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レグナント・オンライン ~崩壊する理不尽デスゲーム、囚われた 元・最強の『軍団長』は【絶対的隷従】で盤面を支配する~  作者: 水引 結


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第20話 氷魔の魔女マキナ

 【瘴気谷】からの帰還はあっけないものだった。

行きと同様、紫電狼ライトニング・ウルフの圧倒的な機動力の前では、険しい獣道も毒沼もただの平地と変わらない。漆黒の毛並みを逆立たせ、紫色の電光を放ちながら爆走するその姿は、まさに闇を切り裂く雷光そのものだった。

 瘴気谷の主たる八頭腐毒蛇ヒドラ・ヴァイパーさえ隷従させた今のカイからは、隠しようのない強者の威圧感が漏れ出していた。道中、獲物を求めて物陰から覗いていた魔物たちも、その禍々しいまでの気配を感じ取るや否や、蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。かつては苦労させられたエリアの魔物だが、そこにはもはや立ち塞がる者などいなかった。



 やがて、開けた更地の先に巨大な人工物が姿を現した。


「……また随分と、デカくしたな」

 

 カイの口から思わず呆れ声が漏れた。数日前に出立した時よりも、鋼鉄の城は明らかに常軌を逸した速度で「要塞化」が進んでいた。

 外周には分厚い防壁が幾重にも巡らされ、その上部には砲身を備えた自動迎撃タレットが、死角なく睨みを利かせている。壁の奥からは地響きのような重低音が絶え間なく響き渡り、空には数本の煙突から黒煙が立ち上っていた。もはや個人拠点と呼ぶには無理がある、巨大な軍事工場の装いだ。

 メインゲートの前に到着すると、重々しい駆動音と共に巨大な鋼鉄のシャッターが開き、オイルまみれのガジェッドが顔を出した。


「おせえぞ、軍団長(カイ)! ゴブリン共がいなくなったのを機に、いっそ思い切って工場の運搬から加工まで、完全機械化フルオートメーションラインを組んでやったぜ。ベルトコンベアから自動溶鉱炉まで完備だ。これでもうお前の手駒の労働力に頼る必要はねえ!」

 

 得意げに胸を張るガジェッドだったが、カイは冷静に要塞全体を見渡した。


「上出来だ。だが、それだけ設備を稼働させれば、動力炉の出力が限界じゃないか?」

 

 図星を突かれ、ガジェッドはバツが悪そうに顔をしかめた。


「……うるせえな、分かってんなら言うなよ。勢いで拡張しすぎちまって、ぶっちゃけ動力も燃料もスッカラカンだよ! 今は基本的なラインと、タレットを維持するだけで精一杯なんだよ、察しろよ!」


「なら、最高の『エネルギー源』を連れてきた」

 

 カイは紫電狼から降り立つと、工場の更地に向け、真紅のウィンドウを弾いた。

 巨大な赤いノイズが空間を歪め、凄まじい地響きと共に「それ」が実体化する。


『ギルルルルゥゥゥッ……!!』

 

 八つの首を蠢かせる、絶大なる質量。中級エリアのレイド級ボス、八頭腐毒蛇ヒドラ・ヴァイパーだ。


「お、おい嘘だろ……。これ、瘴気谷のエリアボスじゃねえか! お前、マジでどうやって……コストいくつだ!?」


「60だ。こいつの毒液を化学反応させてラインの動力炉に回せば、無尽蔵の生体ジェネレーターとして使えるんじゃないか?」


「……使うよ!使うけどな……。普通、レイドボスをバッテリー代わりに使う奴があるか!? ……いや、待てよ。それなら今のラインの出力を三倍には……」


 ガジェッドが狂気的な計算を始めようとしたその時、拠点に『侵入者検知』のアラートが鳴り響いた。

 防衛カメラが映し出したのは、身の丈ほどの杖を持ち、深いローブを被った一人のプレイヤー。彼女が杖を一振りするたびに、飛来する弾丸が瞬時に凍結して地面に落ち、迎撃タレットそのものが氷柱へと変えられていく。


「……あれは、『氷魔の魔女』マキナか」


 カイは即座にウィンドウを操作し、毒蛇と紫電狼をシステム領域へと回収した。自分の手の内を他人に安易に晒すつもりはない。


「トップランカーだと!? カイ、どうする! 迎撃システムを最大出力で起動するか!?」


「いや、拠点のジャミングはこのまま維持しろ。こちらの正確な戦力反応は悟らせるな。……ゲートは俺が開く。出迎えて、腹を探ってやる」




 ゲートの境界線に真っ白な霧が立ち込める中、白金の髪と碧い瞳を持つ少女、マキナが歩み寄ってきた。


「あら、『軍団長カイ』がこんな場所ところに。遠方からの私のレーダーに引っかかったこの巨大な要塞は、機工士ガジェッドとあなたの拠点だったわけね。……これは嬉しい誤算だわ」


 マキナは視線をずらし、背後の工場とガジェッドへと目を向けた。


「世間話をしに来たわけじゃないだろう。氷魔法のトップランカーが、単身で何の用だ? ……場合によっては、この剣を抜くことになるぞ」


 カイは腰の長剣に手を添えたまま、冷徹な声で先を促した。

 カイの静かな脅しを受けても、マキナの表情はピクリとも動かない。彼女は杖をカツンと地面に突き、淡々と本題を切り出した。


「……単刀直入に言うわね。この世界には、私たち以外にも十二人のプレイヤーがいる。私の索敵網による情報によれば、『砕星メテオブレード』ジークと、『剣聖けんせいサカイ刀真トウマ。あの二人が今、異常な速度で南東方面の中級エリアのダンジョンを更地にしているわ」


