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第3話 盤面の代償と、上位の駒

 紫色の毒々しい葉冠が天を覆う、名もなき森。

その一角にある巨大な樹の根元で、カイは目を閉じ、意識を自身の内側へと深く沈めていた。


(……やはり、視覚情報の並列処理はきついな。VRのマルチウィンドウとは勝手が違う)


 カイは現在、自身の権能【絶対的隷従ドミネイト・ルール】に備わった『遠隔視界共有』のテストを行っていた。

この数時間、森の浅い階層を探索し、手頃な下級ゴブリンを狩り続けた結果、カイの隷属檻レギオン・ケージの統率コストは現在『10/10』。つまり上限に達している。

手駒となった10体のゴブリンたちを東西南北の扇状に散開させ、周囲数キロの索敵を行わせているのだ。

 しかし、現実の脳で10の異なる視覚情報を同時に処理するのは不可能に近い。カイは頭痛を堪えながら、意識のフォーカスを「第3番」と「第7番」のゴブリンの視界のみに絞り込んだ。


『ギ、ギルル……』


 第3番の視界が、獣道を這うように進む。

その時、不意にノイズのような耳鳴りが走り、第3番の視界が強烈な「恐怖」の感情と共にブレた。


(ん……? なんだ、あれは)


 ゴブリンの低い視座から見上げるその先に、ひときわ異彩を放つ巨体が立ち塞がっていた。

身長は2メートル半を優に超え、はち切れんばかりの赤黒い筋肉が全身を覆っている。通常のゴブリンが子供に見えるほどの圧倒的な体格差。その手には、大木をそのままへし折って作ったような、悍ましい無骨な棍棒が握られていた。


『 個体認識:【ホブゴブリン(上位亜人)】 』

『 推定統率コスト:5 』


 システムが、視界の隅に冷酷な数値を弾き出す。

コスト5。今のカイの最大キャパシティの半分を占める強力な個体だ。


(上位種……。間違いなく、ただのゴブリンより使える。だが、今の俺のコスト枠は10で満杯だ。あいつを支配下デッキに入れるには、手持ちの枠を5つ空ける必要がある…。枠を空けつつ、あいつの体力を削る。……手駒には、文字通りの『捨て駒』になってもらうか)


 カイは静かに立ち上がり、長剣を抜いた。

脳内のマップにマッピングされたホブゴブリンの座標へ向けて、自身の肉体を走らせる。

同時に、散開させていた10体すべてのゴブリンに対し、念話による『強襲』のコマンドを下した。

     

「ギギャァァァッ!」


 森の開けた広場。ホブゴブリンに対し、10体のゴブリンが四方八方から飛びかかっていた。

 少し離れた茂みの影から、カイはその戦況を冷ややかに観察していた。

カイの頭の中には、完璧な包囲陣形と、波状攻撃の戦術が組み上がっている。だが、現実の盤面は、想像以上に無惨だった。


(ダメだ、統率がまるで取れていない……!)


 カイが「右へ回り込め」「足の腱を狙え」と細かく指示を出そうとしても、知能の低いゴブリンたちはその複雑な命令マクロを処理できない。結果として、ただ正面から群がって武器を振り回すだけの、単調な特攻へと成り下がっていた。


「ゴォァァァッ!!」


 ホブゴブリンが苛立ちの咆哮を上げ、丸太のような棍棒を横薙ぎに一閃した。

凄まじい風切り音。

 グシャァッ! と、嫌な破裂音が響いた。

直撃を受けた3体のゴブリンが、文字通り紙くずのように吹き飛び、原形を留めない肉塊となって木々に叩きつけられる。


『 隷従個体(No.004、No.005、No.008)が死亡ロストしました 』


 そのシステムアナウンスが響いた瞬間。

茂みに隠れていたカイの身体を、強烈な異変が襲った。


「――っ、がぁッ!?」


 突然、全身の血液が半分に減ったかのような、激しい目眩と虚脱感により、カイは思わず片膝をついた。剣を握る手が小刻みに震え、呼吸が浅くなる。


『隷従特典(ステータス還元バフ)が低下しました 』


(これが……バフ消失の、ペナルティ……ッ!)


