インちゃん誕生秘話 ~鳩じゃなかった理由~
私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。
人にはそれぞれ、出会うべくして出会う存在がある。
私にとって、それが――インちゃんだ。
(たぶん)
あれは、マジックの勉強をしていた頃の話だ。
「やはり基本は白い鳩だな」
私は鏡の前でうなずいていた。
シルクハットはないが、気持ちはある。
「パッと出す。これが華だ」
しかし問題があった。
鳩がいない。
(まあ、いないな)
私は外に出た。
近所を見回す。
電線にスズメ。
公園にカラス。
(違う)
「鳩だ。鳩でなければならない」
なぜか強いこだわりがある。
しかし――いない。
そのとき、目に入った。
ペットショップ。
(……代替案)
私は店に入る。
店内は明るく、小動物たちの声が響いている。
犬、猫、ハムスター、そして――鳥。
(ほう)
鳥コーナーへ向かう。
すると、ひときわうるさいやつがいた。
「ピーピー!ピーピー!」
一羽のセキセイインコ。
やたらと主張が強い。
私はじっと見る。
するとインコも、じっと見る。
沈黙。
そして――
「うるさいな」
と、私は言った。
するとインコが即座に返す。
「ウルサイノハソッチダ」
「……しゃべったな」
「キイテルダケダ」
「生意気だな」
「アンタモナ」
(ほう)
私は腕を組む。
「私は鳩を探している」
「シラナイ」
「お前は鳩か?」
「ミエルカ?」
「見えないな」
「ナラキクナ」
(会話が成立しているな)
私は少し前に身を乗り出す。
「だが、お前は声がいい」
「トウゼンダ」
「出てくるにはちょうどいいサイズだ」
「ナニカラダ?」
「左手だ」
「ヤメロ」
(いいな)
私は確信する。
「お前に決めた」
「カッテニキメルナ」
「名前はインちゃんだ」
「ダサイ」
「異論は認めない」
「アル」
そのとき、店の奥からおじさんがやってくる。
「……あの」
「はい」
「今……会話、してました?」
「していました」
「……インコと?」
「はい」
おじさんはしばらく固まる。
そしてインコを見る。
インコも見る。
「コノヒト、ヘン」
「お前もな」
おじさんはゆっくりとつぶやく。
「……すごいな……」
「何がですか」
「うちの娘、全然話聞かないんですよ」
「ほう」
「でも今のやり取り……」
おじさんは真剣な顔になる。
「参考になる気がする」
「どの部分がですか」
「まず否定から入らないところ」
「否定しかしていないが」
「あと、会話が成立している」
「それはそうだ」
「そして最終的に押し切る」
「それは重要だ」
インコが横から言う。
「オシキラレテナイ」
「黙れ」
おじさんは深くうなずく。
「……よし」
「何がですか」
「今日から娘と、ああやって話してみます」
「やめたほうがいい」
「いや、きっと通じるはずだ……!」
(この人もなかなかだな)
私はインコを手に乗せる。
「行くぞ」
「ドコヘダ」
「マジックの世界へ」
「イヤダ」
「決定だ」
会計を済ませる。
店を出る。
肩に乗せる。
「軽いな」
「アタリマエダ」
歩きながら、私はつぶやく。
「これで鳩はいらない」
「モトカラナイ」
「問題ない」
そのとき、後ろからおじさんの声。
「ありがとうございましたー!!」
振り返ると、おじさんが電話している。
「もしもし、今日早く帰るからな!」
(ほう)
「お前な!話を聞け!」
(もう始めているな)
「お父さんはな!お前とちゃんと会話したいんだ!」
(やめろと言ったのに)
「いいか!まず否定から入るな!」
(逆だ)
しばらく沈黙。
そして――
「……え?“うるさい”?……“キモい”?……“近寄るな”?……」
電話が切れる。
おじさん、固まる。
インコがつぶやく。
「アホー」
私はうなずく。
「これは難易度が高い」
そのとき、インコがこちらを見る。
「オマエモナ」
「……」
私は少し考える。
そして言う。
「まあいい」
「ナニガダ」
「お前となら、なんとかなる気がする」
「キノセイダ」
私は笑う。
「違いない」
――こうして私は、インちゃんと出会った。
しかし、後からよく考えると、
鳩を出すマジックなのに、最初からしゃべる鳥を選んだ時点で、すでに失敗している。




