第9話 紫電との死闘、電子を焼く雷撃
キャタピラの轍は、紫色の森を無惨に引き裂きながら北へと伸びていた。
カイは暗殺蜂の視界を上空に展開し、その破壊の痕跡を慎重に辿っていく。
(機械の弱点は腐食、そしてもう一つ……電子回路の破壊だ。手駒に対策要員が要る)
カイは索敵の範囲を広げた。数十分の探索の後、暗殺蜂の視界が、森の一角で激しく明滅する青白い閃光を捉えた。
『――チィィィッ!』
空気を焦がすような放電音。カイが急行した先には、一体の美しい魔獣が佇んでいた。
狼のようなしなやかな四肢を持ち、その漆黒の体毛からは絶えずバチバチと紫電が迸っている。
『 個体認識:【紫電狼】 』
『 推定統率コスト:25 』
「コスト25……。岩塊熊の5倍か。だが、喉から手が出るほど欲しい性能だ」
紫電狼は侵入者の存在に気づき、低く唸り声を上げた。その全身の毛が逆立ち、尋常ではない量の電気エネルギーが収束していく。
「……来るぞ、グリズリー、前へ!」
岩塊熊がカイを庇うようにその巨体をねじ込む。直後、紫電狼から一直線の雷撃が放たれた。
ガガガガァッ!!
絶縁体であるはずの岩殻に雷撃が直撃する。だが、その威力が規格外すぎた。
悲鳴を上げる間もなく、岩塊熊の分厚い装甲が内側から爆ぜ、右腕の岩が根元から粉々に吹き飛ぶ。
「なっ……!」
相性すらも消し飛ばす、コスト25という理不尽な「基礎ステータスの暴力」。
『グルルァッ!』
さらに紫電狼の姿が、文字通り「雷鳴」と共にブレた。
半壊した岩塊熊をあっさりと迂回し、雷光を纏った超高速のステップで直接カイの眼前にまで肉薄する。
(速っ……!)
【剣術】のアシストが、死に直結する一撃に反応し、カイの肉体が反射的に長剣を構えた。
ガァァンッ!! という強烈な金属音と共に、カイの身体が数メートル後方へと吹き飛ばされた。腕の骨が軋む。まともにやり合えば、一瞬で首を飛ばされる。
カイは即座に虚空のメニューを弾き、残された手持ちの駒を次々と盤面へ投げつけた。
「大蛇! 退路を溶かせ! 蜂共は特攻しろ、一秒でもいいから視界を塞げ!」
溶解大蛇が周囲の地面をドロドロに溶かし、紫電狼の機動力を奪う。だが、紫電狼が苛立ち紛れに放った周囲への全方位放電によって、肉壁となっていた十数匹の暗殺蜂たちが一瞬で黒焦げとなり、光の粒子へ変わった。
『 警告:隷従個体が大量死亡しました 』
『 支配リンクの連続切断により、脳領域に過負荷が発生します 』
「――ッ、が、あぁぁああああっ!!」
脳髄を直接、十数本の焼け付く針で同時に突き刺されたような激痛。視界がノイズで真っ赤に染まり、カイの膝がガクンと折れかける。
だが、カイは血が滲むほど強く唇を噛み締め、意識を強引に繋ぎ止めた。
蜂たちが全滅したことで生まれた、ほんのコンマ数秒の放電の切れ目。
その絶好の死地へ、右腕を失った岩塊熊が死に物狂いで突っ込んだ。
『ゴォァァッ!!』
残された左腕で、逃げ場を失った紫電狼の胴体を真横から撥ね飛ばし、そのまま地面へと強引に押さえつける。
脳を沸騰させる激痛に吐き気を覚えながら、カイは渾身の力で大地を蹴った。
「チェック、メイトだ……!」
カイの長剣が紫電狼の首筋へと正確に突きつけられた。圧倒的な死の気配を前に、紫電狼の瞳から敵意が消える。
『条件クリア。対象【紫電狼】の屈服を確認 』
『 固有権能【絶対的隷従】発動可能。対象を隷従させますか? 』
真紅のウィンドウを震える指でタップし、新たな力を手に入れる。
『 構成内訳:【岩塊熊(重傷)】×1、【溶解大蛇】×1、【紫電狼】×1 』
『 現在の統率力: 38 / 100 』
「おえっ……、はぁ……っ、はぁ……」
蜂を全滅させられ、メインタンクを半壊させられた。コストの差を嫌というほど見せつけられた、まさに死闘。
カイは胃液を吐き出しながら、重い疲労感に苛まれる頭を押さえ、それでも北へと歩みを進めた。
上空の目(蜂)を失った今は、傍らに付き従わせた紫電狼の鋭敏な嗅覚だけが、周囲の警戒の頼りだった。
一時間後。
森が大きく開けた広場に、ガジェッドの「対人部隊」が陣取っていた。
『ウィィィン……』
キャタピラ駆動の無人戦車が3機。
カメラアイから赤いスキャンレーザーを照射し、森を絶え間なく監視している。
『ターゲット、カイ。迎撃シーケンス移行。……排除シマス』
3機の無人機が一斉に四連装重機関銃をカイへと向けた。
ズガガガガガガガガガッ!!!
