第3話 幻滅
「いってらっしゃい」
あたしは口の中で小さくつぶやいた。
だって、あたしみたいなハイヒール娘なんかを連れて歩いてたんじゃ、移動速度が遅くなって仕方ないしね。
あたしの足もとには、ユリアさんのカバンと、ユリアさんが使っていたランタン。
その隣にしゃがみ込む。
『セーちゃん? セーちゃん! 待って!』
ユリアさんが壁越しに呼びかける。
「もう行っちゃいましたよ」
『ンもう! あの子ったら普段はトロいくせに、こんな時だけ慌てんぼうなんだから!
そんな都合いい通路が近くにあるんだったら、ギロームがわざわざ苦労してこんな穴を通るわけないじゃない!』
「魔法で飛んでったんじゃないんですか? それなら簡単に通れますよ」
『…………』
妙な沈黙。
「まー、そんな魔法があるとすればですけどね。ギロームが本当に本物の魔法使いだっていうんなら、そ-ゆーことになるんじゃないんですかね? 空飛ぶ魔女のウワサ話とかありましたし」
『…………』
またまた沈黙。
「ユリアさん? 何かしゃべってくださいよ。あたし、一人なのは慣れてますけど、人が居るのに静かなのは話が別ですよ」
『…………』
「ユリアさーん!」
『……あのさ、ハーちゃん。ベルさんのことなんだけど……どう思ってる?』
「ベルナリオさん……ですか?」
胸がズキリと痛んだ。
「あの人は……何がしたかったんでしょう……」
ギロームは死霊魔道を復活させるために、あたしを生け贄に捧げようとした。
ベルナリオさんはギロームとグルだったけど、途中でギロームを止めようとしてくれた。
「あたし、ベルナリオさんは悪い人じゃないと思います! 差し入れのサンドイッチを毎日欠かさず持ってきてくれたし!」
『ん? サンドイッチ? もっといいのを買えるお金を渡してたけど? てか、一日三食サンドイッチ?』
「……一日一食でしたけど……き、きっと服を買うお金がっ」
『ハーちゃんが今着てるの、下着以外はソリ姉のお古』
窓つきパンツが新品なのは、穿く前に確かめている。
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! えーとつまり、食費はユリアさんで、衣類はソフィアさん? なんか思ってたのと違うんですけどっ。
……とりあえずユリアさん、ごちそうさまでした……」
『んにゃ、食費もソリ姉』
「お姉さんは行方不明のはずでは?」
『それは……え~っとね……』
「訊いちゃいけないなら、あたしも聞きたくないからいいです」
『いえ、別に……ハーちゃん誤解してるみたいだけど、ソリ姉の財布から勝手に抜き取ったとかじゃないからねっ』
「心配しなくても、あたし、誰にも言いませんよ。言える立場じゃありませんし」
『いや、だから……』
「…………」
『…………』
「…………」
『…………』
「そんなことより何かもっと楽しいことでも話しましょうよ。って言っても楽しいことなんてあたしもそうそう浮かびませんけど。
せっかく女同士なんだから、好きな人の話とか、嫌いな人の話とかぁー」
返事はないけど、構わず続ける。
だってただちょっと吐き出したいってだけだから。
「あたしの好きな人はとんだバカヤローだったってのがわかったんで、嫌いな人の話をしますね。
クラスメイトとか近所の人とか、あとインチキ霊媒師とか口だけ退魔師とか。
嫌いな人ならいくらでも居るけど、今一番嫌いなのは何と言ってもギロームです!
できることならあいつの顔面を思い切り蹴りつけてやりたいです! この呪いのハイヒールの踵で!」
『………………』
「………………」
『………………』
「………………」
先ほどよりも長い沈黙。
こりゃユリアさん、完全に引いちゃったわね。
あたしってば、何であんなこと言っちゃったんだろう。
ハイヒールで人を蹴るなんて、そんな乱暴なことがあたしにできるわけないのに。
あたしはため息をついて石壁に背中を預けた。




