第22話 上級エリア開放
巨大な霊亀の身体が光の粒子となって霧散した直後、クレーターには重苦しい沈黙が降りた。
ガジェッドの放った強酸とマキナの絶対零度が引き起こした水蒸気爆発。その白い靄がゆっくりと晴れていく中で、三人の視界を黄金色のシステムメッセージが埋め尽くしていく。
『 経験値を獲得しました 』
『 【カイ】のレベルが 31 に上昇しました 』
『 基本スキル【剣術】のレベルが 6 に上昇しました 』
『 固有権能【絶対的隷従】の最大統率力が 210 に拡張、個体討伐時における強制的な隷従の確率が上昇します 』
『 【マキナ】のレベルが 32 に上昇しました 』
『 基本スキル【氷魔法】のレベルが 6 に上昇しました 』
『 固有権能【演算空間】の最大展開半径が拡張され、再発動までのクールタイムが短縮されます 』
『 【ガジェッド】のレベルが 26 に上昇しました 』
『 基本スキル【機工術】のレベルが 5 に上昇しました 』
『 固有権能【超弩級兵装工場】の基本生産ライン構築速度が上昇、希少素材の加工成功率が補正されます 』
「……ははっ、マジかよ。レベルが一気に7つも上がった上に、ラインの構築枠まで増えやがった!」
紫電狼の背から降りたガジェッドが、震える手で自身のステータスを確認しながら歓喜の声を漏らした。基礎となる機工術のレベルも上がり、彼にとって推奨レベル40のレイドボス討伐は、まさに劇薬のような急成長をもたらしていた。
「……私の権能も、順当にランクアップしたわね。これで展開できる『空間』が少しは広くなるわ」
マキナもまた、杖を突きながら微かに息を整えた。
「空間、ね」
「ええ。私の固有権能【演算空間】は、MPを消費して空間を指定し、その領域内に留まっている限り、魔法の詠唱時間と消費MPを『10分の1』にするの」
「10分の1だと? 破格だな。だから大魔法をあれだけ連発できたのか」
「その代わり、枷も重いわ。指定する範囲を広げるほど展開時の消費MPは跳ね上がるから、今の私のレベルじゃ、数メートル四方を覆うのが限界よ。その上、その狭い領域から一歩でも外に出ればバフは消失するし、再発動には長いクールタイムが必要になる」
「……なるほど、極小範囲から動けない固定砲台か。先ほどの戦闘で、俺がヘイトを固定し続ける必要があったわけだ」
「ええ。だからこそ、鉄壁の防壁を築けるガジェッドと、機動力を補うあなたが必要なのよ。私の『空間』の中でガジェッドの兵器を運用し、あなたが外敵を押し止める。それが私たちの最適解よ」
レベルアップの恩恵で回復していくMPを感じながら、彼女の碧い瞳は既にクレーターの中心にドロップしたアイテム群を射抜いていた。
霊亀が消滅した跡地には、五つの輝きが遺されている。
1.【絶界への鍵・北】(キーアイテム)
2.【スキルスクロール:収束光砲】(魔法習得)
3.【霊亀の硬晶飾環】(防具/耐性)
4.【霊亀の重殻破片】(生産素材)
5.【静止した時の心臓】(分類不能)
「さて、報酬の分配だ。事前の約束通り、優先選択権は俺がもらう。その次はマキナ、三番目はガジェッドだ。……いいな?」
カイの提案に、二人は異論なく頷いた。カイはまず、一つ目のアイテムを手に取った。
「俺は、この【収束光砲】をもらう」
「……あなたの低いMP量じゃ、一発で空になるわよ?効率が最悪の死にスキルになる可能性が高いわ。いいのね?」
「問題ない。想定している使い道はある」
カイはそれ以上の説明を省き、スクロールをインベントリへと放り込んだ。
次に、二番目の選択権を持つマキナが、水晶の輝きを放つバングルを手に取った。
