第19話 カイ VS 八頭腐毒蛇(後編)
「戻れ、騎士!」
魔法属性の毒炎を浴び、HPを大きく削られた一体の死霊騎士を、カイはシステム領域へと強制帰還させた。
不用意に隷従個体の『死亡』による最大統率力の低下という、重いペナルティを受けるわけにはいかない。
だが、死霊騎士を戻した一瞬の隙を突くように、別の首が吐き出した毒の飛沫がカイのコートを掠め、HPバーがジリッと削り取られる。
(……八つの首が独立して魔法を撃ってくる。まともに打ち合えばジリ貧だ。だが、だからこそこの規格外の『戦力』は絶対に手に入れておきたい。手駒を減らしてでも、HPギリギリの寸止めで屈服させる……!)
カイは残された前衛たちに指示を飛ばした。
「紫電狼! ボスの足元の『沼』に最大火力を叩き込め!」
遊撃にまわっていた紫電狼が、毒沼のギリギリまで飛び出し、極大の雷撃を放った。狙いは毒蛇の本体ではなく、足元の沼そのものだ。
高圧電流が電導性の高い毒液を伝って、水中に隠れていた毒蛇の「巨大な本体」へと一撃で流れ込む。
バチバチバチィィィィッ!!!
『ギ、ギュルルルルルルゥゥゥッッ!?!?』
全身の筋肉が感電によって異常収縮し、沼の中に隠れていた胴体がたまらず水面から高く持ち上がる。
「……コアはそこか!」
持ち上がった青白い腹部。その中心で赤黒い光を脈打たせる魔石を捉え、カイは岩塊熊の背中を蹴り台にして高く跳躍した。
一撃目。長剣が魔石を覆う水晶の装甲に直撃し、これを完全に粉砕する。
だが、直後に硬直から復帰した毒蛇が激しく身をよじり、カイは強引に振り落とされて沼の畔に着地した。
『シャァァァァッ!!』
装甲を割られ激昂したヒドラが、無数の首をカイへと向ける。迎撃しようと間に入った紫電狼が、巨大な顎に挟まれ、為す術もなく噛み砕かれた。
『 隷従個体【紫電狼】×1 が死亡しました。ステータス還元バフが低下します 』
主力の一つを失う痛手。だが、カイの表情は冷徹なままだ。
「巨魔! ゴブリン! 足止めしろ!」
腐毒の巨魔とホブゴブリンが咆哮と共に前進し、首の群れに組み付く。毒蛇の注意が逸れた隙に、カイは再び地を蹴った。
だが代償として、無慈悲な毒炎と巨大な牙のラッシュを正面から浴びた二体は、抵抗も空しく断末魔と共にデータの光となって同時に消滅する。
『 隷従個体【ホブゴブリン】×1 が死亡しました。ステータス還元バフが低下します 』
『 隷従個体【腐毒の巨魔】×1 が死亡しました。ステータス還元バフが低下します 』
連続する手駒の喪失。急激なバフ低下による強烈な虚脱感を意志の力でねじ伏せ、カイは露出した魔石へと肉薄した。
二撃目。無防備な魔石に深々と剣を突き立てる。パキッ……! と致命的な亀裂が走るが、レイドボスはまだ屈しない。巨体が狂乱し、周囲に無差別の毒炎を撒き散らす。
(まだだ。この程度じゃ屈服ラインには届かない……!)
狂乱した巨体の尾が薙ぎ払われ、飛来した毒炎の余波がカイの身体を容赦なく弾き飛ばした。
「ガッ……!」
泥にまみれて着地するが、強烈な反撃を喰らい、HPバーが一気に危険域へと突入しかける。
「チッ……!」
カイは舌打ちし、即座にインベントリから【下級ポーション】を取り出して煽る。不味さと喉を焼く感覚で強引に痛みを散らし、即座に態勢を立て直した。
飛来する毒炎を紙一重で躱し、最後の一歩を踏み込む。
三撃目。剣の軌道を僅かにずらし、亀裂の入ったコアの深部を削り取るように貫いた。
『ギュ、ガ……ァ……ッ』
結果として、HPが1ミリ残る絶妙な寸止めとなった。
毒蛇の巨体がビクンと跳ねる。八つの首が、糸を切られた操り人形のように一斉に力を失い、次々と毒の沼へと垂れ下がった。再生を司る中枢に深刻なダメージを負い、レイド級ボスは完全に戦意と抵抗力を喪失する。
『 条件クリア【対象:八頭腐毒蛇】の完全な屈服を確認 』
『 固有権能【絶対的隷従】が発動可能です 』
真紅のウィンドウが目の前に展開される。
「来い。お前が俺の新しい切り札だ!」
迷うことなくYESをタップ。絶大な質量がデータの光となってカイの【隷属檻】へと吸い込まれていく。
その瞬間、カイの視界を埋め尽くすように、黄金色のシステムメッセージが滝のように流れ始めた。中級エリアのレイドボスを単独で突破したことに対する、破格の報酬の精算である。
『 特殊条件クリア:中級エリア、レイドボス単独撃破による莫大な経験値を獲得 』
『 【カイ】のレベルが 28 に上昇しました 』
『 基本スキル【剣術】のレベルが 5 に上昇しました 』
『 最大統率力が 180 に拡張されました 』
『 構成内訳を更新:【八頭腐毒蛇】×1、【紫電狼】×1、【死霊騎士】×2、【岩塊熊】×1 』
『 現在の統率力: 150 / 180 』
直後、死亡した魔物の喪失分など比較にならないほどの、爆発的で暴力的なステータスバフがカイの肉体を満たした。規格外のコスト『60』がもたらす、底なしの生命力と圧倒的な筋力の底上げ。全身を駆け巡る有り余るエネルギーによって、カイが負っていた小さな傷や疲労すらも強引に上書きされていく。
「……ハッ、笑えるほどの暴力だ。待ってろよ、トップランカー共。ここからが本当の『理不尽』の押し付け合いだ」
カイは、静まり返った猛毒の底でただ一人、口元に笑みを浮かべていた。




