第21話 同盟 VS 硬晶の霊亀
紫電狼の背に乗って駆け抜ける景色は、文字通り飛ぶように後ろへと流れていった。
道なき道を、それも起伏の激しい山岳地帯を直進しているにも関わらず、揺れは驚くほど少ない。カイの腰に腕を回して同乗しているマキナは、ローブのフードを風ではためかせながら、信じられないものを見る目で眼下の景色を見つめていた。
通常、この山岳地帯は中級エリアでも厄介な部類に入る。岩陰に擬態した魔物が奇襲をかけてくるため、常に索敵魔法を展開しながら一歩ずつ進まなければならないからだ。
だが、二体の紫電狼が電光を撒き散らしながら爆走する今、周囲の魔物たちは彼らに全く近付くことができないでいた。
「……本当に、信じられないわね」
マキナの呟きは、轟音の風に紛れてカイの耳に届いた。
「何がだ?」
「あなたの『権能』よ。これほどの機動力を持つ魔物を完全に使役できるなんて。私やジークたちですら、移動は自分の足と魔法による身体強化に頼っているというのに」
「買い被りすぎだ。トップ連中に比べりゃ、ただの手品みたいなもんさ。……それより、随分と冷えてきたな」
カイは適当に躱して話を逸らした。手の内をペラペラと明かすような真似はしない。
カイの言う通り、周囲の気温が急激に下がり始めていた。
岩肌にはうっすらと霜が降り、吐く息が白く染まる。北の山岳地帯の最奥、万年雪に覆われた山頂付近のクレーターが、いよいよ眼下に迫ってきたのだ。
「見えたぞ! アレだ!」
並走していたもう一匹の紫電狼の上から、ガジェッドが声を張り上げる。
巨大なクレーターの中央。そこに、巨大な魔物が鎮座していた。
『 個体認識:【硬晶の霊亀】 』
『 推奨攻略レベル:40 』
全身を分厚く、そして限りなく透明に近い水晶の装甲で覆われた巨大な亀。
そびえ立つ甲羅の高さは優に十メートルを超え、四肢が大地を踏みしめるたびに、ズズン、と重い地響きがクレーター全体を揺らしている。
カイのレベルは『28』、マキナは『29』、そして非戦闘職のガジェッドに至ってはレベル20にも満たない。まともに攻撃を喰らえば、カス当たりでもHPバーを消し飛ばされる絶対的な「格上」だ。
「……なるほど、こいつは硬そうだ。マキナ、事前の打ち合わせ通りにいけるか?」
「ええ。任せて」
クレーターの縁にマキナを降ろし、カイは長剣を抜き放つ。
作戦の要は、ガジェッドの作った『強酸爆弾』による装甲の破壊だ。だが、相手は推奨レベル40のレイドボス。ただ爆弾を投げつけた程度では溶かし切れないだろう。だから、マキナの魔法による「熱衝撃」を利用する。
「ガジェッド、いつでも撃てるように構えておけ。俺が敵視を稼ぐ!」
カイは紫電狼の腹を蹴り、クレーターの斜面を一気に駆け下りた。
侵入者の気配を察知した霊亀が、のっそりと巨大な首をもたげる。水晶で覆われた双眸がカイを捉えた瞬間、甲羅の表面に無数の魔法陣が展開された。
『ゴオォォォォォォォッ……!!』
重低音の咆哮と共に、甲羅から無数の「光の矢」が乱れ撃たれる。高い耐性のみならず、超広範囲の魔法攻撃までも有しているのだ。光の矢が着弾した地面は、凄まじい熱量によって一瞬でドロドロのガラス状へと変貌する。
直撃すれば一溜まりもない弾幕。だが、カイは紫電狼を巧みに操り、雷光となって矢の雨を躱していく。そして、そのまま霊亀の巨大な前脚の死角へと潜り込み、水晶の装甲の継ぎ目に全力の一撃を叩き込んだ。
ガキィィィィンッ!!!
火花が散り、カイの腕に強烈な痺れが走る。渾身の一撃は装甲の表面に白い傷跡を一つ残しただけで、完全に弾き返された。
だが、ダメージは通らずとも「攻撃された」という事実は残る。カイの攻撃に苛立った霊亀が、ズシリと巨大な前脚を振り上げた。
カイがヘイトを一身に集めたその瞬間こそが、マキナの待ち望んでいたタイミングだった。
「――凍てつけ!『絶対零度の棺』」
クレーターの上部から、世界そのものを凍らせるようなマキナの詠唱が響き渡った。
霊亀の足元から巨大な氷の柱が何本も突き出し、振り上げられた前脚ごと、巨大な亀の半身を分厚い氷塊の中に閉じ込めた。
『ガ、ゴオォォォォォッ……!?』
マキナの最大火力。だが霊亀は、異常な魔法耐性によってその氷を内側からメリメリと砕き始めた。完全に凍結させることはできない。
だが、首元の装甲の表面温度は、絶対零度近くまで急激に下がっている。
「今よ、ガジェッド!」
「喰らいやがれぇぇッ!!」
クレーターの縁から、特製のランチャーを構えたガジェッドがトリガーを引く。
発射された一発の『強酸爆弾』が、放物線を描いて極低温に冷やされた霊亀の首元に直撃した。
絶対零度から、数百度の強酸への急激な温度変化。
ピキ、ピキピキピキィィィッ!!!
