第8話 鋼鉄の異物
紫色の森に刻まれた、キャタピラによる暴力的な一直線の跡。
その痕跡を前にして、カイは自身の肉体を木陰に潜ませたまま、虚空のメニューを操作した。
「出ろ」
赤いノイズと共に実体化したのは、手のひらほどの大きさを持つ禍々しい蜂、『暗殺蜂』だ。
カイは目を閉じ、『遠隔視界共有』の意識を蜂へと同期させる。羽音を殺して森を低空飛行させ、破壊の痕跡を辿っていくと、やがて視界の先に異様なシルエットが浮かび上がった。
『ガガガガガッ……!』
甲高いチェーンソーの駆動音と、黒煙。
それは、本来このファンタジー世界に存在するはずのない「兵器」だった。
全高3メートルほどの、粗悪な鉄クズと廃材を継ぎ接ぎして作られたような多脚戦車。しかしその両腕には分厚い回転鋸が装備され、背中には無骨な単装砲のようなものまで背負っている。
「……スクラップの寄せ集めみたいだが、間違いなく近代兵器の機構だ。この世界の魔物じゃないな」
暗殺蜂の視界を通して観察しながら、カイは冷徹に分析する。
おそらく、他のプレイヤーの固有権能によって「創造」あるいは「改造」された自律機動兵器だろう。
本体の姿は周囲に見当たらない。安全圏に引きこもりながら、この機械兵器を森に放ち、手当たり次第に魔物を狩って経験値やドロップアイテムを回収させているのだ。
「【機械化】か、【兵器創造】か……。どちらにせよ、遠隔操作で無尽蔵にこんな兵器を量産できるなら、恐ろしい制圧力だ」
VR時代にも、銃器や機械兵器をメインに扱う「機工士」のトッププレイヤーは数名いた。彼らの戦い方は、圧倒的な火力の弾幕で敵を近づけさせずに蹂躙するスタイルだ。
(本体の位置は分からないが……この兵器の性能と、敵の権能の限界値は探っておく必要があるな)
カイは暗殺蜂との視覚同期を切り、ゆっくりと立ち上がった。
自身の手札の力を試すには、絶好のテストターゲットだ。
「……出番だ。溶かせ」
カイが虚空にコマンドを弾く。
足元の空間が真っ赤なポリゴンに染まり、不気味な大蛇が這い出してきた。
レベル15へのレベリング過程で支配した、コスト『8』の強力な状態異常アタッカー『溶解大蛇』である。
「奇襲をかける。大蛇は先制で装甲を溶かせ。デカブツはその後だ」
指示と同時に、大蛇が音もなく森の地面を滑るように突き進む。
多脚戦車が紫色の巨木をチェーンソーで切り倒そうとした、まさにその瞬間だった。
『シャァァァッ!』
大蛇が木々の隙間から跳躍し、機械兵器の頭部に向かって、緑色に濁った強酸の液を勢いよく吐き出した。
『ピ、ピーーッ!? 警告、外装ニ著シイ腐食ヲ確認』
機械から合成音声のノイズが響く。
装甲に張り付いた酸が、ジュウジュウと嫌な音を立てて分厚い鉄板を瞬く間にドロドロに溶かしていく。いかに強固な近代兵器であっても、強力な酸の前では、ただの鉄の塊に過ぎない。
「今だ、叩き潰せ」
『ゴォァァァッ!!』
カイの号令と共に、今度は岩塊熊が猛烈なタックルで多脚戦車の側面に激突した。
酸で装甲が脆くなっていた箇所に、数百キロの岩の装甲を纏った圧倒的な質量が直撃する。
凄まじい金属の拉滅音と共に、多脚戦車の脚部がひしゃげ、巨体がバランスを崩して地面に倒れ込んだ。
『敵対目標、ロック。迎撃システム、起動!』
だが、ただの機械兵器ではない。
倒れ込みながらも、背中に背負っていた単装砲が無理やり旋回し、岩塊熊へと銃口を向けた。
「遅い」
ドンッ! という砲撃音が響くよりも早く、カイの身体が弾けた。
レベル15の脚力と、配下から得ている圧倒的なステータス還元よって、今のカイの速度は、機械の旋回速度すら凌駕していた。
『 基本スキル:【剣術】のアシストが起動します 』
狙うは、酸で溶け落ち、岩塊熊の打撃で露出した多脚戦車の「内部機関」らしき動力部。
カイは長剣を、システムのアシストと自身の全体重を乗せて、分厚い装甲の隙間へと正確に突き立てた。
ガギィィィンッ!!
