第92話 荒天と守護 3
『突然なんだけど、提案がある』
本当に突然の話だった。何の脈絡もなく、キングプロテア王国の国王、シエル・ウィンドベルが切り出した。アイゼンはそれを頬杖をつきながら聞く。
『先のクーデターで国の構造が一変した。そこでこの中にいる者で、序列を設けたい。そうだね、階級というよりは、強さを基準で付けてみようと思う』
くっだらね、という言葉を飲み込んだ。七栄道に優劣をつけるらしい。それは不毛なことだった。何せ、彼らは誰も彼もが強い。比較対象次第で、優劣のパターンなどいくらでも変わるのだ。
無理に順番を付けようものなら、意味の果たさぬものになる。尤も、1番を決めるというならば、満場一致の人物はいるが。横目に修羅のような形相をした男を見る。彼は部屋の奥で無愛想にたたずんでいた。
そこで、妙なことに気付いた。グラジオラスが反対しないのだ。基本、兄である国王の意向に忠実な彼ではあるが、無駄なことや、するべきではないことなど、間違った方針を立てた際には真っ先に反論する。とすれば、付けるだけの意味があるのだろう。
とにかく誰が強いだの、偉いだのは、国民が興味を持つことに間違いない。アイゼンは黙って考える。自身は病の身だ。戦に出向こうが、そうでなかろうが、早いうちに死ぬ。それを加味するに、自分の序列は空席になるだろう。低い順番の方がいい。高い序列の人間が死ぬと、国の士気に関わる。
『じゃあ、俺は7番――』
『ワシが7番を貰おう!』
声がかぶる。プレゼンスだ。彼はニッと笑うと、
『ほれ、寿命を考えるに、ワシが最初に死ぬだろう? 衰えもワシが最も早い自信がある』
なんていう。彼は同じ思考を辿っていた。アイゼンは頰を膨らませる。自分が持病持ちであることは、エスペルト以外誰も知らない。
『なら俺は6番――』
『はいはーい! 私、6番貰いますね!』
さらに、アイゼンの眉間にシワが寄る。彼の言葉を遮ったクレール・ローレンスは、胸を張った。
『私が先輩たちより上なんてありえません。これ以上の序列は譲歩しませんよ?』
『......いいよ、じゃあ5番――』
『あぁ、五位は私が貰います』
『......』
今度はエスペルトが遮る。アイゼンの瞳孔が開かれた。お前は俺の事情、知ってんじゃねぇか。そう目で訴える。
『ほら、文官がこれ以上とかありえませんし? 私、中間よりちょっと後ろくらいが好きなんです。良いでしょう? 注目されにくい中途半端な順番で』
それで1つ納得する。彼が国王に吹き込んだのだろう。でなければこんな提案、議会に出ない。
結局、アイゼンは四位で落ち着いた。会議の後、彼はエスペルトに問い詰める。
『あのな、何で俺がこの順番になるんだよ』
『それはもう“守護神”なんですから、上の方にいて貰わないと――』
『お前の目論見だろ、序列の提案』
『はぁ、それが?』
小首を傾げるエスペルト。わざとらしさが隠せてなくて、アイゼンの怒りを煽る。
『それがじゃねぇよ、それがじゃ。ちゃんと説明しろ。秘密にしたきゃ、墓場まで持って行ってやるから』
僅かに彼の表情が曇った。やはり秘め事がある。前々から怪しかったが、この際全部問い詰めることにした。
『納得するまで聞かせてもらう』
珍しく隠そうともせず、悩む仕草をするエスペルト。それだけ躊躇いがいることなのだろうか? しばらく同じ体勢をしていた彼だが、やがて意を決したのか、口を開いた。
『秘密厳守で。貴方だからこそ、話します』
『おう、守ることに定評はあるからな』
『では――』
◆
空が青白く、眩く光る。ところどころ灰色にもどって、また光って。隣は阿鼻叫喚だらけだった。この世の終わりと言わんばかりに、千日紅国の兵士が喚き、キングプロテア王国の兵士が戦慄する。
「なぁ、グラジオラス」
「なんだ?」
それを見ながら、アイゼンは話しかけた。
「こんな時に、アイツとのやりとりが頭の中巡りやがる」
「それは酷い話だ。娘が泣くぞ」
