第26話 同盟 VS 竜骸の玉座の主(後編)
逃げることをやめ、両腕をだらりと下げたカイの姿は、誰の目から見ても「死を悟って諦めた」ようにしか見えなかった。
数十メートル離れた後方、マキナの【演算空間】の中で防壁を支えていたガジェッドが、絶望の叫びを上げる。
「カイッ!! 何やってんだ!?避けろォォォッ!!」
だが、カイは動かない。
主もまた、羽虫が己の死を受け入れたと判断したのだろう。巨大な眼窩で揺らめく紫の炎を細め、勝利を確信したように、黒炎を纏う大剣を大上段へと振りかぶった。
『 GUOOOOOOOOOOOOOOOッッ!!! 』
処刑の刃が、轟音と共に振り下ろされる。
まともに受ければ両断されるだけでなく、その後方の床ごと粉砕されるような致死の一撃。
その刃が到達する直前。
カイは、巨体から一切目を逸らすことなく、前傾姿勢のまま『前方』へと爆発的なステップを踏み込んだ。
「――ッ!?」
マキナが息を呑む。
カイが飛び込んだのは、大剣の攻撃範囲外ではない。ボスの目と鼻の先、『懐という名の絶対的なデッドゾーン』だった。
風圧と黒炎の熱波がカイの頬を焼き焦がし、HPバーがジリジリと削れていく。だが、超至近距離に潜り込まれたことで、ボスの振り下ろした大剣は完全に空を切り、背後の大理石の床を無意味に粉砕するに留まった。
『 ――ッ!? GAァァァッ!! 』
己の懐に入り込んだカイに対し、激昂したボスが空いている左の骨の腕を振り上げ、カイを叩き潰そうとする。
だが、それよりもカイの行動の方が一瞬だけ速かった。
「……捕まえたぜ、王様」
カイは振り下ろされたボスの太い腕の骨を足場にして、玉座の主の巨大な肋骨にガッチリと張り付いた。
そして、空いている右腕を、紫色の鬼火が揺らめくボスの『眼窩』めがけて、手首の根元まで深く、強引にねじ込んだのだ。
『 GYAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!? 』
眼球を直接抉られるような未知の激痛と異物感に、主が頭を振り乱す。カイの身体が振り落とされそうになるが、彼は左手でボスの肋骨を死に物狂いで掴み、絶対に離れようとはしない。
「俺のMPじゃ、こんな燃費の悪い魔法は一発しか撃てない! だから――!」
ボスの頭蓋の内部。
眼窩に突っ込まれたカイの右手に、真紅のインベントリから実体化した一枚のスクロールが握られる。
「――絶対に外れない『内側』で、撃たせてもらうッ!!」
カイは自身の持つ全てのMPを、そのスキルスクロールへと一気に注ぎ込んだ。
MPバーが瞬時に「0」へと消滅し、システムが赤色のMP枯渇アラートを鳴らして視界を明滅させる。
『 【収束光砲】を発動します 』
直後。
主の頭蓋の『内側』で、太陽そのものを凝縮したかのような、暴力的で圧倒的な純白の光が膨れ上がった。
『 GI、GEェ、ェェェェェェェェェェッッッ――――!!!!? 』
断末魔すら、光の奔流に呑み込まれた。
同時に、しがみついていたカイも床へと放り出される。外側に向かって放たれるはずだった極太のレーザーは、主の頭部内部で完全に炸裂。凄まじい熱量と光波の逃げ場が失われ、超高密度のエネルギーが分厚い頭骨を内側からメキメキと膨張させていく。
カッ……!!!!
