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忘れじの戦花  作者: なよ竹
第5章 少年と己が護るべきモノ 〜千日紅の戦花〜
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第94話 晴天と混乱 1

 一瞬、一瞬だけ何が起きたか把握できなかった。数珠の首輪に妙な輝きを放つ腕輪、そして手袋。装束に身を包んだ彼は多分、千日紅国の人間だ。その千日紅国の人間であろう男が秋仙を斬り捨てた。


『あぁ、出た。出たわ。あれこそ貴方が燃やすべき敵よ。私の炎をアレに見舞うの、ゼデク』


 頭の中で声がする。恋する乙女(まほう)がいつも以上に躍起になっているのがわかった。彼女が燃やすべきだ、と指名したのはこれで2回目だ。


 1回目はルピナス王国で戦ったワーウルフの首長、ロゾ。そして、オスクロルや秋仙に強い関心を示さなかった彼女は眼前の男に異様な敵意を剥き出している。敵意といったマイナスな感情を見せる彼女は珍しい。胸中で不安が芽吹く。


 そう考えると、あの男もロゾとどこか雰囲気が似ていた。雰囲気というよりは、オーラと言った方が的確かもしれない。魔力とは別の神々しさが垣間見える、そんな力。


「暁......何故?」

「ほう、腐ってもあの男の弟子というわけだ。今の攻撃をすんでのところで受け流したか」


 横たわる秋仙が反抗的な目線を向ける。暁、すなわち“晴天”と呼ばれた男は嘲笑すると、再び刀を構えた。


「私に刀を2度も振らせるのは感心できないな」


 降ろす。しかし、ゼデクはなんとか割り込み、それを弾いた。


「......何の真似だ? 彼は君の敵だろう? であれば、首を獲る最高の機会ではないか」

「それはこっちのセリフだ。いきなり現れて横槍入れやがって。アンタ、コイツの仲間じゃないのかよ?」


 ゼデクは鍔迫り合い越しに、“晴天”を見つめる。


「敵に命を救われるとは......情けないにも程がある、秋仙」


 空気が乾燥している。それは彼と共に出現した、上空の蒼炎の所為だろう。ゼデクは戦慄を隠せない。目の前にいる男は確実に、自分よりも格上なのだ。明確な敵としては、オスクロル以来の難敵。


「ふむ、珍しい身なりだ......?」


 “晴天”が何かに気付く。手の力を少し入れ、ゼデクを押し込んだ。


「その刀、君はどこで手に入れたんだ?」

「答えるメリットがあると思うか?」

「それもそうか。しかしな、それは我が国の宝とも言える名刀。初代千日紅国の“天”......すなわち“6人の弟子”の刀」


 ゼデクはエスペルトに貰った時、およそ自分が使いこなすことのできない名刀だと感じていたが、今になって正体が露わになる。


 押しつぶされないようにするのがやっとだった。負けじと力を込めるも、一向に逆転しない。


「ちょうどいい、返してもらうぞ」


 何を思ったか“晴天”がパッと手の力を緩めた。その隙を見逃さず、距離を取るゼデク。彼と刀を交えようならば、相当な覚悟が必要だ。意識を“晴天”だけに傾ける。


 だがこの時、ゼデクは1つだけ思い違いをしていた。オスクロルの時やペルセラルとの修行時には、一時的に高みへと登る起爆剤があった。本来、それ無くして彼らとは渡り合えないのである。


