第24話 同盟 VS 竜骸の玉座の主(前編)
巨大竜の頭骨の内部は、外観から想像するよりも遥かに広大だった。
天井を見上げれば、数十メートルにも及ぶ頭蓋のドームが広がっており、さながら荘厳な大聖堂のようにも錯覚させられる。
(……クソが。毒蛇のロストに伴うステータス低下が、ここに来て響いてきやがる……!)
カイは自身のステータスウィンドウを横目で睨み、忌々しげに奥歯を噛みしめた。
先ほどの逃走劇で最大の切り札を失った代償は重い。システム領域にストックしているだけで得られていた莫大な『ステータス還元バフ』が完全に消失したのだ。
基礎ステータスが大きく低下した上、全身にまとわりつく鈍い激痛が、カイの反応速度を確実に狂わせている。加えて、全員のHPも既に半減している。
そして、白骨の玉座から立ち上がった『竜骸の玉座の主』の放つ気迫は、今の彼らにとって絶望的だった。
「……マキナ。お前はもうMPがない。ガジェッドと一緒に下が――」
「……足手まといになるつもりはないわ。――スキル『血肉の代償』!」
カイが言い切るよりも早く、マキナは自身の太腿に、魔力で創り出した禍々しい黒い短剣を深々と突き立てた。
「なっ……! お前、何をして……ッ!」
マキナのHPバーが一瞬にして危険域の10%にまで激減する。だがそれと引き換えに、枯渇していたMPバーが一気に最大値近くまで強引に回復した。
少しでもダメージを負えば即死という背水の陣。彼女は血の気を失った顔で杖を高く掲げた。
「私の【演算空間】、フル展開で行くわ……!」
カツンッ、と杖が白骨の床を叩く。
その瞬間、マキナを中心に青白い幾何学模様の空間が展開された。指定空間内に留まる限り、詠唱時間と消費MPが「10分の1」になる彼女の神域。
「カイ! ガジェッド! 私の陣地を絶対に死守して! 防衛ラインさえ維持できれば、私が魔法の弾幕で削るわ!」
「……上等だ。ガジェッド、バリケードを組め! 俺がヘイトを固定する。――死霊騎士、岩塊熊、行け!」
「……たくっ、人使い荒すぎだろ! ええい、さっき手に入れた霊亀の素材、ここで切ってやる!」
ガジェッドが文句を垂れながらも素早くインベントリを開くのを背に、カイは残された手駒を前衛に展開し、自らも紫電狼と共に前方へと跳躍した。
『 ―― GUOOOOOOOOOOOOッッ!!! ―― 』
玉座の主が、漆黒の重鎧を軋ませながら咆哮した。
身の丈を超える巨大な大剣が振り下ろされる。
「岩塊熊、止めろ!」
カイの指示で熊が巨体を割り込ませる。だが…。
ズドォォォォンッッ!!!
大剣が叩きつけられた瞬間、岩塊の身体を持つはずの熊が、一撃でバラバラの礫となって粉砕された。
『 隷従個体【岩塊熊】が死亡しました 』
(嘘だろ……!? 一撃で持っていかれたのか!?)
スピードは遅いが、一撃の重さが完全に常軌を逸している。
カイは冷や汗を流しながら、二体の死霊騎士に攪乱を命じた。物理透過を持つ死霊騎士が霧のようにボスの周囲を舞い、カイが左右から長剣で牽制の斬撃を浴びせる。
だが、漆黒の重鎧に阻まれ、表面に浅い傷をつけることしかできない。バフを失ったカイの剣には、装甲を貫くほどの重さがなかった。
「削り切れない……ッ! マキナ!」
「任せて! ――『氷結散弾』!!」
【演算空間】の中から、中級魔法がマシンガンのような異常な連射速度で降り注ぐ。
ガガガガガッ!! と重鎧を凍結させていく魔法の弾幕。
それに苛立った主が、眼窩で紫色の鬼火を燃やし、標的をマキナへと変更した。重い足音を響かせ、一直線に陣地へと歩みを進める。
「行かせるかよ……ッ!」
カイは紫電狼の背を蹴り、ボスの正面へと強引に割り込んだ。
横薙ぎの軌道で迫り来る巨大な大剣。
避ければ背後のマキナたちに直撃する。カイは腰を深く落として長剣を両手で構えた。
(まともに受ければ腕がへし折れる。……太刀筋を見極めて、パリィする!)
現最強と肩を並べたトッププレイヤーとしての、天賦の剣技。
カイの長剣が、迫り来る大剣の側面に完璧なタイミングで接触した。力で抗うのではなく、相手の運動エネルギーを斜め上へと逃がす……はずだった。
接触した瞬間、カイの両腕の感覚が完全に消失した。
バフを失い、大きく基礎能力が低下した現在のカイのステータスでは、ボスの理不尽な質量を『技術』だけでいなすことなど到底不可能だったのだ。
「ッ、グハァッ……!!」
受け流しは不成立。
カイの身体は衝撃波と共にボールのように後方へと吹き飛ばされ、竜の壁面に激突して血を吐いた。
「カイ!!」
マキナの悲鳴が響く。
カイの生命線とも言える『長剣』は、凄まじい衝撃に耐えかねて手元から弾き飛ばされ、遥か遠くの骨の床へと虚しく突き刺さっていた。
「……クソ、が……。」
武器を失い、完全に素手となったカイ。HPバーは今の一撃の余波だけで残り僅か。
自らの絶対の一撃を、小賢しい羽虫に僅かでも軌道を逸らされたことに、主は明確に激昂していた。
『 GUOOOOOOOOOOOOOOOッッ!!! 』
主が、己の漆黒の重鎧の留め具を強引に引きちぎった。
ガシャンッ!! と重々しい音を立てて、絶対的な防御を誇っていた鎧が床にパージされる。
重装甲というリミッターを外し、むき出しになった禍々しい骨格。その全身から、第二形態への移行を告げる、漆黒のオーラが爆発的に立ち昇り始めた。




