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レグナント・オンライン ~崩壊する理不尽デスゲーム、囚われた 元・最強の『軍団長』は【絶対的隷従】で盤面を支配する~  作者: 水引 結


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第23話 急襲

 上級エリア【古の竜骸平原】。

 そこは、プレイヤーの生存を徹底的に拒絶する死の世界だった。

 吹き荒れる灰の嵐は、視界を極端に奪い続ける環境デバフとして機能している。さらに悪いことに、大気中に充満する異常な高濃度の魔力がシステムに干渉し、索敵魔法の有効範囲を半分以下にまで狭めていた。


「……最悪ね。魔力の干渉のせいで、レーダーの表示がノイズだらけよ。使い物にならないわ」


 疾走する紫電狼ライトニング・ウルフの背で、マキナが忌々しげに眉をひそめた。

 彼女の視線の先には、常に半透明のシステムウィンドウが展開されているが、そこに映る光点は乱れに乱れている。敵の接近を感知した時には、既に目視できる距離まで迫られているという状況だ。


「仕方ない、索敵は諦めろ! 今は一秒でも早くあの頭骨に滑り込むことだけを考えろ!」


 カイの鋭い声に、マキナも無言で頷く。


「急ぐぞ。ガジェッド、狼の速度に振り落とされるなよ!」


「言われなくても必死に掴まってるっつーの! 早くあの巨大竜の頭骨に滑り込んで、防壁を立てさせてくれ! 生きた心地がしねえ!」


 ガジェッドが爆弾の詰まったリュックを抱え込みながら、もう一体の狼の背で悲鳴を上げる。

 彼らの目的地である「巨大竜の頭骨」は、灰の向こう側にそびえる山のように巨大なシルエットとして、少しずつその輪郭を鮮明にしつつあった。

 あと少し。あと数分、この最高速度を維持できれば拠点予定地に辿り着く。


 だが、上級エリアがそんな甘い逃避行を許すはずもなかった。


『 ―― WARNING ―― 』

『 ―― WARNING ―― 』


 突如、三人の視界を血のように赤いシステムアラートが覆い尽くした。

 耳をつんざくような警告音。これまで経験したことのない、アバターの五感そのものが強制的に麻痺させられるような、圧倒的な「死」の気配。


「……嘘、でしょ」


 マキナの震える声と同時だった。

 彼らの進行方向。分厚い灰のカーテンを内側から引き裂くように、巨大な「影」が姿を現したのだ。


『 個体認識:【灰喰らいの死霊竜アッシュ・レイス・ドラゴン】 』

『 推奨攻略レベル:65 』


 現れたのは、黒い灰と腐肉、そして白骨で構成された巨大な竜のアンデッドだった。

 空洞となった眼窩がんかには紫色の鬼火が揺らめき、ひとたび息を吐き出すだけで、周囲の灰が毒々しい紫色に変色して周囲の空間を腐食させていく。

 推奨レベル65。中級エリア最奥のボスであった霊亀すら足元に及ばない、この平原の生態系の頂点に位置する、絶対的なバグのような存在だ。


「推奨レベル65だと!? 冗談じゃない、目が合っただけでHPバーが削れていきやがる!」


 死霊竜が放つ【死の瘴気】により、レベルの低い彼らは近づくだけで「恐怖」や「瘴気」の状態異常を強制的に付与されていた。

 戦うなどという選択肢は一ミリたりとも存在しない。


『ギルルルルルルゥゥゥッッ……』


 死霊竜の紫色の眼光が、侵入者であるカイ達を正確に捉えた。

 巨大な顎が開き、周囲の灰と魔力を強引に吸い込みながら、紫色の極太の熱線ブレスが収束し始める。


「右に逸れろ! 直撃するぞ!!」


「ダメよ! 口元に収束してる魔力の膨張率……ただの直線じゃない、広域を薙ぎ払う気よ! 狼の足でもきっと逃げ切れない!」


 巨大な顎から漏れ出る光の圧だけで、それがどれほどの範囲を消し飛ばすのかは容易に想像がついた。

 死霊竜の口元で紫色の光が臨界に達したその一瞬。


(出し惜しみをしてる場合じゃない……ッ!)


 カイは一切の躊躇なく真紅のウィンドウを乱打し、現在の己が持つ『最大火力』の召喚プロセスを起動した。


「喰い止めろ! 【八頭腐毒蛇ヒドラ・ヴァイパー】ッ!! マキナ、お前も合わせろ! MPを全部絞り出せ!!」


「言われなくてもッ! ――『多重(マルチプル)氷絶盾アイシクル・ウォール』!!」


 ドンッ!! という爆音と共に、カイのシステム領域から、中級エリア【瘴気谷】に君臨していた八つ首のレイドボスが射出された。

 空を覆うほどの巨体が、カイ達と死霊竜の間に割って入る。毒蛇(ヒドラ)の八つの首が一斉に威嚇の咆哮を上げた、それと全く同時。マキナが残されたMPの全てを注ぎ込み、毒蛇(ヒドラ)の背後に、数十枚にも及ぶ分厚い氷の防壁を城壁のように展開した。


『ガァァァァァァァッッ!!!』


 死霊竜から放たれた、極大の灰燼かいじん熱線ブレスが荒野を薙ぎ払った。

 紫色の閃光が、毒蛇(ヒドラ)に直撃する。


「ギ、ギャアアアアアアアアアアアアッッ!!?」


 絶大なHPと再生能力を誇るはずの毒蛇(ヒドラ)の巨体が、熱線を浴びた端から豆腐のように崩れ落ち、紫色の炎に焼かれていく。中級エリアのレイドボスですら、上級エリアの魔物の前では「数秒の肉壁」にしかならない。


『 隷従個体【八頭腐毒蛇】が死亡(ロスト)しました。 』

『 ステータス還元バフが低下しました 』


「ガ、ハァッ……!!?」


 毒蛇(ヒドラ)が完全に消滅した瞬間、カイを強烈なペナルティが襲う。焼かれるような激痛と、還元されていた莫大なステータスバフが急激に剥がれ落ちたことによる、鉛のような身体の重さ。

 カイが紫電狼の背でたまらず体勢を崩す中、毒蛇(ヒドラ)を焼き尽くした熱線(ブレス)残滓(ざんし)が、その後ろに控えていたマキナの多重防壁へと激突した。


 パリンッ、ガシャンッ! ガガガガガガガッ!!