 そして、“晴天”という異質な存在はオスクロルや七栄道とは違った危険性を孕んでいた。


「悪くない構えだな」


 彼は不気味な笑みを浮かべる。


「その調子で私の手元を見ろ。気を緩めるな。全てをそこに注げ」


 そして、刀を手放した。


「せっかくだから攻撃の瞬間を教えてあげよう。3つ数えるぞ? 3......」


 両手を広げ、手のひらを見せる。ゼデクは目を凝らした。不意打ちされても対応できるように、油断せず睨む。


「......2」


 身体に強化魔法を惜しみなくかける。


「......1」


 次の瞬間、手の感覚が消えた。正確には、握っている感覚が消えた。


「......え?」


 自分の手が刀を持っていない。素手で構えている。


「あぁ、やはりこの身体に、この刀はよく馴染むなぁ。お前も()()()()に帰れて嬉しかろう?」


 振り返る。そこには、ゼデクの刀を片手に物色する“晴天”がいて――


「だから言っただろうに。よく見ておけ、と」


 視線すら向けることなく放たれた鋭い拳が、ゼデクの肩を撃ち抜いた。景色がぐるんぐるんと回り、変わりゆく。やがてその視界が茶一色になると、痛みが追随した。


「......ッ!」


 立とうともがけど身体が動かない。


「......感じる」


 そんな彼に暁は訝しげな視線を送った。


「淘汰の意思だ。私の存在そのものを否定するような淘汰の意思。だがおかしいな? まるで親の仇と言わんばかりのその殺意、君に抱かれる覚えはないのだがね?」

「くそッ!」


 そして歩を進め近付いてくる。だというのに、一向に動く気配を見せない身体。おそらく肩が丁寧に砕かれているのだろう。


「君を見ていると妙な畏怖感が付きまとう。形容しがたい......なんだ? 君自身ではないな? その中に潜む何か......決めたぞ。貴様はここで――」


 水流が彼の言葉を止める。


「......これはどういうことですか、“晴天”」

「よもや立ち上がるとはな。どこまでも世話のかかる部下だ」


 胸部から血を流しながらも、退く姿勢を示さない秋仙。彼は問いを続ける。


「ワシらは千日紅国の将兵です」

「あぁ、そうだね。であれば、そこで寝ている彼を斬るべき――」

「であれば、ワシらが貴方に斬られる謂れはない。これはなんですか? 見てるところ敵に与するわけでもなし、貴方は何のためにこの場に出向いた?」

「それを教えたら君は死んでくれるのかな?」


 その問いに秋仙は刀を構えることで答えた。無表情で眺める暁。偶然にも護られる形となったゼデクが、体勢を立て直すのは今を置いて他にない。


「動......け」


 下半身は動く。しかし、情けないことに腕を立てることができない。肩に走る激痛が、身体の動きを縛るように走り続ける。


「敵同士、互いが互いを庇うなど目も当てられない。とても戦場とは呼べんな。創設期に比べれば遥かにレベルが堕ちた」

「......何?」

「疑問に思ったことはないか? なぜ君らのような童たちが戦場において指揮を執れる? まぁ、尤も這いつくばっている方は別の意図があるらしいが、いずれにせよ童同士の争いなど、文字通り児戯に等しい」


 戦場の温度が僅かに上がった気がした。さらに乾燥する空気。嫌な予感がする。空に広がる蒼炎が今にも動き出そうとしていた。


「最早ここは戦場ではない、実験場よ。私はこの戦場がこうなるように仕組んでいたのだ。......たまたまキングプロテアの計画とぶつかる形にはなったが」


 どこか遠くを眺める暁。戦場がこうなるように仕組まれた、というのは理解できる。エスペルトの司令書通りの展開なのだから。“晴天”をおびき出し、殺す。そんな目的がある。


 だが、この戦場に“晴天”が何を望むのか? ゼデクはそれだけがはっきり見えてこない。


「ハイゼルバーンがキングプロテア王国で失敗してから8年。今の監視者が怠け、君らの企みが進むのは看過できん。本来ならば私の領分ではないが、この際だ。まとめて消え――」


 再び言葉を止める。背後に現れた、新たな殺気の正体を探るために振り返る。両手に2振りの剣を添え、斬りかかってくる少年が目に入った。先の戦いで、暁が討ちもらした少年だ。


 動きが速いな――


 暁はそう判断する。この場にいる者の中で、頭一つ抜けて速かった。その速さが、彼をこの瞬間まで延命したのだ。明らかに少年の域を超えた速さは、何かカラクリがあるのだろう。しかし、この少年が斬りかかろうとしているのは“晴天”。彼にはゆっくりと眺められるだけの余裕がある。


 暁は半歩横にずれ、虚しく自身の横を通り過ぎる少年を興味深げに見る。彼は攻撃が躱されたと判断するや否や、地面に横たわっている少年を回収した。


「......むっ」


 すると秋仙の前にもう1人男が増えていた。これまた先ほど逃した男。


「逃げたり、向かってきたり、行動には一貫したものを添えた方がいい。百夏」


 口角を上げる。この男だけはわざと逃した。そして今、彼は暁の思惑通りに動いてくれたのだ。百夏は必死な形相で叫ぶ。


「皆の者ッ、見たかッ! あろうことか“晴天”は、無差別に刃を向けたッ! このままでは皆殺しにされるッ! 今すぐ彼か――」

「我は“天”であるッ! 千日紅国の民である諸君らが、誰の言に耳を傾けるかなど問うまでもなかろうッ! “四季将軍”である彼らはキングプロテア王国と繋がっていた! 証拠に春月は目の前で敵に見逃されたと聞くッ! 悲しいことだが逆賊は討取らねばならない。彼らとその息のかかった逆賊を皆殺しにしろッ!」


