第17話 谷の主、八頭腐毒蛇
猛毒の霧が濃さを増し、いよいよ視界の限界が近づいてきた【瘴気谷】の下層。
紫電狼の背に揺られながら、カイは虚空に浮かぶ数値を横目で確認する。
『 現在の統率力: 100 / 150 』
レベル20への到達によって拡張された、残り「50」の余白。まずはこの余白を、ボス部屋へ至る道中で出会う魔物たちで、最も効率的に埋めようとしていた。
「索敵に引っかかったな。……配置につけ」
カイが短く命じると、漆黒の毛並みを持つ紫電狼が速度を落とし、死霊騎士が音もなく滑り出した。
岩陰から姿を現したのは、全身から酸性の毒液を滴らせる巨体の魔物『腐毒の巨魔』だ。
高い物理攻撃力とタフネスを持つ、コスト『20』の難敵。
だが、物理無効の死霊騎士に敵視を固定させ、雷の属性攻撃を持つ紫電狼で動きを封じるカイのハメ技の前では、ただの経験値とリソースの塊に過ぎない。
「剣術レベル4の試運転には丁度いい」
カイは紫電狼の背から鮮やかに跳躍した。
迎え撃つように、巨魔が丸太のような豪腕を振り下ろす。レベルアップ前のステータスであれば致命傷になりかねないその凶悪な反撃すらも、今のカイは表情一つ変えることなく、最短距離のステップで紙一重に躱してみせた。
最小限の動きで踏み込み、長剣が空気を切り裂いて巨魔の急所を的確に刻む。手駒のスキルに頼らずとも、その一振り一振りには一切の迷いがなく、魔物の巨体を確実に削り取っていく。
数分後。完全に戦意を喪失し、膝をついた巨魔に剣を突き付ける。
『 条件クリア。対象の完全な屈服を確認 』
『 対象の隷従化に成功しました 』
「……あと、30」
カイは歩みを止めない。
最深部への門が見え始めた頃、二体目の死霊騎士が、行く手を阻むように現れた。
物理無効の盾は、二枚あればその鉄壁さは倍増する。交代でヘイトを受け持たせれば、手駒のロストリスクを極限まで減らせるはずだ。
カイは手馴れた連携でその影の騎士を圧倒し、跪かせた。
『 条件クリア。対象の完全な屈服を確認 』
『 対象の隷従化に成功しました 』
その瞬間、これまでにないほど強烈なエネルギーの奔流が、カイの全身を駆け巡った。
『 構成内訳を更新:【紫電狼】×2、【死霊騎士】×2、【腐毒の巨魔】×1、【岩塊熊】×1、【ホブゴブリン】×1、【暗殺蜂】×10 』
『 現在の統率力: 150 / 150(最大) 』
「……上限だな」
レベル20の基礎ステータスに、コスト150という膨大な手駒たちからの「ステータス還元」が重なる。紫電狼の圧倒的な敏捷、死霊騎士の強靭な耐久力と筋力、巨魔と熊の生命力。
長剣を握る掌から伝わる力は、転移直後とは比較にならない。軽く剣を振るだけで、その剣圧が周囲の猛毒の霧を物理的に切り裂き、視界を強引に確保する。
「物理無効の盾が2枚。機動力と属性魔法の雷が2枚。高耐久の物理アタッカーが1枚。……これで、大抵の状況には対応できる」
カイは自身の構築した編成の完成度の高さに、満足げに口角を上げた。……だが、それも一瞬のことだった。
顔を覆うマスクから、限界を知らせるような微かなノイズが鳴る。谷の最深部に近づくにつれ、瘴気の濃度は跳ね上がり、フィルターの崩壊はすでに秒読み段階に入っていた。
(……長引けば死する。そろそろ決着をつけるとしよう)
これが今の持ち得る「最強の布陣」。準備は完全に整った。
カイは再び紫電狼の背に跨り、淀んだ空気が渦巻く最深部への門、巨大な毒の沼の奥へと向かって手綱を引いた。
「さあ、ご対面と行こうか」
紫色の雷光を纏った漆黒の獣が、瘴気を切り裂いて疾走する。
突き当たった広大な毒の沼。その底から、地響きと共に「それ」は姿を現した。
沼そのものが意思を持って隆起したかのような、絶望的な質量を持つ巨大な多頭蛇。
『 個体認識:【八頭腐毒蛇】 』
『 推定統率コスト:60 』
不気味にうごめく八つの首。それぞれの口から滴る毒液が、地面を激しく溶かしていく。
だが、その圧倒的な威圧感を前にしても、カイの瞳は「攻略者」の輝きを失っていなかった。




