第14話 踏破された迷宮
紫電狼の疾走は、まさに雷光そのものだった。風を切り裂き、景色がねじ曲がるような圧倒的な速度。通常の徒歩であれば数日かかるであろう距離を、カイはわずか数時間で走破していた。
ガジェッドが作り上げた絶縁鞍は完璧に機能している。紫電狼が放つ高圧電流を完全に遮断しつつ、サスペンションのように衝撃を吸収し、カイの体力を一切削ることなく、驚異的なペースで未知の領域のマップを埋めていく。
その時、視界の隅に展開していた半透明のマップウィンドウに、新たな『アイコン』がポップアップした。
「……ん? 止まれ」
カイの指示に反応し、紫電狼が大地を抉りながら急制動をかけ、『アイコン』から数百メートルほど離れた地点に停止した。
カイは振り返り、マップに自動記録された座標マーカーを視界に収める。
「……通り過ぎたか。戻るぞ」
手綱を翻すと、紫電狼が踵を返し、マップが示す地点へと瞬く間に駆け戻る。
辿り着いた岩山の麓には、迷宮特有の重厚な空気を漂わせる巨大な洞窟が大口を開けて待ち構えていた。
『 エリア感知:中級迷宮【岩竜の巣窟】』
『 推奨攻略レベル:25〜 』
「中級迷宮……推奨レベル25か」
現在のカイのレベルは15。通常であれば「即死」を意味する格上の領域だ。だが、ここ数日の狩りで最大統率力は『100』まで拡張されている。強力な手駒を失うリスクはあるが、現在展開している総コスト78の編成なら十分に攻略は可能なはずだ。ここでレベル20台の魔物を隷従できれば、一気に戦力が跳ね上がる。
「蜂共、中を探れ」
カイは警戒を怠らず、数匹の暗殺蜂を迷宮の奥へと放った。視界を同期させ、暗い洞窟の内部構造を把握していく。
……数分後、カイは怪訝な顔で視界共有を解除した。
「……どういうことだ。魔物が一匹もいない」
迷宮特有の重い気配はある。入り組んだ通路の構造も中級迷宮に相応しい複雑さだ。しかし、肝心の「敵」の反応が全くなかった。
カイは長剣を引き抜き、紫電狼を傍らに歩ませながら、自らの足で迷宮へと足を踏み入れた。警戒しながら第一階層、第二階層と進むにつれ、カイの目に「異常な光景」が飛び込んできた。
「これは……」
松明もない暗闇の中、迷宮の頑強な岩壁が、一直線に「ズレて」いた。
崩落ではない。まるで空間のテクスチャがバグで消失したかのように、分厚い岩の壁が不自然なほど滑らかに「両断」されているのだ。
断面は鏡のようで、一切の摩擦や抵抗を感じさせない。
カイは岩壁の滑らかな断面を指でなぞり、その背筋に冷たいものを感じた。
「これは、純粋な『斬撃』だ。それも、本来なら
破壊不能なはずの迷宮の壁ごと、空間そのものを両断するような規格外の剣技」
その一閃の痕跡は、迷宮の最深部であるボス部屋へと真っ直ぐに続いていた。
重厚な鉄格子の扉すらも斜めに切断されており、カイは難なく広大なボス部屋へと足を踏み入れる。
そこにあったのは、蹂躙の跡だった。
部屋の中央には、入り口のシステム表記にあった主である『岩竜』の姿はなく、静寂だけが広がっている。しかし、竜が鎮座していたであろう巨大な岩の台座から、遥か奥の壁に至るまで、たったの一太刀で完璧に両断された、巨大な剣閃の痕跡が深く刻み込まれていた。
そして、ボス部屋の最奥にある『黄金の宝箱』は、すでに開け放たれ、中身は空っぽになっていた。
「……先を越されたか」
カイは剣を鞘に収め、空の宝箱を見下ろした。
中級迷宮のクリア報酬と、何より主を隷従させる機会を丸ごと奪われたのは痛手だ。
カイは空の箱から、深くえぐられた巨大な台座へと視線を移す。
この中級迷宮の主を沈黙させたであろう、見えざるプレイヤーの正体。
(ただの斬撃じゃない。空間ごと両断するようなこの異常な切断面……)
ランキング第2位。
あらゆる防御力を無視し、対象を空間ごと切断する絶対の剣技【次元斬】を操る『剣聖』か。
――あるいは、このイカれた世界で『斬断』に特化した、凶悪な権能に目覚めた別の誰かか。
もしこの痕跡を残した相手と遭遇すれば、現在のカイのレベルと手駒では、どれだけ対策を張ろうと正面から防御ごと両断されて終わりだ。だからこそ、システムと盤面を支配し、戦略で絡め取るしか勝機はない。
「……狩場が枯れる速度が、想定よりずっと早いな」
トップランカーたちは皆、レベル1に落とされたこの世界で、すでに圧倒的な速度で適応し、急速に力を取り戻し始めている。明確な生存競争のタイムリミットが、カイの背中を叩いていた。
ガジェッドを屈服させて拠点を盤石にした程度で満足していれば、あっという間に他の連中に資源を食い尽くされ、取り残される。
(この迷宮の魔物が再出現するまで待つ時間はない。……もっと深く、誰も到達していない未開拓領域を探す必要がある)
カイは踵を返し、一撃で踏破された中級迷宮を後にした。