「私はこの【霊亀の硬晶飾環】をもらうわ。【演算空間】から動けない私にとって、物理・魔法両方の耐性が底上げされる防御装備は、何物にも代えがたい保険よ」
マキナは実利を選んだ。そして三番目のガジェッドが、迷わず【重殻破片】を確保した。
「俺はこれだ! これがあれば、拠点のタレット装甲を次の段階へ強化できる!」
最後に残されたのは、鑑定も通らない不気味なアイテム【静止した時の心臓】だった。分配の順番が一周し、余り物として再びカイの手元に回ってくる。
「……それは鑑定も通らない未知数なアイテムでしょう。リスクが高すぎるけれど、あなたが引き取るの?」
「ああ。この『心臓』という名称……。生物系の手駒を扱う俺の権能とは、相性が良さそうだ。ゴミか、あるいは特大の当たりか……楽しみではある」
カイが不敵に笑いながら謎の心臓を収めると、分配は無事に終了した。
「よし、分け前は決まりだ。さっさと開けようぜ。……ジークや境が、どのあたりにいるか分からねえからな」
ガジェッドに促され、カイは【絶界への鍵・北】を巨大な雪山の岸壁にそびえ立つ「門」へと翳した。
鍵が窪みに収まり、世界そのものが震えるような振動が三人を襲う。
その瞬間、世界中の全プレイヤーの視界に、黄金色のワールドアナウンスが叩きつけられた。
『 ワールドアナウンス:【北の門】がプレイヤー【カイ】によって攻略されました 』
『 上級エリア【古の竜骸平原】へのアクセスが解放されます 』
「……おい。名前まで晒されやがったぞ」
ガジェッドが引き攣った声を上げる。
「派手にやってくれたわね。これで他のプレイヤー達が、『カイ』という名前を一番乗りの攻略者として認識したわ。……ジークも、剣聖もね」
マキナもまた、空に浮かぶ自身の同盟相手の名を見上げて、皮肉めいた笑みを浮かべた。カイはこの瞬間から、全プレイヤーの追跡対象であり、同時に最大の標的となったのだ。
「……面白い。追いかけられるのは慣れてる」
カイは冷徹に言い放ち、開かれた門の向こう側、上級エリアへと足を踏み入れた。
そこは、絶望を形にしたような荒野だった。
見渡す限りの大地は灰に覆われ、山のように巨大な「古代竜の白骨」が墓標のように突き刺さっている。空は重苦しい鉛色の雲が渦巻き、吹き付ける灰の風には、凶悪な魔力が混じっていた。
視界の端、灰の靄の中に蠢く影。
その巨大な影が発する威圧感だけで、彼らのゲーマーとしての本能が『これ以上近づけば即死する』と強烈な警鐘を鳴らしてくる。
「……索敵魔法が先ほどから悲鳴を上げているわ。あそこにいる個体、一つ一つが中級エリアのボス級の強度がある」
マキナの言葉に、ガジェッドが顔を青くして後退りした。
「おいおい、冗談だろ。それじゃ紫電狼でも逃げ切れるかどうか……」
「だからこその同盟だ。マキナ、当面の目的地を共有するぞ」
カイは灰の風に目を細め、遠方の竜骸の山を指差した。
「あの巨大竜の頭骨部分だ。周囲の魔物があそこを避けている。強力な結界か、あるいはさらに上位の個体のナワバリだが……少なくとも吹き曝しのこの平原にいるよりは、拠点を築くのに向いているはずだ」
「……なるほど。あそこにガジェッドの自動化拠点を構築して、私の【演算空間】を敷けば、このエリアでも最高峰の防衛陣地になるわね。いいわ、拠点確保とレベリングは協力し合いましょう。この平原を一人で歩くほど私は無謀じゃない」
マキナも杖を握り直し、同意した。
彼らが結んだ即席の同盟は、この死の平原において
「盤石な生存基盤」を確保するまで継続されることが決定した。
「ジークや他の連中が門を抜けてくる前に、上級エリアに牙城を築くぞ。……行くぞ、ガジェッド。ここからが本当の『理不尽』との戦いだ」
竜の骸が支配する灰色の荒野へ、二筋の雷光が再び疾走を開始した。




