第11話 ジャガーノート
右腕に装備された巨大なパイルバンカーが、空気を切り裂くような凄まじい風切り音を立ててカイへと振り下ろされる。
PKを狙った攻撃ではない。だが、決して威嚇などではない。直撃すれば一瞬でHPの大部分を削り飛ばし、反撃の意志ごと【瀕死】へと叩き落としてサレンダーを強要する、無慈悲な一撃だ。
本気で当てなければ、この男の心は折れない。ガジェッドは一切の手加減を捨て、本気でカイを制圧しにきているのだ。
手駒を失ったペナルティにより、全身の神経が焼き切れるような激痛が続く中であっても、カイの視線は極めて冷静だった。
VRMMOにおける回避特化の前衛、いわゆる『回避盾』の立ち回りは、敵の攻撃モーションの予備動作を完全に見切ることから始まる。
「大振りすぎるんだよ」
ドゴォォォォンッ!!
パイルバンカーが大地を粉砕し、クレーターを作り出す。しかし、その圧倒的な破壊力の中心に、カイの姿はなかった。
彼は打撃が着弾するコンマ数秒前、パイルバンカーの軌道の外側へと最小限の動きで身を躱していたのだ。さらに、姿勢を崩すほどの爆発的な衝撃波すらも【剣術】のアシストで強引に身体を捻って流し、激痛に顔を歪めながらも無傷で鋼鉄の腕の上へと跳躍した。
『なっ……!? 躱しただと!?』
「遅いと言ってるだろ」
カイは軋む足に鞭を打ち、ジャガーノートの腕を駆け上がって無防備な頭部へと迫る。
だが、ガジェッドもただ見ているわけではない。
『舐めるな! 対空散弾、撃ち落とせ!』
ジャガーノートの背部から対空散弾砲が展開され、腕の上のカイへと無数の弾丸をばら撒いた。
ここに逃げ場はない。カイは舌打ちをし、咄嗟に腕から飛び降りて距離を取る。直後、彼がいた空間が鉛の雨によってズタズタに引き裂かれた。
ズダンッ、と重い着地音が響く。衝撃で視界が揺れ、胃液が込み上げるのを気力だけでねじ伏せ、カイはジャガーノートの挙動を油断なく観察した。
(……やはりな。あれだけの散弾を撃ちながら、機体そのものは一歩も追撃してこない)
カイの血の滲む唇が、弧を描く。
雷撃を無効化する極太の『接地ケーブル』は、ジャガーノートの足元から深く大地へと突き刺さっている。
「ガジェッド。お前の最高傑作は動かないんじゃない。雷への完全耐性を維持するために、アースを固定して『動けない』んだな」
『……ッ!』
スピーカー越しの息を呑む気配が、カイの推測が完全に正解であることを告げていた。
どれだけ装甲が厚くとも、どれだけ火力が狂っていようとも、足が止まっているボスなど、ただの的に過ぎない。
「盤面を操作させてもらうぞ。出ろ、大蛇」
カイが虚空を弾くと、赤いノイズと共に【溶解大蛇】が実体化した。
『だから無駄だと言ってるだろうが! その酸はアルカリ・コーティングで完全に――』
「誰が『装甲』を狙うと言った?」
カイの言葉に、ガジェッドが絶句する。
溶解大蛇が強酸を吐き出した先は、ジャガーノートの強固な装甲ではない。その足元の『大地』だった。
ジュウジュウと不快な音を立てて、紫色の森の土が溶け、有毒な泥濘へと変わっていく。
自重を支えていた固い地盤が液状化したことで、鋼鉄の巨体の足元が急激にバランスを崩し始めた。
『なっ、足場を……!? まさかテメェ、アースを引きちぎる気か!?』
ガジェッドがその悪魔的なロジックに気づいたときには、すでに遅かった。
ズズッ、とジャガーノートの片足が酸の泥濘に深く沈み込み、巨体が大きく傾く。
このままでは自重で完全に沈没し、内部から酸に侵食される。システムから鳴り響く致命的な警告音に、ガジェッドは屈辱に歯噛みしながら、最悪のコマンドを入力させられた。
『 前進しろ! その泥沼から抜け出せ!』
ガシュゥゥッ!
ジャガーノートが背部のスラスターを吹かし、泥濘から脱出するために無理やり前方へと大きく踏み出した。
その瞬間。
大地に深く突き刺さっていた極太のアースが、機体の強制的な前進に耐えきれず、根元から無惨に引きちぎられた。
「……待っていたぞ。その『一歩』を」
カイの瞳が、獲物を仕留める捕食者のように細められた。
アースが外れ、絶対的な雷耐性が消失したわずかな隙。
カイはすでに、切り札となるコマンドを実行していた。
「紫電狼。最大出力だ。あの鉄クズをスクラップにしてやれ」
虚空から飛び出した漆黒の獣が、ジャガーノートの頭上へと跳躍する。その全身から、先ほどとは比べ物にならないほど高密度の紫電が迸った。
『――クソッ! 散弾砲、迎撃しろッ!!』
ガジェッドの絶叫が響くが、もう遅い。
アースを失ったジャガーノートの無防備な背部に、極太の雷撃が直撃した。
バチバチバチィィィィッ!!!
鼓膜を破るような放電音と共に、鋼鉄の巨体が激しく痙攣し、アルカリ・コーティングの下に隠された緻密な電子回路が次々と焼き切れていく。対空散弾砲の砲塔が力なく垂れ下がり、頭部の赤いカメラアイが明滅を繰り返した末に、プツンと完全に消灯した。
「……ギミックの解除、完了だ」
機能停止し、完全に沈黙したジャガーノート。
カイは激しく息を乱しながらも、再び鋼鉄の腕から肩、そして頭部へと一気に駆け上がった。長剣を逆手に構え、装甲の継ぎ目である冷却用のスリットが設けられた首の根本へと、残された全体重を乗せて刃を突き立てる。
ガガァンッ!!
刃が内部の動力コアを正確に貫き、致命的な破壊をもたらした。
内部からの誘爆が始まり、ジャガーノートの巨体が内側から赤黒く膨張する。カイは間一髪で背後へと跳躍し、距離を取った。
直後、森を揺るがすほどの凄まじい爆発が起こり、ガジェッドの最高傑作は無数の鉄クズとなって四散した。
爆炎の風が、カイの蒼いコートを激しく煽る。
炎に照らされたカイは、静かに長剣を鞘に収め、完全に沈黙したスピーカーを見上げた。
「……雷と酸、それに少しの盤面操作。お前の『特注品』の価値は、その程度の手札で崩れる安いものだったな、ガジェッド」
スピーカーからは、もはや何の返答もない。
ガジェッドの挑発は消え去ったが、その背後に聳える超弩級兵装工場は、耳障りな駆動音を響かせ続けていた。




