第25話 同盟 VS 竜骸の玉座の主(中編)
ガシャンッ……!!
重々しい金属音と共に、絶対的な防御力を誇っていた漆黒の重鎧が、次々と大理石のような竜の骨の床へとパージされていく。
分厚い装甲というリミッターを外し、むき出しになった禍々しい骨格。その全身から、第二形態への移行を告げる、淀んだ漆黒のオーラが爆発的に立ち昇り始めた。
『 GUOOOOOOOOOOOOOOOッッ!!! 』
主が、天を仰いで咆哮する。
その手に握られた巨大な大剣に、骨格から溢れ出した漆黒のオーラが燃え移り、『黒炎の魔法剣』へと変貌を遂げた。
防御力を捨て、機動力と殺傷力に全てを全振りした殲滅形態。
「……マズい! カイ、こっちに来るわよ!!」
マキナの悲鳴のような警告が飛ぶ。
素手となったカイが体勢を立て直そうとした、まさにその刹那だった。
ドンッ!! という爆音。
圧倒的なスピードで、骸の巨体がブレた。先ほどまでの鈍重さが嘘のように、主は一瞬にして距離を縮め、周囲で攪乱を行っていた二体の死霊騎士の背後へと肉薄した。
「避けろッ!!」
カイの指示よりも早く、黒炎を纏った大剣が横薙ぎに振り抜かれる。
物理攻撃を完全に透過する霊体。だが、魔法属性が付与されたフェーズ2の『黒炎剣』の軌跡は、二体の死霊騎士を紙くずのように易々と空間ごと両断した。
『 隷従個体【死霊騎士】×2 が死亡しました。 』
「ッ……!!」
死霊騎士が塵となって消滅すると同時、僅かばかりの還元バフが消失し、カイの身体にさらなる痛みが走る。
手駒を瞬殺した主は、そのままの勢いを一切殺すことなく、【演算空間】を展開するマキナたちの陣地へと迫った。
「ヒィィッ!? は、速すぎだろォォッ!!」
黒炎を纏った大剣が、マキナの陣地めがけて無慈悲に振り下ろされる。
HPが残り10%のマキナが直撃すれば、間違いなく即死だ。
「クソがッ!やらせるかよ! 『即席防壁』ッ!!」
ガジェッドが狂乱しながら、先ほど手に入れたばかりの『霊亀の重殻破片』をインベントリから空間へと放り投げた。
彼の固有権能【超弩級兵装工場】が光を放ち、空中に放り出された破片が瞬時に結合。霊亀の硬度を受け継いだ、分厚い水晶のバリケードがドーム状に構築された。
ガギィィィィィンッッ!!!
黒炎の大剣が水晶の防壁に激突し、凄まじい衝撃波が陣地を吹き荒れる。
霊亀の装甲と同じ硬度を持つはずの壁。だが、大剣に纏わせた黒炎が水晶を内側から侵食し、メキメキと嫌な音を立てて深い亀裂が走り始めた。
「クソッ、霊亀の装甲が紙クズみたいに削られやがる!! 」
「……任せて!『氷牙槍』!!」
マキナが【演算空間】のバフを最大限に活かし、亀裂の隙間から至近距離で氷の槍を乱れ撃つ。だが、ボスは軽々としたステップで氷槍を躱し、再び防壁へと重撃を叩き込んだ。壁が砕け散るのは、もはや時間の問題だった。
「紫電狼! 左右から噛みつけ!! 奴の動きを止めろ!」
壁際で体勢を立て直したカイが、鋭い指示を飛ばす。
主の危機に呼応し、残された二体の紫電狼が雷光となって主の死角から飛びかかった。巨大な牙が、剥き出しになったボスの脚と腕の骨に深く食い込む。
『 ――ッ!? 』
紫電狼の電撃がボスの動きを一瞬だけ硬直させる。
だが、次の瞬間。主は煩わしい羽虫たちの機動力を完全に潰すべく、大剣の柄と硬質な蹴りを、それぞれの狼の胴体へと思い切り叩き込んだ。
「キャンッ……!!」
「キャウンッ!!」
悲鳴を上げ、紫電狼たちが床へと叩きつけられる。そこに致命の追撃とばかりに、容赦のない黒炎の刃が振り下ろされた。
「戻れ!!」
カイが即座にウィンドウを弾き、刃が届く寸前のところで紫電狼たちを【隷従檻】へと強制送還した。
あとコンマ一秒遅れていれば完全に両断され、貴重な機動力と手駒の全てを永遠に失うところだった。
だが、これでカイを守る手駒は、盤面から完全に消え去った。
防御壁は今にも砕け散りそうで、紫電狼も深手を負って当分は召喚できない。毒蛇も、熊も、騎士もいない。自身は生命線である長剣を弾き飛ばされて遥か遠く。
主が、漆黒のオーラを揺らめかせながら、丸腰のカイへとゆっくりと振り返った。
「チッ……!」
武器がない。手駒もない。バフを失ってステータスも低下している。
カイは、レベル48のボスが振るう致死の黒炎剣を、紙一重のステップと体捌きだけで躱し続けるしかなかった。
「カイ!!」
マキナが援護の魔法を放とうとするが、ボスの速度が速すぎて照準が合わない。下手に広域魔法を撃てば、超至近距離で回避に徹しているカイまで巻き込んでしまう。
(ジリ貧だ。あと一回でもステップが遅れれば、俺のHPバーは消し飛ぶぞ)
カイの額を、冷たい汗が伝い落ちる。
視線の先、数十メートル離れた床には、自身の愛剣が突き刺さっている。だが、主は武器を回収する隙など一切与えてはくれない。
ブォンッ!!
横薙ぎの大剣がカイの胸元を掠め、黒炎がコートの端を燃やし尽くした。
(このまま逃げ回っていても、体力が尽きるのは俺が先だ。マキナのMPも、ガジェッドの防壁も限界に近い)
極限の集中力の中、世界がスローモーションのように感じられる。
カイの脳裏で、これまでに手に入れたリソース、地形、スキルの全てが猛烈な勢いで計算されていく。
軍団は崩壊した。武器はない。援護もない。
だが、カイの目はまだ死んでいなかった。
真紅のインベントリの奥底。
彼にはまだ、この状況を盤上ごとひっくり返すことのできる『たった一つの手』が残されている。
ただ撃つだけでは、避けられて終わりだ。
確実に当てるためには。絶対に回避できない状況を作るためには。
カイの口元に、絶望的な状況にはおよそ似つかわしくない、凶悪な笑みが浮かんだ。
(……なら、自分から「死地」に飛び込んでやるよ)
カイは逃げるためのステップを止め、ボスの巨大な眼窩を真っ直ぐに見据えた。
手には何の武器も持っていない。ただ、真紅のウィンドウにだけ指を添え、主が最後の大上段の構えに入るのを、静かに待ち構えていた。




