第93話(閑話) 微睡みの中で
昔。
『手、離せよ』
ずっと昔、まだ彼らが少年だった頃。
『嫌です......』
病に絶望した少年は、死に場所を決めた。味方を大勢護れるだけ護り、力尽きて、カッコつけて死ねる最高の死に場所。
『お前も落ちるぞ。話しただろ、俺は病気だって。このままカッコよく死なせてくれ』
見上げれば、崖の上から手を伸ばし、最高の死に場所を台無しにしようとする少年がいた。お互いこれ以上、余力なんてないのに、彼はまだ諦めない。
『......54回』
『あ?』
『54回、何の数字かわかりますか?』
『今回の戦死者数か? そりゃあ良い。俺は大勢護れたんだな』
『私が知る限りで、貴方が失敗したナンパの数です』
『......』
『......』
上から落下してきた小石が少年の頰を掠めた。
『貴方はまだ......一度もナンパを成功していない』
『よ、余計なお世話だぁッ! つーか、なんで数えて――』
『死ぬなよッ!』
目を見開く。彼がここまで取り乱し、叫んだのを見るのは初めてだから。
『人を勝手に仲間呼ばわりしてッ! 友達呼ばわりしてッ! 死ぬなよッ! これ以上私は仲間を失いたくなんてないッ!』
『......だから病気だっ――』
『だって......まだ生きています。病だってそうだ。このまま後、十数年持つ。言い訳をするな、責任を取れよアイゼン・フェーブル。ナンパ成功させて、結婚して子供作って、自分の好きなように精一杯生きて......そして死ね』
握られる手が痛かった。心臓が痛かった。でも何よりも心が痛かった。
『私が引っ張れば、まだ生きれるんだ......こんなダサい死に方、私は絶ッッ対に許容しない』
奥で声が聞こえる。仲間が助けに来てくれたのだろう。あろうことか自分は、生き残ってしまった。
『まだ俺に苦しめってか? あー、こんな外道仲間になんかするんじゃなかった』
『自業自得ですね』
普段はへらへらして、仕事サボって、罪を人になすりつけるクソ野郎だけど、本当は誰よりも――
◆
「やはり汝がトドメを刺しに来たか」
「あぁ、死んだ以上、後は私が受け持つというのが筋だろう」
横たわる2人を見下ろし、グラジオラスは剣を抜く。
「冷酷な男よ」
「貴様にだけは言われたくないな」
霞は動かなかった。いや、動けなかった。戦える力は全部、アイゼンが持っていったのだ。
「言い残すことはあるか?」
「......まだ死ねぬな」
「何?」
と、言いつつも動く気配を見せない霞。天候も落ち着いていた。それは彼が衰弱している証拠であり、彼は去勢を張っているに過ぎない。そうグラジオラスは判断する。
「その男の善悪など、私には区別つかない。だがおそらく私は誤っていた。......あまりにも空虚だった。それだけはわかる。だからこそ、生きなければならない。生きて償い、新たなる答えを探さなければならない」
「崇高な探求に浸るのは貴様の自由だが、私の剣を止められぬ以上、死は避けられん」
グラジオラスが剣を構えたその時、
「だからこそ、命懸けで提案をしよう。交渉だ、キングプロテアの王族。私を殺すか否か、それは後で定めるが良い」
「......何?」
彼から思いがけない提案が寄せられた――




