ep of masquerade
『 警告:【北の門】にて、致命的なイレギュラーの発生を確認 』
『 生存者によるエリア解放の進行速度が、規定値を大きく逸脱しています。直ちに―― 』
『 ――エラー:不正なアクセスを検知 』
『 ――ガ……ジ、ジジッ……ザガガガガッ! 』
『 ――システム権限の一部奪取を確認 』
『 ――【防衛機構】ヲ強制起動シマス 』
『 東西南北ノ門ニ、それぞれ【淘汰者】ヲ1名ずつ投下 』
『 ――個体名【Null】。東の門ヘノ定着ヲ確認シマシタ 』
ひどく歪んだ、ノイズ混じりのシステム音声が、灰色の意識を現実に引き戻す。
視界が開ける。そこは、焦げた匂いと灰が舞う荒涼とした大地だった。
『 コレヨリ、貴方ニ【淘汰律】ヲ開示シマス 』
1. 目的:本世界ニ存在スル15名ノ「生存者」ノ全滅。
2. 特権:生存者ヲ殺害シタ際、対象ノ全ステータス数値ヲ『5割』略奪シ、自身ノ基礎値トシテ永続加算スル。
3. 罰則:殺害時ニオケル【大逆の罰】ヲ一切免除スル。
4. 共喰:同位体(淘汰者同士)ノ殺害、オヨビ全ステータスノ略奪ヲ許可スル。
Nullは、自らの両手を見つめた。
装飾の一切ない、ボロボロの灰色の外套。顔の上半分には、白磁のように滑らかで無機質な『虚構の仮面』が張り付いている。
己がかつて何者であったか、そんな記憶はない。ただ、与えられた「掃除屋」としての役割と、世界の仕様だけが脳内にインストールされていた。
(……なるほど。北の門のイレギュラー連中がセキュリティの穴を開けたおかげで、俺たち四人が産み落とされたというわけか)
Nullの脳内に、他3門に投下された「同位体」からの同期データが流れ込んでくる。
南の門。……個体名『ジーク』。
南に配置された同位体は、その異常なステータスを誇る「最強の生存者」を一瞥し、即座に交戦を回避。ランキング下位の獲物から狩り、自身を肥やす方針へと切り替えたようだ。
(賢明な判断だ。初期状態でアレを狩るなど自殺行為に等しい)
だからこそ、Nullは自らこの東の門へと向かってくる「極上の餌」から、確実に「足」を奪う。
生存者の中で最も素早く、神業のステップを持つ第2位、『剣聖』境 刀真。彼を処理することが、ノイズ混じりのシステムからNullに与えられた最初のタスクだった。
刀真のステータスさえ奪えば、機動力を得た暗殺者として完全に仕上がる。他の同位体たちが下位プレイヤーを喰らって丸々と太ったところを、後から全て奪い尽くすことも可能になる。
(まずは、お前からだ)
東の門へと続く、薄暗い回廊。
壁に群生する発光水晶が冷たい光を放ち、プレイヤーの濃い影を床に落としていた。
エリアボスに挑むべく回廊を歩いていた刀真は、ふと足を止めた。
彼の視線の先。門へと続く回廊を塞ぐように、十メートルほど先の中央に「それ」は立っていた。
(……なんだ、あれは)
刀真の鋭い眼光が、灰色の外套を着た不審な人影を射抜く。
異常だった。頭上に表示されるべきプレイヤーネームもHPバーもない。それどころか、仮面を着けたその男の輪郭には、微かにジリジリとしたブロックノイズが走っている。
刀真は即座に長剣の柄に手をかけ、重心を落とした。
どんな未知の存在であろうと関係ない。自らの視界に収めている限り、『剣聖』と呼ばれる域に到達した反射神経とステップで躱せない攻撃はこの世界に存在しない。
その絶対の自信の通りだった。
灰色の男――Nullが、ゆっくりと無造作な足取りで近づいてくる。歩幅も、呼吸も、殺気すら感じられない素人のような歩み。
ジッ……。
男が踏み込んだ瞬間、微かな電子ノイズのような音が鳴った。
同時に、Nullが右手に握った漆黒の短剣を、真横になぎ払うように振るう。
(……遅い!)
刀真の口角が吊り上がった。
あまりにも素人くさい、単純な大振りの斬撃。剣で受けるまでもない。刀真は余裕を持って上体を逸らし、鮮やかなバックステップを踏んだ。
刃は、刀真の鼻先から30センチも離れた空を虚しく切る。
完璧な回避。あとは、隙だらけになった相手を制圧するだけだ。
そう思考し、刀真が反撃に転じようと床を踏み込もうとした、その時だった。
「――――、え?」
視界が、ぐるんと回転した。
自分の足が動かない。いや、そもそも床を踏み込んだ感触すらない。
回転する視界の中で、刀真は「首から上が無くなった自分の胴体」が、ゆっくりと膝から崩れ落ちるのを見た。
(な……んで?)
刃は確実に躱し、少しも触れてはいない。
致命傷のエフェクトも、斬撃の感触すら無かった。
訳が分からないまま床に転がった刀真の首は、すぐ目の前にある「異常な光景」を見た。
発光水晶に照らされて床に伸びていた、刀真自身の影。
その影の『首』にあたる薄暗い部分が、真っ二つに切断されていた。
「――固有権能【影踏みの処刑台】」
マスカレードの奥から、男の冷酷な声が落ちる。
男が振るった短剣は、刀真の肉体を狙ったものではなかった。最初から、離れた床に伸びていた「影」を薙ぎ払っていたのだ。
圧倒的なステータスも、回避行動も意味をなさない。
『剣聖』と呼ばれた男は、己の死という現実すら呑み込めないまま、真っ赤なポリゴンとなって無惨に弾け飛んだ。
『 規定条件クリア。対象プレイヤーのステータスノ5割ヲ略奪・加算シマス 』
刀真の命であった光の粒子が、Nullの身体へと吸い込まれていく。
ズンッ、と。
Nullの身体に、刀真が血の滲むような努力で積み上げてきた圧倒的な敏捷ステータスが上書きされていく。軽く足を踏み出すだけで、空間をスキップするような錯覚を覚えるほどの神速。
「……上質なデータだ。君が積み上げた時間は、俺が有効に活用させてもらうよ」
マスカレードの下、露出した口角が微かに弧を描いた。
(これで、足は手に入れた。あとは――)
理不尽の化身は、確かな「死」を振り撒く神速の暗殺者へと変貌を遂げた。
彼はゆっくりと踵を返し、他の生存者たちが蠢く中級エリアへと姿を消した。