太い紫色の木々が粉々に砕け散り、土煙が舞い上がる。
「……厄介なデバフだな」
木陰に身を隠したカイは、小さく息を吐いた。
蜂を大量ロストした際の『脳を刺されるような激痛』は、すでに引いている。だが、精神力をごっそりと削り取られたような重い疲労感が、未だに鉛のように身体にのしかかっていた。
歯を食いしばって前に出て剣を振るうことは十分に可能だが、この状態で無駄なスタミナの消耗を重ねるのは下策だ。
岩塊熊も重傷を負っており、盾として出せば今度こそ破壊されるだろう。
(だが、俺自身が動く必要はない。……そのための、コスト25だ)
「行け、紫電狼。……全部、スクラップにしろ」
カイの掠れた命令と共に、木陰から青白い閃光が飛び出した。
銃弾の雨。だが、紫電狼の圧倒的な敏捷性の前では、すべてが止まって見えるかのように遅い。紫電狼は弾幕を軽々と縫うように駆け抜け、無人機の陣形の中央へと跳躍した。
『ターゲット、高速接近――』
紫電狼の全身から放たれた高圧電流が、無人機たちの金属装甲を伝い、電子回路をダイレクトに焼き切った。
『ピ、ガガ……システム、エラー……』
重機関銃の掃射がピタリと止む。
すかさず、溶解大蛇が弱った装甲を酸で溶かし、砲塔と駆動系を重点的に腐食させて完全に無力化した。
カイが一歩も動くことなく、たった数秒で、3機の無人戦車は火花を散らして沈黙した。
ジリッ……。
一番大きな残骸のカメラアイが怪しく明滅し、ガジェッドの声が響いた。
『……なるほど。雷属性の魔獣か。俺の現行の装甲じゃ、絶縁性が足りてないな』
先ほどまでの挑発的な態度は鳴りを潜め、ただ純粋にデータを分析するような無機質な声。
『見事な盤面だ、カイ。貴重なデータを助かるよ』
「……チッ!」
カイの生存本能が警鐘を鳴らす。
ガジェッドは負け惜しみを言いに来たのではない。
『じゃあな。本陣で待ってるぜ』
ピィィィィィンッ! という甲高い電子音が響き、3機の無人戦車の内部から異常な熱源が膨張し始めた。
自爆機能だ。
「戻れ!」
カイが手駒を即座にシステム領域へ帰還させ、後方へ大きく跳躍した瞬間。
凄まじい爆炎と衝撃波が、広場一帯の森を吹き飛ばした。
「……鹵獲防止と、証拠隠滅のための自爆処理か。徹底してるな」
熱風に煽られながら、カイは燃え盛るクレーターを見つめた。
ガジェッド。常に盤面の先を読み、不要になった自身の兵器は躊躇なく「破棄」してデータを持ち帰る、生粋のゲーム脳。
カイは土埃を乱暴に払い、立ちこめる黒煙のさらに奥、ガジェッドの「兵器工場」へと向けて、油断のない鋭い視線を向けた。




