第10話 超弩級兵装工場
キャタピラの轍の終着点。
紫色の森を切り拓いた先に現れたのは、ファンタジーの光景を真っ向から冒涜するような、巨大な鋼鉄の城だった。
黒煙を吐き出す無数の煙突。歯車が噛み合う耳障りな重低音。
周囲の木々を伐採して作られた広大な更地の中央に、威容を誇る【超弩級兵装工場】が鎮座していた。
「……なるほど。周辺の資源から兵器を生産する権能か。シミュレーションゲームさながらだな」
工場を囲むように、先ほどカイが破壊した無人戦車と同じものが巡回しているのが見える。
だが、カイの視線はその群れには向かなかった。工場の巨大なシャッターの前に、周囲のドローンとは明らかに一線を画す、異様な質量を持った「何か」が立ち塞がっていたからだ。
『――よく来たな、カイ。歓迎するぜ』
工場の外壁に設置された巨大なスピーカーから、ガジェッドの歪んだ声が響き渡った。
『お前の手駒の構成は、さっきの戦闘データで完全に把握した。装甲の熊、酸を吐く蛇、雷を操る狼。……バランスの取れた素晴らしい編成だ』
「……」
『だがな、俺たちランカーが、一度見せた手札をそのまま通すほど甘いプレイングをすると思うか?』
ガジェッドの声に呼応するように、シャッターの前に鎮座していた「何か」が、重々しい駆動音を立てて立ち上がった。
人型に近いフォルムでありながら、極端に分厚く傾斜した前面装甲を持ち、両腕には城門すら粉砕できそうな巨大な油圧式杭打ち機が装備されている。
背部からは冷却用の白い蒸気が噴き出し、頭部のメインカメラが禍々しい赤い光を放ってカイを捕捉した。
『紹介しよう。俺の権能の現在出力で造れる最高傑作。対人用殲滅兵器【ジャガーノート】だ』
地響きを立て、5メートルはあろうかという巨体が一歩だけ前へ踏み出す。だが、そこから追撃してくる様子はなく、まるで堅牢な砲台のようにその場に陣取った。
圧倒的な武装。それに加えて、あの分厚い装甲。
(……来る。先手必勝だ)
カイは迷わず虚空のメニューを弾いた。
「紫電狼! 最大出力で内部回路を焼き切れ!」
岩陰から飛び出した紫電狼が、雷光を纏って加速する。狙うはジャガーノートの頭部。先ほどの無人戦車をスクラップにした、必殺の電磁パルスの雷撃が放射状に放たれ、鋼鉄の巨体に直撃する。
『無駄だぜ、カイ!』
バチィィィッ!!
ジャガーノートの装甲表面を伝った雷撃は、内部回路に侵入する前に、足元の装甲から地面へと射出された極太の「接地ケーブル」を通って、全て大地へと逃がされた。
「……電撃の誘導だと?」
『雷が弱点だと分かってるなら、絶縁とアースで対策をするに決まってるだろ!』
雷撃を完全に無効化された紫電狼が、動きを止めた瞬間。
ジャガーノートの背部に備え付けられた散弾砲が火を噴いた。
「戻れ、紫電狼!!」
カイの即座の帰還コマンドがギリギリで間に合い、紫電狼は赤いノイズとなってシステム領域へ退避する。もしコンマ数秒でも判断が遅れていれば、蜂の巣にされていた。
「大蛇! 装甲を溶かせ!」
次の一手。退避する紫電狼と入れ替わるように岩陰から這い出た溶解大蛇が、ジャガーノートの脚部関節を狙って強酸を吐き出す。
だが、ジャガーノートは回避すらしない。
シュゥゥゥゥッ!!
酸が装甲に触れた瞬間、ジャガーノートの表面にコーティングされていた特殊な白いペーストが、猛烈な勢いで泡立って酸を「中和」してしまった。
『耐酸性のアルカリ・コーティングだ! お前の蛇のゲロじゃ、塗装一つ剥がせねえよ!』
「……徹底的に対策を張ってきたな」
雷も、酸も通じない。
ならば、残るは純粋な物理的破壊のみ。
「グリズリー、前へ! 敵の最大攻撃を誘発させろ!」
虚空から実体化した岩塊熊が、咆哮と共に突進する。
その数百キロの岩の質量によるタックルが、ジャガーノートの巨大な脚部に激突した。
ドゴォォォォンッ!!!