「良いんだよ、そっちはケリつけてるから......お前、最近色々と探ってるらしいが、あんまり奥まで首突っ込むなよ」
グラジオラスは黙った。探ってるとは、おそらくエスペルトのことだ。そしてアイゼンは、彼の隠し事を知っている。グラジオラスが喉から手が伸びるほどに欲する情報。ひょっとしたら、今日彼がこの場に立っていることも関係しているのかもしれない。
なぜ、彼が知っているのか? それはエスペルトから聞いたから。なぜ、彼は聞き出せたのか? それは彼が漏らすことなく、近いうちに死ぬから。そこまで弾き出したところで、グラジオラスはアイゼンへの追求をやめた。どうせ聞き出せない。
「ってもお前はどうせやめない。だから、言っておく」
「......」
「この先どんな窮地に陥ろうと、お前だけは絶対に諦めるな。生きることに執着しろ。多分、最後まで友として、アイツの面倒見て矯正してやれんのはお前だけだ」
「......もう持たぬのか?」
「はっ、今更よ! 余命宣告通りなら5年前に死んでんだぜ? ホント医者なんてアテになんねぇー。今後の課題だな、王族様よ」
「肝に命じておく」
アイゼンは笑って答える。今、自分はどのような顔をしているのだろうか? グラジオラスは考えた。憐憫の目を向けるのは侮辱だ。いつも通りのポーカーフェイスを保たねば。
「はは、お前も大概なお人好しだよなぁ」
彼はただ笑う。怒号や悲鳴が響く中、1人で笑う。
「俺は生きたぜ。この身体でも、生きたいように選択した。で、選択の積み重ねの結果、ここに立ってる」
だから後悔はない。先に旅立った妻のように、強く生きた。
「も、もう終わりだァァァァァ」
兵士の叫び声が聞こえる。知らぬ間に、霞は高いところまで飛んでいた。彼が突き出した手に、周囲の雷が収束し始めている。
「ま、もう1発ぶん殴ってくるわ」
◆
地表が黒に染まっていく。真っ先に浮かんだイメージがそれだった。別に黒じゃないかもしれない。光を失って十数年、霞には色という概念が殆ど欠けていた。でも、おそらく絶望を表現するなら黒が良いだろう。
なぜ絶望するのか? この一撃を持ってすれば、敵将の首が2つも取れるのだ。一部隊の犠牲だけで七栄道の首が2つも。文句の付けようのない大勝だ。“守護神”を消せば、この先彼の雷を阻むものはいない。
なのに、彼らは絶望に喘ぐ。何かに虐げられる不快な音を立てる。なぜだ? 勝利を得たくないのか?
これを撃てば確かめることができる。“晴天”に出会った日からずっと信じてきた真理。はたしてそれが正しいのか、彼が証明してくれる。
「......今の汝に防げるか、難しいところではあるがな」
心音から察するに、彼に残された時間と力は少ない。
あたかも数千の太鼓が鳴るかのような轟音。連なる雷。それが空を支配する。全てを収束させ、魔力の殆どを費やした一撃。先のことなんて考えていなかった。
「......?」
向こうの出方を待っていたわけではない。しかし、この天候の荒れようを見てか、アイゼンもまた、大掛かりな魔法を行使したようだ。
巨大な円型の魔法陣が展開された。それが徐々に鋼色へと彩られていく。硬さといい、色といい、性質が鋼鉄に似ているように見えるが、そうではないのだろう。魔力の結晶体が、あのような形をしているのだ。それが鋼のように硬質化している。霞はそう判断した。
それにしても見事なものだった。壁や神輿船をも覆うほどの規模を誇る巨大な盾。それを1人で展開する彼は、まごうことなき“守護神”なのだろう。
「さぁ、脆き者よ......護ってみせよ」
腕を降ろした。
「“天哭”」
カッと一筋の光が魔法陣を目掛けて駆け抜け、せめぎ合う。僅かな静寂の後、轟音が追従した。
「......」
一筋の雷霆が、ひたすら注ぎ込まれる。ほんの少しずつひび割れていくが、魔法陣が砕ける様子はない。
「......ぬぅ」
似合わぬ声が出る。ここまで必死になったのは、いつ振りだろうか?
