第12話 同盟
ガジェッドの要塞工場。その入り口を塞ぐ巨大な鋼鉄のシャッターは、内側から厳重にロックされていた。だが、カイにとっては単なる時間稼ぎの壁でしかない。
「大蛇。シャッターの結合部を溶かせ」
カイの指示に従い、溶解大蛇が強酸を吐き出す。
ジュウジュウと嫌な音を立てて鋼鉄が液状化したところに、カイが長剣を突き立て、強引に隙間をこじ開けた。
暗い工場内部に足を踏み入れると、むせ返るような機械油と鉄の匂いが鼻を突いた。
広大な空間には、コンベアなどの自動生産ラインが張り巡らされている。だが、外で起きた爆発の余波か、あるいは紫電狼の放った電撃が工場の一部にも影響を与えたのか、稼働音はひどく鈍く、大半のラインが停止していた。
『ピー……侵入者……迎撃……』
暗がりから、先ほど森で遭遇したのと同じ無人戦車が数機、赤いカメラアイを光らせて現れる。
「紫電狼、やれ」
カイが視線を向けるまでもなく、傍らに控えていた紫電狼が軽く吠え、放電した。
バチィッ! と青白い光が弾け、無人戦車たちは火器を発砲する間もなくショートして沈黙する。
「生産ラインはすでに死に体か。……見掛け倒しだな」
カイは鉄の残骸を跨ぎ、工場の奥へと歩みを進める。隠し通路やトラップの類を警戒したが、ガジェッドは最高傑作に絶対の自信を持っていたのだろう。内部の防衛機構は拍子抜けするほど薄かった。
やがて、生産ラインの最深部、分厚い防弾ガラスで覆われた空中にせり出すようなコントロールルームに辿り着く。
ガラスの向こう側。無数のモニターが並ぶコンソールデスクに、一人の男が深く腰掛けていた。
オイルで汚れた作業着に、無造作に伸ばした髪。モニターの光に照らされたその顔は、悔しさよりも、どこか憑き物が落ちたような呆然とした表情を浮かべている。
カイはコントロールルームに続く鉄の階段を上り、防弾ガラスの前に立った。
そして、無言のまま長剣の柄で、ガンッ、と一度だけガラスを叩く。
「……開けろ。それとも、このガラスごと酸で溶かされたいか」
カイの低く冷たい声が、コンソールのマイクを通して部屋の中に響いた。
その男……『レグナント・オンライン』第12位の機工士、ガジェッドは深くため息をつくと、手元のスイッチを乱暴に押した。
プシュゥゥッ、と空気が抜ける音と共に、防弾ガラスの一部がスライドして開く。
「……好きにしろよ。対人用の主戦力はオシャカ。生産ラインの主力ジェネレーターも、さっきの電撃の余波でイカレた。完全なゲームオーバーだ」
ガジェッドが両手を軽く上げた瞬間、カイの視界に『対象プレイヤーからの降伏要求』を知らせるシステムウィンドウがポップアップした。
「俺の手駒を潰して、激痛で屈服させるつもりだったんだろう? 随分と呆気ない幕切れだな」
カイの冷ややかな挑発に、ガジェッドは自嘲気味に笑った。
「しょうがねえだろ。雷へのアース対策も、酸へのアルカリ・コーティングも、俺が考えつく限りの『完璧な対策』だったんだ。それをあんな……足場を溶かして泥沼に変え、結果的にアースを引きちぎらせるなんていう、イカれたプレイングで突破されるなんて想定できるかよ」
負け惜しみではない、純粋なゲーマーとしての感嘆。
ガジェッドの眼差しには、自身の最高傑作を真っ向から打ち破ったカイへの、一種の敬意すら混じっていた。
「……お前の勝ちだ、カイ。かつての『軍団長』の肩書きは伊達じゃないな」
ガジェッドはコンソールから立ち上がり、カイの前に歩み寄った。
「サレンダーする。この【超弩級兵装工場】の残存設備も、貯め込んだ素材も、好きにしてくれていい。……ただし、一つだけ条件がある」
「条件?」
「俺を、お前の『軍団』に入れろ」
予想外の提案に、カイは微かに眉をひそめた。
ガジェッドは、トップランカー特有のしたたかな野心を宿した目でカイを真っ直ぐに見返して言う。
「俺の権能は、素材さえあれば大抵のものは何でも造れる。今はラインが止まってるが、修復すれば武器や防具、生活のインフラだって整えられる。……だが、この『死んだら終わり』の狂ったデスゲームで、俺みたいな生産特化が覇権を握って生き残るには、最強の盾が必要だ」
「……」
「お前のあの異常なプレイングを見て計算が変わった。お前みたいな、盤面操作の得意な前衛の背中に張り付いているのが、この世界で一番安全で、一番『上』に行ける手っ取り早い生存戦略だとな」
ガジェッドの提案は、極めて論理的かつ打算的だった。
安全な拠点とインフラの早急な確保は最重要課題だ。カイの【絶対的隷従】による圧倒的な戦闘力と、ガジェッドの【超弩級兵装工場】による生産力。
この二つが組み合わされば、並のトッププレイヤーなど寄せ付けない盤石な基盤が完成する。
「悪くない提案だ」
カイは長剣を鞘に収め、ガジェッドを見据えた。
「だが、勘違いするな。俺とお前は対等の同盟じゃない。この拠点の全権は俺が握り、お前は俺の指示で動く『手駒の一つ』だ。それに不満があるなら、今すぐこの工場を更地にして、お前を森に放り出す」
「……ハッ。徹底してるねえ、軍団長殿。いいぜ、それで」
ガジェッドは肩をすくめ、悪びれる様子もなく笑った。
こうして、カイの初めてのプレイヤー同士の接触は、互いの利を計算し尽くした「主従関係」の結成という形で幕を閉じた。
「さて、そうと決まれば早速仕事の時間だ、ガジェッド」
カイはコントロールルームの窓から、機能停止した工場を見下ろした。
「まずはこの鉄クズの山を解体し、ラインを復旧させろ。……他の連中が動き出す前に、ここを難攻不落の要塞に作り変えるぞ」
「人使いが荒いことで。……まあ、任せとけ」




