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相談という名の遠回り

私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。

人はときに、相談される。

そしてその多くは、だいたい“なぜ私に?”である。


――その日。


南さんが、やけに静かだった。


(静かすぎるな。これは嵐の前か、退職の前だな)


案の定、昼休み。


給湯室に呼び出された。


なぜかまた皿がある。

私はなぜか洗っている。


(この会社、そんなに皿を使うか?)


南さんが言う。


「西さん……相談があります」


「珍しいな」


「……転職しようと思ってます」


(やはり来たか)


私は皿を一枚、静かに置く。


「理由は」


「……父に言われたんです」


「ほう」


「“自分の価値観から一番遠い人に相談しろ”って」


(嫌な予感がするな)


「それが、メタ認知になるって」


「難しい言葉だな」


「あと、“変化はコントロールできない。できるのは変化の先頭に立つことだけだ”って」


「……誰だそれは」


「ドラッガーです」


「ドラ焼きかと思った」


「違います」


沈黙。


南さんは続ける。


「それで……考えたんです」


「うむ」


「一番価値観が遠い人って……」


「……」


「西さんかなって」


(やはり来たか)


「失礼だな」


「自覚ありますよね?」


「多少は」


南さんはため息をつく。


「正直、相談したいとも思わないんです」


「いい判断だ」


「でも……」


南さんは少しだけ迷う顔になる。


「西さん、仕事では結果出してるじゃないですか」


「たまにな」


「交渉も……意味わからないけど、通るし」


「意味がわからないのがポイントだ」


「参考になる気もして……」


(迷っているな)


私はスポンジを置く。


そして、なぜか遠くを見る。


「南くん」


「はい」


「人生とは、じんせいだ」


「はい?」


「“人”が“生きる”と書いて、じんせいだ」


「そのままですね」


「つまり、人は生きる」


「当たり前です」


「だが“じんせい”は“陣勢”でもある」


「急に戦になりましたね」


「どう陣を張るかだ」


「……」


私は続ける。


「転職とは“天職”だ」


「出た」


「天から与えられる」


「いや、自分で探すものでは」


「だが“転ぶ職”でもある」


「不吉!!」


「転んで気づくこともある」


「それはまあ……」


私はさらにたたみかける。


「そして“先頭に立つ”とは、“洗濯に立つ”でもある」


「もうダジャレ大会じゃないですか」


「汚れを落とす」


「何の」


「過去だ」


「……ちょっといいこと言った風やめてください」


私は真顔で言う。


「いいか、南くん」


「はい……」


「迷うとは、“マヨう”だ」


「はい?」


「マヨネーズのように、かけすぎるとくどい」


「……」


「だが、少しなら美味い」


「……」


「つまり、迷いは“適量”だ」


沈黙。


給湯室に水音だけが響く。


南さんがゆっくり言う。


「……西さん」


「なんだ」


「それ、結局どうすればいいんですか」


「知らん」


「知らんのかい!!」


私はうなずく。


「だが一つ言える」


「はい……」


「私に相談した時点で、君はもう“外に出ている”」


「……」


「それがメタ認知だ」


「……そういうことなんですか?」


「たぶんな」


「たぶんかい!!」


南さんは頭を抱える。


「……なんか、逆に整理できました」


「そうか」


「西さんみたいにならないようにすればいいって」


「……ほう」


「反面教師としては最強です」


「それは褒めているのか」


「最大級に」


私は少し考える。


そしてうなずく。


「それでいい」


「いいんですか」


「人は“違い”で学ぶ」


「……」


「私を見て、“こうはならない”と決めるのもまた道だ」


「……ありがとうございます」


南さんは深く頭を下げる。


その顔は、どこかスッキリしていた。


「転職、進めてみます」


「うむ」


「自分で決めます」


「それがいい」


そのときだった。


南さんがふと気づく。


「……西さん」


「なんだ」


「さっきから、その皿」


「うむ」


「ずっと同じの洗ってません?」


「……何?」


よく見ると、


すでにピカピカの皿を、延々と洗い続けている西さん。


「……」


沈黙。


私はゆっくりと手を止める。


「なるほど」


「はい」


「これがぐるぐるか」


「あなたが一番ぐるぐるしてますよ」


私は遠くを見る。


「……人生とは深いな」


「浅いです」


――これが本当の意味での、

相談に乗ったつもりが、自分がループしていた男である。

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