熱衝撃によって分子構造を狂わされた首周りの水晶装甲に亀裂が走り、強酸が染み込んでいく。
だが、装甲は砕け散らなかった。
『ギャルルルルゥゥゥゥッッ!!!』
「なっ……!? まだ分厚い内殻が残ってやがる! 一発じゃ抜けねえ!」
ガジェッドが焦燥の声を上げた。
首元の表面の水晶こそドロドロに溶けたものの、その奥にある半透明の硬質層が酸の侵攻を食い止めていたのだ。推奨レベル40のレイドボスの壁は、そう容易くは崩れない。
そして最悪なことに、表面を溶かされた激痛により、霊亀のヘイトが完全に「酸を撃ち込んだ張本人」へと向いてしまった。
『ゴルルルルルルルッッ!!!』
霊亀の双眸が、クレーターの縁にいるガジェッドをはっきりと捉える。甲羅の魔法陣が、先ほどとは比べ物にならないほど巨大な光を収束させ始めた。
「うわッ!? こっち見んな!!」
「マズい! カイ、あの亀、ガジェッドを狙ってるわ!」
「逃げろガジェッド! 止まるな!!」
カイの怒号と同時に、極太の熱線がガジェッドを呑み込もうと放たれた。
ガジェッドの乗る紫電狼が本能的な危機察知能力で横へと跳躍し、間一髪で熱線を躱す。だが、霊亀は首を振って薙ぎ払うように熱線を追尾させた。
非戦闘職の彼が直撃を受ければ一瞬で消し炭だ。
「させないわ……ッ!『氷絶盾』!」
マキナが即座に杖を振りかざし、ガジェッドを庇うように何重もの巨大な氷の壁を展開する。熱線が氷壁と衝突し、凄まじい水蒸気爆発がクレーターに吹き荒れた。
分厚い氷壁が次々と蒸発していく。マキナの顔に疲労の色が浮かぶが、なんとか直撃を防ぎ切った。
「ガジェッド! 装甲のヒビが修復される前に、もう一発同じ場所にブチ込め!」
氷の壁が稼いだ数秒の間に、カイは真紅のウィンドウを乱打していた。
内殻が硬くて剣が通らないなら、搦め手で強引にヘイトを引き剥がすまでだ。
「死霊騎士!」
システム領域から解放された二体のアンデッド騎士が、カイの指示と同時に躍り出る。
霊亀が苛立ち紛れに踏み潰そうと巨大な脚を落とすが、死霊騎士たちは物理攻撃を透過する「霊体」の特性により、その質量を完全に無効化した。
直後、二体の死霊騎士が霊亀の顔面めがけて冷気を纏った幻影の槍を一斉に投擲する。さらにカイ自身も紫電狼の機動力を活かし、巨体の死角を縫うように駆け抜けながら牽制の斬撃を飛ばした。
鬱陶しい羽虫たち(三人)の波状攻撃に、視界を塞がれた霊亀が咆哮を上げて再び足元へと意識を戻す。
『グォォォォォッッ!!』
「ヘイトが戻った! ガジェッド、急げ!」
霊亀がカイたちを睨みつけたその隙に、ガジェッドは揺れる狼の背中で必死にランチャーの次弾を装填していた。
「分かってる! マキナ! もう一回首元を凍らせてくれ!」
「――言われなくても!――穿て!『氷牙槍』!!」
マキナが残りのMPを注ぎ込んで放った極低温の氷の槍が、カイたちに気を取られていた霊亀の首に殺到する。溶けかけていた装甲の亀裂に氷槍が深々と突き刺さり、内殻の温度を再び強引に奪い去った。
「これで……トドメだぁぁぁッ!!」
ガジェッドが渾身の力でトリガーを引いた。
放たれた二発目の強酸爆弾が、氷槍ごと首元の亀裂の深部に直撃し、炸裂する。
二度目の熱衝撃と、内部からの超強酸の浸食。いかなる無敵の耐性を持とうと、限界を超えた急激な負荷には耐えられない。
パァァァンッッ!!!
甲高い爆音と共に、ついに分厚い内殻ごと、首周りの水晶の装甲が完全に砕け散った。
ドロドロに溶けた水晶の奥から、柔らかく無防備な生身の肉が完全に露出する。
「チェックメイトだ」
崩れ落ちる破片の雨を抜け、カイは紫電狼の腹を強く蹴ってさらに加速させた。
装甲を失い、苦悶に身を捩る霊亀の太い首元めがけて、一直線に突っ込んでいく。紫電狼の爆発的なトップスピードのまま、カイは決して減速することなく、凄まじい運動エネルギーの全てを、両手で構えた長剣へと乗せた。
「終わりだ、門番。上級エリアへの『鍵』を置いていけ……ッ!」
紫電の疾走と剣撃が完全に融合した、文字通りの神速の一太刀。
すれ違いざまに放たれた蒼い軌跡が、無防備となった霊亀の急所を深々と、そして完全に両断した。
『 対象の沈黙を確認。【硬晶の霊亀】の討伐に成功しました 』
巨大な亀の身体が、膨大な光の粒子となってクレーターの底へと霧散していく。
レベル差という絶対的な理不尽を、トッププレイヤーたちの知略と化学反応、そしてコンビネーションで完全に捻じ伏せた瞬間だった。