 “四季将軍”がキングプロテアと内通していた、というのは十中八九嘘だ。ゼデクはそんな話を聞かされていないし、秋仙の反応を見ればわかる。


 しかし、互いの主張に困惑する戦場。誰が味方で誰が敵かわからなくなった。特に千日紅国の兵士は戸惑いを隠せない。


「先ずはその2人を討ち取れッ! さすれば、自ずと庇う者全てが敵と判断できる」


 “晴天”の発言力は強い。彼を信奉する者。彼の脅威に屈した者。そういった層が動き出した。そして、“四季将軍”を慕い、守ろうとする者たちと衝突する。僅かな間に混沌とした状況へと一変した。そして、この場だけではない。遠く離れた戦場からも、怒号と悲鳴が増す。


「......暁、貴様」


 百夏に支えられながらも、秋仙が何か勘付いたように怒気を膨らませる。それに暁は笑いながら、腕を振った。


「ん? この腕輪のことか?」


 光っている腕輪。あれは“鍵”を外部からコントロールするための道具だ。そして、紅葉がいた方が騒がしい。秋仙の脳裏に嫌な予感がよぎる。


「君の予想は合っている。自分の意思で制御できぬ彼女だ......今頃、向こうは地獄と化しているだろう」

「貴様ァァァァァァァァァァアア!」


 混沌とした状況。そんな中、エドムはヘラヘラしながらゼデクを抱える。


「で、上半身やられたお馬鹿さん。ここまでエスペルト様の計画?」

「い、いや、仲間割れまでは聞いていないな」

「君が倒れてるのは計画?」

「......違う」


 ゼデクはバツが悪そうに目を逸らした。それに意地悪そうに笑みを浮かべるエドム。


「ダメじゃん、みんな集まるまで仕掛けないって約束じゃなかった?」

「それどころじゃなかったんだよ」

「うーん、でもこれライオール様来るまで持ち堪えれるのかな? そもそもちゃんと来るの? 見捨てられてない?」


 エスペルトの言う通り、四季将を停滞させていたら、苛立った“晴天”が出てきた。で、それを総勢で叩く、というのが今回の作戦。ところがまだ彼らが現れる気配はない。


「君の回復含めて時間稼がなきゃね。ところで肩ってどうハメるんだろう」

「手負いのアイツらでどこまで持つか......痛い。下手に触らないでくれ」

「君が一瞬だったから、そんなに持たないでしょ。それに周りの兵を捌くので手一杯みたいだし」


 すると黒い甲冑を着た一団がゼデクの元に押し寄せる。


「......無様だな。ゼデク・スタフォード」

「......」


 返す言葉もなく、ゼデクは口をつぐむ。さて、どうするか。このまま情けない姿を見せ続けたら、彼らからも刃を向けられる可能性がある。


「まだ戦う意思はあるか?」

「え?」

「そうなって尚、アレと戦う意思があるかと聞いている」


 剣を首に当てられながらそんなことを聞かれる。これでは半ば強制な気もするが、そうであろうとなかろうと、ゼデクの意思は変わらない。


 この瞬間、彼が対峙しようとしているのは、あの“晴天”だ。千日紅国の頂点。オスクロル王と同じく、滅多に挑戦する機会なんてないし、彼ほど首級のある人間はそういない。


 だから答えは決まってる。エスペルトや、“黄金の英雄”が来たらチャンスがなくなるかもしれない。


「ある。次は......負けない」


 何の根拠もない発言。それを受けて、ペルセラルの部隊員は何を思うのか。血走った眼が値踏みするようにゼデクを見つめる。


「おい、コイツを治してやれ」

「うす」


 部隊員はゼデクをエドムの手から強引に奪い取ると、後方に投げ込んだ。もう一度チャンスをくれたのだ。痛みに耐えながら、ゼデクが顔を上げると、


「ただしお前が治るまでに我らが獲った場合、お前の首も刎ねてやる」

「ははは......」


 乾いた笑みが漏れる。彼らなら冗談無しに斬りかかってきそうだ。しかし、いくら彼らでもあのバケモノ相手では長く持たないかもしれない。それだけ“晴天”には計り知れないものがある。


「へぇ、治るんだ! それって治癒魔法加味して、何分で治るの?」


 そんなことを考えていると、エドムが声をあげた。


「......5分あれば動くようにはなる」


 ぶっきらぼうに別の部隊員が答えた。動くようになる、とのことなので、完治するわけではないのかもしれない。5分。短いように聞こえるが、“晴天”相手に5分は長いようにも感じられる。


 何よりも彼は、ゼデクに対して特別な嫌悪感を抱いている。真っ先に狙われてもおかしくない。


「5分、ね」


 エドムは、思案するように手を顎に当てると、


「じゃ、死なない程度に時間稼いでくる」


 やがてそんなセリフと共に笑うのであった。

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