 頭では理解していたつもりだった。だが、現実の肉体にダイレクトにフィードバックされる「弱体化」の感覚は、想像を絶するほどの不快感と恐怖を伴っていた。

 手駒を失うということは、ただ数字が減るだけではない。自分自身の「命の綱」が物理的に削り取られるということだ。


「ガァルルルッ!」


 さらにホブゴブリンの追撃が続く。

踏み込みと共に振り下ろされた棍棒が、逃げ遅れた2体のゴブリンを大地ごとすり潰した。


『隷従個体(No.009、No.010)が死亡ロストしました 』

『 現在の統率力キャパシティ: 5 / 10 』


 全身を苛む二度目の虚脱感。

だが、カイの濁りかけた瞳は、その激痛の中で爛々と輝いていた。


(コスト枠が『5』空いた。……そして、強烈な大振りの後の硬直時間!)


「行けッ! 目を潰せ!」


 カイは残った5体のゴブリンに最後の特攻を命じると同時に、自身も重い身体に鞭を打って茂みから飛び出した。

ゴブリンたちが一斉にホブゴブリンの顔面へと跳躍する。鬱陶しい羽虫を振り払うように、ホブゴブリンが腕を振り上げた。完全に死角が生まれる。

 レベル1の鈍い肉体。バフを失った虚脱感。

だが、カイの脳裏に焼き付いた「戦闘経験」が、限界を超えて肉体を最適に駆動させる。


『 基本スキル【剣術 Lv.1】のアシストが起動しました 』


「シィッ……!」


 鋭い呼気と共に、カイの体が地を這うような低い姿勢で敵の懐へ滑り込んだ。

狙うは、巨体を支える右膝の裏側。

渾身の力を乗せた長剣の刃が、ホブゴブリンの太いアキレス腱を深々と斬り裂いた。


「ゴ、ギャァァァアアアッ!?」


 腱を断たれた巨体がバランスを崩し、地響きを立ててその場に崩れ落ちる。

 カイはそのまま流れるような動作でホブゴブリンの背中に飛び乗り、太い首筋に長剣の刃を深々と押し当てた。皮膚が切れ、一筋の血が流れる。


「終わりだ、デカブツ」


 冷徹な声。

暴れようとしたホブゴブリンだったが、首筋に食い込む冷たい刃の感触と、背後から自分を見下ろすカイの底知れぬ殺気に当てられ、その動きをピタリと止めた。

圧倒的な暴力による蹂躙から一転、絶対的な強者への屈服。


『 条件クリア。【対象:上位亜人ホブゴブリン】の完全な屈服・戦意喪失を確認 』

『 固有権能【絶対的隷従ドミネイト・ルール】が発動可能です 』


 カイの視界に、真紅のウィンドウが展開される。


「……隷従ドミネイト


 カイが短く呟くと同時に、ホブゴブリンの巨体が真っ赤なポリゴンの光へと分解され、システム領域の彼方へと吸い込まれていった。


『 対象の隷従化に成功しました 』

『 構成内訳を更新:【下級ゴブリン】×5(コスト:5)、【ホブゴブリン】×1(コスト:5) 』

『 現在の統率力: 10 / 10 』

『 隷従特典:対象のステータスの1割がプレイヤーに加算されます 』


 失われていたバフが、先ほどよりもさらに強力な熱となってカイの身体に満ちていく。

上位種であるホブゴブリンの強力なステータスが、カイの基礎能力を底上げしたのだ。剣を握る感覚が、VR時代の全盛期にほんの少しだけ近づいたのを感じる。


「ふぅ……」


 カイは剣の血糊を払い、静かに息を吐いた。

手駒の不器用な統率。バフ消失の強烈なペナルティ。そして、死と隣り合わせの盤面操作。

【絶対的隷従】の真の恐ろしさと使い勝手を、カイは自らの血肉に刻み込んだ。


「悪くない取引だ。これで『壁役タンク』が手に入った」


 盤面を犠牲にして、より強力な駒を手に入れる。

この不条理な狂気の世界で生き残るための、残酷な生存戦略。カイの背後には、未だ生き残っている5体のゴブリンが、新たな主の圧倒的な力にひれ伏すように傅いていた。

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