新入社員は、北井くん
私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。
会社というのは不思議なもので、たまに“新人”という新種が投入される。
そして今回の新種は――
北井 士成くん。
(名前からして、期待するなと言われている気がするな)
だが、実物は違った。
「よろしくお願いします」
姿勢が良い。声が通る。目が死んでいない。
つまり、優秀だ。
南さんが小声で言う。
「西さん……この子、できるタイプです」
「見ればわかる」
「しかも、僕の後輩になります」
「なるほど」
(南くんも、いよいよ上に行くか……転職も近いな)
実際、南さんは最近、妙に未来を見ている顔をしている。
どうやら本気で転職を考えているらしい。
(私という国宝級の先輩がいるにもかかわらず、だ)
しかし、北井くんには少し特徴があった。
「それ、ペイできるのですか?」
「コスパはどうですか?」
やたらと費用対効果を気にする。
コピー用紙一枚にすら、
「これ、長期的に見て最適ですか?」
と聞いてくる。
(紙だぞ)
さらに、妙な特技がある。
突然、
「ペイペイ♪」
と、あの電子決済の音を完璧に再現するのだ。
南さんが言う。
「西さん、これどう思います?」
「現代だな」
(よくわからんが)
――そんな北井くん。
さっそく、部長への挨拶に行くことになった。
とおる部長。
(苗字、忘れた)
忍び足を愛する男だ。そして、タフなネゴシエーターでもある。
(新人には少々ハードだな)
部長室。
「失礼します」
北井くん、きっちりお辞儀。
「新入社員の北井です。本日はお時間いただきありがとうございます」
完璧だ。
だが次の一言が違った。
「本日の面談、ペイできますか?」
「……は?」
とおる部長、固まる。
北井くんは続ける。
「この時間投資に対して、得られるリターンを教えていただけますか?」
「いや、君……」
「あと、コスパの観点からも――」
「ちょっと待て」
とおる部長が割り込む。
「それ、今言うこと?」
「はい」
「なぜ?」
「効率を重視しているので」
(強いな)
私は心の中でうなずく。
とおる部長は腕を組む。
「じゃあ逆に聞くけどさ」
(出た)
「その質問、君にとってペイしてるの?」
「……」
一瞬の沈黙。
(これはダブルバインドだな)
どちらに答えても詰む構造。
だが――
北井くん、微動だにしない。
そして、にこやかに言う。
「ペイしていません」
「え?」
「ですが」
間を置いて、
「今のやり取りで、“非効率な時間”を特定できました」
「……」
「よって、長期的にはペイします」
「……」
とおる部長、黙る。
南さん、小声で。
「西さん……この子、やばくないですか」
「うむ。方向が新しい」
そのとき、
「ペイペイ♪」
北井くんが突然、効果音を出す。
「……何それ?」
とおる部長が聞く。
「決済音です」
「何の?」
「今の会話の締めです」
(締めるな)
部長はしばらく沈黙したあと、
「……まあいいや」
とつぶやいた。
(勝ったな)
――その後。
なぜか話は会長室へ。
(なぜこうなる)
会長がゆっくりと口を開く。
「君が北井くんか」
「はい」
「さっきの話、聞いていた」
(聞いていたのか)
会長は続ける。
「効率、コスパ、大事だ」
「はい」
「だがな」
重みのある声。
「会社には、“ペイしない時間”も必要だ」
「……」
「無駄に見える会話、遠回り、失敗」
「……」
「それが人を作る」
沈黙。
北井くんは考える。
そして言う。
「つまり」
「うむ」
「“非効率のコスパ”を評価する必要があると」
「……」
会長が少し笑う。
「そういうことだ」
北井くん、深くうなずく。
「理解しました」
そして――
「ペイペイ♪」
「締めるな!!」
思わず私がツッコむ。
場が一瞬、和む。
南さんがぽつり。
「……なんか、いい会社ですね」
「そうだな」
私はうなずく。
「無駄がある」
「はい」
「そして私はその象徴だ」
「それは否定できません」
そのときだった。
会長が私を見る。
「西江くん」
「はい」
「君はいつも、何をしているんだ?」
「教育です」
「……」
会長は少し考える。
そして言う。
「それ、ペイしてるのか?」
「……」
沈黙。
私は初めて考える。
(ペイ……しているのか?)
そのとき、北井くんが横から言う。
「していません」
「即答するな」
「ですが」
「……」
「周囲の“判断力”は確実に向上しています」
「……ほう」
「反面教師として」
「……」
会長がうなずく。
「なるほど」
南さんが小さく拍手する。
「完璧な評価ですね」
私は遠くを見る。
「……評価とは、時に残酷だな」
『ペイペイ♪』
――これが本当の意味での、
価値はあったが、値段はつかなかった男である。