 マキナは真っ直ぐにカイを見据えた。


「このまま彼らに上位エリアのリソースまで独占され続ければ、いずれ誰も追いつけなくなる。だから、彼らが『門』を開ける前に、私たちが先に動く必要があるの。これは、私からの同盟とショートカットの提案よ」


「……なるほど。それで機工士ガジェッドのところへ?」


「狙いは北のゲートキーパーよ。上級エリアへの門番は東西南北の四カ所にいて、すべて推奨レベル40の【硬晶(クリスタル)霊亀タートル】が配置されているようね。おそらく、東には剣聖が、南にはジークが向かっている。あの門番は物理と魔法の両方に極めて高い耐性を持っていて、並の攻撃じゃ装甲すら通らない。キャスターの私がソロで挑むには時間が足りないのよ」


 マキナは自身のレベルが『29』であることを明かした。適正レベルの40までレベリングをしていては、確実にジークたちに遅れを取る。だからこそ、格上を強引に攻略できる戦力が必要だったのだ。

 彼女の殲滅火力、ガジェッドの兵器。そしてカイの制圧力。これらを組み合わせれば、レベル差を覆して北のゲートをこじ開けられる。


「利益は完全に三等分。どうかしら?」


 カイは背後のガジェッドと視線を交わし、再びマキナへと向き直った。


「……いいだろう。その話、乗ってやる。だが一つ条件がある。ドロップしたアイテムや素材の優先選択権は、俺が第一位をもらう」


 前衛として最大のリスクを負う以上、当然の要求だ。マキナは小さく頷き、打算的な同盟が成立した。

 工場のメインコンソールルームでホログラムマップを囲み、三人は具体的な進軍計画を練っていた。


「おいおい。マキナのショートカット提案に乗るのはいいが、カイ、お前のレベル……ヒドラ討伐の莫大な経験値で一気に跳ね上がったとはいえ、まだ『28』だろ?マキナもソロで『29』まで上げてるが、それでもこの推奨レベル40のレイドボス、まともに喰らえば即死だぞ」


 ガジェッドが、呆れたように声を上げる。カイが瘴気谷に向かう前はレベル10代だったことを考えれば驚異的な成長速度だが、それでも推奨レベル40という壁は高い。


「『普通』に攻略すればな。だからこそ、時間をかけずに『ショートカット』する道を選ぶ。マキナ、……ここから北のクレーターまで、徒歩なら急いでも五日はかかるだろう?」


「ええ。道中の雑魚は全て私が広域魔法で処理するわ」


「そうだ。『普通』はその思考で間違ってない。だからこそ、ジークたちに追いつくには、もっと抜本的な短縮が必要だ」


 カイは真紅のウィンドウを操作し、空間を弾いた。ノイズと共に、漆黒の毛並みを湛えた紫電狼ライトニング・ウルフが実体化し、カイの傍らに(ひざまず)く。


「なっ……! 魔物を、テイムしているの!?」


 常に冷静だったマキナの碧い瞳が、驚愕に見開かれた。トッププレイヤーである彼女ですら、魔物を使役する権能など想定外だったのだろう。

 カイはマキナの反応を意に介さず、ガジェッドを振り返った。


「ガジェッド。こいつに乗るための絶縁鞍サドル、一日で何個作れる?」


「今の稼働し始めたばかりのラインじゃ……急いでも一個が限界だぞ。」


「それで十分だ。俺は森へ戻って、こいつをもう一体捕まえてくる。俺とマキナで一匹。ガジェッドと兵器の運搬で一匹だ。これなら数時間で着く」


 最大の切り札は隠し通すが、移動のアドバンテージを取るためなら、手駒の一部を明かすリスクは受け入れる。それが『軍団長』としての合理的な判断だった。


「了解だ。俺はカイが持ち帰った素材から酸性エネルギーを抽出して、対霊亀用の『強酸爆弾アシッド・ボム』と鞍を仕上げておくぜ」


 如何に耐性が高くとも、装甲さえ化学的に破壊できれば、あとはただの巨大な的だ。



 それからの一日は、嵐のような準備期間となった。

 カイは迅速に紫電狼の生息する森へと向かい、二体目を隷従させた。工場ではガジェッドが絶縁鞍の製造と、霊亀の耐性を貫くための特殊弾頭のクラフトに没頭した。



「準備完了だ。……行くぞ」


 工場のゲートを開き、二体の紫電狼を実体化させた。その背には、それぞれ重厚な(サドル)がしっかりと備え付けられている。

 カイとマキナが一匹に同乗し、ガジェッドがもう一匹に大量の爆弾と共に乗り込む。


「徒歩で五日の道のりも、こいつなら数時間で駆け抜けられる。一日の準備期間を差し引いても、三日以上のショートカットだ」


「……信じられない機動力ね。これならあの二人を出し抜けるかもしれないわ」


 マキナが感嘆の息を呑む。

 

 レベル差があろうと、システムを突いた最適解のデバフと圧倒的な機動力で盤面を制す。打算で結ばれたトップランカーたちの同盟(ドリームチーム)は、二筋の雷光となって北の山岳地帯へと進軍を開始した。



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