表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/14

ぐるぐる思考をぶっとばせ!

私は、西江 郁、40代のおにいさんだ。

人は時に、“考えすぎる”という才能を発揮する。


今日はその代表例が目の前にいる。


南さんだ。


――場所はなぜか、会社の給湯室。


私はなぜか皿を洗っている。

理由はよくわからないが、たぶん重要な業務の一環だ。


(泡の流れ……これは宇宙だな)


「西さん……」


南さんの声は重い。


振り向くと、彼はシンクの前で立ち尽くしている。


「どうした」


「ぐるぐるしてるんです……頭が」


「回っているのか」


「はい……仕事の判断も、人間関係も……全部……」


(来たな、ぐるぐる系)


「止めよう」


「え?」


「ぐるぐるを止める」


「どうやってですか」


私はスポンジを持ち上げる。


「これだ」


「ただのスポンジですよね」


「違う。“回転停止装置”だ」


「絶対違います」


私は皿を一枚取り、ゴシゴシと洗う。


「いいか、南くん」


「はい……」


「ぐるぐる思考は、頭の中で“同じ皿を洗い続けている状態”だ」


「……はあ」


「汚れはもうないのに、ずっとゴシゴシしている」


「……確かに」


南さんの表情が少し変わる。


私は続ける。


「ではどうするか」


皿をすすぐ。


水が流れる。


「流す」


「……」


「終わったら、次へ」


「……」


南さんは黙る。


(よし、少し効いている)


そのとき――


私は気づく。


(……あれ?)


「インちゃん」


……返事がない。


「セキセイ」


咳。


……何も起きない。


「……いないのか」


南さんが言う。


「どうしたんですか」


「補助輪がない」


「何のですか」


(これはまずい。いつもならここでインちゃんが“いい感じの一言”を言うのだが)


私は考える。


(代替手段……代替手段……)


そのとき、目に入る。


蛇口。


(これだ)


私は蛇口をひねる。


水が勢いよく流れる。


そして――


蛇口に向かって話しかける。


「ぐるぐるするな」


南さんが固まる。


「……え?」


私は続ける。


「水はどうだ」


「水……?」


「流れている」


「はい……」


「止まらない」


「はい……」


「戻らない」


「はい……」


私は真顔で言う。


「これが答えだ」


「……」


沈黙。


給湯室に水音だけが響く。


南さんがゆっくり言う。


「……西さん」


「なんだ」


「それ、インちゃんより怖いです」


「進化だ」


「退化です」


しかし南さんは、少しだけ笑っている。


私はたたみかける。


「いいか」


「はい」


「ぐるぐるは、“止めるもの”じゃない」


「……」


「“流すもの”だ」


「……」


南さんは深く息を吐く。


「……ちょっと、楽になりました」


「そうか」


「考えすぎてた気がします」


「そうだ」


私はうなずく。


「皿は洗うが、壊すな」


「……いいこと言いますね」


「たまにな」


そのときだった。


給湯室の外から声。


「西さん!!」


小田さんだ。


「何してるんですか!?」


「教育だ」


「それいいから!!」


「どうした」


「さっきから“会議室”、水浸しなんですけど!!」


「……何?」


南さんと顔を見合わせる。


嫌な予感。


急いで給湯室を出る。


――会議室。


ドアを開ける。


そこには――


床一面に広がる水。


そして、


開きっぱなしの蛇口。


「……」


沈黙。


南さんがぽつり。


「……流しすぎましたね」


私は静かにうなずく。


「……ぐるぐるは止まったな」


「代わりに会議が止まりますよ!!」


小田さんが叫ぶ。


私は遠くを見る。


「なるほど」


「何がですか」


「“流す”にも限度がある」


「最初からそうです!!」


そのとき、スマホが鳴る。


部長からだ。


『会議室、どうなってる?』


私は少し考える。


そして返信する。


「流れています」


数秒後。


『今すぐ来い』


私はうなずく。


「呼ばれたな」


南さんが小声で言う。


「西さん……」


「なんだ」


「ぐるぐるしてきました」


「流せ」


「無理です」


――これが本当の意味での、

思考ではなく水をぶっとばした男である。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