閃光が頭骨全体を白く染め上げた。
そして、甲高い爆音と共に、巨大な頭部が、首から上ごと完全に吹き飛んだ。
頭頂部を貫通した光の柱は、そのまま巨大な古代竜の頭骨の天井をも灼き焦がした。
「……嘘、でしょ……」
マキナが杖を取り落とし、呆然と呟く。
頭部を失った主の巨体が、糸の切れた操り人形のようにグラリと揺れ、持っていた黒炎の大剣を床に取り落とした。
ズウゥゥゥンッ……!! と、地鳴りのような音を立てて、レベル48のエリアボスが崩れ落ちる。
『 対象の沈黙を確認。エリアボス【竜骸の玉座の主】の討伐に成功しました 』
「……ははっ。どうだ、見たか……。燃費が悪かろうが、弱点に直接ぶち込めば関係ないんだよ……」
HPは残り1割未満。MPは完全枯渇。全身の骨が軋むような疲労感の中、カイは仰向けのまま荒い息を吐き、歪な笑みを浮かべた。
巨大なボスの骸が、光の粒子となってシステム領域へ還元されようと明滅を始める。
だが、カイの仕事はこれで終わりではない。
「……待て。タダで消えさせてやるわけないだろ」
カイは震える腕を無理やり動かし、消滅しかけている骸めがけて、真紅のウィンドウを乱打した。
「霊亀の時のような『素材』なんざ、俺は求めちゃいない……。俺が欲しいのは、お前自身だ!」
『 対象【竜骸の玉座の主】への権能の干渉を確認 』
『 固有権能【絶対的隷従】を発動しますか? 』
「――軍門に下れ、『玉座の主』ッ!!」
カイは迷うことなく『YES』を叩き込んだ。
『 使役に成功しました 』
『 経験値の50%を獲得します 』
『【カイ】のレベルが 35 に上昇しました 』
『 基本スキル【剣術】のレベルが 7 に上昇しました 』
『 最大統率力が 60 上昇しました(現在値:270) 』
霧散しかけていたボスの光の粒子が反転し、再び禍々しい骨格へと再構築されていく。吹き飛んだ頭部も漆黒のオーラによって補われ、完全に復活を遂げた主が、ゆっくりと立ち上がった。
だが、その眼窩に揺らめく炎は敵意の紫ではなく、カイへの絶対的な忠誠を示す「真紅」へと染まっている。
巨体のアンデッドの王が、主であるカイの前に静かに片膝をつき、恭しく頭を下げる。
「……最高だ。これでお前は、俺のモノだ」
カイはその光景を見届けた瞬間、ついに限界を迎えて意識を手放すように、骨の床へと大の字に倒れ込んだ。
「カイ!!」
防壁を解除したガジェッドと、陣地を解いたマキナが、慌ててカイの元へと駆け寄ってくる。
マキナはインベントリから中級ポーションを二本取り出した。自らの枯渇しかけていたHPを一本 呷って回復させると、もう一本の封を開け、仰向けに倒れるカイに容赦なく振りかける。
「……無茶苦茶よ、あなた。魔法のスクロールを、物理攻撃みたいに使うなんて。一歩間違えれば、あなたが爆発に巻き込まれて死んでいたわ」
「……だが、勝ったぜ。手駒は失ったが……最高の獲物を釣り上げちまった……!」
「それに……先ほどの八つ首。あんな規格外のレイドボスを隠し持っていたことにも驚いたけれど……まさか、この上級エリアのボスまで手駒にするなんて。あなたのその『権能』、控えめに言ってイカれてるわね」
隠しきれない戦慄の入り混じった瞳で見下ろすマキナの傍らで、ガジェッドもまた、興奮冷めやらぬ様子で片膝をつく主の巨体を見上げている。
「レベル48のエリアボスが手駒になった……。これで、外の連中ともある程度は渡り合えるってことかよ」
ポーションの回復効果でHPがいくらか満たされ、カイがゆっくりと上体を起こした。
彼の視線の先、主が玉座の脇から拾い上げてきた『長剣』を、主であるカイに両手で差し出している。
カイは剣を受け取り、鞘へと納めた。
「ガジェッド、マキナ。これでようやく、俺たちの拠点は決まった。ここから先は、俺たちの時間だ」
カイが告げると、ガジェッドが獰猛な笑みを浮かべてインベントリを開いた。
「おうよ! この古代竜の頭骨をまるごと、俺の【超弩級兵装工場】で要塞化してやる! 生産ラインも組み放題だぜ!」
「……ええ。そもそもこの頭骨内部には、魔物を弾くシステム上の結界が張られているわ。外の脅威を気にせず、安全が担保されたこの空間なら、ガジェッドは思う存分生産ラインを拡張できる。そして私も【演算空間】を安全圏に固定して、入り口から外の魔物を魔法で狙撃する砲台になれる。……最高効率の拠点が完成するわね」
マキナもまた、杖を握り直して不敵に微笑んだ。
上級エリア【古の竜骸平原】。
そこに鎮座する巨大な古代竜の頭骨は、今この瞬間から、彼ら三人の手によって、前代未聞の「前線基地」へと作り変えられていく。
だが、彼らはまだ気づいていない。
カイのインベントリの中で、霊亀からドロップしたアイテム【静止した時の心臓】が、この古代竜の骸に残された魔力に呼応するように、微かに、しかし確かな鼓動を打ち始めていることに。