 数十枚展開されていた分厚い氷の盾が、熱線に触れた端から凄まじい音を立てて粉砕・蒸発させられていく。一枚、五枚、十枚。まるで薄氷のように次々と叩き割られていく防壁。



 だが、最後の一枚。

 カイ達の眼前に迫っていた熱線(ブレス)の勢いを、その最後の一枚の氷壁が、限界の限界で受け止めきった。

 熱と冷気の衝突によって発生した極厚の白い水蒸気が爆発的に膨張し、死霊竜の視界を完全に遮断する。


(……防ぎ、きった……!)


 激痛に耐えながら、カイが息を吐き出す。


「今だ、射線から退避しろ! ガジェッド! 爆弾をあいつの足元にブチ込んでヘイトを逸らせ!」


「うぉぉぉぉッ! ヤケクソだ、全部喰らいやがれぇぇッ!!」


 ガジェッドが霊亀戦で余っていた強酸爆弾(アシッド・ボム)をリュックから掴み出し、霧の向こうの死霊竜の足元めがけてばら撒いた。連続する爆発音が轟く。

 死霊竜が足元の爆発に意識を向けた僅かな隙を突き、カイたちは紫電狼のトップスピードを極限まで引き出し、霧の中から横手へと脱出した。


「止まるな! 振り返るな! 一気に頭骨まで駆け抜けろ!」


 直後、背後で自分たちが先ほどまでいた空間が消し飛ばされる轟音と、死霊竜の苛立った咆哮が響いた。もはや振り向いている余裕すらない。

 紫電狼たちは限界を超えて紫色の電光を撒き散らしながら、巨大な竜骸の頭骨、山のように口を開けた牙の間めがけて、文字通り転がり込むように突進した。


 ドサァァァァッ!!


 巨大な頭骨の内部へと滑り込んだ瞬間、背後まで迫っていた死霊竜の殺気と、吹き荒れる灰の嵐がピタリと止んだ。

 頭骨の入り口まで追跡してきた死霊竜だったが、内側へは一歩も踏み込もうとせず、忌々しげに鬼火を揺らした後、再び灰の荒野へと姿を消していった。


「……これは、結界だ。この頭骨の内側は、外の魔物が干渉できない『不可侵領域』になってる」


 狼から転げ落ち、滑らかな骨の床に倒れ込んだカイが、ステータス低下の反動に喘ぎながら呟いた。


「ははっ……助かっ、た……。マジで、終わったかと……」


 ガジェッドが大の字になって床に突っ伏し、マキナも壁際に座り込んで安堵の息を漏らした。全員のHPバーは半減し、マキナのMPは完全に枯渇している。


「……ええ。まさか、あなたがあんな規格外のレイドボスを隠し持っていたことには心底驚いたけれど……あの毒蛇(ヒドラ)の犠牲と、私の氷壁が残ってくれてなかったら、完全に全滅していたわね」


 外の死の世界とは打って変わって、巨大な頭骨の内部は不気味なほどに静まり返り、冷たく澄んだ空気が満ちている。


「ひとまずは、ここが俺たちの拠点ベースキャンプだ。ガジェッド、息が整ったら早速……」


 カイが立ち上がり、長剣を鞘に納めようとした、その時だった。


『 警告。ボスエリアへの侵入者を検知しました 』


 彼らの視界に直接、無機質なシステムアナウンスが赤字で警告を告げた。

 三人の動きが完全に凍りつく。


「……おい。システム的な結界で外の魔物が入れないってことは……」


「ええ。ここはただの空洞じゃない。最初から『ボスエリア』としてシステムに設定された特別な空間ってことよ……!」


 マキナが杖を構え直し、カイは痛みを堪えながら再び長剣を抜き放ち、頭骨の最奥、漆黒の闇へと鋭い眼光を向けた。


 カツン、カツン。


 硬質な足音と共に、闇の中から「それ」が姿を現した。

 白骨の玉座から立ち上がったその存在は、重厚な漆黒のフルプレートアーマーに身を包み、巨大な大剣を肩に担いでいた。兜の奥からは、冷ややかな紫色の光が三人を値踏みするように見下ろしている。


『 個体認識:【竜骸(ロード)玉座(オブ)スケルトン】 』

『 推奨攻略レベル:48 』

『 推定統率スコア:150 』


「……外のレベル65に比べりゃ、マシに見えるのが麻痺してる証拠だな」


 カイの額を冷や汗が伝う。最大の切り札である毒蛇(ヒドラ)を失った今、目の前にいる推奨レベル48のエリアボスは、決して「マシ」などと呼べる相手ではない。


「休ませてくれる気は、毛頭ないらしいな」


 逃げ道はない。外にはレベル65のバケモノが徘徊し、内側にはこの領域(エリア)の主が剣を構えている。


 生き残るためには、満身創痍の状態で、この玉座を力ずくで奪い取るしかなかった。



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