「ぬぅぅおおおおおおおおおおお!」
ここまで叫んだのは? いや、これが初めてかもしれない。光の束が膨張する。
「ぬぅぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
爆発した。盲目の彼でさえ、今自らの周囲が眩い光だけに包まれていることがわかる。自分だけじゃない。ここ戦場一帯が白に包まれている。
ドクン。
と、音がした。鼓動だ。それは弱々しく、でも確かに――
「よぉ、“荒天”様ァ! お前をもう一回ぶん殴りに来たぜッ!」
目の前で叫び声が聞こえる。もちろん霞の声ではない。
「ァアイゼェェェェンッ!」
叫ばずにはいられなかった。自分の攻撃をここまで阻止できる人間は、もうどこにも見つからない。そんな気がした。
耳を傾ける。風を切る音がした。おそらく砲弾だ。霞は手元に帯びていた雷で誘爆させる。しかし砲弾はあくまで陽動だろう。警戒すべきは鋼鉄拳。
何度も同じ手を喰らうわけにはいかない。腹の底から怒号を発するのにもかかわらず、笑みを隠せない自分に不思議な感情を抱きつつも、霞はカマイタチを飛ばした。
雷、爆ぜる砲弾。あまりにも音が多過ぎる。異常聴覚を持ってしても、アイゼンの姿がぼんやりとしか掴めなかった。彼はまだ落ちていない。こちらの攻撃が、何らかの形で防がれた。どうやって防いだのか? 想像すら楽しく、心地良い。
今度は自身に風圧を張り巡らせる。それでも衝撃が霞の頰を走った。一度止めることができた風の壁を彼は打ち破ってきたのだ。やがて重力に堪え切れなくなった2人は、地面へと落下する。
常人ならば即死の状況。しかし、彼らは“荒天”であり、七栄道である。霞は風魔法で緩和を試み、アイゼンは強化魔法で自身の身体を硬質化させる。
地面に激突する2人。緩和したものの、転がり込む形となった霞は急いで立ち上がる。すでに向こうは次の攻撃へと移っていた。
再び飛ばされる拳。霞に魔法使う余裕も時間もない。彼は空を切る音だけを聞き分け、腕を突き出し掴む。なんとか掴めた。もう相手にも余力が残っていない。
「“天”ともあろうお方が泥だらけだな。お得意の飛行はお終いか?」
「汝こそ限界ではないか......掌に痛みを感じぬぞ」
ここまで来たら恥も外聞も全て捨て、身体1つで戦うのみ。アイゼンは言わずもがな、霞も体術において秀でていた。“天”に上り詰めた身、魔法だけに頼るのが彼ではない。
身体が軋む音、それは一種の予備動作であった。耳を傾けて、アイゼンの攻撃を読む。振りかぶる拳を掻い潜り、霞は彼を背負い投げた。
「くっ......」
地面に転がるアイゼン。逃す手はない。霞が畳み掛けようとしたその時、身体のバランスが崩れた。
「負けることがそんなに悪いか?」
アイゼンに足を取られたのだ。
「勝敗が全てだと言ったな」
今度はアイゼンが馬乗りする。
「それは敗北に価値がないって思ってる奴のセリフだ。ただ一度の敗北も許容できない奴は、上に立つべきじゃない」
心音に反して、勢いを取り戻した拳が顔に沈んだ。霞の意識が遠退きかける。
「別にッ! 勝利に執着することがッ! 悪いわけじゃねぇッ!」
何度も何度も拳を繰り出す。薄々勘付いていた。さっき彼が雷を防ぎきった時、壁の上で溢れていた絶望が、一気に希望へと変わったことを。
「だがなッ! てめぇの勝利の先にはッ!」
彼らを虐げていたのは敗北なんかじゃなかった。自分や“晴天”が作り出した勝利への執着と圧力による恐怖。何年も前から続く、“天”への絶対なる畏怖。勝利に呪われ、取り憑かれた国そのものが根源であることを理解してしまった。
「きっと......何も残らないんだ......空虚なんだよ」
拳が止まる。意識を手放す寸前だった。おそらく次の一撃で、“荒天”たる自分は完璧に敗北するのだろう。
だと言うのに
不快ではなかった。敗北が到来したとしても、むしろ心は晴れていた。それで良い。根源である自分たちこそ滅ぶべき存在なのだから。
「......トドメを。私を殺せ」
不思議と心地良かった。このまま死んでも良いと思った。でも、それすらも彼は否定した。そして気付かされる。最期の最期で、彼の心の声が聞こえたからだ。それは激闘の末の幻聴なのか、己が魔法が成した気まぐれなのか。
「汝はどのような風貌をしている? 汝はどれ程眩く輝いている? あぁ、脆くも強き者よ――」
自分に違う世界を教えてくれた者に感謝を込めて。
「願わくば、一度で良い。一度で良いから、汝を視てみたかった」
その拳が、二度と振り下ろされることはなかった。