長剣は、機械の複雑な歯車と配線の束を易々と貫き、破壊した。
『致命的損傷……。システム、シャット、ダウ……ン』
バチバチと青白い火花を散らし、多脚戦車は完全にその機能を停止した。
「……脆いオモチャだな」
カイは剣を引き抜き、油と酸の混じった不快な匂いを放つ鉄の残骸を見下ろした。
経験値のアナウンスは流れない。やはり魔物ではなく、プレイヤーが権能で作り出した「造形物」の扱いらしい。
「装甲と火力は高いが、動きが単調すぎる。……直接操縦しているわけじゃなく、簡単な命令を与えただけの自律ドローンってところか」
自身の手駒ならば、この程度の兵器が何体来ようと容易にスクラップに変えられる。カイは、大蛇と岩塊熊をケージへと帰還させようとした。
その時だった。
『あー、あー。マイクテスト、マイクテスト。聞こえるか、そこの野蛮人』
沈黙したはずの多脚戦車の残骸から、突然、ノイズ混じりの人間の声が響いた。
通信機が生きているのだ。
カイは即座に残骸へと冷たい視線を向ける。
『酸で装甲を剥がし、タンクで無力化し、最後は隙を突いてコアを破壊。その無駄のない戦闘ロジック……モニター越しでも一発で分かったぜ。相変わらずだな、カイ』
声の主は、余裕に満ちた、どこか楽しげな男の声だった。
PKが禁止されているこの世界において、互いの姿が見えない通信越しとはいえ、最初のプレイヤー同士の接触。
カイは表情一つ変えず、低く返答した。
「……趣味の悪いオモチャだな。こんな騒音を撒き散らして、自分の居場所を喧伝して回っているのか? 『ガジェッド』」
カイの口から紡がれた名前に、通信の向こうの男が微かに笑う気配がした。
ガジェッド。
『レグナント・オンライン』において、あらゆる銃器と機械を愛し、圧倒的な物量と弾幕で戦場を制圧した、最強の機工士。
『正解だ。だが、喧伝してるわけじゃない。俺はただ、この不便な世界を、俺の権能【超弩級兵装工場】で快適に舗装しているだけさ』
ガジェッドは愉快そうに言葉を続けた。
『ルールのアナウンスを聞いて、少し退屈してたところだったんだよ。PK禁止、レガリアは合意による譲渡のみ。……プレイヤーを直接攻撃できないなら、どうやって相手からレガリアを奪うべきか、ってね』
「……」
『だが、お前の戦い方を見て理解した。なあカイ、俺たちは直接手を下す必要はない。お互いの「手駒」や「兵器」をぶつけ合わせて、徹底的に盤面を荒らし回り、リソースを枯渇させて……相手の心をへし折って『合意』させればいいんだろ?』
通信越しに伝わってくる、知的な狂気を帯びた熱量。
ガジェッドは、この異常な状況に怯えてなどいなかった。むしろ、PK禁止という縛りの中で「いかに相手を精神的に屈服させるか」という、新たなゲームを楽しんですらいる。
カイは冷たく鼻を鳴らした。
「降伏させる? お前のその鉄クズでか?」
『ハッ、言うねえ。さっきのはただの木こり用のドローンだ。……次会う時は、ちゃんと「対人用」の特注品で出迎えてやるよ。せいぜい、俺の軍門に降る準備でもしとくんだな』
ブツンッ、と不快なノイズと共に通信が途切れた。
「……上等だ」
カイは通信機ごと多脚戦車の残骸をブーツの踵で踏み砕いた。
機械兵器の量産権能を持つと思われる、ガジェッド。おそらく彼は、森のどこかに「兵器工場(拠点)」をすでに築き上げているはずだ。
「奴の工場を見つけ出し、兵器の生産ラインごと潰す。……俺の手札の恐ろしさを、そのシステム領域に刻み込んでやる」
カイはそう呟き、油の汚れを弾く長剣を静かに鞘へと収めた。
ガジェッドとの本格的な戦争を始めるための、次なる一手。カイは己の軍団をさらに強固なものにするべく、新たな盤面の構築へと意識を切り替えた。