凄まじい衝撃音が響き渡り、周囲の地面が陥没する。
だが、ジャガーノートの巨体は、一歩も後退していなかった。
『ハッ、そんな石ころの体当たりが、俺の最高傑作の質量に勝てるわけねえだろ!』
ジャガーノートの右腕の巨大なパイルバンカーが、無慈悲に振り上げられた。
岩塊熊が咄嗟に岩の腕を交差させ、強固な防御姿勢をとる。だが、その圧倒的な暴力の前では、いかなる守りも無意味だった。
「ギ、ギュォォ……ッ!?」
鋼鉄の杭が、盾とした岩の腕ごと分厚い装甲を紙のように貫き、その胴体を深々と抉り取った。
断末魔の悲鳴と共に、岩塊熊の巨体が光の粒子となって砕け散る。
『 隷従個体が死亡しました。ステータス還元が低下します 』
「――ッ、ぐ、ぅ……!」
バフの低下と、強烈な痛みがカイの全身を貫き、思わず片膝を突く。
だが、カイの瞳は熊の死を嘆くでもなく、ジャガーノートの「右腕」を冷徹に観察していた。
(……振り下ろしてから、次の動作に移るまでの硬直時間は約3秒。排熱の蒸気量が多すぎる。間違いなく、あれが隙だ)
『……なるほど。モニター越しでも分かるぜ。手駒を失うペナルティは「激痛」ってところか?』
スピーカーから響くガジェッドの声には、冷徹な観察眼が混じっていた。
『さあ、降伏しろ。大人しく俺の軍門に降り、その権能ごと手足となって働くなら、これ以上お前の駒を潰して痛みを味わわせるのはやめてやるぞ』
雷はアースで無効化され、酸はコーティングで中和され、物理攻撃は圧倒的な質量と装甲に弾き返される。カイの手駒は、完全にシステム単位で完封されていた。
普通のプレイヤーであれば、ここで心が折れる絶望的な状況。
しかし、激痛に顔を歪めたカイの口元は、微かに、だが確かに「笑って」いた。
「……ハッ。最高だ。やっぱりお前らトップランカーとのPVPは、こうでなくちゃ面白くない」
『……なに? 何を笑ってやがる』
カイはゆっくりと立ち上がる。激痛で微かに震える腕を、強靭な精神力で強引にねじ伏せ、長剣を正眼に構え直した。
VRMMOにおいて、初見のレイドボス戦で全滅するのは当たり前のことだ。
敵の行動パターンを読み、隠されたギミックを暴き、手札の切り方を最適化していく。その「情報収集と最適化」こそが、トップゲーマーの真骨頂。
「ガジェッド。お前の『特注品』は確かに硬い。俺への対策も完璧だ。……だが、致命的な欠陥がある」
『欠陥だと?』
「さっきから、そこから一歩も動いていないことだ」
カイの瞳に、反撃の光が宿る。
「あのバカでかいパイルバンカーの大振りなモーション。撃ち終わった後の排熱の隙。……手駒をオートで動かして安全圏でふんぞり返ってるお前には見えない、アクションゲームの基本中の基本だ」
『……ハッ。機動力だと?』
カイの挑発に対し、ガジェッドは鼻で笑った。
『この装甲と、すべてをすり潰す圧倒的な火力があるなら、動く必要なんて初めからねえんだよ。要塞ってのはそういうもんだ。……やれ、ジャガーノート。その減らず口ごと叩き潰せ!』
ガジェッドの号令と共に、ジャガーノートが再びパイルバンカーを振り上げる。
だが、カイに退く気配は一切なかった。
「……見せてやるよ、機工士。ステータスと相性の不利を、純粋な『プレイヤースキル』でこじ開け、俺の手札を通す戦い方をな」




