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第7話 レベル15への到達

 下級迷宮の主である岩塊熊ロック・グリズリーを討伐し、自らの手駒としたカイは、地上へは戻らず、そのまま最深部のボス部屋を自身の『拠点セーフゾーン』として作り変える作業に入った。


「グリズリー、あの岩を運んで入り口を塞げ。ゴブリンが一匹通れる隙間だけ残しておけばいい」


 虚空から赤いノイズと共に実体化させた岩塊熊に命じる。

 コスト5の圧倒的な筋力を持つ岩塊熊は、転がっていた巨大な瓦礫を軽々と持ち上げ、通路の入り口をバリケードのように塞いでいく。

 トッププレイヤーたちの規格外の広域魔法や、強力な徘徊モンスターから身を隠すための、密室の完成だ。


「よし。これで外からの奇襲は、ある程度は防げるだろう」


 カイは岩の隙間から細く差し込む青白い苔の光を見つめながら、冷徹な思考を巡らせていた。

 目指すはレベル15。

通常のRPGであれば、複数のエリアを渡り歩き、クエストをこなしながら徐々に上げていく数字だ。だが、この世界であてもなく未知のエリアを彷徨うのはただの自殺行為に等しい。


「安全に、かつ執拗に。システムが用意した再出現(リポップ)の仕様をしゃぶり尽くす」


 カイが構築したのは、狂気じみた『経験値工場ファーム』だった。


 まず、下級ゴブリンを岩の隙間から迷宮の浅い階層や、外の森へと放つ。彼らの役割は「索敵」と「釣り」だ。

 自身の命の危険を顧みず、ゴブリンたちはアクティブな魔物である大百足や毒蜘蛛、森をうろつく牙狼などを挑発し、この最深部まで引き連れてくる。

 もちろん、レベル1のゴブリンの貧弱なステータスでは、より強力な魔物の追跡から逃げ切れないことも多々あったが。


『隷従個体が死亡ロストしました。ステータス還元バフが低下します 』


 脳内に無機質なアナウンスが響くたび、カイの身体を急激な虚脱感と目眩が襲う。手駒(ゴブリン)が殺されたことによる、ペナルティのフィードバックだ。

 だが、カイはその痛みに顔を歪めながらも、歯を食いしばって剣を構え続けた。

 そして、ゴブリンを殺して血に飢えた獲物が、狭い入り口の隙間から密室に足を踏み入れた瞬間。


『ゴルァァッ!』

『グルォォォ……!』


 待ち構えていたホブゴブリンと岩塊熊という、2体の強固な壁役タンクがその巨体で敵を押し潰し、逃げ場のない空間で一方的な蹂躙を行う。

 敵が瀕死になったところで、最後尾で待機していたカイが長剣でトドメを刺し、経験値を吸い上げる。食料が尽きれば、斥候に普通の獣を狩らせて肉を確保し、水分はポーションではなく地下水で凌いだ。

 バフ喪失の痛みに耐え、手駒を文字通り「すり減らし」ながら行う、一切の無駄を削ぎ落とした機械的な狩り。

 未知の世界への恐怖や、単調な作業に対する飽きなど、カイの精神には微塵も存在しなかった。かつて、たった1パーセントのレアドロップを引き当てるために、数百体と同じボスを狩り続けたトップゲーマーの執念が、この洞窟の中で完全に発揮されていた。

    


 

 それから、どれだけの時間が経過しただろうか。

カイはただひたすらに命を刈り取り、数字を積み上げ続けた。


『 【カイ】のレベルが 7 に上昇しました 』

『 【カイ】のレベルが 11 に上昇しました 』

『 【カイ】のレベルが 14 に上昇しました 』


 経験値バーが満たされるたびに弾ける黄金のウィンドウ。

 基礎ステータスが向上し、身体の枷が外れていく。手駒の構成も、レベルが上がるごとに最適化アップデートが施されていった。

 初期から使役していた下級ゴブリンたちは、既にメニューから『破棄デリート』されていた。

 カイは、空いているコスト枠に「(アシッド)を吐く大蛇(スネーク)」や「麻痺毒(パラライズ)を持つ暗殺蜂(キラー・ビー)」など、より殺傷能力と状態異常に特化した魔物たちを次々と収容していく。


そして。


「シィッ!」


 カイの振るった長剣が、迷宮に迷い込んだ巨大な四ツ目の猿の首を正確に刎ね飛ばした。

 光の粒子となって消えていく魔物の死。直後、カイの視界を眩いほどの黄金の光が埋め尽くした。


『 条件クリア。経験値が規定値に達しました 』

『【カイ】のレベルが 15 に上昇しました 』

『 レベル15到達ボーナス:基礎ステータスが大幅に向上しました 』

『 基本スキル:【剣術】が Lv.3 に上昇しました 』

『 固有権能【絶対的隷従】の最大統率力が拡張されました 』

『 現在の統率力: 45 / 100 (現在レベル:15) 』


「……到達した」


 カイは血濡れた長剣を振り抜き、静かに鞘に収めた。

 全身を駆け巡る万能感。レベル1の時とは次元が違う。そして何より、権能の最大キャパシティが『100』という大台に達したことの意味は大きい。

 コスト5の岩塊熊クラスであれば、20体を同時に使役できる。あるいは、コスト30や50といった、ボスクラスのモンスターすらも支配下に置くことが可能になったのだ。


「ここまで来れば、他のプレイヤーとも渡り合える編成が組める」


 カイは虚空のメニューを操作し、バリケードとして配置していた岩塊熊を赤いノイズと共にシステム領域へと帰還させた。

 長きにわたる引きこもり生活の終わり。

圧倒的な戦力とステータスを手に入れたカイは、ついに暗い下級迷宮に背を向け、地上の森へと続く階段を上り始めた。

 迷宮の外は、相変わらず不気味な紫色の木々が立ち並んでいた。

 しかし、カイの目にはもはや恐怖はない。これからこの世界をどう支配していくかという、ゲーマーの視線だけがあった。

 カイが、視界共有のための斥候役として『暗殺蜂キラー・ビー』を数匹、空中へ放とうとしたその時だった。


「……ん?」


 ふと、カイの鼻腔を異質な匂いがくすぐった。

森の放つ腐葉土の匂いや、魔物の放つ獣臭ではない。

それは、明らかな『油』の焼ける匂いと、無機質な『鉄』が擦れるような鋭い金属音だった。

 カイは即座に木陰に身を隠し、音のする方角、森の北側へと視線を向ける。

 木々の隙間から見えたのは、自然界に存在するはずのない、異常な光景だった。

紫色の巨木が何本も薙ぎ倒され、大地が帯状に深く抉り取られている。

 まるで、巨大な重機が森を強引に切り拓きながら進んだかのような、一直線の破壊の痕跡。そして、抉り取られた土の表面には、キャタピラの跡のような奇妙な紋様がくっきりと残されていた。


「重機……いや、この世界にそんなものはないはずだ」


 だとすれば、答えは一つしかない。


「他のプレイヤーの権能の痕跡か」


 カイは目を細め、腰の長剣の柄に静かに手を当てた。

遠くの氷柱でマキナの存在を感じて以来となる、他プレイヤーの明確な痕跡。

 

 カイは、その破壊の跡を見つめ、次なる行動のための計算を始めたのだった。


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