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レグナント・オンライン ~崩壊する理不尽デスゲーム、囚われた 元・最強の『軍団長』は【絶対的隷従】で盤面を支配する~  作者: 水引 結


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第28話 崩壊の証言

 灰燼(アッシュ)の飛竜(ワイバーン)の群れは、獲物を一つ喰らい尽くすと、灰の嵐の彼方へと飛び去っていった。

 後に残されたのは、目の前で相棒を失った少女の、深い喪失の影が落ちた瞳だけだった。




「……メイヴィ。温かいスープ、飲める?」


 マキナがそっと、彼女の冷え切った両手を包み込むようにマグカップを持たせた。要塞の内部は炉の熱気で温かいが、メイヴィの身体は小刻みな震えを止めることができずにいた。


「ギルツ、が……。……すぐ後ろにいたのに……」


 ポツリ、ポツリと、途切れがちな声が漏れる。旧レグナント・オンライン時代からコンビを組んでいた、唯一無二の相棒の死。その事実は、彼女の心を重く沈ませるには十分だった。


「……すまない。俺がもっと早く手を伸ばしていれば」


「違うわ、カイ……」


 カイの言葉を、メイヴィは力なく首を振って遮った。


「どのみち、私たちは逃げ切れなかったのよ。……ねえ、見たでしょ? さっきのアナウンス。刀真が、PKされたって」


「ああ。だが、あの時のシステムアナウンス……いつもと違って、酷いノイズが混じった不気味な音声だった。おまけに【淘汰律(プレデター・ルール)】とかいう、聞き慣れない言葉を吐いていた。一体、何が起きたんだ?」


 カイの問いに、メイヴィはマグカップの表面に波立つスープを見つめながら、絞り出すように口を開いた。


「……一人の男が現れたの。私たちが、北の門へ向かっていた時よ」


「一人?」


「ええ。黒く汚れた分厚いコートを着て、顔全体を鉄仮面で覆った不気味な男……。異常だったわ。あいつ、頭上のプレイヤーネームもHPバーも表示されていなかった。それどころか、輪郭の境界線に、ジリジリって……ノイズみたいなものが走っていて」


 その光景を思い出したのか、メイヴィの震えがさらに強くなる。


「あいつもきっと同じよ。殺せば殺すほど、奪えば奪うほど、どんどん異常なバケモノになっていくんだわ……。獲物を値踏みするような、あの冷たい目……思い出しただけで吐き気がする」


 メイヴィはついに両手で顔を覆い、嗚咽を漏らした。かける言葉を持たないカイたちの間に、重苦しい沈黙が落ちる。


「……ペナルティの免除。そして、他者のステータスの吸収か」


 カイは脳内で情報の断片を繋ぎ合わせた。東の門の近くで『剣聖』刀真を仕留めたという【Null(ヌル)】。そして、北の門付近に現れたという【鉄仮面の男】。


「最初の【生存律(ルール)】の説明で、システムは『生存者は15名』と言っていた。メイヴィの言うその男や、アナウンスにあった【Null】は、俺たちの中にはいなかった存在だ。……偶然とは思えないな。刀真が死んだ東の門と、俺たちが突破したこの北の門。ピンポイントでそんなバケモノが現れるなんて」


「……嫌な予感がするぜ。システムが、門を突破しようとする俺たちへの刺客として送り込んできたのか? それとも、生存者を急かしてこのゲームの攻略を加速させるためか……。どっちにしろ、全員排除されちまったらゲーム自体が成り立たねえはずだが」


「だとしたら……まさか!」


 ガジェッドの言葉に、マキナがハッと顔を上げた。彼女の視線の意味に気づき、カイも数時間前にワールドアナウンスを鳴らした男のことを思い返していた。


「……ああ。ジークの死亡アナウンスは流れていないが、間違いなく南の門にも配置されていたはずだ。ジークはそいつを返り討ちにしたのか、それとも……」


 カイは、要塞の門(ゲート)の先へと視線を向けた。


「……泣いてる場合じゃ、ないわね」


 メイヴィが震える両手で顔を拭い、無理やり立ち上がった。その瞳はまだ赤く腫れていたが、悲しみを押し殺すように強く唇を噛み締めていた。


「ギルツは……最後まで生き残るつもりだった。ここで私が泣き崩れていたら、あいつが生きようとした足掻きを、無駄にすることになる」


 メイヴィは自らのステータスウィンドウを可視化し、カイたちの前に提示した。


「見て。これが私の今の全力よ。……ギルツの仇を討って、このふざけたシステムをぶっ壊すためなら、何でもする。だから、私をあなたたちのパーティに入れて」


 提示されたウィンドウには、彼女の覚悟が刻まれていた。


「レベルは33。中級エリアの生存者の中ではトップクラスのはずよ。固有権能は【因果拒絶(パラドクス)の秒針(ヒール)】。対象の状態を『過去の指定した時点』まで巻き戻す。遡れるのは最大十二時間前までで、今より悪い状態には巻き戻せないっていう制約はあるけど……致命傷さえも『無かったこと』にできるわ。……これなら、足手まといにはならないでしょ?」


