。
その後も勝光や富子との会話は続き、朝廷と幕府双方との距離は思っていた以上に縮まっていく。
◇
その数日後。
今度は御所様こと、将軍足利義政から直々の呼び出しがあった。
将軍自らの召しである。
普通なら武士としてこれ以上ない名誉なのだろう。
……普通なら、だ。
花の御所へ案内される途中、公家や奉公衆たちが忙しそうに行き交っている。
戦乱の最中とは思えないほど静かだが、その静けさは張り詰めた糸のようだった。
誰もが朝廷と幕府、東軍と西軍、その狭間で綱渡りをしている。
俺も今では、その綱の上を歩く一人になってしまったらしい。
やがて奥の座敷へ通される。
そこには、文化人として名高い将軍・足利義政が、どこか疲れたような表情で座っていた。
「うむ。
君が伊勢駿河介か」
「は。
伊勢駿河介にございます」
俺が平伏すると、義政は柔らかく頷いた。
「このたびは紙や油の献上、実に嬉しく思うぞ。
守護どもが争い始めて以来、地方から物資がほとんど届かなくなってしまってな。
紙一枚、灯明の油一滴ですら貴重になっておる」
将軍という立場でありながら、日用品の不足を口にする姿に、応仁の乱の深刻さを改めて思い知らされる。
都には金は集まる。
しかし物が来ない。
街道は軍勢が塞ぎ、商人は略奪を恐れて荷を止める。
結果として、日本最大の都市である京都が物資不足に陥るという皮肉な状況になっていた。
「微力ながら、お役に立てたのであれば幸いにございます」
「うむ。誠に助かった」
義政は一度微笑んだ。
その笑みは、どこか寂しげだった。
「私は日ノ本を平和にしたいだけなのにな。
なぜ皆、それが分からぬのだろう」
そう呟いて、遠くを見る。
障子の向こう。
庭園の木々を眺めるその横顔には、将軍というより、一人の疲れ切った男の姿があった。
……嫌な予感がする。
何となくだが、この流れを俺は知っている。
前世でも会社で何度か経験した。
上司が「少し話を聞いてくれ」と切り出す時は、大抵ろくなことにならない。
「そもそも畠山というのはだな――」
「……はい」
「細川は昔から、自分の理ばかりを押し通そうとするところがあってな――」
「……はい」
「山名など論外よ。
あれほど兵を集めて都で戦を始めるとは思わなんだ――」
「……はい」
「大内などは西国におればよいものを、わざわざ京まで出張って来おってな――」
「……はい」
「斯波もな――」
「……はい」
「赤松は昔から――」
「……はい」
終わらない。
いや、本当に終わらない。
最初の三十分ほどは一応真面目に聞いていた。
「なるほど、この辺りが対立の発端か」
「将軍から見るとそう見えるのか」
などと考えていた。
しかし、一時間を過ぎた辺りから状況は変わる。
話が一周した。
そして二周目に入った。
さらに三周目へ突入する。
どうやら守護大名一人につき愚痴が十分以上あるらしい。
二時間が経過。
奉公衆が静かに茶を運んでくる。
義政は喉を潤すと、何事もなかったように続きを始めた。
「それでな、畠山に戻るのだが――」
戻るのかよ。
俺は心の中だけで盛大に突っ込んだ。
さすがに口には出せない。
三時間が経過した頃には、俺の脳は完全に思考を放棄していた。
もはや内容を理解することは諦め、
「はい」
「なるほど」
「ごもっともでございます」
この三つだけを、絶妙な間隔で繰り返す作業になっていた。
不思議なことに、この三種類だけで会話は成立する。
人間、追い込まれると意外な才能が開花するものだ。
時折、
「そう思わぬか?」
と聞かれても、
「まことにごもっともにございます」
と言えば満足そうに頷いてくれる。
……これ、ちゃんと話を聞いていると思われているんだろうか。
いや、多分思われている。
むしろ義政公も、答えを求めているわけではないのだ。
ただ誰かに聞いてほしかっただけなのだろう。
結局、俺が花の御所を辞した頃には日は傾き、空は茜色に染まっていた。
廊下まで見送りに来た奉公衆が、小さく苦笑しながら囁く。
「……長うございましたな」
「いつもなのですか?」
「ええ。
お気に召された方は、皆そのようになります」
思わず空を見上げる。
なるほど。
室町将軍の側近というのは、政治をする仕事ではない。
将軍の愚痴を最後まで聞き続ける忍耐力こそが、一番重要な能力らしい。
……そりゃ、側近たちも胃を痛めるわけだ。
義政本人も、好き勝手をしているように見えて、その実、誰よりも戦乱に振り回されている一人なのだから。