 メイヴィは、どこか自分を鼓舞するようにそう告げた。

 カイは隣のマキナとガジェッドに視線を向ける。二人が小さく頷くのを確認してから、自身のステータスを可視化した。それに合わせ、マキナとガジェッドも自らのレベルを明かす。


「俺は42だ」


「私は41よ」


「俺は36だな」


 メイヴィは、信じられないものを見るような目でカイたちを見つめた。自分たちが死ぬ気で積み上げてきたレベル33を、カイやマキナは遥か先へと置き去りにしていた。


「……40超え? 嘘でしょ……。どうやってそんな……」


「ここに来る前はもっと低かったわ。でも、この要塞のおかげで効率よく上級魔物を狩れたから。……レベルだけじゃ測れないのが、私たちの戦い方よ」


 マキナが静かに告げると、カイが淡々と補足した。


「権能についても、簡単に共有しておこう。俺の力は、魔物を配下にして使役する能力だ。さっきのエリアボスを従えているのもその恩恵だな」


「私は、氷魔法の強化と、広域の戦況把握に特化した権能ね」


「俺は見ての通り、武器や建物を創り出す能力だ。この要塞も俺が作った」


 カイの口ぶりは淡々としており、スキルの詳細な条件や代償までは語らない。合流したばかりの自分に対する警戒でもあるとメイヴィは察したが、同時に、その隙のない慎重さが今の彼女にはひどく頼もしく感じられた。


「……なるほどね。ただレベルで上回っているだけじゃなく、それぞれの役割が完璧に噛み合ってる。今のあなたたちなら……あの鉄仮面にも届くかもしれないわね」


 メイヴィが確信を込めて双杖を握り直した。


「……だが、奴らが少しでも知能を持っているなら、ここには来ないだろうな」


 カイは冷静に断じた。


「奴らの目的が『プレイヤーを狩ってステータスを吸収すること』なら、要塞化されたこの場所に突っ込んでくるリスクは冒さない。奴らは今から、中級エリアに残っているランキング下位の生存者たちを順番に狩り始めるはずだ。放置すれば、ステータスを吸い上げた厄介なバケモノが完成する。だが……初期状態の今なら、確実に潰せる算段はある。もっとも、あの刀真を仕留めるような未知の力だ。絶対に油断はできないがな」


 そこまで言い切り、カイはマキナとガジェッドへと向き直った。


「……俺たちの当初の約束は『安全な拠点作りとレベリング』だったはずだ。わざわざ下層の地獄に逆戻りして、システムのバグを狩りに行くなんて契約はしていない。どうする?」


 静かな問いかけ。マキナはふっと鼻で笑い、氷の杖を肩に担いだ。


「今さら何言ってるのよ。あのイカれたシステムを放置してたら、どのみちこの要塞だっていつかは破られるわ。それに……ここまで付き合わされて、今さら降りるなんて選択肢、あるわけないじゃない」


「へっ、俺も同意見だぜ。せっかく作ったこの要塞を、あんなバグ野郎どもに壊されてたまるかよ」


 ガジェッドも獰猛に嗤い、両手のガントレットを打ち鳴らす。その返答に、カイの口角も微かに吊り上がった。


「なら、急ぐぞ。ぐずぐずしてたらまた飛竜(ワイバーン)が戻ってくる」


 カイが虚空にウィンドウを展開し、使い慣れた手つきで操作を行う。光の粒子が収束し、絶縁鞍を付けた、二頭の『紫電狼』が姿を現した。


「……嘘でしょ。モンスターが、まるで飼い犬みたいに……」


 メイヴィが目を丸くして驚愕の声を漏らす。カイの権能がハッタリではないことを改めて目の当たりにしたのだろう。


「二頭しかいないから相乗りになる。マキナは俺の後ろに乗れ。メイヴィはガジェッドの後ろだ」


 カイの指示に従い、四人はそれぞれ狼の背に跨る。

 紫電狼が静かに歩みを進め、巨大な頭骨の出入り口を抜ける。外に出たのを確認すると、ガジェッドが外壁の水晶に触れた。彼が創り出した強固な金属ゲートが重々しい音を立てて閉ざされ、外界との繋がりを完全に遮断した。


「俺の認証がなきゃ開かない『休眠モード』だ。さあ、行こうぜ」


 それを見届け、カイは手綱を強く引いた。

 紫電狼が力強く地を蹴り、吹き荒れる灰の嵐を切り裂いていく。

 

「ターゲットは、北の門付近にいる鉄仮面のプレデターだ。……ここからは、俺たちが『狩る側』だ」


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